表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/108

第83話 久遠の一日がはじまる

 征暦997年359日。新年まで5日。

 ダンジョン:蹄の狭間発生の前日。





「泥濘は死ぬ。それも数日以内に」



 【天気占い師】はそういって〈バレット〉で自分の頭を撃ちぬいた。大きな音と共に血が舞い、鈍い音と共に彼女の身体が床に転がる。まるで魂が消えるように虚ろな瞳がゆっくりと俺をみた。


「長い……久遠の一日が廻りはじめる……御子様は【時間】、〈今……………イテム〉は邪神の腕輪………贄を集め……喰ら…………子様を……あれはもう……虚洞(うろ)……」

「コラクリ様!」



 【代理人】が彼女に駆け寄る。【代理人】の顔が、体が、変わっていく。彼女は顔中が刺青だらけの中年の女に変わった。彼女の指が【天気占い師】に触れると、その頭に真っ黒な紋様が刻まれた。


「なんという、ご無茶を!」


 音を聞きつけたのか泥濘と顔中が刺青だらけの中年の女の二人が飛び込んできた。


「ナイク! どうしたの! え? 【彫物師】さんがふたり!?」

「おいおいコラちゃん、やったな。ウヴァ、急いで掘るよ」


 全く同じ顔の刺青女ふたりが交互に【天気占い師】の額に文字を彫っていく。泥濘と二人なにもできることもなく、その様子を眺めていると泥濘がぐいっと俺の腕を引っ張った。


「なにがあったの?」

「〈自死〉だ……【天気占い師】は可能性のループに落ちた」



 可能性のループ。


 それは占いにおける最大の禁忌である。未来を見通し、ありとあらゆる危険を回避する強力な役職群である占い系役職には鉄則がある。自分自身を直接占ってはいけない。これは倫理上の問題ではなく、能力上の、占い師自身の身を守るための鉄則だ。


 占い師は自分自身を占うと脳が焼き切れる。


 占いや未来予測は膨大な可能性の中から確からしい情報を予測するスキル。どれほど確度が高くともこれは未来の()()にすぎないため当然占いの結果を伝えることで結果は変わる。未来は変えられるといえば聞こえはいいが、占い師たちにとってこれがあまりにも致命的だった。他人の結果は伝えたら伝えた瞬間に結果が変わるだけだが自分の場合はそうはいかない。


 占った結果を見た瞬間に結果が変わり、その結果も見た瞬間に変化する。一瞬で連続して変化する結果の連鎖。それによって流し込まれる膨大な未来の可能性の演算負荷にすぐに脳神経が耐えられなくなり、すぐに細胞が焼ける。


 ゆえに占い師は絶対自分を占ってはいけない。【天気占い師】が自らを撃ったのは自分自身を占ってしまったことの過負荷から自らを救うためだった。


 このループを避けられるのは占いの中でも極一部の例えば〈今日のラッキーアイテム〉のような運を手繰り寄せるスキルだったり、個人では変えようのない未来を見る〈運命の糸〉のようなスキルだけだった。


 もし占い師が自分自身を占ってしまったときにできることは一つだけ。それが〈自死〉、ループが解決するまで、つまり占ってしまった未来が確定するまで自分を仮死状態に落とす行為が必要だった。

 目の前の【天気占い師】はまるで本当に死んでいるようにみえるが、死霊は抜けていない。生きて、そして占いの結果が確定するまで眠り続けるのだ。


「そうです【仮聖】。コラクリ様は【仮聖】を占った結果、見てはいけない未来を見ました。見えたのはおそらくすべての死の可能性。全ての組織構成員の死」


 【代理人】が泥濘と自分自身を指差し、そして横たわる【天気占い師】の頬を撫でた。


「当然コラクリ様自身も。結果、可能性のループにハマってしまった。コラクリ様の占いの精度期間は数日、長くて十日ほど眠り続けるでしょう」


 【代理人】が刺青だらけの顔から元のモノクルの女史に戻ってそう伝える。



「十日?」



 【天気占い師】がいった言葉が頭を走る「泥濘は死ぬ。それも数日以内に」、効果期間が十日なら数日というのは彼女の占いの範囲内だ。


 つまり俺の妹はこのままでは死ぬ。


 思わず泥濘の手を握ると、泥濘は少し驚いたようにぴくっと震えた。



「組織には私たちから報告いたします。コラクリ様のおっしゃった異変を探るため、【仮聖】様そして泥濘は急ぎ飼育区へ向かってください」

「泥濘、使え」


 ずっと【天気占い師】に何か処置をしていた刺青だらけの女がこちらを見て、何かを投げる。思わず受け取ったそれは針、何か液体の入ったカートリッジと使い捨て用の注射針だった。中年女は刺青だらけの顔を醜悪に歪ませ微笑んだ。


