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第93話 「私たちは強い!!」

 【報告者】レポート⑤先遣調査隊

 征暦997年360日22時00分


 S級冒険者【暗殺者】をリーダーとし、冒険者を中心に結成された先遣隊がダンジョン:蹄の狭間に突入。1秒後消息を絶ち、5秒後全滅が〈確認〉される。死亡者は32名。また教会主導によるマルチウェイスター周辺領の冒険者による包囲網が成立。領境が完全に封鎖される。




 深夜、東区避難所で待つ。



 それだけ言い残して黒い男?は消えた。体を包んでいた違和感は消え、記憶が曖昧に薄れていく。すぐに【介護師】の顔も思い出せなくなったが【百面相】の言葉だけは消えることなく心に刺さった。


 レベル上げ


 レベル上げは大人になったばかりの子供が強くなるために一番最初にやるべきことだ。基礎の中の基礎。レベルをあげれば、ステータスは跳ね上がり、新たなスキルを覚える。常に魔物の危険に晒され、レベルを上げなければ簡単に死んでしまう辺境では、神託を経たばかりの子供たちの前に殺す寸前まで痛めつけた魔物を何匹も差し出し、止めを刺させるのは日常だった。


 困ったらレベルをあげろ。

 戦士の鉄則だ。

 あまりにも単純すぎて忘れていた。

 


 レベルあげ、つまり虐殺。


「まずは腹ごしらえだな」

『回復!!』

『〈脳喰〉!!』

 

 北区避難所の増設された大広間には嗅ぎなれた熱い血と膿の香りが充満していた。焼けたアルコールと塩素に酔いそうになりながら俺は声にならない囁きを絶唱した。


『「死霊ども! 俺は東区に行く」』


 北区避難所の増設された大広間の死霊たちがこちらをむく。血と慟哭と消毒液の臭いでいっぱいの北区避難所には、戦いで死んだ誇り高き戦士たちの死霊が何百とたむろっていた。


 

 長年の友の遺体の前で怒りに震える戦士の横を抜け、その友の肩を叩く。

 生涯をともにすることを誓った妻を亡骸を胸に絶望に沈む夫の前を横切り、その妻に微笑みかける。

 愛する子を殺された悲しみに咽び泣く母の、その子の頭を撫でた。


『「ついてきたい奴は来い」』


 北区避難所全体に聞こえるように、同時に誰にも聞こえないように大声で〈死霊の囁き〉をして死霊たちに呼びかけた後、俺はそのまま憑いてきた死霊たちを引き連れて避難所の外へ向かった。


 ギルドからの説明を聞けという討伐隊へ指示を無視し、〈隠匿〉で存在感を希薄にしながら寄生体の検査が行われているエントランスを抜ける。


 避難所の傍で抗議している東区の避難民たちの、その中の一人を槍で貫いた。眼窩に手をかけて頭をもぎ取り、そのまま頭蓋骨を剥ぎ取る。そして滴る髄液ごと、ちゅるりと脳を飲み干した。


 濃厚で芳醇な鉄の香りと、肉の甘みが喉を、MPを潤す。


 〈脳喰〉

 生物の脳を生きたまま捕食した際、MPとHPおよび身体的精神的損傷を著しく回復します。また捕食対象が人間であった場合、その記憶と魂をマナに変換して取り込むこともできます。


 新しく得た【死霊術師】のスキルはまるで【死霊魔術師】の魔法陣をそのままスキルにしたような能力だった。先ほどの竜の戦いでは使うのに二の足を踏んでしまったが、もはや【死霊術師】となり下がった俺に正しいなど関係ない。


 彼女の身体から飛び出た【雅樂】が【靴磨き】と【壁画絵師】の死霊の手で粉々に握りつぶされる。

 丁寧に体内の【雅樂】を殺し、もぎ取った首をくっつけて彼女の遺体を元に戻す。完璧に〈死体修復(エンバーミング)〉して隣にいた父親?と思わしき男性に渡すと彼は娘の死を理解できず、呆然としたまま遺体を受け取った。


 

 歯に詰まってピチピチと跳ねていた彼女の魂を吐き出しその手を取る。

 

