灯火はひみつの中で。
「……そっか。素敵なひみつだね」
家の明かりが灯る。わたしの胸に文字が刻まれる。
ひみつを打ち明けた住人は、どうしてここにいるのか分からない顔をしている。
でも、家が明るいから、そんなことはすぐに忘れちゃう。
「助かりました……」
この村は、暗闇で包まれている。
火はつくけれど、飢えた何かにすぐに食べられちゃって消えてしまう。
でも、わたしが灯す光は、その獣を遠ざける不思議な力を持っている。
この村では、ひみつが光になる。
光を失った家は、闇に呑まれて消えてしまう。
「それじゃ、あなたのひみつを聞かせて?」
* * *
「ボクのひみつはね。ママに内緒でプレゼントつくってることだよ……!」
明かりが灯った家には、光を求める住人たちが吸い込まれるように集まってくる。
わたしは部屋の中央の椅子に座らされて、住人たちのひみつを聞いている。集まっているけど、誰も話さない。
ただ時間だけが過ぎていく沈黙。
割って入るように、小さな男の子が、恥ずかしそうに耳打ちしてくれた。
「……そっか。素敵なひみつだね」
でも、それじゃ灯らない。
わたしの胸には何も刻まれない。
それじゃ弱いの。
住人たちが、ひそひそとざわついている。誰かが突き出されては戻る。それを何度も繰り返している。
わたしはただ、真ん中の椅子に座って、どこも見ずに待っている。こうして一日が終わる。
ひみつがない日は、村の光が一つ消える。
ぱくりと、大きな闇が家ごと吞み込んだ。
そのひみつは、わたしにだけ伝えても意味がない。
みんなに聞いてもらわなくちゃ灯らない。
今日は、物足りない。
もっと、もっとひみつが欲しい。
* * *
ひみつを話すときは、みんなに打ち明けなくちゃいけない。
今日もわたしは、ひみつを漏らして灯された部屋の中、椅子に座ってじっと待っていた。わたしを中心に、円になっている住人たちは狭そうで、二階へ繋がる階段にも溢れていた。
「……秘密を話す。だから、俺の家に光をくれ。灯火の巫女様」
灯火の巫女、そう呼ばれるようになっていた。
この村にたどり着いた時、怯えていた彼らに光を見せてあげた。
限られた光の残滓の中で、ひしめき合うように過ごしていた住人達は、その光に目を輝かせた。わたしは光を提供した。一つだけ、わたしにもらえることを約束として。
「この家の主、俺の父、レイネルのことだ」
住人たちのざわめきが大きくなる。
「レイネルは元王国軍の兵士で、ある斥候部隊を率いていた。十数年前、隣国との争いがあった際、王国軍はここを補給拠点として使用し、数々のものを奪った。そして、落としていった。空になった穀物庫、食い尽くされた家畜の骨。……俺もその落としものの一つだ」
そのざわめきに怒号が混じってきている。老人たちが反応していた。
「レイネルは、身分を偽って今もこの村にいる。争いから逃げ、身ごもっていた母さんの元に大金を持って……。当時の貧しい俺たちにはその金は輝いて見えた。父と名乗る男の甘い言葉に乗せられて、今まで父の正体を隠していた。父は、簒奪者だ。腐った王国の兵士。その落とし子が俺なんだ」
それはひみつというより、暴露であった。名乗り出た青年は、突き飛ばされてわたしのまえに跪くように倒れる。そして、レイネルと呼ばれた老人と、その妻もまた、淡い照明の下に晒される。
「言え!」
息子に頭を掴まれ、木の床に押し付けられる老人。
わたしは理解する。本当のひみつは、自分の父から吐き出してもらうつもりなんだ。何度も床に顔を打ち付けられて、老人は苦悶の表情を浮かべている。
「そ、そうだ!俺はこの村から奪った!それを隠していたんだ!ここしかなかった……!」
何度目かの衝撃で、老人は唾を吐き散らしながら叫ぶ。
「こいつが国の!?」
「俺たちの家を壊した腐った王国のやつだって!?」
「この家族はそれを隠していたのか!よくも騙しやがって……!」
怒号から罵声へ。住人たちのざわめきは一つの大きな波になる。
「だがな!誰も問い詰めなかったも、お前らだ!俺の金でいい思いをしただろうが!金に目がくらんで、どこの馬の骨かもしらん俺を、あっさり受け入れやがっただろうが!」
とくん、と私の胸が熱くなった。
「……そっか。素敵なひみつだね」
私の声で、住人たちの声はぴたりと止んだ。
遠くの家が、闇の中から白い輝きと共に浮かび上がる。
わたしの胸に文字が刻まれる。その文字はどくどくと脈を打って、体の外側へ伝わっていく。わたしの手と足のつまさきが、最後の脈を受け止めるように、ぴんと伸びる。
目のまえに崩れるように倒れている青年と老夫婦は、よろよろと起き上がるとお互い顔を見合わせて、同時に呟いた。
