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第09話 ダンジョン 常昼の森


「簡単に信用しちゃダメだよ。ナイク君ちょろすぎだよ」


 死霊はびたんびたんと巨体をくねらせた。

 

 なんだ。このデカい死霊は。


 俺の知っている死霊は皆、手のひらに乗るほど小さなモヤにすぎなかったのに、この死霊はあまりにも大きい、3人分くらいの体積がある。しかも横幅のぽっちゃりした人型のモヤだ。


「ああいう子は、絶対裏で悪口言いふらしてるよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな」


「……えーと」


「多分ね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなことも言ってるよ!」


「おまえ誰?」


 周囲に聞こえないように小声で話しかけると、死霊はうれしそうにポインとはねた。


「はじめまして、僕はナイク君がいま向かってるダンジョン()()()()の死霊! ()()()()で死んだ約2千人の死霊の塊だよ。集合意識ってやつ? たぶん」


「2千人!?」


「うん。だから忠告しにきたの。この大規模クエスト絶対失敗するよ。僕2千3百人になっちゃう」


 死霊がぽいんぽいんと地面に腹をこすらせながら弾む。

 朗らかに笑っているが、言葉の内容はあまりにも恐ろしかった。この大規模クエスト参加人数は300人。つまり全部死ぬといっているのだ。


「女神様がね。このクエストには【死霊術師】がいるっていってたんだよ。だからお願いしに来たの。このクエストを止めてって」


「俺が? とめろ?」


 村の広場を見渡すと、びっしりと人が立ち並び、食事をとっていた。冒険者だけで300人、それに加えてギルド職員、運搬用のゴーレム使い、ついてきている商人なんかもたくさんいる。


「うん。だってほかの人は僕のこと見えないし」


 死霊は、当然でしょ、といわんばかりに頭を傾けた。


「いや、無理」


 俺はあくまで参加者だ。「嫌なら一人で抜けろ」と言われることはあっても「じゃ、やめましょう」とはならない。止める止めないの話の土台にも立てない。この大規模クエストはどうみても俺が中止を叫んで止められる規模じゃない。


「ダメ! ダメだよ。 みんな死んじゃう!」


 急に大声を上げた死霊から、強烈なイメージが流れ込んでくる。


 丸太の巨大な蟲に丸のみにされた死、溶解液で溶かされた死、気が付いたら首が取れていた死、毒でどんどん衰弱していく死、穴におちて少しずつ内臓から食べられていく死、死んだことにも気が付かない死…………


 死霊たちの断末の痛みと絶望が押し寄せてくる。

 食事を吐き出しそうになるのを堪えて、死霊を振り払った。


「あ、ごめん。ちょっと漏れちゃった」


 集合体。本当に集合体だ。こいつは自分でいったように霊たちのよりあつまった姿のようだ。


「本当にごめん。だけどお願い! 受けてくれなきゃもっと漏れちゃう……かも?」


「脅しかよ」


 数人分流し込まれるだけでこのつらさだ。2千人分なんて入れられたら心が壊れてしまう。


「うん。こういえば受けてくれるって女神さまがいってた! ありがとう!」


 女神! また悪戯な女神か。

 俺に【死霊術師】なんて与えやがって。


「いや、S級の冒険者だっているんだしそもそも全滅なんて」


「無理だよ。絶対死ぬ。常昼の森は普通じゃない」


 死霊は確信に満ちた口調でそう言い切った。

 

「でも女神さまがナイク君なら絶対なんとかしてくれるって言ってたよ。頑張ってね!」


 それだけいいのこして死霊はポインと飛び跳ねると煙のようにきえた。


「どうしよう」

 

 何もしてないのに、死霊に命を握られてしまった。


 中止。中止。

 クエストを中止にするには……毒か


 腹を下す毒草を食事に混ぜる。

 いや、ダメだ〈ヒール〉や〈キュア〉で回復できる。クエストを遅らせることはできても中止にはならない。 


 なら要人の暗殺。

 代理も立てられないくらい指揮系統を破壊すれば一旦クエストを中止にすることができる。


 いや、もっとダメだろ。300人の中にはS級の最高ランク冒険者が3人もいるのだ。仮に成功してもただではすまない。そもそも大規模クエスト中止するのは冒険者の命を守るためだ、命を守ろうとして殺すのでは本末転倒だ。


