閑話1 ■■■の婿取り
閑話 一 ■■の婿取り
「お兄さん、ちょっと教えてくれんね?」
休日、立ち寄ったコンビニにて、耳なじみのない言葉で声をかけられた江角が振り返ると、和服を身につけた若い女が立っていた。珍しい装いと砕けた口調に江角は面食らう。交番勤務だったころならまだしも、あまり人当たりのよい外見をしている自覚がないために、余計に戸惑うが、困ったように眉を下げる女を見て、休日で特にすることもないのでまあいいか、と思う。
十月末から十二月初まで――神在月と呼ばれる時期である――のS県には観光客が多い。I市にある神社に八百万の神が集まる時期だった。
「大社さんにはこっからどげんやって行けばよかとね?」
オオヤシロさん、という呼び方に、一瞬、違和感を覚える。地元の人間はタイシャさん、と呼ぶことが多く、他県の人間は神社の名称をそのまま呼ぶ。その中で古風な呼び方は妙に江角の耳に残った。
「ここからだと……電車、ですかね。時間に気をつけないといけませんけど」
江角はスマホを操作して、電車の時刻表を示す。女はその画面をのぞきこんで、ふんふん、とうなずいた。このデジタル化のご時世にスマホを持っていないとも考えづらいが一体この女は何者なのだろう、と江角はいぶかしむ。ただ単に充電が切れたという可能性もあるが。
「はー便利やねえ、ありがとう。駅はあっちでよかね?」
「はい」
「前に来たときとは全然違うけん、びっくりしたとよ」
「え?」
江角の記憶が正しければこの辺りは、ここ数年程度は大きく変わっていないはずだった。女の見た目はどんなに高く見積もってもせいぜい二十代後半だが、一体いつのことを指しているのか。
「あの、」
一体あなたはどこからいらしたんですか、と訊ねようとした江角の前から女は忽然と姿を消していた。
○
「――ってことがあったんですよ」
数週間後、江角が出勤するとデスクの上にこれでもかと贈答品と思しき箱が積まれていおり、普段は江角がデスクに座ると彼の顔が真正面に見えるはずだが、それがまったく見えなくなっていた。
すべての箱にきっちり熨斗がかけられていたが――差出人の名前は読めなかった。
「ああ、じゃあこれはきっとそのお礼ですね。比較的人間的な感覚のあるものだと思いますが」
苦笑しながら上乃木が言う。神威を持つものの時間感覚は人間のそれとは異なる(いい例が昔話の浦島太郎だ)ため、下手をすれば何十年後にお礼が届くという可能性があった。
「……やっぱり、人間じゃなかったってことですか」
「そうだね。おそらく向こうは江角君なら見えているって勘づいて声をかけただろうし」
「ええー……。周りは全然オレのこと見てなかったのに……」
「逆です。周りから見えないように彼女がなんらかの認識阻害をしていたと考えるべきですね」
この時期によそからこの地にやってくる人ならざるものは強い神威を持ったものですから、と付け加えられて江角はぞっとする。一歩間違っていれば、江角のデスクの上にあったのは贈答品ではなく、己の首であっただろう。
「……命があることに感謝しようと思います」
「そこも含めて江角君の運の良さだと思うけどね……あれ?」
ふと上乃木が一つの贈答品の箱を持ち上げて不思議そうに首を傾げた。
「この箱、すごく重いんだけど、なんだろう」
「え、なんですか怖いんですけど」
中を確認してみよう、と言う上乃木に江角は慌てて神祇班の一人を立会人として呼んだ。霊視能力に長けた佐草という名の職員は「えーまた江角さんが何かやったんですか」と渋々やってきた。江角とて好きで神祇班の案件に巻きこまれているわけではないため、この反応は非常に不本意である。
「うーん、とりあえず、いやな気配や変な気配はしないので、大丈夫だと思いますけど」
そう言いながら佐草は包装紙を開けていく。中身は何の変哲もない白い紙箱だったが、それを開けると小さめな鏡餅と呼んでも差し支えのないサイズの餅が三つ出てきた。それを見た佐草の顔がサッと青くなる。
「……まずいですよこれ。んもーやっぱり江角さんがやらかしてるじゃないですか!」
「いやいやオレはなんもしてねえよ!」
苦情を言う佐草に江角も反論する。その二人を上乃木がなだめるが、彼本人が笑っているため、まったく仲裁の体をなしていない。
「ふふ、佐草君、江角くんも一応不可抗力だったから、っ、ふふふ……許してあげてください……」
「説得力がないんですよ、上乃木さん!」
三人でやいのやいの言い合っていると、会議から戻ってきた国屋が合流した。
「え、上乃木が爆笑してるなんてどうしたの? なになに? わはははははは!」
国屋も江角のデスクの上に転がった三つの餅を見て腹を抱えて笑い出した。
「江角、隅に置けないなあ! いいところのお嬢さんからの求婚じゃない! 三日夜餅なんて今時洒落たことするね」
「笑い事じゃないんですよ国屋警視! これからF県警の神祇班に連絡取って丁重にお断りしなきゃいけない私のことも考えてください」
笑い転げる国屋に佐草が語気荒く言う。国屋の嫌がる階級呼びをするところが高ポイントだと江角は思った。
ますます収拾のつかなくなったところに、宅配便を持ってきた職員がやってくる。衣装ケースのような大きさのそれを持ってきた職員は文句を言う。
「江角さん、こういう大きなものを受け取ることがあるなら、先に言ってくださいよ。重たかったんですから。じゃ、ここに置いときます」
同じ熨斗がかかった衣装箱――明らかに冠婚葬祭用とわかる礼服が入っている――を目の前にして国屋と上乃木がさらに腹を抱えて笑ったのは言うまでもない。
その後、佐草を筆頭にS県警の神祇班からF県警の神祇班へ連絡をし、江角へと贈られたものは丁重に断りを入れることとなった。佐草も非常に疲れた顔をしていたが、それ以上に気を遣ったのはF県警の神祇班である。
すべてのことに何とか片がついたところで、江角のもとにはF県警のUPIのトップから書付が届いた。
――今後勝手な振舞いは謹んでいただくよう切にお願い申し上げる――
という文で締めくくられているお叱りの文書にすべて目を通したのち、江角はデスクから立ち上がって書付を地面にたたきつけた。
「俺だって被害者だっつーの!」
【閑話 一 END】




