第84話 人間やない
【密漁者】は彼の頭が突き刺さった銛を巻き取って、
そのまま、慈悲もなく【探偵】の脳を地面にたたきつけ潰した。
〈槍投げ〉
㞔槍が飛んで【密漁者】の腕に刺さる。槍の柄に生えた骨が手を伸ばし、彼女の手のスピアガンを弾き飛ばした。
「なぜ?! こんなことを!?」
泥濘の【鷲獅子】が、【擬態壁】が、【吸血蝙蝠】が、【土悠鮫】が、【白獏】が、【金属大粘母】が、【殺人蜂】が、一瞬で展開され【密漁者】を取り囲む。【密漁者】は周りを眺めて、そして両手をあげた。
「泥濘おちつけ、なぜって執行部隊だぞ」
「だからっていきなり……」
「泥濘! そいつと話すな!」
白い死霊が俺の周りをまわる。そいつは胡散臭い聖都弁で囁いた。
「「そいつは人間やない!」」
【密漁者】がぐるりと頭を回して俺を見る。まるでねじ切れるように首を傾けた。【密漁者】を抑えつけていた【鷲獅子】の脚が一瞬で切り刻まれる。
「は? 【仮閨】菴墓腐縲∝?縺九▲縺滂シ」
みみみみみみみみみみとまるで蟲の翅がこすれるような音がなる。泥濘を後ろに押しやって、予備の槍を【密漁者】の首に〈叩きつけ〉ると、槍は首から生えた爪のようにものに切り落とされた。伸びた爪が槍を這いあがり、俺の腕を貫いた。
〈捕食強化〉【一つ目鬼】
跳ね上がったATKで【密漁者】の顔面を殴る。あまりの硬さに指の骨が折れる感覚がするも、そのまま振りぬいて殴り飛ばす。
「ナイク!」
「殺すぞ! 援護しろ」
「せや、特2それでええ」
『お歌!』
ぱきぱきと乾いた音で【密漁者】の口が裂ける。口からはまるで糸蟲のような触手が伸びた。もはや人間とは言えない姿になったそれは俺の腕を見て醜悪に笑った。
先ほど刺された腕が青紫色に変色していて刺されたより先がまったく動かない。血が凝固しているだけでなく、皮膚の下を何かが這いまわるような痛みがあった。
「毒だ」
その言葉を聞いた【毒見】が俺の手を取り、一瞬で〈解毒〉をかけると皮膚の下を這いまわっている何かを除いて、腕の異常は即座に回復した。傷口に指を突っ込み何かを抜き取る。それはまるで糸蟲のように脈動して跳ねた。
「縺?d縺ェ髱「蟄」
【密漁者】の化け物が突然真横から銛を振るう。おろらく何かのスキルで一瞬死角に消えていた【密漁者】の攻撃を【毒見】を盾にして防いだ。
銛が腹に突き刺さり痛みで悲鳴を上げた彼女を突き飛ばし、【密漁者】の体を開く。咄嗟に防御姿勢を取ろうとした【密漁者】の腕に【土悠鮫】が齧り付いて動きを止めた。
隙をさらした【密漁者】の両目に指を突き立てる。
〈刺突波〉
指の先から〈刺突波〉で脳髄を破壊した。
【密漁者】の頭がつぶれた風船のように弾け飛び、真っ赤な中身をまき散らす。ばたんと大きな音をたてて【密漁者】の体は倒れた。
経験値を得る感覚がして、レベルが上がる。
レベルアップを確認して一瞬、気を抜いてしまった俺の周りを【探偵】ではない新しい死霊がまわった。
『まだ!』
「まだだよ!」
突然、銛が俺の心臓を貫いた。
胸が抉られる感触と共に、ぐるりと銛がまわる。
ぶちぶちと血管が引きちぎられて、胸からぼとりと何かがこぼれる。
心臓が抜き取られた。
みれば頭を失った【密漁者】が体だけで動いて銛を振るっていた。それは抜き出した俺の心臓をまるで宝石のように眺め、そして何重にも重なる蠢く線虫の中取り込んだ。
「ナイク! これ!」
泥濘に操られ飛んできた【吸血蝙蝠】を受け取り、握りつぶす。
スクロール〈錬成〉
隠しもっていたスクロールで血肉をそのままに変換し、咄嗟に仮の心臓をつくって傷をふさぐ。そして手元に勝手に返ってきた㞔槍を受け取り【密漁者】の体に突き立てた。
〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉〈刺突波〉
【密漁者】の身体が粉々になるまで吹き飛ばす。再び経験値を得る感覚がして、【密漁者】の体を操っていたそれは死んだ。
俺は膝をついた。
こひゅーこひゅーと横隔膜から息が抜ける。仮に造った胸骨と心臓の隙間から血と抜け出た空気が溢れる。痛みで頭が真っ白になりそうなのを堪えて、震える指で懐から〈ヒール〉のスクロールを探した。