「さぁお前も! 一緒に行こう」



 殺した女性の死霊を誘って、俺は宙でくるくると踊った。契約した公園組の死霊たちを足場に縦横無人に空を舞う。


「ころそう」

「みんなでころそ」

「うらみ」

「つらみ」

『れべるあげー』



「ここにもいるぞー」


 死霊たちの言葉を頼りに、また避難民の中の宿主と寄生体を殺す。頭頂だけを切り飛ばし、脳を噛みちぎったところで頭の中に聞き慣れた声が響いた。



「マルチウェイスターの皆さん。今日、この千年で歴史で最悪の事件が起こりました。浮遊街は墜ち、何千もの仲間たちが殺され、多くの人々が大切な人を失いました。魔王は私の目の前で、私の姉とその息子を喰らいました」



 メメちゃんを通してフリカリルトの演説がマルチウェイスター中に響く。事実上の決死隊となる討伐隊への激励の言葉に避難所中の、いや街中の人々が聞き入っていた。



「ですが今、私たちは生きています。初撃にて街を灰燼に帰そうとした魔王の卑劣な野望は打ち砕かれました。幾さの竜と魔王の副官は死に、私たちは生き残りました」



 闇夜に紛れて【雅樂】たちの喉を掻き切り、眼球をえぐり。脊髄を割る。



「私たちは強い!! これほどまでに卑劣な不意打ちを実行したにも関わらず魔王はいまだに、外へ出ることができずダンジョンの中に引きこもっています」



 寄生体から〈摘出〉した脳味噌がご馳走のようにずらりと並んだ。


 

「これは歴史的な快挙です。この国の建国から千年、計15回にわたる魔王との戦いで人が勝利したのはわずか4回。ですがその数は今日、この戦いをもって変わるでしょう」



 避難民たちはひとりの残らずフリカリルトの演説にはいりこんでおり、俺の凶行にはほとんど誰も気が付いていなかった。ただ【雅樂】のみが恐怖におびえて、殺意の影におびえて逃げ惑っている。




「私たちは強く、そして勇ましい。腕が折れても、脚が砕けても、まだ戦えます。私たちがやらなきゃ、誰がやるのでしょうか。嘆きに、悲しみに、足を止めることは誰にでもできます。ですが私たちは誰一人として決して歩みを止めることはないでしょう。この胸に燃える怒りがそれを許さない! 私たちは強い!!」


「わたしたちちゅよい!」

「「「「わたしたちはちゅよい!!」」」」


 フリカリルトの鼓舞に合わせて死霊たちが嬉しそうに大喝采し、踊る。俺は契約した公園組に支えられながら空を舞い、上空から【雅樂】に寄生された避難民たちをひとりずつ襲撃し、次々と殺して脳を喰らった。



「私たちは強く、そして正しい。如何(いか)に理由があれど、人を殺す魔物が許されますでしょうか? 如何(いか)に知性があれど、対話もなく人を喰う化物に正義があるでしょうか? 否! 魔物は悪です! 私たちは悪には決して屈しない! 正しきは我らにあります! 私たちは強い!!」


「「「私たちは強い!!」」」


 避難民たちもフリカリルトの激励を復唱する。



 MPをつかって、【雅樂】とその宿主を殺し、脳をくらってMPを回復する。40人も殺したあたりで、MPは完全に回復し、もはや何人殺しても経験値が入らなくなった。ステータスを確認するとレベルが臨界点である99に到達したことで上昇が一時停止したようだった。


 【死霊術師】レベル99

 (臨界値:これより先は女神の定めた《超越者》の実績が必要になります)


 


「私たちは強く、そして容赦しない。さぁ、選ばれし戦士たちよ。討伐の士たちよ。侵攻の地としてこのマルチウェイスターを選んだ愚かな魔王に正義の鉄槌を! 魔王の悪意をひきつぶし、完膚なき敗亡を奴らに与えましょう! そして勝利の栄光をその手に掴んでください! 私たちは強い!!」



