第80話 アラちゃんとメメちゃん
征暦997年368日12:00
ダンジョン蹄の狭間の二日前。
「オーバー!
実況解説のアラちゃんでーす!」
「オーバー!
みんなのアイドル、メメちゃんだよー」
ふたりの二頭身の女の子たちが真っ白の空間で楽し気に踊る。頭からズタ袋をかぶったアラちゃんと極端にデフォルメされた四角い顔のメメちゃん。二人はちらりとこちらを見てそしてぴょこぴょこ飛び跳ねた。
「アラちゃん! 今日は何をするの」
「メメちゃん! 今日わー、地下街のみんなから寄せられた質問にいっぱい答えていくよー。いい子も悪い子もみんなアラちゃんたちに聞きたいことがあるんだって」
「ええ! 質問回答会ってこと!? アラちゃんにできるの? おバカなのに……」
「おばかじゃないよ! アラちゃんこう見えて、【錬金術師】家の出身なんだから! かしこいんだよー」
「ええええ! アラちゃんすごい!」
「えへへへ。こんな大きな街をつくるなんて、アラちゃん賢い!」
「それ、アラちゃんが賢いんじゃなくてマル君が賢かっただけ……」
ズタ袋のアラちゃんはメメちゃんを無視してこちらを指さした。
「せーの! 「ゆっくりしていてねー」」
視線が、意識が引きずり込まれるように彼女たちに吸い込まれる。もはや瞬きすらできないほど俺たちの心は彼女たちに囚われていた。
アラちゃんがぴっと手を挙げた。
「では1個目の質問! 随伴組織ってなーに? 質問者は執行部隊一番隊第三席【毒見】ちゃん、他多数からいっぱいきてまーす」
「あれ? アラちゃん、執行部隊の一番隊ってこのまえ街を焼こうとしてた人たち?」
「そうだよ、メメちゃん。アラちゃんがコラって怒ったらみんな逃げていったよー。ぷんぷん」
「アラちゃん……」
デフォルメ女子のメメちゃんがため息をつきながらアラちゃんを見ると、アラちゃんはとぼけたように手で顔を覆った。すでにズタ袋で覆われているが。
「まぁいいや。でー、その随伴組織ってどういう組織なの?」
「随伴組織わ征暦720年に当時のマルチウェイスター家によって設立されたとっても重要な組織でーす。正式名称わ地下不随坑道領伴管理組織!!」
「地下坑道?」
「そう坑道! マルチウェイスターの街わ元々は始祖様が見つけた金脈の上に建てられた街なの。でも700年に渡る採掘の結果、金脈わ枯れちゃった」
「700年も掘ったら枯れるよね」
「がんばって延命したんだけどー、結局なくなっちゃったのー。で、一番問題になったのわあとに残った廃坑道。地上の街や浮遊街を合わせたくらい広い空間が放置されちゃった」
アラちゃんの説明にデフォルメ女子のメメちゃんがこてんと首を傾ける。
「放置しておくじゃダメなの?」
「メメちゃん!? 駄目だよ。拓いた空間を何もないまま放置したらダンジョンがやってきてそこに巣食っちゃう」
「ダンジョン!? それは問題だ。ずっと放置したら魔王になっちゃう」
「そのとーり、だからマルチウェイスター家の人わ考えました。放置がダメなら活用しよう、と。そして地下わ街に、実験街なりました」
「実験街? アラちゃん。それってどういうこと?」
「地下にできた街は誰にも目の届かない闇の街、魔物の違法飼育に人工ダンジョンの開発、人身売買に人体改造、魔道具化などなど。表じゃ口にもできないことが自由にできるのー。地下街はマルチウェイスター家の闇が詰まった夢の街になったなのでーす! へい大将! 創立300年の老舗の暗黒一丁!」
「あらら、マルちゃん家ってそういうとこあるよね」
「そしてーこの地下街を管理するために設立されたのがアラちゃん率いる地下不随坑道領伴管理組織、略称:随伴組織。人間わ正解だけでは生きていけない、街のどこかでかならずだれかが道を間違えちゃうの、だーかーら、あえて悪い子をつかって悪いことしながら地下を管理しましょうって組織なの」
「げ、げきやば組織だ~」
デフォルメ女子のメメちゃんがぴょこぴょこ跳ねながらアラちゃんから逃げ回る。ズタ袋のアラちゃんはころころと笑いながらメメちゃんを追いかけた。
「メメちゃん、メメちゃん! 待ってー逃げないでー」
