第86話 僕らは歌う!ナイクは戦う!
空の玉座の鎮座する黄金の花園。
これまた金髪の巨漢が俺たちの前に立ちはだかった。
「僕の役目は君の足止めです。【死霊術師】。虚洞様のため、ここで死んでもらう」
「まるで来ることが分かっていたような言いざまだな、誰から聞いた?」
金髪金眼の巨漢、【錬金術師】リカルド・ソラシド・マルチウェイスターは、俺の言葉を無視して懐からスクロールの束を取り出しくしゃりと握った。
「〈DEF上昇〉〈自動回復〉〈MP消費減少〉〈SPD上昇〉、式纏外装【雅樂】」
糸蟲が指先からリカルド卿の体を取り囲んでいく。それはまるで体を守る鎧のように彼の巨体を覆う。
『式纏外装! 式神を身に纏う! マルチウェイスター流ゴーレム操作術だよ』
『基礎にして奥義』
バフをかけている隙をつくようにリカルド卿目掛けて大量の魔物が襲い掛かる。それを見てリカルド卿は手を挙げた。
「〈スキルブレイク〉:〈偽装核〉」
光の波が走り、〈偽装核〉が搔き消える。【擬態壁】の中に潜っていた泥濘が吐き出されて転がり、使役されていた魔物たちが動きを止めた。
「〈冬眠〉」
慌てて使役していた魔物の意識を落した泥濘の首をリカルド卿が掴む。掴み上げられた彼女を救うべく俺は槍を振りかぶった。
〈叩きつけ〉
後ろから不意打ちした俺の攻撃をリカルド卿は一瞬でよけ、そのまま手に持った泥濘を投げ飛ばした。泥濘が壁に激突し、そのまま崩れ落ちる。
一瞬意識がそっちに向いてしまった隙をつかれて、俺は蹴り飛ばされた。
強烈な力で吹っ飛び、体が壁に叩きつけられる。受け身で衝撃を逃がすも、完全には逃がしきれず代償に両手の爪が粉々になった。㞔槍から生えた手に腕を握らせて、再度槍を構えて、リカルド卿を見つめるとびちびちと跳ねる【雅樂】から殺気をあふれ出してこちらを向いた。
『みんなでひとつになりましょう』
『みんなでひとつになりましょう』
戦いの裏で死霊たちが歌っている声が聞こえる。さきほど蹴り飛ばされたときにリカルド卿に掛けた〈死霊の囁き〉の効果でリカルド卿のバフが搔き消えた。
「【死髴願。灘クォ】危険縺ァ縺。殺さないと」
リカルド卿の眼が俺と、そして壁に投げつけられた衝撃で気をうしなったのかうなだれている泥濘に向く。
「あなたの手から零れ落ちたものは二度とは帰らないでしょう」
頭の中に【天気占い師】の言葉が響く。
もしここで俺が負ければ、俺も泥濘も死ぬだろう。
俺は弱い。
このまま勝つか負けるかギリギリの戦いを続けるのが正解か?
「俺は弱く、しょうもない男だ。父親との約束も守れない」
「?」
懐から一枚のスクロールを取り出した。メルスバル卿のアジトから盗み出した一枚。使うつもりはなかった一枚。
『式纏外装!』
『やっちゃえ、【死霊術師】』
「スクロール〈㞔骸〉」
「〈㞔骸〉? 死体なんて……」
『ばーか』
『ある』『ある』『ある』『ある』『ある』
『ある』『ある』『ある』『ある』『ある』
『人間なんて』
『おにくのかたまり!』
『僕らは歌う!』
『ナイクは戦う!』
自らの㞔槍を反転する。そして槍を自らの胸に突き刺した。
「死の定義は【死霊術師】が決める」
㞔槍から伸びた手が肋骨の裏を心臓を握って止める。
血が止まり、意識が飛びかける。
冷たい死の手が脳味噌を鷲掴みにした。
死霊術最終奥義が一つ〈㞔骸〉
〈㞔骸〉は殺した死霊のマナをつかって屍を動かすスキルだ。殺した相手をさらに〈㞔骸〉を伝染させたり、本人のマナを死霊を使っているから生前同様にスキルを使えたり、女神から死霊を呼び寄せたり色々と副次効果があるが、その本質は単純明快、死霊本人のマナをつかって本人の肉体を操るスキルだ。他の【死霊術師】のスキルがどうなのかは知らないが、このスキルでは魂に干渉できない魔物は操れないし、死霊には自我があるからゴーレム操作のように完璧に操作することはできない。
当然生きた人間は、死霊に干渉できないため操ることなんて出来はない
もし、生きている人間に干渉できるとしたら、俺が魂を自由にできる一人だけ。
俺だけだ。
かつて一度、【剣鬼】の〈㞔骸〉に割り込んだときと同じ感覚。
輪を広げるように意識が広がる。
自分自身の脳と体を、マナで、魂で操るような操作感。肉を操って、心臓を動かし、肺を膨らませて息を吸う。傷から流れる血を止め、割れた肋骨をつなぎとめる。
『みんなでひとつになりましょう』
『ひとりでみんなになりましょう』
〈隠匿〉
〈㞔骸〉自分
〈捕食強化〉自分
頬肉を喰わせて、胃の中に押し込む。
頬肉を食いちぎり飲み込む。
槍を抜き、構えさせ身体を疾らせた。
槍を抜き、構え走った。
俺は、
一瞬で
「それはズルでしょう、〈スキ……」
駆け抜けた。
経験値を得る感覚がして、レベルが上がる。首のちぎれたリカルド卿の頭が飛ぶ。
べちゃっと音がして、
壁に当たったそれの、
