表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/107

第85話 御子様



「あたち内側から食べられちゃった! すっごく痛かったの!」



 【密漁者】の死霊がジトっとこちらをみた。彼女は少し悪戯っぽく跳ねながらこちらににじり寄ってくる。


「いや、やめろ……今の説明で十分だ。やめてくれ」

「やだ!」


 ぽいんっと飛び跳ねて死霊は俺に触れた。


 

 全身を這いまわる違和感が皮膚の下を舐めた。ざらつく金属ヤスリで内側から肉を削られていくような感覚。痛みがまるで飴玉をなぶるようにしつように丁寧に神経をなぞった。


 ずりずり、しゃっしゃ

 ずりずり、しゃっしゃ


 神経を、

 神経だけを残してあたしの体はあたしではなくなった。


 ずりずり、しゃっしゃ

 ずりずり、しゃっしゃ


 耳ではなく、脳の中から音が聞こえる。


 ずりずり、しゃっしゃ

 ずりずり、しゃっしゃ


「縲宣寉讓ゅ?」


 体がなくなっていく……

 目が、鼻が、耳が、感覚器官だけを残してあたしはあたしじゃなくなった。


 もはや、あたしは空洞。

 蟲の入れ物。這いずりまわる人の虚洞……



「ナイク、大丈夫?」

「「いや、嫌ぁぁぁぁぁ」」


 痛みの記憶に錯乱して飛び出そうとした【密漁者】の死霊を手で包む。


『おちつくのだ』

『自分でやっておいてなんで錯乱するだ?』

『もう解放されたのだよ』

『かえるじょ?』


「いや! いや! 殺してぇ!」


『もうしんでるじょ』

『しれいじゅつしころした!』

『死は解放なのだ!』


 【密漁者】の死霊に他の死霊たちの記憶を押し付けて、少しだけ記憶を薄める。【密漁者】しばらく跳ねまわった後、急に力を失ったようにポトンと落ちた。


「すっごく痛かったの……」

「よーくわかったよ……で、なんで乗っ取られたんだ? 飼っていたその【雅樂】とかいう魔物が脱走したか?」


 泥濘の方をむくと、ふるふると首を横に振った。


「【雅樂】は飼ってない。いくら随伴組織でもあんな危険な魔物は飼わないけど……私も、御子様関係はあんまり教えてもらってないからもしかしたらそこかも。御子様のことは詳しくは最高幹部級しかしらないの……」

「兄さん簡単なことやで」


 いつのまにか話の輪に入ってきていた【探偵】が意味ありげに俺たちの前を横切る。


「あの魔物はいわば魔王からの刺客や。随伴組織の真の目的は女神に変わる新たな神の創出。アラカルトはんは自らの胎で新たな神を産もうとしとるんや」


「君、簡単の意味知ってる?」

「微塵も簡単じゃないな」

「一回しか説明せんからよう聞けよ」


 【探偵】と【密漁者】に聞いた話をまとめるとこうなる。


 およそ十余年前、当主の姪アラカルト・ソラシド・マルチウェイスターに【毒婦】が与えられた。彼女は持ち前の美貌と度量で、神官を篭絡して殺害、役職を隠匿しようとするも優秀なマルチウェイスター家の【錬金術師】達の鑑定により即正体がバレた。だが醜聞をおそれたマルチウェイスター家は彼女の秘密を秘匿、【毒婦】のことは公にはならず彼女は数人の名ばかりの護衛や使用人をつけられマルチウェイスター領の外、人類生存領域外に廃棄された。


 帰還の許されない魔界への追放。事実上の処刑。いくら【毒婦】といえどまだ彼女のレベルは一桁であり、すぐに死んだと思われていた。10年の月日が流れ、誰もが【毒婦】のことなど忘れかけていた3年前、彼女は帰ってきた。ひとりの子供を身籠って。


 アラカルトが里帰りした後の話は知っての通り、随伴組織を壊滅させ、そして地下の女王に君臨した。そして随伴組織総統となった彼女は一年経ったころ一つの卵を産んだ。異形の卵、御子。【時間】の魔王と六禁【毒婦】の息子。産卵から2年経った今もまだ孵っていない魔王の卵。


「御子様は人であり、魔であり、六禁と魔王の子、いずれ神に至る王の器なの!」


 息まきながら飛び跳ねる【密漁者】を前に執行部隊の二人が呆れたように首を振った。魔王と人の子など前例のない事象だが、【繁殖小人(ゴブリン)】や【牛鬼(ミノタウロス)】などの人型魔物が村娘などを連れ去って犯した結果生まれる生物が魔物の形質を強く受け継いだ化物になることから予想するに、魔王の子は人ではなく強大な魔物だろう。しかも母親は六禁【毒婦】。