「すごいすごいすごいすごい! 見たか! これが私の【死霊術師】様だ!」
泥濘が戦いに興奮して跳ねている。
「いいから………ヒール〉……って」
泥濘ははっとして俺の懐から〈ヒール〉のスクロールを抜き出した。
スクロール〈ヒール〉×5つ
買い貯めていたスクロールを片っ端から使って傷を治す。心臓をなんとか元に戻し、ついでに折れた指を治す。泥濘はそれをみて、少し迷ってから銛で腹を貫かれて倒れている【毒見】にもスクロール〈ヒール〉をつかった。
「即、人工心臓作ってそのまま戦闘って……人間やないやろ……」
『にんげんじゃない?』
『しれいじゅつし!』
『さっさと〈人肉錬成〉おぼえろ』
『てんさい!』
「……たすかったの?」
『ゆだんよくない』
『はんだんりょくバツ』
「うるせぇよ。反省してる」
ほとんどすっからかんになってしまったスクロールの束をみてため息をつく。いつか危機が迫ったときのためにと、一年間でちまちまと節約しながら溜め続けてきた蓄えが一瞬でなくなってしまった。〈ヒール〉は最も流通しているスクロールだが、それでも高級品なのだ。
心の中ではまだ内なる死霊たちからのお説教が続いている。
『みつりょうしゃの見た目でおかしいと気が付けたはず。しかも死霊がいないことに違和感を持てればみつりょうしゃは死んでいるのではなく乗っ取られていたということが予想できた』
『予想さえできていれば、体を殺してもまだ終わっていないことが推測できたはずだよ!』
「わかってたなら教えてくれよ」
『リュウはちゃんといってた』
『いってた』
『きいてなかっただけ』
「いってたで」
『いってたよ』
「あたしも言った」
「あー、俺が悪かったよ」
確かに気が付ける要素は結構あったな。
内外の死霊たちのダメだしにためいきをついて反省していると、傍から【毒見】の泣き声が聞こえた。頭がなくなった【探偵】の体を前に慟哭して泣きじゃくっている。
「なんで……こんな任務で……こんないきなり」
泥濘が優しく彼女の肩を抱いている。彼女の周りをくるりと【探偵】の死霊が飛ぶ。俺は泣きじゃくる【毒見】の顔をぶん殴った。
〈死霊の囁き〉
床に転がった【毒見】に囁きかけるように【探偵】の死霊がまわった。
「ドクちゃん、そんなに泣いてわいが死んだのそんなに悲しかったん?」
「え? え?」
「忘れたんか? あの兄さん特2や」
【毒見】が涙をうかべながらこちらを見る。
「【死霊術師】ナイクちゃんの特別サービスだぞー。本物の【探偵】で相違ないぞー」
以前地下放送でみたアラカルトの真似をしておどけてみせる。まだ混乱している彼女に念を押すように泥濘がコクコクと首を縦に振った。
「本……物?」
「なんや、うたがっとんのか? ドクちゃんの秘密いっぱい知っとるで。忍者教育が嫌でキリガクレ家飛び出してきたとか、魔術系でもないのに最初は嘘ついて魔術部隊はいって……」
【毒見】が【探偵】の死霊に触れようとする彼女の手はすかっと通り過ぎた。
「しんで……しんじゃって……」
「あほやな、ドクちゃん、わいらは執行部隊やでこういう日がいつかくるとは思っとたわ」
つもる話をしている二人を置いて、俺たちは異変についての情報を集めることにした。俺は泥濘にも〈死霊の囁き〉をかけ、そして目の前の一人の死霊に向きなおる。
「何がどうしてああなったんだ?」
「教えて、【密漁者】さん」
「【仮聖】も泥濘もごめんね」
ふよふよと浮かんだ【密漁者】の死霊は申し訳なさそうにうつむき、自分の死体の破片を指さしながらぴょんぴょんと跳ねた。
「あれは魔物【雅樂】、寄生体【雅樂】。あたち内側から喰われたの」
あとがき設定資料集
【密漁者】
※HP 7 MP 4 ATK 10 DEF 3 SPD 4 MG 2
〜潜った海の底には見たことのない花畑が広がっていた。誰かが手塩にかけて育てたそれは、一晩もなく密漁者の懐に消えた。海に境界はなく、法はただ地図の上に線を引くだけ〜
簡易解説:戦士系統の役職。〈潜伏〉などの秘匿系スキルを多く覚える。非常に珍しい水場系統役職の一つであり、海(と思われる非常に大きな水溜り)と面するローレンシア地方南部にのみ存在する。教会の定める犯罪役職。




