第96話 纏骸魔境(2)
「見縺、縺代◆」
視界が真っ二つに引き裂かれる。
世界が左右に離れていく。
切られたのは俺自身。
〈纏骸〉ではなくまごうことなき本体だった。
〈摘出〉
反射的に自分自身の全臓器に〈摘出〉をかける。
次の瞬間には俺はバラバラになった。脳がほぐれて紐になり、眼球が玉のようにはずんで、心臓が脈打ちながら飛び散った。引き裂かれた勢いで内側から爆発したように散らばる俺の内臓は、生きたまま死体の山の上に紛れて転がった。
〈摘出〉
生物から臓器をいきたまま取り出すことができる。〈摘出〉によって取り出された臓器は〈摘出〉の効果が切れるまで生き続けます。
「ぎゃー!!」
「ナイ坊死んじゃう!!」
死霊たちが飛び散った肉片を運びながら竜から逃げる。
「こっちにかくすぜよ!」
「はやくからだもってくるのだ!!」
俺は公園組の死霊たちが運んで隠してくれた肉片から再生した。撃ち落されていく自分の他の肉片を見ながら眼球を核に、周囲の死体から寄せ集めた肉を身に纏って、足りない脳を目を、口を、舌を、鼻を、喉を、心臓を、肺を、仮の体で埋めていく。
だがその新しい体も竜に気が付かれた次の瞬間には叩きつぶされた。
「散うぇ」
潰れる直前に再び全身に〈摘出〉をかけながら死霊たちにお願いする。頭から叩きつぶされて視神経が千切れる直前に見えたのは竜の赤白い凹凸まみれの巨大な舌垢だった。
五感ごと俺の体が何度も潰される。
俺は再生しては、
「ぎゃー。おってく……」
意識がきえ、
「てがないよ!」
「じんぞうもない!」
再生しては、
「おめめが、た、たべられち……」
意識がきえた。
「もうほとんどのこってないよー……」
「ないぼうからっぽ!」
「ないないぼう!」
ぽちょん
ぽちょん
水の滴る音が聞こえる。
ぽちょん
ぽちょん
気が付けば俺はマルチウェイスターのギルドのような場所にいた。
「どこだここ」
脈動する太陽とくすんだ赤の不気味な空の下。荘厳な金の冒険者ギルドのエントランスに俺はひとり佇んでいた。墜ちたはずの浮遊街の下を覗くと下にあるのはマルチウェイスターの街ではなく、赤い血の海。さきほどまで竜と戦っていたのに俺はどうなってしまったのだろう。
「誰かいないのか?」
誰一人いない無人の受付の裏を覗く。とそこにはクエストの束が無造作に散らばっていた。まるで先ほどまで誰かがいたようなそんな散らかり方。束になっているクエストの一番上を手に取ってみる。
「【一つ目鬼】一家惨殺事件?」
クエストの束に見えたものはクエストではなく過去の出来事を詳細に記録した報告書であった。
”【一つ目鬼】一家惨殺事件”
”豚人村解体展覧会”
”迷子9歳児たちのダンジョン踏破録”
”【鬼人】虐殺遠足”
”再録:迷子11歳児たちのダンジョン踏破録”
ぺらぺらと報告書をめくっていく。そこにはガンダルシアの辺境の村で一人の少年が起こしたあまりにもおどろおどろしい事件の数々が詳細に記録されていた。
”【槍聖】親子討伐包囲網”
”豚王の森焼き討ち。弔いのBBQ”
”ガ領竜群討伐大作戦”
”オケーアニア魚兵団殲滅戦”
”【死霊術師】神託”
「まさか全部俺か?」
だれが書き残しているのかは知らないがそこには詳細な俺の行動の記録がおもしろおかしい注釈とともに残されていた。俺が知っている限り、ここまで俺のことを知っていて、さらにこんなことをする奴はひとりしかいない。
確かめるために、さらにページをめくる。
”ガンダルシア監獄艦から脱獄せよ!!”
