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第89話 フリーメヴィーの贈り物

 【報告者】レポート①孵化

 征暦997年360日12時00分00秒


 マルチウェイスター家の所有する地下不随坑道領伴管理組織(以下、随伴組織)が開催中のオークション会場にて出品物にまぎれていた『魔王の卵』が孵化する。『魔王の卵』はオークション参加者たちを〈魅了〉しつつ、その場で随伴組織職員【飼育員】捕食し、孵化、魔王級ダンジョンが発生した。


 ダンジョンは発生に伴う空間の歪みに地下街の一部を取り込みつつ、そのまま下方へ落下、周囲をえぐり取り最下層地下三百階に固着した。随伴組織総統と最高幹部3名【女豹】【彫物師】【瘋癲】を含む、組織関係者と客、および地下住民の合計5,741名が巻き込まれ、ダンジョン内に取り残される事態に発展した。以後、報告レポートではこの5,741名を被災者と呼ぶ。


 ダンジョンおよびその核は目撃者となった【錬金術師】フリカリルト・ソラシド・マルチウェイスターによって、蹄の狭間、虚洞の貴公子と命名された。



「オーバー!

 みんなのアイドル、メメちゃんだよー」

「OVER!

 実況解説のフリカリルトで……」

「違うの! フリフリ!」

「実況解説のフリフリです?」



 軟着陸した浮遊街の上、崩れた建物と空から飛来した瓦礫に埋まった街並みの中。途方にくれた街民たちの頭の中に白い情景が浮かんだ。白い空間といっても【毒婦】の強制的な視聴の強要と違って、行動を邪魔しない程度の無意識にしか意識を割けない絶妙な塩梅の空間。


 その真っ白の空間で3人の二頭身の女子たちが楽し気に踊った。胴が小さいくせに胸が大きすぎてまるで一頭身の球体のようにころころ転がるフリフリと極端にデフォルメされた四角い顔のメメちゃん。ふたりはぴょこぴょこ飛び跳ねながら、ふたりの奥でキョロキョロと戸惑っていたツインテール眼鏡の少女を前に押し出した。


「え……フリカリルト様?」

「報告者のモンちゃんです、で大丈夫ですよ」

「メメちゃん、ドヴィちゃんがいい!」

「報告者のドヴィちゃんです、にしましょう」



「【報告者】を授かりましたドヴィちゃんです」

「フリメメドヴィだよー、フリーメヴィー」


 ぱちぱちとフリフリとメメちゃんが少女に拍手する。街中の人たちも拍手しているのか、ありとあらゆる方向から拍手の音が聞こえる。周囲の街民を見回すと、彼らにも情景が見えているのか、全員が戸惑いながら、瞑想しているフリカリルトとその胸に埋まっている人形、そしてさきほどの落石の怪我を彼女たちに治療され事なきを得たばかりの少女の方をみた。



「フリフリ! 今日は何をするの」

「メメちゃん様! 本日は私、【錬金術師】フリカリル……フリフリから街民の……街のみんなに連絡だよー! 本日、お昼ご飯時に、魔王侵攻が確認されました。街中に竜種の存在が確認されております。街民の皆さんは誘導に従い、おちついて街からの避難をお願いします。避難経路についてはメメちゃん様とドヴィちゃんのお力添えのもと私、フリフリより街民の皆さまひとりひとりに案内させていただきます」



 フリカリルトの言葉と同時に視界に矢印が浮かんだ。


「フリフリ硬いよー、もっっと分かりやすく! みんなー矢印にそってにげてー!っていわないとだよ」

「せーの! 「ゆっくりおちついてにげてねー」」


 フリメメドヴィの3人の号令と共に矢印が点滅する。周囲の街民たちがゆっくりと立ち上がり、ぞろぞろと浮遊街から降りていく。彼らの様子を横目に見ながら俺は、自分の目に浮かぶ矢印をみてさらに途方に暮れた。俺の矢印は逃げ道でも、街の外でも、地下のダンジョンの方でもなく目の前のフリカリルト達の方向を向いている。



