第95話 纏骸魔境(1)
一般にマナと生命の関係はゴミとゴミ処理用魔道具(通称:掃除機)に例えられる。
何もない空間はマナの濃度が薄く、逆に魔物や人間のような生き物の中は集められたマナで高濃度。すべての生き物はマナの塊であり、そして同時にマナを集めるための集積装置であった。
魔物も人も、ダンジョンも本質は同じ。生命とは空間や他の生命からマナをどんどん喰らいその濃度を濃くしていくもの。生きて集め、そして死に際して集めたマナを撒き散らす。それがこの世界で生きる俺たちに定められた習性であり本能だった。
そしてレベルとはそのマナの濃さに他ならない。
身体の中にどれだけマナを集めたか。
人のレベルが99と159で上限を定められているのも、魔物に竜化という変態が存在することも理由は同じ。身体の容量はある一定以上のレベルに達するとそれ以上の高濃度のマナに耐えられないからである。ゴミと掃除機の例えで例えると、ゴミでぱんぱんになってしまった掃除機ではアップグレードしないとこれ以上ゴミを詰め込めなかったというと分かりやすいだろう。。
そういうわけで高レベルになるとそれに応じたマナ拡散性の低い強固な身体に作り替える必要があるのだが、この新しい肉体には難点があった。強固な身体は拡散を抑える代わりに逆に新たなマナの吸収を妨げるのだ。つまりレベルが非常に上がりにくい。ぱんぱんのゴミ箱の中にいくら薄いゴミを入れようとしても濃度は簡単にあがらないし、その上ゴミ箱の入り口すらきつく封がされているのだ。
それがレベルが高いものがレベルアップしにくい理由。
なぜかもらえない女神の実績に業を煮やして〈蝕魂〉で勝手に魂をいじってレベルの枷を外した俺だったが、体の側までは上手く調整することができなかった。結果として経験値を得ることはできるのみ、得た傍から溢れ出し、まともに経験値を溜めることができないという何とも中途半端な状態になってしまった。
やはりレベルを上げるには女神からの実績が必要なのだろう。あるいはそれの代わりとなる死霊術の習熟か。
結局、この東区で俺がレベル上げをするために討伐しなければいけない魔物はすでに決まっているようだ。死霊たちの復讐や生きている避難民の救助に付き合ってもMPの補給にしかならない。
それでも目についた魔物を手当たり次第に解体し、数少ない避難民の生き残りたちを救助しながら避難所内を突き進むと俺の前についにそれは現れた。
「きた」
「おねがい」
「あ、あああああ」
「おねがい」
「かたき」
「あだ」
それが来たという事実を知らせるためだけに、視界を埋め尽くさんばかりの何千の死霊たちが俺に囁く。
沈むような地響きとともに目の前に現れたそれはあまりにも重かった。
まるで空間そのものを捻じ曲げているような巨大な化物。
東区壊滅させ、万に近い人を殺した竜。
今回のレベル上げの最終目標。
【犬獣】多頭竜 レベル551相当
それは見るからに災厄だった。無数の頭が絡み合い、咆哮と共に血の臭いをまき散らす。一つは歯をむき出しにして嘲り、一つは首を蛇のようにうねり、一つは爛れた肉の中から天に向かって呻いた。
幾重も積み重なった咆哮が鼓膜を絶え間なく震わす。
竜の鱗は腐った鉄のように黒く、その瞳は飢えていた。
その四肢の下には、踏みつけられたこの街の千年の歴史と、人生すべてを無視され、ただの餌として貪られた家族たちの亡骸が散らばっていた。
「「アイツを殺して【死霊術師】」」
わざわざ荘厳な言葉を飾り付けなくても分かる圧倒的な強者。おそらく人の身では到達できないほどレベルの存在。この竜に何の準備もなく、単身で挑むのはあまりにも無謀であまりにも傲慢だった。
だが俺が一気にレベルを上げるにはこいつを討伐しないといけない。
「人が愛するとはそういうものだ」
背後からの不意打ちしようと、気が付かれないように息をひそめて身を隠す。
だが〈隠匿〉で完璧に気配を消していたにも関わらず、その竜の何十もある顔はただ一人俺だけを見つめていた。
「あっ、しま……」
体が吹き飛んだ。想像を絶するような痛みと共に竜の爪に真っ二つに引き裂かれ下半身が向こうの方に飛んでいくのが見える。
腕と足が千切れて感覚がなくなる。余った胴体も頭から縦にさらに二つに引き裂かれて俺の体はごみ切れののように散らばった。
「次」
俺を切り裂いた竜の後ろから次の俺が〈槍投げ〉する。突き立てたはずの槍はコツンと小さな音を立てて床に落ちた。そして瞬きもする間もなく二人目の俺も吹き飛んで潰れた。
「次」
足元から竜を掴む。今回の戦いのために臨時で〈死霊契約〉した死霊たちに手伝ってもらいつつ竜の脚を捥ごうとしたが俺自身も死霊たちも誰一人として鱗の一つも剥ぐことができずに俺はすぐ潰された。
内臓が張り裂け、軋んだ骨が心を折るような絶望を与えてくる。
「次」
次の俺が腹の下から槍を突き立て、そして穂先すら刺さらずに、逆に俺はすぐに切り裂かれた……
「どう?」
多頭竜から程遠い避難所の端に集まった見渡す限りの㞔く死霊たちが一斉に首を傾げた。
「まだ分からないな」
レベル99となって大量のスキルを取得したがまだうまく使いこなせていない。何ができて何ができないかわからない。無謀に近いこの討伐が可能かどうかの判断がつかなかった。
【死霊術師】レベル99
⭐︎冒涜のネクロマンス 54
•初級槍術 30
