第91話 北区避難所へようこそ。ここは熱い蒸気と薔薇の園
【報告者】レポート③避難
征暦997年360日12時08分~12時34分
浮遊街の墜落後、【錬金術師】フリカリルトと【分け御霊】メメちゃんにより大規模な討伐および避難行動が開始される。12時34分:街民の93%が街の東西南北にある避難所への避難完了。また同時刻までに第一波の残存竜種8体のうち3体が冒険者により討伐される。他5体中1体が蹄の狭間へ帰巣が確認、残り4体に関しては依然街中で街民を襲撃中。
何万もの街民の避難誘導を終え、疲労でふらふらなフリカリルトたちを支えながら避難所に向かう。ぶつぶつつぶやきながら手帳に何かを書き込んでいる【報告者】とメメちゃんを肩に乗せ、今にも寝てしまいそうなフリカリルトの手を引きながら歩くこと数十分、俺たちは北区避難所にたどり着いた。
「あわー、おっきい城塞。【修理工】ちゃんたちよく再生したな」
マルチウェイスター北区。
浄水施設や、マナ集積収集場、ごみ処理施設などの街の必須工業施設が多く集まる地域。避難場所になった浄水場を取り囲むように建てられた無機質な城塞が聳え立っていた。
色も形も街とは異質なその城塞は建築系役職が何人か集まって立てたのであろう。壁には窓はなく、入ろうとするものをすべて拒むように入り口はどこにもなかった。
「入れてもらいましょう」
フリカリルトがとっかかり一つない壁に触れる。
「〈錬成〉」
何もなかった壁に扉が現れた。
扉を開け、中にはいろうとした俺たちを待っていたのは目を疑うような光景だった。
男!男!男!
広がる肌色の薔薇の園!
むせかえるような雄の蒸気!
卑猥で猥々!
視界いっぱいの半裸の男たち!
彼らは互いに押し合いながらほとばしる汗とともに一本の黒々とした石柱に身をこすりつけていた。
あまりの異質で猥雑な光景を前にしてフリカリルトはまるで時間がとまったように固まった。停止してしまったフリカリルトの代わりに、メメちゃんがぺしんと扉を閉める。
そのままの体勢で数秒間停止したあと、フリカリルトはまるで何もなかったようにこちらに振り返った。
「この中に避難民の方々がいるはずです。入り口を探しましょう」
「いや……」
「ここは入り口ではないようです」
フリカリルトが首を振る。メメちゃんも俺の肩にのり、優しく頷いた。
「フリフリにはまだ早いの」
「〈速報〉12時58分:フリカリルト様、北区避難所に到着」
【報告者】がつぶやいた途端に、頭の中に同文のテロップが流れ、扉の内側が騒がしくなった。そしてどたどたという足音とともに扉は内側から開かれた。
汗まみれの半裸の男たちがなだれ込んでくる。フリカリルトはピョッっと小さな悲鳴をあげて俺の後ろに隠れた。
「フリカリルト様!!」
「北区避難所へようこそいらっしゃいました」
「こちらへどうぞ! メメちゃん様に【報告者】様も!」
むさくるしい男たちに囲まれて内部へ招待される。フリカリルトは一面の肌色にあわあわと目をふさぎながら、【報告者】は逆にガン見しながら、俺たちは彼らの指示されるまま城塞の中に入った。
通された城塞の中は酷く騒がしかった。
ガンガンと響くような生成系スキルの発動音がなる。
何十、何百もの生産系役職の人々が集まり壁を、内部設備を増産していた。治療系役職の人々が走りまわり、生産行為ができない役職の人々は彼らの邪魔をしないように避難所の一カ所にかたまっていた。
さきほどの半裸の男たちも卑猥な行為をしていたわけではなく、力を合わせて壁の増産していたようだ。よくみれば彼らが体をこすりつけていた黒い石柱からはどくどくと白濁した壁材が生まれては城塞を広げていっていた。
「すごい、まだ半時間なのに」
フリカリルトが感嘆を漏らす。キョロキョロと避難所中を見回していると、半裸の男たちのの影からひとりの作業着の男が姿を現した。作業着の下は裸なのだろう、服の隙間から分厚い胸板が見える色男。
「おほめにあずかり光栄です」
長身巨躯の色男がフリカリルトに礼をする。メメちゃんがその頭に飛び乗って、そのまま彼の頭を撫でた。
「【修理工】ちゃん! よくがんばりました!」
「メメちゃん様! 任命されたお役目は果たせましたか?」
「ばっちりだぞ!!」
メメちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら嬉しそうに頷くと、彼も嬉しそうにメメちゃんの頭を撫で返した。
「A級冒険者兼浄水公社社長【修理工】、避難民の収容と指示に感謝いたします」
「北区避難所へようこそ。フリカリルト様、ここ薔薇園にはすでに1.5万人の収容が完了しています」