「執行部隊どもはもう完璧に封じ終わった。命の針はお前に預けておく。好きに使え」

「ありがとうございます。【彫物師】様!」

「扱いはくれぐれも丁寧に、な」





 地下街:魔物飼育区




 夙夜殿より下、マルチウェイスターの街、南部の地下に広がる広大な空間。俺と泥濘、そして執行部隊の二人は占いの館のある呪術研究区から魔物飼育区へ急行した。



 住民のほとんどが新年会とそれに伴うオークションに参加しているため数人の警備員を除き誰もいない静かでうるさい街、魔物飼育区。鉄格子のように綺麗に整列した建物それぞれが檻。檻々の中には、粘液を滴らせる異形どもがうごめき、壁には拷問の如き実験の苦悶の呻きが染み込んでいた。


「なかなか愉快な場所やんけ」


 地下の街の所々にある射影樹には今まさに夙夜殿で行われているオークション開始のセレモニーが映し出されている。その明かりに照らされて燐光を放つ眼が闇に浮かんだ。


「ちょっと、あれ、放し飼いですか?」


 俺たちと共に魔物飼育区を訪れた執行部隊の二人が上を見上げてたじろいだ。【毒見】の指さす方を見れば黒煙に似た瘴気が天井を這っている。瘴気は餌とみられる誰かの吊るされた死肉に取りつき、そして噛みついた。


「大丈夫、生きた人は襲わないように躾けてる」


 肉を裂く音が静寂を引き裂いた。


「生きた? まさかアレは人肉?」

「ほんま、なんでこないなことに……」


 執行部隊のふたりの頭と首には鎖のような刺青が彫られている。それは墨子や犯罪者たちに彫られている刺青と同じ、制約を課す印だった。賭場でソラシド姉妹の天才的なゲーム強さにボロ負けした俺たちは、依頼の詳細の説明ついでに借金の取り立てと称してそのまま拘束された。


 構成員の泥濘とその親族である俺は他の構成員たちから「アラカルト様に勝てるわけないだろバーカバーカ、泥濘バーカ」と馬鹿にされる以外は何のお咎めもなく解放されたが、執行部隊の二人はそうはいかず、【彫物師】に大量の制約をつけられ、随伴組織の言うことを聞くという約束の元、ようやく解放された。


 刺青の意味は『秘密』と『恭順』、刺青を彫った【彫物師】から泥濘に与えられた針は彼らの命そのもの、生きるも死ぬも泥濘の思い次第だった。


「ちょーと、ボロ負けしただけやんけ……兄さんたちはお咎めなしやのに……不公平やわ」

「生きてるだけ儲けものだぞ、相手は本物の六禁【毒婦】だったじゃないか」

「いや、兄さんも特2………兄さんが何者かは今は聞かんことにするわ」


 泥濘に睨まれて【探偵】が口を濁す。


「その特なんとかってのは何だ?」

「特別警戒対象2号、【死霊術師】の恐れあり、です」


 【毒見】の返答に俺と泥濘はため息をついた。



 ……またバレてる。

『すぐバレル』

『にじみ出てる』

『お歌の時間?』

『【死霊術師(ほんとかわいいこ)】』


「どうするの? ナイク。殺す?」

「随伴組織はともかく執行部隊は不味いな」


 事が終わり次第……

 いや、今すぐに処理しようか……


「兄さん! アカンアカン早まったらあかんで。このままじゃ異変がヤバいんやろ?! わいら役に立つ立てるから!」


 殺気が漏れていたのか、【探偵】が大慌てで首を振る。「ほら占いやばいんやろ」という彼の言葉に【天気占い師】の言葉が思い浮かぶ。「泥濘は死ぬ。それも数日以内に」、俺の知る限り最高の占い師はこのままは間違いなく起こる事実として、そう未来を占った。