 ただの矢印だけなら無視すればいいのだが、困ったことにフリカリルト達から離れようとすると矢印は視界を真っ赤に染めて邪魔してきた。



「おい、外せ、フリカリルト」


 3人の前に言って文句をいうとフリカリルトが片目を開けてこちらをジッと見つめた。


「護衛を頼みます」

「別の奴に頼め。俺には行かないといけない場所がある」

「どこにいくつもりなの?」


「下。魔界へ」



 フリカリルトはジッとこちらを見つめ、そしてコテンと首を傾けた。


「それで? どうやって助けるの? ナイクは無策で魔王に勝てるの? 虚洞の貴公子のレベルは5,500、さっきの隕石の5倍」


 レベル5500か……想像もつかない。

 だが兄は妹を助けるものだ。


 いかないといけない。


 フリカリルトが目を開き、俺の手をとり優しく、優しく笑った。


「本当はナイクも無理だとわかっている。その証拠にいますぐに地下に飛び込んで助けに行こうとしていない。怖気づく人じゃないことは知ってるよ。でも【雅楽】との戦い方も【魔物使い】の救い方も思いつかないんでしょ?」


 フリカリルトのツタがスっと俺を座らせる、そして下への道が封じられるかのように閉じた。


「大丈夫。私に任せて、あなたの使い方を誰よりも理解しているのは私。私に任せてくれれば【魔物使い】さんも助けるし、【雅樂】も討伐できる」


 そういってフリカリルトは静かに目を閉じた。人形がぺちぺちと俺の足を叩く。


「【死霊術師】ナイク! まずは、フリフリとドヴィちゃんを守れなのだ! 避難誘導しててしばらく動けないのだ!」



 嫌な音が背後でして、ガラガラと瓦礫が崩れた。

 


 まるで金属と金属をこすり合わせたようなざらついた咀嚼音。ぼとりぼとりと血と肉がこぼれる音が反響するように響く。



 振り返ると、そこは竜がいた。巨大な白濁した半透明の【蝸牛】の竜が、機能を失った短絡経路の上に降り立った。殻は石灰の螺旋、外套膜に守られ、粘液を敷きながら這いずる巨大な蝸牛。その軟体の瞳に咲く、脈打つ気味の悪い緑の肉の花が、その生き物が普通の【蝸牛】ではないことを示していた。



 【蝸牛】の口には凄惨な街民の死体がぶらさがっている。むしられかけの髪の毛でひっかかった頭蓋を、竜が舐めとると、それはざらつく微細な歯の生えた舌で肉をこそぎ取った。



「【雅樂】の竜種、識別名:溶け合う緑の心臓。レベル117相当。OVER」



 竜が現れて恐慌状態になった避難中の街民たちがフリカリルトのツタに庇われながら逃げようとする。だがその竜は一瞬でツタの隙間をすり抜けて彼らに覆いかぶさった。


 彼らは溺れるように竜の肉に囲われ、まるで服を脱がされるように一瞬で肉が削げて骨だけになった。




 〈槍投げ〉



 捕食の隙をついて㞔槍を投げて竜を貫く。槍は半透明の腹を貫通してそのまま地面に突き刺さった。傷口からぽろぽろと頭蓋骨がこぼれる。


 

 ヴヴヴと聞いたことのないほど低い鳴き声とともに竜のうねる眼球触角がこちらを向く。口から塊のような体液が流れ、まるで糊で沈めるように傷口がそれで埋まると槍が貫通した傷は一瞬で元通りに戻った。



「ナイ坊。それじゃダメだぜ。核はそこにはない」



 聞き覚えのある声がしてそちらに視線を送る。



「よ! ナイ坊! 【死霊術師】!」


 竜に食われた人々の何十もの死霊たち。その中のひとり。死んだ瞬間の姿をそのまま残しているのか、溶けただれ、胴体で真っ二つにへし折れ、弾けたように中身を垂れ流しているそれは、公園の仲間、【靴磨き】だった。


「俺は死んだわ。仇討ちは頼むぜ」


「兄貴たちは?」

「まだ生きてる……奴もいる」


 【靴磨き】がふるふると首を横に振る。何が起きたのかは知らないが、その反応だけで、おそらく公園メンバーの半分以上、かなりの人数が死んでしまったのであろうことは予想がついた。



