第98話 纏骸魔境(4)
「雅殖孤蟲」
「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「そのへんでいいから………」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」
多頭竜が一瞬で朽ちていく。
鱗がぼとぼとと剥がれ落ち、
血が沸騰するように爆ぜた。
まるで内側から腐り落ちるように全身が崩れていった。
子供の頃、本で読んだことがある。腐敗とは目には見えないほど小さな微生物たちの捕食行為の結果だそうだ。つまり腐れとは食って食って食い尽くしたあとの排泄物。多頭竜の中で、その腐敗と同じことが起きていた。
竜の中で俺たちが這いずりまわっている。俺たちが血管を内側からズタズタにし、こぼれる血すら啜りつくす。多頭竜の無数の頭から漏れる絶叫を肴に骨髄軟骨を割り、神経束を千切って喰い尽くしていく。竜の体内はどこをとってもマナが豊富で、非常に味わいがよかった。
すこしおいしすぎた。
もう〈摘出〉の期限が迫っているのに皆夢中になって喰い進んでいる。
「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「そろそろもどるぞ」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「そろそろもどる時間だぞ」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」「雅殖孤蟲」
「いいから……はやくかえってこい!!」
どうやら1%が俺が俺としての最低限の理性と知能を維持できる限界のようだ。いま竜の中で暴れている99%の俺たちは気持ちよく喰って暴れること以外何も考えられていない。今楽しいのが一番で、死んでもまぁいいかなんて思っているのだろう、自発的に還ってくる気配がない。
嚙み砕かれたままべちゃりと地面に投げ捨てられた最後の1%の俺が、肉の枝を伸ばして腐れ落ち散らばっている俺たちに語り掛ける。
「戻るぞ」
「雅……はやいな」
「雅殖……もどるか」
「雅殖孤……しょうがない」
呼びかけに応じて俺たちがぞろぞろと還ってくる。呼びかけられた俺がさらに横の俺に呼びかけて次々と俺が還ってきた。
10%20%30%
飛び散った竜の破片から俺たちが還ってくる。
多頭竜を殺すには十分腐らせた。止めを刺すには至らなかったがもはや蟲の息だ。
まだかろうじて原形を保っている竜の、その中で暴れている残りの俺たちにも呼びかけようとして、
違和感に気が付いた。
熱い。
多頭竜が熱い。
多頭竜の重く濃厚なマナがさらに重く、
内側の一点に集まっているのを感じた。
爆発!?
「まずい!! 逃げ……」
瞬くような閃光が走り、目の前が真っ白になった。
すべてふきとんだ。
もはや自分がどこにいるかわからない。
多頭竜の〈自爆〉によって避難所は跡形もなく吹き飛び、
せっかく集めた俺たちは再びバラバラになって、塵埃とともに闇夜の空を舞った。
上も下も分からない。
多分、ここは避難所のはるか上空。
吹きすさぶ爆風に揉まれて、幾千もの人の魔物の死骸が舞い上がっている。
このままでは本当に死ぬ。
俺たちがどこにいってしまったのか俺自身にも分からない。爆風によって意識すら共有できないほど散り散りに離れてしまった。
「一つに……一つに戻らないと……」
思考が、能力が、俺がどんどんバラバラになっていく。
30兆に分けても壊れなかった俺の魂にヒビが入る。
多頭竜から弾け飛んで千切れた首を〈纏骸〉でつかんで1%の俺は自らの周りに再び臨時の体を作る。
「なんのため……たたかっ……おもってんだ」
血管のように肉の枝を伸ばして空中に散らばっている俺をかき集めていく。
だがどれほど頑張って集めても近くには数%もいない。しかもその数%の俺たちもいくら説得しようととも戻ろうとしてくれなかった。完璧に計画が破綻れて全員が恐慌状態に陥っている。
次々と横々のつながりが切れていくのを感じる。
俺たちが俺じゃなくなっていく。
このままではもう元には戻れない、そんな気がした。
死が、目の前に迫っていた。
お前をとびきりまともで、とびきりちっぽけで、とびきり優しいやつに育てる義務がある。英雄になんてならなくていい、弱くていい、モテなくていい、誰にも必要とされなくていい。お前は誰よりしょうもなくて、誰より人を愛せる男になれ。
父の言葉が頭に浮かぶ。
普通の人間になれ、お前ならきっとできる。そういわれて育てられた。
俺は……普通?