•冒涜の災歌 15
人々の死体に身を隠し、殺した魔物の血肉に紛れながらスキルを使う。〈摘出〉や〈死体修復〉などの新規取得した死霊術スキルの中でも最も期待できるスキルは〈纏骸〉という死体操作スキルだった。
〈纏骸〉
死体を身に纏うことができます。身に纏った死体は貴方の体になります。意識を残したまま体の一部を切り離すこともできます。
転がっている死体から意識を共有するもう一人の自分を作る。もう一人の俺の操作感としては五感が広がり自由自在に動かせる新しい指が増えたような感じ。一般的によく言われるアルケミスト系統の代表格のスキルである自動人形の操作感と同じである。
できあがった俺は、俺と手を合わせて愉快に踊った。
「すぐ近くにいる間なら上手くいくんだがな」
一体といわず二体三体四体。再び威力偵察用の〈纏骸〉を追加で作る。できあがった俺たちはお互いに目を合わせてため息をついた。
「本体から離れた途端に子供の柔肌みたいに脆くなるのがな」
「またよく分からないスキルだな」
「弱くはない。やりようはある」
「でもこれでどうやって551と戦えばいいんだ」
公園組の死霊たちが興味深げに俺たちの周りをまわる。
「ナイ坊がいっぱいですぜ」
「いっぱい死霊術師!!」
死霊たちがポンポンと俺を叩くと、一番遠くにいた俺は叩かれた衝撃に負けてべちゃりとつぶれた。共有される痛みで全俺がうめく。
「あ、こわれちゃった」
「もろ」
どうにも冒涜の【死霊術師】は落城の【死霊術師】と比べて死体を操るのはあまり得意ではないようだ。本体から歩いて10歩分の距離が元の俺の性能を保つ限界だった。夢や制約を色々と捨てて【死霊術師】となったが、期待していたような〈㞔骸〉のような無法なスキルはなく、得たのはどちらかというと霊的な関係を補助するものばかり。
だがそれではレベル551には傷一つつけられない。
レベル551を相手するのはまだ早かったかもしれない。
ダンジョンの中の魔王はその十倍というのに甘えたことは言いたくないが、無理なものは無理だ。
「あ、あいつが動き出した」
「ナイ坊を探してるって」
偵察に放った〈纏骸〉で竜の姿を確認すると、次の瞬間にその俺は牙に貫かれてすり潰された。
「ここはだいじょうぶぜよ?」
「きけんだぞ!」
「逃げなくていいの?」
契約した公園組の死霊たちも心配そうに回る。
「大丈夫だ。何のために無駄に散らかしたと思ってる」
一面に広がるどろどろに魔物や人の残骸に目を向けると㞔く死霊たちはコテンと首を傾けた。
「「なんのため?」」
「しゅみ」
「おあそび」
「ぎゃくさつ大好き」
「おうたもだいすき」
「ごはんもだいすき」
「違う。お前ら俺を何だと思ってる? 〈隠匿〉と〈纏骸〉〈脳喰〉確保のためだ。お前らみたいにふくしゅう!!って遊んでただけじゃない」
死霊たちがブーブーと文句をいって俺を睨む。
「ナイクのまねしてぎゃくさつしあだけだもん」
「まねしただけだもん」
「ぜんぶ死霊術師のちしきだもん」
「くちからおしり裏返しにしたことなんてないもん」
非難轟々の死霊たちを無視して体を血の海に身を沈める。〈隠匿〉の上からさらにまだ生暖かい内臓を被ってまるで死体の一つのように気配を消した。
そして残りの〈纏骸〉を放って竜の傍に近づき様子を伺う。
こうすれば、この広い避難所で俺を見つけることは容易ではないだろう。わざわざ危険を犯す必要はない。じっくりと作戦を考え、弱点を見つけ、安全に確実に討伐しよう。
偵察用の〈纏骸〉の一人でゆっくりと竜ににじりよった。
551レベル相当に至っているだけあって、どうやらこの竜には〈隠匿〉を看破するするスキルがあるようだ。近づいた俺に一瞬で気が付いた竜は深淵のような瞳々をこちらに向けた。
そして、一瞬考えこむように呻いて、爪を俺に突きつけた。
「〈啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞啞〉」
竜の無数の首の一つが大声で嘶き、そしてペロリと〈纏骸〉を舐めた。
生冷たい唾液の感触と共に〈纏骸〉が潰れる。
何をするのか見極めるために瞬きもせずに共有される痛みを耐える。
そして痛みが終わり、〈纏骸〉がまた破壊されたという事実にため息をつきながら一瞬、目をつぶった。
目を再び開いた俺は言葉を失った。
なぜか俺は竜の目の前にいた。
まっしろになった頭で自分がどこにいるか確認するが、ここは間違いなく先ほどまでいたのと同じ避難所の端だった。死霊たちもあまりの出来事が理解できないのか呆然と宙に立ち尽くしている
竜が俺の目の前にいた。
細い首が伸び、ぺろりと被っていた魔物の内臓がめくられる。
「見縺、縺代◆」
視界が真っ二つに引き裂かれた。
あとがき設定資料集
【保育士】
※HP 5 MP 3 ATK 3 DEF 8 SPD 7 MG 4
〜子供たちには無限の可能性があるといえば聞こえはいいが、子供の才に合わせるだけの教育はただの責任放棄でしかない。教育者の仕事は子供たちの可能性を広げることである。彼らの可能性が可能な限り無限に近づけるように〜
簡易解説:戦士系統の役職。経験値を他者に〈譲歩〉することができる特殊なスキルをもち、それ以外にも他者のダメージを肩代わりするスキル〈保護〉など子供を守るうえで非常に役に立つスキルを多く持つ。