「手から溢れたものは二度とは返らないか……俺も、もう少し手を大きくしないとな」



 俺は自分の手のひらを見つめ、そして戻ってきた㞔槍を握りなおした。


『おこった?』

『やっちゃえ』


「お前ら、注文はあるか?」


 浮かぶ死霊たちに尋ねると彼らは【蝸牛】の竜を指さして声高々に囁いた。


「ある!」

「お願い! 【死霊術師】! あいつに死を与えて」


「より凄惨に」

『より残酷に』

「痛みを与え」

『絶望を与え』

「血の一滴ものこさず」

『命を潰して』

「生まれたことを後悔するくらい」



「『ぶっ殺せ!』」


「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』「殺せ!」『殺せ!』



 

 所持スキルツリー  未割り振り9


 得ていたスキルポイントを死霊術に振りきる。

 当たり前のことのように何の抵抗もなく、スキルポイントが死霊術に入る。


 未割り振りのスキルポイントがなくなったのを確認すると、今まで自らに課していた制約を破ってしまったという喪失感がこみあげた。



 虚しさで喉が渇く。

 体中の水分をすべて搾り取られたような乾いた気分だ。



 

「悪い。親父」


 だが泥濘、待ってろ、今お兄ちゃんが迎えにいってやる。兄というものは迷子になった妹を迎えに行くものだ。


 そのためには何でもする。


「それが普通だろ? だから悪いな親父」



 俺には【槍聖】の息子の誇りも、冒険者としての矜持もない。


 フリカリルトのように大義があるわけでも、

 アラカルトのように愛があるわけでもない。

 富にも、名誉にも、強さにも興味がなく、

 【死霊魔術師】達のような信念や、怒りすらない。



「しょうもない。本当にしょうもない普通の男だ」



 うねうねと脈打ちながらこちらを観察している【蝸牛】の竜を見返す。俺の視線に気が付いたのか、ヴヴヴと呻いた。



「筋繊維の一本ずつバラシて飾りつけにしよう。それからその立派な殻でお前の肉を蒸し焼きにして、仕上げにお別れの涙で味付けだ」


 魔物に言葉の意味が理解できているとは思えないが、それでも竜は怒ったように粘膜を逆立てた。




 ⭐︎落城のネクロマンス ×

⇒⭐︎冒涜のネクロマンス 9

 •初級槍術    30

 •冒涜の災歌   15



 ステータスを確認すると、スキルツリーが少し変わっている。

 フリカリルトの胸の上でぴょんぴょんと人形が飛び跳ねる。フリカリルトは目を閉じたまま少しだけ微笑んだ。



「覚悟を決めたナイクちゃんにメメちゃんたちからのプレゼント。専用のスキルツリーだよ。君は冒涜、冒涜の【死霊術師】!」




 〈死霊契約〉を取得しました。

 〈継承の儀〉を取得しました。

 〈脳喰(のうばみ)〉を取得しました。






『『お歌の時間?』』

「今日はお料理の時間だ」






あとがき設定資料集


()御霊(みたま)】メメちゃん

※HP - MP - ATK - DEF - SPD - MG -

〜彼女は寂しかった。どれほど美しく自分を磨いても見せる相手はおらず、どれほどおいしい料理をつくっても褒めてくれる人もいない。彼女は友達をつくった。かつて妹が彼女の姿を模してつくってくれた思い出の人形に自らの魂を分けた。人形には神が宿った。だっておもしろそうだったから〜


簡易解説:現存する三つの悪戯な女神の分け御霊(分霊)の一つ。女神の力の及ばない人類生存圏外に長くいたことにより、他二つの分け御霊と比べて最も(かいふえ)(記憶や意志の隔絶、落丁の意味)が多く、悪戯な女神の分け御霊でありながら女神本体とは別個体といえるほど独立した意志や考えを持つ個体。

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― 新着の感想 ―
"かつて"妹が、ですか。 姿を模した人形作るくらいなら仲は悪くないはず。 なのに、見せる相手も褒めてくれる人もいない。 じゃあ、何かで亡くなったのか、仲違いしちゃったか、仲違いか何かがあって闇堕ちして…
更新ありがとうございます!そうなんだよ、大切な物の優先順位を考えて行動できるのはある意味一番普通への道なんですよね…!
さっき長く書きましたがまた書きます。 この場合の"冒涜"は、落城の【死霊術師】の生まれ変わりなのに、元あった形(死の祝福を与える者)に背くから。 妹を優先したとはいえ、"普通に生きてほしい"という父の…
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