「俺は……認めないぞ」
〈纏骸〉で巻き上がった破片を手当たり次第に纏っていく。人の遺体も、魔物の死骸も、竜の破片も、すべてを纏めて纏っていく。
「551レベルの竜と戦って、数兆に分裂して、喰って暴れて糞尿垂れ流して、あげく爆破されて死んでいくなんて」
魂が、俺が、血となり、巨大な毛細血管の様に繋がる。
俺の体は広がり、腐り飛び散った人魔の破片をすべて巻き込んで、空一面を包むよう大きくなった。
「それのどこが普通だ!! こんなイカレタ死に方認めない!!」
100%
蠢く死肉の網の中で散らばる自分を一つに纏め治す。1%の俺は混乱している99%の俺たちにむかって必死に語りかけた。
「俺は普通になりたいんだ。とびきりまともで、とびきりちっぽけで、とびきりつまらない田舎の、弱くて、モテなくて、誰にも必要とされない。とびきりつまらない男に!! だから全員手を伸ばせ!!」
慌てふためいていた俺たちは『普通じゃない』という言葉が効いたのかぴたりととまった。
「まぁ普通じゃないな」
「普通じゃないか」
随分と気に障ったのか、俺たちがぶつぶつと文句をいいながら全力で枝を伸ばした。ひとりひとりつながるたびに自分の中にはめこんでいく。宙を舞う巨大な〈纏骸〉の中で、心臓が、肺が、咽頭が、肝臓が、胃が、胆嚢が、脾臓が、膵臓が、小腸が、大腸が、膀胱が、睾丸が、横隔膜が、腎臓が、骨髄が、脾臓が、胸腺が、リンパ節が、血が、血管が、筋肉が、皮膚が、目が、耳が、鼻が、神経が、脊椎が、そして脳が徐々に再生していく。
ついに俺は再生した。
マルチウェイスターの上空で。
100%の俺自身と、つなぎとして多頭竜の肉体と避難所中の大量の人魔の死骸を纏めて取り込んだ、巨大な、形容しがたい一人の人間として。
「俺はひとり。それが普通だ!!」
咆哮が雲を吹き飛ばし、
深淵のような月明りに死が浮かぶ。
人魔の境なく、骸を纏めてできた死の象徴。
幾千の人々の血肉骨が身と成し、
幾千の肋骨と腕と横隔膜が背中にあつまり、まるで蟲翅のような翼を広げた。
全身に散らばる幾千の眼球が、耳が、鼻が、舌が四方八方すべてを見回し、
腐り落ちた竜の多頭がまるで毛の様の生えてすべてを威嚇する。
少し動くだけで圧し込められて潰れた魔物の死骸が血しぶきとなった。
そして万を超える死霊たちが空を覆いつくすように愉快に渦巻いた。
「これぞぼうとく」
「おお」
「すご」
「お歌の時間?」
「いめちぇん」
「しにがみ」
「ごはんの時間?」
「纏骸魔境」
「キモカッコいいぞ」
空を埋めつくすほどの大量の死霊がルンルン踊る。彼らは再生した俺を褒め称えながら皆、一様に俺のさらに上方に浮かぶそれを指さした。俺と同じように避難場を飛び出した雷光のようなマナの塊。
自分を元に戻そうと、四苦八苦していたせいで、気が付くのが遅れてしまったようだ。
目の前には雷光にように瞬いている竜がいる。多頭竜は雅殖する俺たちから逃れるために、頭という頭をすべて切り落とし、腐り落ちた肉体を脱ぎ捨て、完全な精神体となって浮いていた。
もはやそれに頭はひとつもなく、しかし、だからこそ肉体という宿痾を捨てた、生命を超越した精霊とでもいうような幾何学的な姿であった。
月夜に浮かぶ閃光竜ともいえるその存在は、もう一つの月の様にギラギラと輝きながら、こちらを睨んでいた。
「ナイ坊、アイツも変わったみたいだぞ」
「二回戦ですぜ」
東区壊滅させ、万に近い人を殺した竜。
今回のレベル上げの最終目標。
レベル551相当【犬獣】閃光竜。
「ずいぶんと小さくなったな。負け犬さんよ!!」
竜に向かって吠えた俺の、まともな声にならない咆哮がマルチウェイスター中の夜に響き渡った。
あとがき設定資料集
【生態学者】
※HP 10 MP 10 ATK 4 DEF 6 SPD 0 MG 0
〜閲覧禁止〜
簡易解説:アルケミスト系統の役職。生物学系の学問役職の一つ。生態学はダンジョン学ともいわれ、生態系生物であるダンジョンを対象とする最もメジャーな学術分野である……が、教会によって【生態学者】が生態学を研究することは禁止されている。
教会の定める犯罪役職であり、十災とよばれる準六禁級の災厄役職。