”常昼の森大規模クエスト”
”青き血のブルームシーブス逮捕劇”
"死霊魔術師連続殺人事件"
”時計城無限ループ”
”催眠術師虐殺決闘”
……そして一番下にあるのは”第16次魔王侵攻”
『【死霊術師】は多頭竜に食われた』
その一言と共に記録は途中で途切れていた。
「俺はついに死んだのか。やはりここは女神の空間」
きっと俺の意識の変化に対応しているのだろう。以前女神と話したときは辺境にある故郷の家だったのに今はマルチウェイスターのギルドの形になっている。
「違う。此処は赭の間。僕が女神への報を君に代りて作りたてまつるぞ」
突然後ろで声がする。湧き上がる泥のように現れたそいつは男の顔をしていた。まるで死を体現したような不気味な青年。色褪せた灰色の瞳がまるで一切の興味も無さそうにこちらを向く。
虫ケラを見るように、退屈そうにこちらを見つめるその男。本能的な忌避感に襲われて思わず目を逸らすとその男も同じように俺から目を逸らした。
それでもどこか目を離せない魅力を感じて忌避感を抑えて彼を見つめなおすと彼も同じように俺を見つめ返した。
俺たちは、僕たちはお互い睨み合った。
パキンと音がして目の間の自分が割れる。
「鏡か……」
大きな音を立てて崩れた鏡は破片となってバラバラに俺の姿を写した。目が、耳が、指が、心臓が、幾千に千切れ飛んだ肉片を映した鏡の破片が散らばる。まるで竜に叩きつぶされた今の俺を示すようにギルド中に鏡の破片が舞った。
「思い出せ」
破片のどこかから声がする。
バタンと音を立てて報告書の置かれていた机が倒れた。散乱する俺の記憶に紛れて、見たことも聞いたこともない記憶が書かれた報告書が数枚舞う。
”実兄尊厳殺害”
”アーサワーク全救済”
”大巡礼”
それは600年前の落城の【死霊術師】の記憶。少し読むだけで吐き気がするほどの残虐な虐殺の記録だった。
「落城の【死霊術師】ウィークロア」
「違う。僕は君」
頭の中に声が響く。
「僕は君だ」
「ちげぇよ。俺はお前みたいにはならない。普通の男だ」
ぽちょん
ぽちょん
血の滴る音が聞こえる。
「おお、さいせいした。すご」
「一番大きなのどこのはへんだっけ?」
「くるぶしのなんこつ」
「からっぽないぞう。ないナイ坊」
意識をとりもどした俺の前に大量の死霊たちの声が響く。眼球がないので何も見えないが、おそらくここは避難所のすみのすみ。遠くで竜が暴れているような音が鳴っていた。
あわあわ慌てながら心配そうに俺の周りをまわる死霊たちの目の前で俺は空っぽの眼窩から血の塊を吐き出した。
「ナイ坊、生きてる?」
ぽちょん
ぽちょん
半分もない脳味噌から血が滴る音が耳の中に響く。
どうやら死霊たちが頑張って肉片を逃がしてくれたようで俺は何とか生きながらえたようだ。〈纏骸〉で落ちている魔物や人の死体をのりしろにしてかろうじて人の形を作る。
「残存率37%ってとこか」
と、喋ろうとしたのに声がでない。喉に触れるとそこにはあるはずの肉が一切なく骨がむき出しになっていた。急いで転がる死体から肉を削いで喉を埋める。そして眼を作り無理やり押し込むと視神経がつながり視界が開けた。
「竜はどうなった?」
「だみーナイクをおっかけてる」
「みんなでナイク風人形つくってそれっぽくうごかしてるの。ぼくの案」
死霊たちのひとりがえへんと胸を張る。【振付師】だという彼女の頭を撫でると嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。
竜はいま俺のことを見失っているということだろう。
本当にうまくやってくれたようだ。
「にげるべし!」
「フリカリルトさまときょうりょくするのだ!」
「イヴァさまともきょうりょくするのだ!」
「ひとりはむぼうだぞ!」
死霊たちがぽんぽんと俺を慰めながら俺を竜とは真逆に連れて行こうとするが、俺は彼らに向かって首を横に振った。
「いや、時間がない。俺はもう死ぬ」
「なんで?」
「どういうこと?」
「咄嗟だったからな。〈摘出〉の保存期限は後10分くらいだ」
それ以降は環境が厳しい肉片から順に徐々に死んでいく。今、俺の脳は半分、眼球はどっちもないし、肺も足りない。足も膝から下は作り物だ。ここにない俺の残りの63%は竜の中に食われて取り込まれてしまったのだろう。どんな状態か分からないが、まず間違いないのが〈摘出〉の効果が切れた瞬間にその部分の臓器は即死するということ。
当然、〈摘出〉の効果が切れたら今残っている臓器も死んでいく。
つまり俺の寿命はあと10分。
「ど、どうするのだ??!!」
「しれいじゅつししんじゃうの?」
「10分じゃたおせないよ!!」
「ぼくらじゃだめーじもあたえられないのに……」
視界いっぱいの千人以上の死霊たち全員が不安そうに震えている。俺は彼らを安心させようと立ち上がり頷いた。
「大丈夫だ。もう殺し方はできている。お前らにはBGMをお願いしようか」
「『お歌の時間?』」
「どうやるの?」
「芽殖弧蟲」
あとがき設定資料集
【振付師】
※HP 2 MP 4 ATK 5 DEF 4 SPD 6 MG 9
〜動と静、緊張と緩和、一瞬と永遠。1分もない表現の中に人生を込める。原初の踊りとは神との一体化だったという〜
簡易解説:魔術系統の役職。さまざまな効果を得る踊りの〈型〉を考案し、他者に授けることができる特殊な役職。考案した〈型〉を自ら踊ることで自分で効果を得ることも可能。




