第99話 纏骸魔境(5)
命に形があるのならそれは美しい球体であろう。
虚空も静まる夜の中で、光と影が、神々の指より紡がれる。
糸は交わりて円環を成し、命の紋を織り出した。
月夜に浮かぶその紋は、花のように咲き、潮のように巡り、天を映す鏡となった。
まさに神の鏡。
月光に照らされた閃光竜は芸術品のように美しかった。
その閃光竜を指さして死霊たちが笑って歌う。
〈なれはてすえに しんだこどもを
■■さますてた もういらないよと
みんなもすてた ■■■■■■■■
だからやめよう ■■■■■■■■
にどとひとつにもどらぬように
だからこわそう ■■■■■■■■
にどとひとつにもどらぬように
もとはひとつでおなじでも
にどとひとつにもどれぬように〉
「「『にどとひとつにもどれぬように』」」
一万の死霊たちの災歌を背景に閃光竜にむかって空を駆ける。
竜が雷光のように瞬き、青い月のような閃撃を放った。
俺を両断しようと向かってきた閃撃を身を捩って躱す。こんな巨大な体躯で機敏に動けるのか少し心配だったが俺の体は想像よりはるかに素早く動いた。
ただ全身を動かすだけではなく、内側から体を組み替えながら進行方向に動く。まるで液体の塊のように、流動的に、動きに合わせて、体躯の中を崩しては再構成する。一番先頭にいた右手はいつのまにか胴となり、最終的には一番遅れた左手となった。
それがこの体の最速の動き方だと直感で理解した。
移動の度に〈纏骸〉を繰り返す要領で通常の動きに組み換えによる速度上昇を乗せる。MPを尋常じゃなく消費するがここにはさきほど取り込んだ老若男女人魔とりどりの脳がまだまだ沢山ある。
異形の翅を上下に振るわせて、高度を上げる。この翅も空を飛ぶためにあるのではなく、移動用の軛として高度を固定するためにあるものだった。
翅でよじ登るように高度を上げ、閃光竜の光る体に掴みかかった。
閃光竜のあまりに重い密度と熱量に、触れた部分が消し炭になるが、その炭化した腕で、がっちり掴んで竜を下に引きずり下ろす。
ずりずり、ずりずりと高度を下げる。竜の周りに発生したいくつもの光弾が、俺の全身を貫くが、常に組み替わり続ける巨躯の前にほとんど効果はなかった。
雲の上から、
浮遊街の高さ、
そして地上の避難所まで。
抵抗する閃光竜を力で抑えつけてそのまま地面に〈叩きつけ〉た。
爆発で吹き飛んだ東区避難所の跡地で、閃光竜の上に跨り、何度も何度も拳を〈叩きつけ〉る。
訳の分からない幾何学体のどこに弱点があるのかは想像もつかないが、それなら【死霊術師】として魂にふれて壊せばいい。
〈蝕魂〉で竜の魂に触れる。
予想通り、今の竜の姿は肉体を失った精神体。体そのものが魂というに等しい姿だった。
死霊たちの歌に合わせるようにガンガンガンガンと拳を〈叩きつけ〉て魂を殴りつぶしていく。
綺麗な幾何学模様はぐちゃぐちゃに破壊され、竜の核と思わしき部分が露出した。
腕を二本地面に増やして、増やした腕で閃光竜を地上に抑えつける。
そして残りの身体で飛び上がり、俺は自分自身の、この異形の巨躯『纏骸魔境』の背骨を引き抜いた。
㞔槍、奇妙なこの槍はいつのまにか手元に返ってきてこの巨躯の脊椎の役目を果たしていた。
身に纏っている死骸たちをすべて引き抜いた槍に集める。まるで螺旋を描く様に俺の周りから肉が流れるように移動していく。人の腕が巻き付いたような姿だった㞔槍は、まさにその名の通りの何千の人々の腕と身体が巻き付いた巨大な一本の槍になった。
「うらみ」
「つらみ」
「よくもたべたなぁ」
「なえどこじゃないもん」
「ころす」
死霊たちも補強するように槍を支えてくれている。マナも肉も、本体以外のありったけのすべてをそちらに移してまっすぐ閃光竜を狙いをつけながら、俺はさらに威力をあげるべくダメ押しのスキルを発動した。
俺の知るかぎりもっとも殺意の高い魔術。
冒涜の【死霊術師】として手に入れた【死霊魔術師】の秘術。
〈絶死の雷〉
炎雷が㞔槍を包み込む。
かつてメルスバル卿が俺に放った即死級の攻撃。皮肉にもスキルとして取得したその炎雷を巨大化した㞔槍に纏う。炎雷により異常なほど不安定になった大気はまるで自らを燃料に自らを燃やすようにどんどんどんどんと不安定さを増していった。
「瀰漫した悪意は決死の正義には敵わない」
〈槍投げ〉
「俺たちが正義だ」
投げ下ろされた㞔槍はまるで雷のように走り、
そして、
圧倒的な熱と質量で竜を塵すら残さずを消し潰した。
ほとばしる炎雷が東区全体を覆っていく。
炎雷が、閃光竜と共にそこにあった街も文化も、人の営みの痕跡すらすべて焼いていく。鳴りやまぬ〈絶死の雷〉が一瞬のうちにすべてを燃やし尽くし、東区は灰燼に帰した。
大量の経験値が喉を通る感覚がして、東区避難所の戦いは終わった。
征暦997年360日23時55分~360日0時09分
【犬獣】多頭竜、レベル551相当。【死霊術師】ナイクによって討伐。
文字通り全身全霊を㞔槍に移して体に力が入らない俺は、死霊たちにプラプラと吊るされながら、燃えつきて何もなくなった避難所にゆっくりと降り立った。