「これで、助かる……」
三人は、現れた光に吸い寄せられるように歩き出す。途中で浴びせられる汚い言葉も、投げつけられる木のコップにも反応がない。数人の住人は三人の後に並び、光を追い求めるように後に続いていた。
「あああ、待て待て待て!俺の家が暗くなってきてる!」
「私の家も、そんな……!」
慌てた男と女が、窓の向こうに見えた薄暗い小屋に向かって叫んでいる。
「言う!秘密を言う!巫女様、だからどうかご慈悲を!」
男は膝をつき、両手を合わせて懇願する。
「それじゃ、あなたのひみつを聞かせて?」
わたしは、彼の両手を包むように触れる。
一瞬だけの接触。それだけで彼は満面の笑みを浮かべる。
「はい!実は、あの階段の上にいるハンリとエウレナは、盗人です!この家の装飾品を盗んでいるのを見ました!」
ガタン、と何かが倒れる音。
「なっ!? お前こそ、ナチュアと浮気しているの知ってるぞ!」
「ああ!? な、ななにを言ってるんだ!」
「ふざけないでよ!どうして私がこんな人と!」
乱暴な言葉が頭の上を行き交う。
次から次へと、関係のない話が飛び火し、住人たちを焚きつける。
もう、ひみつじゃなくなった。
わたしは、ぼんやりとした天井の明かりを見つめ、静かになるまでじっと待った。
けど、どれだけ時間が経っても、静かになることはなかった。
* * *
――喰らえよ。
わたしは、村のおそらく中央にある石造りのような硬いベンチに腰かけていた。
まわりは真っ暗。自分の手も見えない。
けど、わたしが灯した家は、闇夜にゆらめくろうそくのようにぼんやりと光っていて、押し込められた人たちで溢れかえっている。
――喰らえ、呑み込め。喰い足りないぞ。
どろっとした液体が、ぽたぽたと頭の上に落ちてくる。
「だってもう、ここにはひみつがない。もう灯せないよ」
――灯す? お前はそんなんじゃないだろう。喰らっているはずだろう。
「……ひみつ。わたしのひみつ……」
液体はわたしの顔を塗りつぶし、胸に流れて、お腹に溜まっていく。
* * *
この世界のどこかには、本当の光があるらしい。
その光は、星の全てを明らかにするくらい眩しい光だという。多くの人間が集まり、輪になってこの暗闇と対峙していると。頭の上の獣が言っていた。
だからわたしは真似て見せた。光を灯せば、人間が集まる。
ただただ、闇で覆うなんかより、ずっといい。
「ねえ。わたしのひみつ。聞かせてあげる」
言葉を失っている住人達の真ん中で、椅子に座ってわたしは、はじめて顔をあげた。
「灯火の巫女……様……?」
わたしの顔を見て、みんな驚いた顔をしている。そんなに変な顔をしているのか。
それとも、そうか。
私の後ろに居るすごく大きな闇の獣が口を開けたから、びっくりしたのかもしれない。
「この光は灯火じゃない。みんなの絶望を味わうための調味料なの」
簡単なこと。だって、光っているように見せているだけなんだから。
そこはまだ食べないで、ってこの子に言うだけ。
「わたしは、ひみつを食べるのがだいすきなの」
誰かの膝が崩れ、積み木がくずれるように、出入り口に住人たちが集まっていく。
けど、開かない。
「素敵なひみつでしょ? わたしは、ひみつが、だいすき――」
――ランプの灯りを息で消すように。
ふっと、音もなく闇に包まれた。
その中でわたしは立ち上がる。またフードをかぶり、考える。
もっとひみつが欲しい。
なら、探しに行こう。
光に人間が集まっていくように、わたしたちもまた闇の中に集まっていく。
知っていた? 光は闇を食べるの。
逆だと思ってた? 違うよ。光は私たちを追い込んでいくの。端へ、端へ。
わたしは、光のひみつを知りたい。
どうして闇を食べてしまうのか。きっと、だいすきなひみつで溢れてる。
そのひみつをいっぱい食べて、
あなたをたくさんの闇で包んであげるね。
「それじゃ、あなたのひみつを聞かせて?」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、“ひみつ”や“灯火”をテーマに、暗い世界の中にほんの少しだけ差し込む光を書きたいと思い、描きました。
読んでくださった方の心にも、小さな灯火のような何かが残せていたら、嬉しいです。
きっとそれは、闇の中に呑まれてしまったかもしれませんが。
実は、この物語と同じ世界観で描いた短編「灯火たちは星の底で。」も公開しています。
そちらはまた違った形の“灯火”の物語です。もしよければ、合わせてお読みいただけると幸いです。
感想やご意見をいただけたら、とても励みになります。
ありがとうございました。