 泥濘は俺のたった一人の家族だ。死なすわけにはいかない。随伴組織壊滅の原因となる異変とやらを阻止するためにつかえるものは何でも使わなければいけない。


「そうだな……異変が終わるまで保留だ」

「普通に今、殺したほうがよくない? 執行部隊だし」

「後だ」


 自分が死ぬと予言されているにも関わらず、それをさしおいて俺のことを心配している泥濘を無視して周囲を見回す。だが、はじめて訪れた場所、すべてが新鮮で何が異変なのか全くわからなかった。


「【天気占い師】め、行けといわれたが何も分からないぞ」

「何探すの? どこに何がいるかとかならだいたいわかるけど。やっぱり竜? 竜ならあっち」


 【魔物使い】泥濘は地面から急に飛び出してきた小さな【土悠鮫(ビーチシャーク)】の幼体を抱き留め、にこにこと笑いながら頭を撫でている。幼体といえど人を砕きそうなえげつない歯が生えたその魔物はカチカチと口を鳴らした。


 【探偵】は魔物をいとおしそうに愛でている泥濘の姿に唖然としながらも首を横に振った。


「いや、竜は関係あらへん。兄さんは【天気占い師】に飼育場にいけといわれたんやろ。竜でも、人名でもなく、飼育場にいけと。ならここには異変の原因につながるもんがあるはずや。遠ざかったらあかん。泥濘はん、なんか違和感はあらへんか?」

「そんなこといわれても」


 【土悠鮫(ビーチシャーク)】が泥濘の腕を飛び出して【毒見】の足にかぶりつこうとする。【毒見】はわたわたしながら【土悠鮫(ビーチシャーク)】から逃げ出した。



「泥濘の〈今日のラッキーアイテム〉は?」

「【土悠鮫(この子)】」


 泥濘はそういいながら【毒見】を追いかけて跳ねまわっている【土悠鮫(ビーチシャーク)】にマナを与えて使役した。そして地面にむかって【土悠鮫(ビーチシャーク)】を離すと、【土悠鮫(ビーチシャーク)】はぴょんぴょんと地面を飛び跳ねながらまっすぐ奥に泳いでいった。



「お前らの占いはどうだった?」

「わいらが随伴組織から施しを受けてるわけないやろ、いちおう敵やぞ。わいらが組織壊滅の原因の可能性もあるんやで……そんな話聞いてへんけど」

「〈絆の縁〉俺たちは嘘をつかない」


 内なる【死霊魔術師】の知識を借りながら縁の魔法陣を発動する。泥濘が笑いながら彼らの命が入ったカートリッジをふりふりと振った。


「特2……また趣味の悪い術を……わかりました。誓います。私は嘘をつきません」

「誓うわ。ふたりには嘘つかん」

「よし、成立。執行部隊について聞こうか」



 街をぶらつき異変を探しながら、執行部隊について話を聞く。


 出会った時にふたりが言っていたことは嘘ではないらしく、今回ふたりが地下街を訪れたのは本当に邪神装備の入手のためだった。あくまで【毒婦】のことは気にせず、今、この国に勢ぞろいしていると考えられる六禁を逃がさないためできるだけ多くの装備を手に入れろという仕事らしい。


「六禁の同時処理は執行部隊でも無理や。執行部隊は全隊で協力してひとりひとり潰すつもりで動いとる。最優先は被害が図抜けて多い【百面相】、次点が居場所の分かっとる【毒婦】やが、一番隊が壊滅状態やから、実態としてはほぼ【百面相】にかかり切りやな」



 さきほどアラカルトが邪神装備を全部持っていたことから分かるように今この国には俺を含め六禁全員が隠れ潜んでいる。【百面相】と【毒婦】が表立って動いているおかげで【死霊術師】までは手が回っていないようだった。


 会ったことはないが【百面相】には感謝だな。


 そんなことを考えていると、突然前方で、ぎゃっと小さな悲鳴があがり、先行していた【土悠鮫(ビーチシャーク)】が吹っ飛ばされてきて、地面の上でびちびちと跳ねた。


「誰!?」

「誰だと? なんだ、泥濘か」


 現れたのはニット帽を被り銛弩銃(スピアガン)を担いだ体格のいい女。身長ほど長い銛を何本も装備しているの彼女の足取りは鉛のように重く、それでいて滑らかに泳ぐ【雷魚雷(ターンオンピードゥ)】のように疾かった。


