奇声所
「……ん、き、せい、じょ?」
【きせいじょ】
街を歩いていたおれは、そんな看板を見つけた。近くには、喫煙所みたいな四角い箱がある。ただ、その箱には隙間も排気口もなく、完全に密閉されているようだ。壁は全面曇りガラスで中は見えないが、影が動いているのがわかる。どうやら何人かの人が中にいるらしい。
好奇心にかられたおれは、その箱に入ってみることにした。
ドアを開けると、二重扉になっており、狭い空間の向こうにもう一つドアがあった。おれは二つ目のドアを開けた――
「キイイイイアアアアアアアアアアアアァァァァ!」「ブアアアババババババババ!」「アアアアアアアァァァァァァァ!」「カアァァァァァァ!」「キィィィィィィィィィ!」
その瞬間、凄まじい奇声が耳を襲った。はしゃぐ子供が出す車のブレーキ音のような甲高い叫びが響き渡り、思わずおれはドアを閉めて後ずさった。わずかに見えたのは、スーツを着た男たちの姿。ちらっと女性の影も見えた気がする。どうやら、会社員や主婦といった普通の大人たちが奇声を上げているらしい。
そうか、ここは『奇声所』というわけだ。
しかし、なぜこんな場所があるんだろう。現代社会が生んだストレスの捨て場所なのか。カラオケボックスのようなものと考えれば、納得できる。確かに、大声を出すのは気持ちいい。
だが、こんなところで発散しなければならないほどのストレスを抱えたくはないものだ。まだ、耳がキーンと鳴っている……クソ。奇声を一方的に浴びせられただけで帰るのも悔しいので、おれはもう一度中に入ることにした。
「キイイィィィィィィィィ!」「ケエエエエエエエエエエエエエェェェェェェ!」「アアアアァァァァァァァァァ!」「キイイイイイィィィィィィィィ!」「クァァァァァァァァ!」
再び中に入り、完全にドアを閉めると、その凄まじさは先ほどとは比べ物にならなかった。目がチカチカし、頭痛がする。奇声が箱の中で反響し、まるで洪水の中を泳ぎ踊る魚の群れ。
中にいる人々は全員、顔を真っ赤にし、血管が浮き出ている。舌がひと結びできそうなほど長く垂れ下がり、床に落ちた涎が、蛍光灯に照らされ、光っている。胸糞悪い、吐きそうだ。
「……オ、オ、オエッ、キ、キエ、キエエエエエエェェェ!」
おお、ああ、おお……おれの口から奇声が自然とこぼれた。いや、躍り出たのだ。奇声はまるで解放に喜ぶように活き活きと室内を駆け回り、他の奇声とセックスを始めた。奇声たちは増殖し、人々の体内に入ってはまた出て、ともすればここは寄生所であり、繁殖所でもあり、おれがここに入ってきたのも、もしかしたらすでに操られキエエエエエエエエエエエエエ――