【修理工】がフリカリルト達を避難所の奥に連れていく、そこはかつて大規模クエストのときにみたような、指示室となっていた。街中の様子が映し出され、何人ものオペレーターたちが担当の冒険者たちに指示をだしている。
「北膳通り3-10、住民救助成功。付近に【蟲人】の群れが近づいてます」
「一番近いのは北区衛兵3番隊です。応援を送ります」
ひとりでも多く救う。そんな気概を感じるほど全員が的確に動いている。
住民を救うことはそれ自体が魔物のレベルを上げないためにも重要なのは確かだが、まだ魔王侵攻からわずか半時間だ。ここにいるのは普段から魔物と戦うことを生業にしているわけでもない普通の工房つとめの職人や役人たち。それなのにもかかわらず彼らはまるで熟練の冒険者のようだった。
「〈速報〉だだいま13時08分:【雅樂】台無しのオムライス(レベル99相当)討伐を確認、討伐者【雨乞い巫女】レビル。街内残存竜種残り3体」
また【報告者】がつぶやき、全員の頭の中にテロップが流れると、オペレーターたちはまるで自分のことのように手を叩いて喜びあった。
「なんで、こんな完璧に」
「定期訓練のおかげです」
彼らの動きの良さを見て絶句しているフリカリルトにむかって【修理工】が恭しく答えた。
「以前より非常時を見越した訓練が行われていました。ちょうどこの前も教会の指導で全公社で非常時訓練があったんです。もしものための訓練とのことでしたがこんなにすぐに役にたつとは思いませんでしたよ」
「イヴァポルート……あなたどこまで見えてるの?」
フリカリルトがため息をつく。メルスバル卿の後を継いで現在教会派を率いている【錬金術師】イヴァポルートとやらは相当やり手らしく、まるで未来が見えているようとすら言われていた。時計城のときはなんだかよくわからなかったが、この様子を見るに噂通りのようだ。
「他地区との連絡は?」
「東区、西区とはつながっております。西区のイヴァポルート様がフリカリルト様とお話したいと」
「繋いでください」
映し出されている射影の一つが、金髪金眼の美少年に映り変わる。フリカリルトとイヴァポルートは一瞬お互いに見つめ合った。
「イヴァポルート、知っていることを教えてくだ……」
「さすがだよ!! フリカリルト!! まさかメメ様をつかって全員の避難誘導してくれるなんて。住民への被害が予想の7分の1だ!! ほんとうにありがとう!!」
「知ってい……」
「なにも。もうこれからのことは分からない。僕のアドヴァンテージはここまでだよ。狂時計も休眠しちゃった」
「あなたが何をいっているのかわかりませんが、いいです。では今からのことを相談しましょう」
【錬金術師】たちが難しいことを話始めたのをみて、俺は会話を理解することをあきらめて、そばにあった椅子に座った。
「どうぞ」
【修理工】から差し出された水を飲む。ひとくち口にした瞬間、喉が熱くなってそのままむせ返った。
「〈補修液〉です。お口には合いませんでしたか」
だばだばと口から水を吐き戻しながら【修理工】を睨むと、彼は大きく手を広げて首を横に振った。
「普通なら少し熱くなる程度です。【槍聖】様は壮絶な疲労状態とみえます。117相当の竜の単独討伐を成し遂げたのです当然ですよ。ヒーラーたちがいる療養室に案内いたします」
「いい。フリカリルトは届けた。俺はすぐにでもいかないと……」
立ち上がった瞬間、眩暈がして足元がぐらついた。急激に息が苦しくなる。水の中にいるわけでもないのに、息ができない。
MP切れ。
竜との戦いの際に〈死霊契約〉で死霊たちにマナを与えすぎた影響で俺のMPはほとんど底をついていた。マナ枯渇に落ちるほどの消耗。ここまでなんとか気力で耐えていたが、避難所についたせいで気が抜けてしまったようだった。
なんとか〈隠匿〉だけは維持しながら、膝から崩れ落ちる。
「あー、ナイクちゃんマナ切れしてる。竜退治がんばったもんね」
周囲でたくさんの人たち集まってきてなにやら会話しているのが聞こえるが、何を話しているかまでは理解できなかった。
禁忌としていた死霊術にスキルポイントを振ったにも関わらず、このざま。
いますぐに立ち上がってダンジョンに向かうことすらできない自分に不甲斐なさを感じながら俺はそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
あとがき設定資料集
【修理工】
※HP 7 MP 5 ATK 5 DEF 7 SPD 1 MG 5
〜男は度胸、初めての体験はいつだってがちがちになっちまうものさ〜
簡易解説:戦士系統の役職。物品の修復を行う役職。その中でも特に錬金術や、建築術などによる大型工業製品についての修復を得意とする。