 重心が地面よりはるか下にあるようにブレない。一目見ただけで分かる強者の立ち振る舞い。彼女は泥濘の後ろに並ぶ俺たちをちらりと見ると、首を傾げた。


「何を連れている?」

「随伴組織最高幹部【密漁者】さんとお見受けいたします。いつも妹がお世話になっております」

「妹? ならあんたが【仮聖】か。泥濘……いい趣味だな。だがここは構成員以外は立ち入り禁止のはずだ」

「アラカルト様の命です」


 泥濘が【毒見】を突き出す。彼女の耳についた邪神の耳飾りが揺れた。


「お前見たことあるぞ。確か執行部隊の? なぜ耳飾りを? しかも【彫物師】の処置済みか。何がどうなってる?」

「耳飾りはアラカルト様が直接授けました。理由は申し訳ございませんが秘密です。【密漁者】様、滞在許可を?」

「秘密? またコラクリ案件か。面倒ごとだな。いいだろう。だが悪いが【仮聖】は、執行部隊より危険だ。自由にはさせられないぞ」


 【密漁者】がスピアガンを肩から下ろし、引き金に指をかける。銛先をこちらにむけ、脅すようにちらつかせた後、首を傾げてため息をついた。


「ついてきな。全員、案内してやる」


 魔物飼育区の長である【密漁者】と飼育担当構成員【魔物使い】泥濘の案内で飼育区をめぐる。深い霧がかかった幻喰房をぬけ、人の顔が張り付いた巨大な卵鞘がずらりと並ぶ胎蛹区、大量の魔物が見るも無残な掻き混ぜ方をされている咆縦坑や、血の液胞が浮かぶ貯水牢、焼却炉を兼ねた灰焼庫を通り過ぎる。


 さすが六禁【毒婦】率いる悪の組織というだけあって、凄惨な実験場だ。バケツに溜めた血と痛みと悲鳴をぶちまけたような残酷さ。あまりの血生臭さに執行部隊の二人はちょくちょく嘔吐しかけていた。そんな街の様子を一通り見まわったあと、戻ってきた密牢街の前で全員で首を傾げた。


 どこもかしこもえげつないのだが、異変という異変は見つからない。



「そういえば御子ってなんだ?」


 ずっと引っかかっていた言葉を泥濘に尋ねると、泥濘は首を傾けながらキョトンとして俺の方をみた。


「【天気占い師】様がそこまでいってたの? ならナイクにも教えていいか、御子様は御子様。アラカルト様のお子様」



 子供?【毒婦】の?




「アラカルトって……あれで経産婦なのか」




 【探偵】が噴き出すと同時に女衆が嫌悪感丸出しにして俺のことを睨んだ。


「ナイク、その発言はいくらなんでも擁護できない」

「特2は、デリカシーに欠けると」

「お前な」

『ひどい!』

『しちゅれい!』

『ママカルト!ぷんぷん!』

『どくふにあやまれ!』


「えーと……御子様はもはや虚洞(うろ)だっけ」


 内外から俺の発言を責める女たちを無視して【天気占い師】の発言を考える。頭を悩ませていると突然【探偵】がぽんっと手を叩いた。

 


「そういうことか、わいはわかったで。随伴組織の目的。そんでもって異変ってのも予想付いた。特1の御子とは神子、つまり魔……」



 そこまでいって【探偵】が首が吹き飛んだ。音もなく、スピアガンから放たれた銛は【探偵】の顔面に突き刺さり、勢いよく頭と体を切り離した。



 ごろごろ、

 ごろごろ、


 頭の無くなった体が転がり、

 外れた色眼鏡が壁に当たりピシッと音を響かせて割れた。


 【密漁者】は彼の頭が突き刺さった銛を巻き取って、

 そのまま、慈悲もなく【探偵】の脳を地面にたたきつけ潰した。




あとがき設定資料集



【彫物師】

※HP 7 MP 7 ATK 1 DEF 7 SPD 7 MG 1

〜愛に証があるのなら、彼の体は愛に溢れて痣だらけ。母親すら知らないその奥に、私は刻み付んだ。一生残る深い傷〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。自らが彫った刺青を魔法陣とすることで人体に様々な制約や効果をつけることができる〈入れ墨〉を得意とする。刺青は消えることがないため永続的に効果を得ることができ、非常に強力。既に入っている刺青を消す〈墨抜き〉もできることから教会とも犯罪者とも密接にかかわるユニークな役職である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
可能性のループ面白いな 占いの結果が良くなるまである意味ループし続けてるのか天気占い師
えぇ、貴公子とそこがつながるの!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