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第94話 晩餐会

 【報告者】レポート⑥討伐隊結成

 征暦997年360日22時10分


【錬金術師】フリカリルトにより千人規模の討伐隊が結成され、演説が行われる。また【匿名希望No.5】により東区の竜種一体が討伐され、【匿名希望No.2】とともに東区の奪還行動を開始。




 かつて大女優になることを夢見た少女がいた。


 彼女はいつも思っていた。どうしてこれほどまでに人々には差があるのだろう。どうすれば様々な役職を演じ分けられるのだろう。彼女は毎日違う人の真似をしてすごした。ある日は冒険者たちと剣を振るい、ある日は娼婦たちと男を喜ばせ、ある日は商人たちと金を稼いだ。そして、またある日は貴族たちと国を導いた。


 17歳になった彼女は女神から役職を授かった。それは彼女が憧れた人々と一緒になる力。彼女は大喜びでその力を使って様々な役職の演技をした。冒険者が、娼婦が、商人が、そして王侯貴族が登場する最高の演目が幕を開けた。


 彼女は生まれ育った王都を彼女()()の大舞台へ変えた。

 主演は彼女。助演は彼女。登場人物全員彼女。脚本も、演出も、照明も、全部彼女。都中が彼女になった。彼女たちはたったひとりの観客のために踊った。彼女に最高の役職を授けてくれた愛する神、悪戯な女神様のために。


 250年前、たったひとりで王都中の人間を吸収し、王都を衆愚の魔都とかえた忌まわしき最悪の役職。六禁役職【百面相】の伝説。



 史上最速の役職【百面相】は一瞬で東区避難所の入り口付近にいた魔物を加工品に変えた。俺が死霊たちと手分けして10匹ほどの【鬼人】を解体し、脳を〈摘出〉している間に百体は近くの魔物たちが討伐され、そして武器や防具、髪飾りや筆記用具などに加工された。


「お近づきの印です」


 手渡された小袋は【蟒蛇(うわばみ)】の胃袋と皮が使われているようで〈拡張〉が付与されおり、見た目の数倍の容量がありそうだった。


 本来、魔道具は一つつくるのに数時間はかかる代物だ。【百面相】はそれを数秒もかけずに一つ作っていた。純粋な速度もさることながら、信じられないほど手際がいい。


 複数に分かれた彼らはいくつものスキルを使って革を剥ぎ、鞣し、内臓を洗っている。非常に複雑で難解な動作での魔物の加工にたいして、その討伐方法自体は至極単純だった。別れた彼らのひとりひとりが敵一体に相対し、真正面から急所に一撃、神速の杭を叩き込むだけ。有無を言わさぬ即死攻撃。派手なスキルはないが堅実で確実な戦い方だった。


 レベル99になったおかげでかろうじて目で追えるが、【百面相】の動作には無駄が一切なかった。あまりに地味に、まるで日常のように竜すら屠る厄災。



 多分【百面相】は恐ろしく強い。


 おそらく、いままで俺が出会ったすべての人間が束になってもこいつらを殺し切ることは不可能に違いない。


 これが六禁。役職スキルの使用すらままならない俺とは比べ物にならない本物の化物だ。


 

「まさしく最速だな……」


 消費したMPを回復するために弁当を齧りながら【百面相】たちの方を見ると彼らは若い神託前の少女のような姿でジッとこちらの様子を伺っていた。


「最多さんこそ……それはどういう理屈で浮いてるの?」


 彼女は手元に浮かんでいる㞔槍や予備槍を指さして興味深そうに笑った。

 俺からすると死霊たちが持ってくれているだけなのだが、死霊の見えない他人からすれば浮いているように見えるのだろう。


「不可視、発動すら不検知の〈念動力〉? でも敵の体内に直接干渉のような無法はできないみたいだね。Huuum、【死霊術師】だし〈騒がしい霊(ポルターガイスト)〉とか? Unnnm、いいなぁ、僕にも見せてって言ったら見せてくれるの? いるんでしょ? 幽霊」


「やだー」

「だめー」

「こいつだけはだめ!!」


 キョロキョロと首を回す【百面相】を前に死霊たちが全力で首を横に振る。


「しらね。で、なぜお前らは俺を手伝う? お前らにも魔王を倒す理由があるのか?」



 正直いって、この【百面相】が何を考えているのかよくわからない。だが俺やアラカルトのような六禁役職がまともなわけがない。【百面相】を睨むと彼女はすっと顔面を醜い老婆に変えて口をすぼめた。