 ……いや、無理。


 広間で枕ひとつ。硬い床の上で必死に考えるも、結局なにもいい手は思いつかず、気が付けば眠りに落ちていた。


 そしてゴーレムに揺られて3日間。


 大規模クエスト部隊が目的地に辿り着くまで、全くもって暇だったので俺は六禁役職の生命線である〈隠匿〉の向上に勤めていた。金髪の少女、いやお姉さんが言っていた〈隠匿〉スキルの上手い使い方とやらは全くわからなかった。


 彼女に聞こうにも、彼女は仮登録組とは基本的に交流することはないようで、話しかけられるようなタイミングはなかった。時々見かけることはあったが、明らかに忙しそうに周りの人と話し込んでいる。小さな体でぴょんぴょん跳ねながら周りに指示を出しているところを見るに、ギルド職員なのだろう。


 前に会った時もギルドのチラシを持っていたし間違いない。


 マルチウェイスター直轄のギルド職員なんてただでさえ狭き門だろうに、神託から二年程度でなれるなんて、よっぽどすごい子なんだろう。俺が彼女の真似をして目を凝らしてみても、俺に見えるのは時折現れる死霊だけだった。


「どうやって中止にするの?」


「……」


「はっ! もしかして秘密ってこと? わかった。さすが女神さまがみこんだ【死霊術師】。味方をだますならまず敵からだよね」


 無邪気に笑ってポインと跳ねる死霊をできるだけ見ないようにしながら、俺は〈隠匿〉の練習に徹した。〈隠匿〉スキルの上手い使い方とやらはわからなかったとはいえ、何も成果がなかったわけではない。

 

 実際に使う上で非常に有用なことが1つわかった。

 

 〈隠匿〉はパッシブスキルではあるが無理やりMPを使うように意識することで、さらに深く気配を殺すことができるようである。無理やり使ってる感じがして、MP消耗が激しいので普通の役職ならオススメされないだろうが、MP消費など【死霊術師】のあまりあるMPの前には微々たるもの。今のところ使い道がないので思う存分消耗しても問題なかった。


 

「ついちゃった」


「ついちゃったな」


 大きな死霊の言葉にため息をつきつつあたりを見回す。

 目の前に今回の目的のダンジョンがぽっかりと大きな口を開けていた。


 ダンジョン“常昼の森”


 鬱蒼とした木々に囲まれた洞窟。近くに村などなく、どこの街道にも繋がっていない。よっぽど変な旅人でもない限り、ここをたまたま訪れるなんてことはないだろう。

 先遣隊の冒険者達によって名付けられた名前が、このダンジョンの性質からとったらしい。ここは洞窟であるにも関わらず、内部は昼夜問わず常に昼のように明るいらしい。

 辺境にはそこら中にダンジョンがあったが、ここまで異質で禍々しい特徴のものは見たことがなかった。



「あ、【死霊術師】だ」

「みてみてみんな、【死霊術師】がきたよ!」

「きいて~しれいじゅうしさん」

「きたぁ!」


 大きな死霊の周りにいっぱいの普通の死霊たちが集まってくる。彼らは融合したり、また離れたりしながら怨嗟の声で大合唱していた。


「あの子を助けて」

「殺さないで」

「アイツを殺して」

「助けて、助けて」

「あんなのとこにいるなんて聞いてない」

「痛い痛い痛い、血が止まらない。あ、あ、」

「何で?何で?何で?おかしいよ、助けて、誰か、お願い」

「ど、こ?」

「いやだ!死にたくない!いやだぁ!」

「誰か!誰か!」

「私はどうなってもいいからこの子だけは、」


 直接記憶を流し込まれることはなかったが、誰もかれも酷い死に方をしていそうだった。

 

 不穏すぎて、一寸たりとも入りたくない。


 僻地のため発見されず放置されたダンジョンと聞いていたが、放置というより、入った人が全員お亡くなりになって、情報を持ち帰る人がいなかった感じだ。誰も報告できなかっただけで発見自体はもう何百回とされてるだろう。


 とんでもない人喰いダンジョンだ。



「どうした【仮聖】? びびってるのか?」


 同じ仮登録組のおじさんが話しかけてくる。既に何回も大規模クエストに参加しているベテラン仮登録冒険者だ。


「いえ、こういうダンジョンって初めてで。毒みたいな初見殺しも多いのかなって思いまして」


「そういうのダンジョンもある。だがそういうのを確認して冒険者たちが安心できるようにするのが俺たち仮登録組の仕事だからな。モンスター退治とか謎解きみたいなメインの攻略は本職に任せて、俺たちの仕事はとりあえず辺り一面練り歩くんだよ」