灰の中にひとつポツンと取り残された㞔槍から、父の形見の穂先と㞔槍の本体を引き抜く。死骸の塊は砕けて遺骨が舞い散った。ぱらぱらと焼けた遺灰が降りそそぐ中で、俺は大きくため息をついた。
「これでレベル上げ完了だ」
俺かつぶやくと、天から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
見上げると万を超える死霊たちが一斉に手を振り歓声をあげている。
「すたんでぃんぐおべーしょん」
「ぱちぱちー」
「こっちみてー」
「こっちこっち」
「これが六禁!」
「ぱちぱちー」
「じんるいさいきょーさいあく」
「ありがとー」
「みかただとたのもしー」
「このままじんるいのみかあでいてねー」
彼らに手を振り返して、その場でうずくまり息を整える。
ようやくだ。
これでようやく魔王ダンジョン内でも生きていける算段がついた。
休憩もそこそこにして、もう行こうと再度足に力を込めて立ち上がる。大量の死霊たちに見送られながら東区避難所を後にした俺の周りを公園組の死霊達がまわった。
「なんだ憑いてくるのか」
「もろちん」
「まかい! まっかい!」
「わくわく」
「趣味悪いな兄貴が泣くぞ」
「なかせとけ」
「いっぱいないたらたちなおるのだ?」
「もうおとな」
手厳しく首を振る彼らをみて俺はもう一度大きくため息をついた。
「ところでナイ坊。その手は大丈夫なのですぜ?」
「おててへん」
「きもちわるい」
「ぶきみ」
死霊たちがわきゃわきゃいいながら俺の両手を見つめる。はじめは全く意味がわからなかったが、よく観察すれば、たしかに変だった。
「右手と左手が逆だ」
手首から先、両手が逆さになっている。親指があるべきと所に小指があり、小指があるべきところに親指がある。恐ろしいことにその異変はよく見ないと気が付かないほど俺の体と魂になじんでしまっていた。
今まで通り物を掴めるし、槍も振るえる。力を籠める小指が上にあってむしろ扱いやすいと感じるくらいだ。逆にいえば、あまりに自然になってしまっていて切り落として治そうとしても、この形に戻ってしまうだろう。
「なおせないの?」
「だいしょうだー」
「がしょくこちゅ!」
「てんがいまきょ!」
「『あんなむちゃした、だいしょう』」
『つかえばつかうほど』
『人の形を見失う』
3章前半終了時点のステータス
ナイク【死霊術師】Lv.159
竜の肉を取り込んで再生したことで肉体的なレベル上限消失
〈蝕魂〉による魂変化により精神的なレベル上限消失
⇒女神の加護不要で人類上限突破済
所持スキルツリー 未割り振り0
⭐︎冒涜のネクロマンス 99(完成)
•初級槍術 30(完成)
•冒涜の災歌 30(完成)
・冒涜のネクロマンス
〈死霊契約〉〈継承の儀〉〈脳喰〉〈■■〉〈■■〉〈死体修復〉〈摘出〉〈■■〉〈■■〉〈纏骸〉〈絶死の雷〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈MP上昇10倍〉〈■■〉
・初級槍術
〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈槍装備時ATK上昇0.5〉〈棒高跳び〉〈刺突波〉〈槍装備時ATK上昇0.5〉〈槍装備時ATK上昇0.5〉〈槍装備時ATK上昇0.5〉〈残心〉〈常在槍術〉
・冒涜の災歌
〈聴覚強化〉〈歌唱力強化〉〈冒涜の災歌 第1節〉〈冒涜の災歌 第2節〉〈メトロノーム〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉〈■■〉
・特殊取得
〈隠匿〉〈捕食強化〉〈蝕魂〉〈絆の縁〉
・取得新スキル
〈死霊契約〉
簡易解説:死霊と契約することができる。契約した霊は死霊術師のMPを使用し、物理干渉を行うことができる。死霊術師の基本技能の一つ。
〈継承の儀〉
簡易解説:継承の儀(経験値譲歩を目的とした両者同意の上での殺人行為)を行った際、相手からスキルを一つ受け継ぐことができる。1度のみの使い切り。先行取得していた〈蝕魂〉の補填スキル。
〈脳喰〉
簡易解説:生きたまま脳を捕食することでHPおよびMPを著しく回復することができる。また魂を捕食することで捕食対象の記憶の吸収と一時的なMPの上限突破を可能とする。
〈死体修復〉
簡易解説:遺体をまるで生きているような理想状態に戻すことができる。限定的な修復スキル。
〈摘出〉
簡易解説:生物から臓器をいきたまま取り出すことができる。〈摘出〉によって取り出された臓器は〈摘出〉の効果が切れるまで生き続ける。
〈纏骸〉
簡易解説:冒涜の死霊術の第一の奥義(10番目のスキル)。死体を身に纏って自らと同化する(纏める)ことができる。また同化した一部を切り離すことも可能。
〈絶死の雷〉
簡易解説:物質をプラズマ化する。【死霊魔術師】メルスバル卿が考案した創作スキルのひとつ。
大気中の微粒子の電離(炎)+大気そのものの電離(雷)=炎雷