「理由か……ワシの理由はもちろん六禁たちの成長じゃよ。六禁同盟、まさしく同盟じゃ。【毒婦】の、【死霊術師】の、他六禁たちの成長そのものがワシの目的なのじゃ。だから今回の魔王侵攻はあまりにも好都合じゃった」

「好都合だと」

「最高じゃのう。お主は心から【死霊術師】になった。アラカルトも息子の喪失を経てより強く美しくなるはずじゃのう」


 老婆は大はしゃぎで俺の後ろに浮かぶお弁当を指さす。

 【百面相】に指さされた死霊たちは恐怖に逃げ惑い、ぺちゃっと音をたてて【鬼人】の脳が落ちて潰れた。


「ありゃ? どうしたんじゃ?」

 


 【百面相】はまるで普通の老人のように首を傾けている。

 本当に、本当に普通のその辺にいる老人のような仕草であるが、だからこそ逆にそれが怖い……怖い、本気で怖いはずなのに俺の体は冷や汗一つかかない。辺境で戦士として常に死と隣り合わせで育てられた俺の理性が、それから逃げろと囁いているのに気持ちは全くついてこない。


 危険を感じるための本能がマヒさせられているような感触だ。俺はレベル上げをしなければならないので怖いとかいってられないが、感覚がマヒさせられているのはそれはそれで腹立たしいことだった。


 だが、今はそれよりも……


「【毒婦】は生きているのか?」


 俺の問いかけに対し、【百面相】の老婆はニタリと微笑んだ。


「もちろん。ワシの六禁がそう簡単に死ぬかいな」


 【毒婦】が魔王に取り込まれたことは周知の事実であるにもかかわらず、どうやら【百面相】はアラカルトの無事を確信しているようだ。同じ六禁に対する信頼なのか、それとも現状を知るすべがあるのかは分からない。だがこいつがいうなら確かだろう。


 そして同時に【百面相】の目的の、その先にあるものが何なのかは理解できた。

 本当に、本当に、ろくでもないが幸い今は俺の味方のようだ。


 六禁【百面相】、司る破壊の形は奪う。

 約250年前、衆愚の【百面相】は王都中の人間の人生と思考を奪い、王都の民を、貴族たちを、恋愛物語(ラブロマンス)恐怖体験談(サイコホラー)犯罪推理譚(クライムサスペンス)と題された物語に巻き込んで、結果、この国と政治を衆愚の泥沼に変えた。



「俺たちを成長させて最後はお前が奪うつもりか」

「Right!! さすが【死霊術師】、理解がはやいのう!! そうじゃそれがワシらの夢」



 老婆は大喜びでゾッとする冷たい指が俺の頬を撫でる。目の前でその顔は見たことのないほどの美少年に変わった。


「最高の演目に必要なのは最高の物語、最高の主人公(ヒーロー)と、そして最高の悪役(ヒール)。前作は駄作だった。数では駄目だね。純度が必要だ。今回は演者にもこだわりたい! 質が重要なんだ」

「そのための六禁同盟」

「GOD! I believe you are the greatest heels of all, arent you!? (その通り!! 君たちは僕の考える最高の悪役だ)」



 それだけ言い放って少年の【百面相】の姿がふっと消える。気が付けばさきほどまで魔物の加工していた彼らも消えていた。


 残ったのは百本以上の槍の束。


 口ぶりから察するに【百面相】の目的は俺自身の成長。ここに連れてきた時点で目的は達したのだろう。手伝うのはここまで、ここから先はひとりで行けといわれている気がした。