 そして【探偵】の予想ではその卵が今孵ろうとしているとのことだった。



「仲間か……贄……」


 肉片の中から【密漁者】の邪神の耳飾りを拾う。それは俺が触れた瞬間に粉々に砕け散って消えた。


「な、簡単やろ」

「随伴組織は贄」


 街から追放された【毒婦】は実は街に恨みをもっていて、復讐として魔王の子を孕み、街を自らの子の生贄に捧げる。筋書きとしてはこんなものだろう。


『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』『すご!』

『いざ復讐の時!?』


 大喜びしている内なる死霊たちの囁きを聞いて、【密漁者】の死霊はぶんぶんと首を横に振った。


「アラカルト様はそんな人じゃないの! 復讐なんてこれぽっちも興味ない! 御子様を愛してるだけ!」

「愛って……一緒じゃん」


 泥濘の返事を聞いて内なる死霊たちがさらに大喜びする。彼らは面白すぎるおもちゃを見つけたように大騒ぎし始めた。


『愛する息子のためなら街とかどうでもいいってこと?!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』

『六禁【毒婦】!』『六禁【毒婦】!』



 一通り話を聞いた後、俺たちは今後の方針として二手に分かれることとした。



「【毒見】は今の話をフリカリルトに伝えに行け。どうせアイツのことだ、アラカルトの意図は気が付いていて、何か策を考えてるはず」

「おふたりは何をなさるんですか?」

「気になることがある。もう少し調べる」


「わいは……」

『好きにするのー!』

『別に使役してるわけじゃないのだ!』


 内なる死霊が俺の真似をして【探偵】に言い放つ。

 俺は台詞を盗られてため息をついた。


「付いていきたい方についていけばいい。還りたいなら今すぐにでも還してやれるが?」

「ならドクちゃんについていくわ。しばらく見えるんやろ」



 ふたりと別れ最高幹部【密漁者】の死霊の案内に従って、御子のいるという夙夜殿の底へ向かう。道すがら、先ほど【探偵】たちに言われた言葉を思い出していた。


「兄さん、ビビるほど弱すぎやわ」


 レベル95【密漁者】とそれを操っていた【雅樂】との戦いを見た執行部隊の二人はそういってコクコクと頷いた。その言葉に泥濘が不機嫌そうに彼らを睨むと彼らは少しだけ慌てたように手を振った。



「ちゃうちゃう、馬鹿にしてるんちゃうで」

「ナイクさんは天才だと思います。おそらくポテンシャルだけなら執行部隊の隊長格すら超える。今すぐにでも上位席官になれるでしょう。ですが……」

「それは六禁だとすると、あまりにも弱すぎるんや。なんで普通のS級冒険者に殺されかけとるねん」

「執行部隊はそれぞれの六禁に対応できるように日々訓練を積んでいます。【死霊術師】担当の2番隊は殺傷能力については間違いなく執行部隊最強。彼らは何万の屍を貫いて一人の【死霊術師】を殺すための文字通りの弾丸です。犯罪者を前にして、全員がためらいなく命がけの特攻を仕掛ける頭のネジが飛んでいる集団です」

「たぶん今の兄さんなら3、4人目くらいで殺されんで」

「一対一ですら隊長格に負けかねない。特に二番隊隊長【不死者】には手も足も出ないと思います」



 俺は弱い。


 自分でも自覚はあった。自分自身の力の限界。レベルがあがればあがるほど、スキルを覚えれば覚えるほどそれが迫ってきていることを実感していた。幼いころから鍛え続けて、初めての経験。今までは動かせば動かすほど、知れば知るほど、強くなれた。より早く、より確実に肉の動きを、血の流れを、神経の雷を、的確に壊せばいいだけ。もうそれも限界だ。サブスキルツリーだけでは俺はもう大して強くなれない。ここから強くなるにはアラカルトのように自らの役職を受け入れてそれを極めるしかない。


 女神は人の人格、能力、嗜好、すべてを見通して役職を授けられる。


 行き詰まりを感じ始めた今ならわかる、俺はもうこのままでは強くなれない。



「泥濘、やめだ。調査は切り上げて逃げる……べきだな」



 御子のいるという間の目の前まで来て、泥濘を呼び止めて踵を返す。振り返った泥濘はキョトンとして首を傾けた。



「ナイクの強さは私が知ってる」

「相手は六禁と魔王の子だ、危険だ。街から逃げて、厄災から身を隠すのも手。せっかく手に入れた立場も家もなくなるが、俺たちが死ぬよりずっといい」

 


 泥濘はぎゅっと手を握った。

 

「ビビんな天災。お兄ちゃんは最強の六禁【死霊術師】ぜっっっったいに負けない。だから大丈夫! 邪神装備と転職薬を手に入れちゃお!」



 そして御子の扉を開けた。



 そこは金の毒花の花園。蒸せそうなほどの花粉が舞う地下の庭園の真ん中には派手な玉座が置いてあった。まるで先ほどまで何かが鎮座していたようにへこんだその玉座は空だった。そして空の玉座のわきに控えるように立っていたひとりの金髪金眼の巨漢。


 当主候補【錬金術師】リカルド・ソラシド・マルチウェイスター


「だれかと思えば、泥濘……と【死霊術師】か」

「リカルド卿? 御子様はどこですか?」

「御子はもう逝きましたよ。あれは御子ではなく空の器。名付けるのならそう、虚洞……」


 

 リカルド卿は大きく手を開いた。指先から先ほどの【密漁者】のような糸蟲がにょろにょろと飛び出す。



「僕の役目は君の足止めです。【死霊術師】。虚洞様のため、ここで死んでもらう」




 ダンジョン:蹄の狭間発生まで後10時間。



あとがき設定資料集



【不死者】

※HP 10 MP 0 ATK 4 DEF 4 SPD 10 MG 2

~人類の歴史、数千億にひとりくらい死なない人間がいてもおかしくはない~


簡易解説:アサシン系統の役職。死なない。人類の癌細胞。教会の定める犯罪役職。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
【雅樂】まだいた… 蟲がいっぱいのダンジョンになるのかな 何を考えているかわからなくてやっぱりアラちゃん怖い
更新ありがとうございます!不死者…不老ではないのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