「「「「わたしあちちゅよい!!」」」」

『『『『わたしあちちゅよい!!』』』』



 何百、何千もの死霊たちが狂ったように踊る。

 避難民の中の寄生体を狩りつくした俺たちは、そのままの勢いで北区避難所を離れ、空を駆けた。死霊たちを引き連れ、街中の死霊たちをどんどんと巻き込みながら東へ進む。道すがら【粘母(スライム)】を飲み干し、【鬼人(オーガ)】と【繁殖小人(ゴブリン)】の群れをおつまみにかえて東区へ入った。


 北区だけでなく、東区でもフリカリルトの声は聞こえた。


「強く、正しく、勇ましく、そして完膚なきほど容赦なく! その手に勝利を! 私たちは強い!!」

「「「私たちは強い!!」」」



 街中に人々の声が響く。生きるも死んだも合わせた12万の住民たちが一つになっていた。



「お前()本当に正しいよ、フリカリルト」



 生きたまま〈摘出〉し、お弁当にした幾百の脳髄が宙に浮かぶ。死霊たちはひとり一つずつ痙攣する魔物の脳を抱えながらぷかぷかと楽しそうに回った。



 東区避難所の壁の上に立つと、内側からは人ならざるものの嬌声が漏れ聞こえた。数時間前まで幾万もの人々の喧騒で埋まっていたこの地には、もはや人はほとんど残っていないのだろう。そこは食って、犯して、眠るだけの原始の宴。蠢く悍ましき魔物たちが詰まった避難所のなかで、街灯も、水道も、魔道具も、人が努力して作り上げた文明の跡だけがまるで時が止まったかのように沈黙していた。


 風が吹くたび、すえた内臓と腐った精液の臭いが風に乗って鼻を刺す。

 壁の向こうに人の尊厳はなく、広がるのは、生の権限をすべて奪われた人々の晩餐会だった。



 避難所が陥落したために東区は完全に放棄されたのか、あたりに人影はない。〈聴覚強化〉を使って周囲を探ると、南区や北区の境目を封鎖しつつ遠巻きにこちらを伺っている見張りの冒険者がいるだけであった。



 入り口を探して、たどり着いた東区避難所の門には数十人の人影があった。見張りの竜の死骸の前に談笑している集団。彼らは俺を見るなり姿がブレて一つに絡まった。


「あらあら、お早いご到着ですね。まだ深夜まで時間がありますよ」


 ひとつになった肉塊は【追跡者】の顔になった。知り合いが【百面相】に取り込まれていたという事実に少し寒気がしながらも、彼を睨み返すと、【百面相】はプッと噴き出した。


「そんな顔しないでください、あなたも似たようなものでしょう?」


 【百面相】は俺の後ろにぷかぷかと浮かぶ幾百の脳味噌を指さして笑う。


「準備はできた。で、何を殺すんだ?」

「もちろん、すべて」


 AHHHHHHと笑う【百面相】につられて俺も笑った。




 征暦997年360日23時10分

 【死霊術師】および【百面相】が東区避難所へ侵入。

 

あとがき設定資料集


【法律家】

※HP 6  MP 6 ATK 2 DEF 6 SPD 3 MG 7

〜国とは法である。法をもって民を律してはじめて人々はまとまる。理念も欲も、愛すらも、国には不要だ。ただ法だけが国を国足らしめるのだ。どれほど価値観を共有しても幾万もの人が同じ方を向くことはあり得ないのだから〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。律法役職の一つであり〈開廷〉〈閉廷〉といった律法役職の特徴である法廷空間を生成するスキルをもつ。また律法役職の中でも特に〈改定〉などの、あらゆるスキルの発動条件などのルールを書き換えたり、拡大解釈によって機能を捻じ曲げることを得意とする。






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― 新着の感想 ―
あと、コレ見てると脳が美味しそうに見えてくるなぁ...。 とか思いながら見てたのですが、 ふと、死霊が〈脳喰〉について知ってたのが気になりました。 ナイクが情報共有してるのか、はたまた死霊が各々で内容…
【百面相】って彼なの?彼女なの? って感じなんですが...。 普通に性別どうなってます?コイツ。
暗殺者ってあの爺さんか... 今さらだけど舞台ずっと地続きだからこれだけの被害報告の中に今までの登場人物いくら居てもおかしくないんですね…やばい
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