砕けてぐずぐずになった骨の隙間から、
赤い肉飛沫があがった。
『つっっっよ』
『インチキ』
『うわぁ』
『やっと使った』
『これが見たかった』
『六禁【死霊術師】』
『不可避の〈隠匿〉』
『自食の〈捕食強化〉』
『自分の〈㞔骸〉』
『できるのにやらないの舐めプ』
『さっさと死霊術覚えろ』
『「まだだな」』
振り向くとリカルド卿の体が起き上がっていた。首の断面からは幾十ものウネウネが生え、まるで呼吸をするように気道を脈動させた。
ぷくり、ぷくりとリカルド卿の身体が、腹が、胸がどんどん膨れ上がっていく。首の断面の穴がまるで俺を呑み込むように巨大に広げられた。
『断面おばけだ』
「我ながら醜悪な見た目ですね」
ふわふわとリカルド卿の死霊が浮かぶ。彼はまるで興味ぶかいものを見るように自分自身の肉体を眺めた。
「〈㞔骸〉」
「わっっ」
リカルド卿の死霊が膨れ上がった死体に吸い込まれる。
彼自身の死霊を使って肉の操作を【雅樂】から奪う。体を覆っていた【雅樂】を皮膚の下に引っ込める。そして元に戻すように膨れ上がった体を押しつぶしていく。
ぶちぶち、ぶちぶちとつぶれる感触と共に【雅樂】が潰れていく。今までリカルド卿の体を自由にしていたそれは、〈㞔骸〉という新たな操作権の前になすすべもなくぷち、ぷちと破裂していった。
体から思わず飛び出した糸蟲たちが俺めがけて飛びついてくる。それは一瞬で俺の顔を引き裂いて中に入って来ようとするが……リカルド卿の死体に尾を掴まれ、引き戻された。
圧縮する肉体の中に引き戻されていく。
逃げようと外に飛び出た糸蟲たちをリカルド卿本人の手ですべて中にしまい込む。
首の断面から中に、広げた気道の中に【雅樂】ごと腕を押し込んだ。
「〈灼火爛々〉」
内側から蒸すように燃やす。リカルド卿のスキルをつかってびちびちと中で暴れる【雅樂】を燃やし尽くす。見たことも聞いたこともないスキルだが、きっとリカルド卿が教えてくれているのだろう。まるで自分のスキルであるように自在に使うことができた。
一匹残らず中を焼き尽くした。
やがて【雅樂】が死に経験値を得る感覚がした。
「慣れないことして疲れたな……」
燃え崩れたリカルド卿の体から、焼けた肺が床に落ちる。べちゃりと湿った生焼けの脂が跳ね、ジュッと音を立てて服が焼けた。
糸蟲で引き裂かれた顔の皮膚が引きつるように痛む。
「おおおお、これが……六禁【死霊術師】。素晴らしい! やはり六禁は別格!」
「リカルドきょう! あんた何考えてるの!?」
焼け落ちた自分の体から出てきたリカルド卿がなぜか嬉しそうに俺の周りをまわる。【密漁者】が怒ったようにリカルド卿に体当たりしてふたりは少しもみあった。
仲良く乱闘している死霊たちを放って、先ほど投げ飛ばされた泥濘の方にいく。
リカルド卿の焼けた破片を蹴りとばして、転がって気絶している泥濘のもとにたどり着くと、俺は疲労のあまりその場にへたり込んだ。リカルド卿の攻撃で壁に直撃して目を回しているが命に別状はなさそうであった。
帰ったら受け身を教えよう。
そう思いながら泥濘の懐から〈ヒール〉のスクロールを取り出し、彼女の頭の傷と自分の心臓を治す。意外にも随伴組織構成員として相当稼いでいるのか、彼女の手持ちにはかなりの枚数の〈ヒール〉がある。
傷が跡形もなく元に戻る。ただ驚くべきことに胸を裂いて心臓を握りしめたにもかかわらず胸の傷は治す必要もないほど綺麗だった。
「御子様の誕生を見ることができなかったのは残念ですが、まぁ足止めにはなりましたね。この疲労では【死霊術師】もしばらく動けまい」
「卿は【雅樂】なんて使って何してるの?」
「僕の目的はずっと一緒ですよ。マルチウェイスター家の繁栄。アラカルトとその御子こそ我らが王、【雅樂】は御子のお父上、魔王様からの贈り物です。【雅楽】は御子様の手助けをしてくれるそうですよ」
「それ大丈夫なの? 御子様喰われてない?」
【密漁者】とリカルド卿の死霊がぴょんぴょんと跳ねる。賭場からほとんど休まずに動き続けているせいで、少し疲れた。
少し、少し眠くなってきた。
勝手に使ったスクロールの弁償をしないと……
後で、いいか……
俺はすぅっと眠りに落ちた。
あとがき設定資料集
【毒見】
※HP 6 MP 2 ATK 2 DEF 8 SPD 6 MG 6
~陰謀入り乱れる王宮で身重の姫が狙われた。服に、食事に、水にありとあらゆるものに混ざる毒の数々。毒見は必死に姫を守った。喰らった毒にげっそりと痩せ、髪も抜け落ち、真っ白になった瞳でただただ姫を守り続けた。皇子が生まれた誕生祭の晩にも毒が混ぜられた。毒見が気が付かないほどの薄い毒。そして毒見だけが残った~
簡易解説:アサシン系統の役職。〈免毒〉という毒物が一切効かないパッシブスキルを持ち、体内に入った毒物の抗体を即座につくることができる。