「I'm not your enemy. Not yet, at least.(敵じゃないよ。いまはまだね)」



 音の残影が薄れるとともにさっきまでいた【百面相】の気配も薄れていく。それとと同時にさっきまで覚えていた【百面相】の顔々が思い出せなくなっていった。


「演者が印象に残らなくてどうするんだ……お前、まさか自分は【黒子】のつもりなのか?」

「Non, We're not even at the prologue yet.(プロローグにはまだ早い、それだけだよ)」



 最後にそれだけ言い残して【百面相】の気配が完全に消える。少しすると、隠れていた大量の死霊たちが湧いてもどってきた。



『あいつがシンのあくやく』

『六禁でもいちばんじゃあく』

「きらい」

「こわい」

「六禁ってへんなのばっかだ」


「何がどうしたらこんな意味の分からない性格になるんですぜ」


 【壁画絵師】がくるくる回りながらため息をつく。俺も彼に賛同してため息をついた。


「本当だよ。だれが悪役(ヒール)だ。俺はモブだろ」


 浮かぶ何百もの死霊たちがピタッと止まり、なにか言いたそうに一斉にこちらを見つめる。だれも何も囁かないが言いたいことは理解できた。


『こいつが一番頭おかしい』

「もぶ?」

『六禁最悪』

『もぶ?』

「もぶ霊術師」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」


「わかった。わかったから。女神に称号を貰いに行くぞ」


 レベル99で止まってしまったレベルを再度確認し、さらなる魔物討伐にむけ立ち上がった。ここからさらにレベルを上げるために何とかして女神から実績を貰わないといけない。



「というかなんで女神様まだ実績くれないの?」

「さんざん実力みせてるぞ?」


 何百の死霊たちが不満そうに渦を巻く。


 彼らのいうこともわかる。

 

 レベル100になるのに必要な女神からの《超越者》の実績はある程度の偉業を達したものには自然に与えられるものだ。レベル99に達する人間なら、本来なら引っかかるようなものではない。引っかかるのはごく稀にいる不当な手段でレベルを上げ続けたものたち、例えばあくどい貴族が罪人の処刑権を買い続けて一度も戦うことなくレベル99に至った時などだけである。



「悪戯な女神のことだ。器を見せろということだろうな」


「うつわ」

「六禁のうつわ」

「らくじょうのこうけいしゃ」

「落そう」

「ひとり」

「くえすと」

「たんどくとうばつ:ぜんぶ!!」

「ひとりで東区避難所跡地を落せ」



 手始めに男たちを喰らいながら女性たちを犯していた【豚人】の集団を逆に肉の花園に変えた。げらげら笑いながら女の上に跨っていた何体かを死霊の手で宙に吊り下げて胸を裂き、脈動する心臓を抜いて、それぞれの屹立した男性器の上に花のように活ける。束ねたそれを一番手前にいた女性に差し出すと彼女は何が起きているのか分からずに呆然としながらその屹立した花束を受け取った。


 全身の骨を抜いてぐにゃぐにゃになった肉人形。

 四肢をもいだ前衛芸術。

 槍を内側から突き刺し、何本も骨を飛び出させた針山。

 口から尻まで裏返した脈動する剥製。

 生革製のゴミ袋。


 死霊たちは思い思いに魔物の肉で遊んでいた。



「やったやった。こうやって遊ぶとガキの頃を思い出すな」



 俺も負けじと魔物を捕まえて、耳にストローを突き刺して脳を吸う。恐怖に悲鳴を上げる【豚人】は脳が減ると途端に静かになった。



 ついさっきまで人の肉で晩餐会をしていた魔物たちの肉を食卓の上に並べた。まだ生きている避難民たちを探し出して椅子に座らせ、さきほどまで人を喰っていた魔物の肉を逆に彼らに振るまう。


 生きたまま皮膚を剥いた魔物の皮の素揚げ

 もも肉のBBQ

 新鮮な脳の活けつくり

 集めて丸めた睾丸の酢漬け



 死霊たちも歌を歌いながら次々殺してならべていっている、それはもう楽しそうに。

 


「め……女神様?」

『ちがうよ』

「もぶだよ」

「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」「もぶ」


 どうせ聞こえないのに、死霊たちは楽しそうに生き残りの避難民たちをからかっている。


「もういくぞ」


 晩餐会に勤しむ彼らをそこそこに、俺はどんどん奥に進んでいった。



 




 

あとがき設定資料集


【宇宙飛行士】

※HP 4 MP 8 ATK 4 DEF 6 SPD 6 MG 2

〜空に憧れた少年は、雲の上から見た宇宙に未来をみた。空は広がる。僕らが夢を諦めない限り、ずっと〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。〈浮遊〉や〈潜水〉など、様々な限界環境で生存可能な能力を持ち、自力で宇宙空間まで到達し、活動可能な珍しい役職。

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― 新着の感想 ―
前言撤回、やっぱり百面相はやばかった。
あと...まあなんというか、「派手な舞台をするには地味な下準備も必要」ということを物語ってるように見えるな、【百面相】。
あー、割とどうでもいいことなんですが、 「さきほどまで人を喰っていた魔物肉を振るまう。」 だと、魔物の肉が人を喰っていたという結構恐ろしい話になりません?
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