 ニコッと笑う先輩仮登録の表情は何の不安もしていないように見えた。周りの仮登録組も大丈夫大丈夫と頷いている。


 頼りになるというより、もはや能天気だ。


 俺はガックリとうなだれた。


 今なら【舞踏戦士】の浮浪者兄貴が今回の大規模クエストにびびった気持ちもわかる。この人たちと共に何の対策もせずにこんな死霊だらけのダンジョンを練り歩くのか。


 完全に捨て駒じゃないか。

 


「まぁ大丈夫だって!ガチガチなのが1番やばいぞ。【槍聖】決定戦の時みたいに伸び伸び動けてればまず問題ないさ」


「何すか、それ」


 仮登録組の間では、あの戦いは意外にも好評だった。仮登録の偽【仮聖】とC級冒険者の【槍聖】が真の【槍聖】の座をかけて戦い、偽物が本物を倒し【槍聖】を勝ち取った。というのが彼らから見たあの戦いのようだ。


【仮聖】って、その通りだが、ちょっとは本物だと思ってほしい。


 まぁ、そもそも仮登録組には世界に1人しかいないはずの【勇者】が何人もいるくらいだ、仮登録の時点で今更そんなこと言ってもしょうがないか。


 それよりこいつどうしよう。


 大きな死霊は相変わらず俺の後ろでポインポインと飛び跳ねている。死霊から悪意は感じないが、見張られているような気分だった。


「はいっちゃうの? まぁいまアイツは二階層にいるから大丈夫か……」


 アイツ?


 聞き返そうと振り返ると、死霊はなぜかボロボロにかすれていた。


「あ、まずいよぉ」


 情けない声がして、大きな死霊が急にばらりと砕け、ぽろぽろと小さな死霊たちがはがれていく。


「ばらばらになちゃった」

「あれぇ、なんでぇ」

「あわわわ」


 崩れた死霊たちは口々につぶやきながら、ほかの死霊にまぎれていく。

 

 なにが起きたか。さっぱりわからないが、もう仕事の時間が近づいていた。


「とりあえず、大規模クエスト開始だ」


 一旦死霊のことは置いておこう。


 覚悟を決めるために、まず優先順位を決めること。


 父の遺書の教えの中にあった言葉を思い出し、気を引き締めた。今回は【祭司】との戦いとは違う。あの時は【祭司】を殺す他に選択肢が他になかったが、この大規模クエストに関していえば、なまじ謝れば【死霊】たちだって逃してくれそうなだけに、適当にしてると恐怖で足が竦んでしまう。

 

 ただ仮登録を一年有効にするには大規模クエストの完遂が必須だった。


 一に、自分が死なないこと

 二に、【死霊術師】がバレないこと

 三に、大規模クエストを中止に追い込みつつ、仮登録をゲットすること

 四に、周りの人も含め死なないこと


 心の中で優先順位を決めた。

 最悪、自分のためには周りの人のことは犠牲にしちゃっていい。か弱い【死霊術師】には、こんなヤバそうなダンジョンで他人を気遣う余裕はない。


 それにお互い同じことを思っているはずだ。困ったら周りの【勇者】たちに助けてもらおう。


 革の鎧の帯をしっかり閉め、革の小手を外れない様に腕に巻く。最後に古き邪神の腕輪を右手につけて、戦いに向けての万全の準備を整えた。


「先遣隊が帰ってきたぞ。一階層のめぼしい魔物はおおかた片付けたらしい。被害ゼロだってよ」


 その言葉と共に、俺たちの大規模クエストが始まった。

あとがき設定資料集


“常昼の森”

階層数:洞窟型3層構造

位置:マルチウェイスター領 

核数:不明 

核レベル:不明 

犠牲者数:2094人(大規模クエスト開始時点)


大規模クエスト先遣隊の冒険者達によって命名。

洞窟の中に存在するダンジョンであるにも関わらず、内部は昼夜を問わず、昼のように明るいためこのように命名された。

明るい要因は、ダンジョンの壁面の鏡面構造とダンジョンの奥底に巨大な発光体にあり、なだらかな鉄とそれを覆う粘性の樹脂からなる壁面は、ほとんど光を吸収せず反射する。これによりダンジョン核と思わしき巨大な発光体からの光が、壁面の反射を通してダンジョン中に行き渡るため、まるでいつでも昼のような明るさを保っているのだ。

この明るさのため、ダンジョン内は非常に植生が豊かであり、森の中なのに下草がびっしり生えている。第一階層の探索の結果、他ダンジョンと比較して昆虫型の魔物の数が多いと予想されている。



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