「だって、だってアラちゃんは随伴組織のリーダーなんでしょー。こわいよー」
「怖くにゃいよー。ここで二つ目の質問! 随伴組織ってぶっちゃけ危ない人たち? 質問わ衛兵隊やマルチウェイスター街民の沢山の方々からいただいていまーす。そして答えはノー。みんな仲良しとってもやさしいの」
ぴたっとメメちゃんがとまってアラちゃんの方をむいて首を傾ける。怖くないのと尋ねたメメちゃんにむかってアラちゃんが大きく頷いた。
「大きな街にわー、普通わわるいひとがいっぱいいるの。王都とか犯罪だらけだし、聖都はカルマいじめがひどいのー、でもマルチウェイスターの街にわそういうのがぜんっぜんいないの。なぜならーこの随伴組織のお姉さんたちがこの街で必要な悪いこと全部やって、逆に本当に危険な人たちを排除して街を裏から守ってるからなの!」
「そ、そうなんだ?! なら随伴組織って正義の味方ってこと!?」
「メメちゃん賢い! その通りです!」
「でも……悪いこと全部やってるならやっぱ……もぎゅー」
アラちゃんがメメちゃんの首を絞めて口をふさぐ、メメちゃんはもごもごしながら苦しそうに呻いた。
「みんな良い子なのー」
「もぎゅもぎゅー……ぷはっ、じゃあ、メメちゃんからアラちゃんに質問。随伴組織ってどんな悪いことしてるの」
メメちゃんがアラちゃんから逃げ出して喉を抑えながら質問すると、アラちゃんが頭のズタ袋の中から、ぺかーっという効果音と共に地図を出した。地図に描かれているのはマルチウェイスターの地下街。深さ300階にも及ぶ広大な街は中心にある夙夜殿の下、6つの区域が並んでいた。
賭場 担当幹部【瘋癲】
魔物飼育場 担当幹部【密漁者】
呪術研究地区 担当幹部【天気占い師】
病理研究地区 担当幹部【彫物師】
闇商業地区 担当幹部【女豹】
金融街 担当幹部【吸血姫】
「6つの分野、6つの地区をそれぞれ6人の幹部に担当してもらってまーす。そしてなんとなんと、明日からアラちゃんのおうち夙夜殿地下300階でオークションを開催するよー、過去15回の魔王侵攻の遺物、邪神装備など、古今東西の激ヤバ魔法道具やえりすぐりの危険物を売りさばいちゃうぞ! 年始一番にはみんな興味津々のあの、お宝が登場するよ~」
「あのお宝?」
「ふふふ、メメちゃん。メメちゃんのアレだよ?」
「はっ、もしかして転職薬……」
アラちゃんが何か言いかけたメメちゃん口を止める。
「それわー秘密!」
「もぎゅー!!」
「みーなーさん! オークションって言っても心配しないでー、冷やかしでも大丈夫だよ! もしかしたら掘り出し物が安値で買えちゃうかも! 気になるあるものがあったら是非行ってみよー」
えっへんと胸を張るアラちゃんを振りほどいてメメちゃんはまたため息をついた。
「……ねぇアラちゃん、随伴組織のことはわかったから次の質問にいこうよ」
「いいよー、なら次わこれ! ジャジャン。昨日届いたほやほやの質問だよー、僕はお金欲しさに見ず知らずの人を殴って殺してしまいました。僕はこのあとどうなるでしょう 質問者わ【鎧武者】さん!」
アラちゃんとメメちゃんはジッとお互いを見つめ合ってニッコリと微笑んだ。
「あちゃ~、本当に悪い子だよ。アラちゃんどうなるの?」
「まずわー、ご遺族に話をきいてみよう! 地下128階9番にお住いの【追放者】さん! 聞こえてますかー」
アラちゃんが地面からゴーレムを生やす。ゴーレムはぴょこぴょこ飛び跳ねながら画面の外に出て行った。
『え? 私? こ、これ本当につながっているのですか? あ、アラカルト様?』
おそらく現地とつながっているのだろう、アラちゃんともメメちゃんとも別の女性の声が聞こえた。泣いているのか少し鼻声だ。
「はーい、アラちゃん聞こえてるよー、つながってるよー」
「メメちゃんもいるよー」
「昨日あなたの夫、【水夫】ちゃんを殺した犯人がー【鎧武者】さんだよー。金融街の裏道でぼっかんって頃されちゃったのー」
アラちゃんの言葉に女性はすすり泣きながら返事する。
『そ、そうなのですか』
「しかもー、持ってたお金わー、娘さんの病気用のために何年もかけて溜めたものだったのー、下ろしてるのみられちゃって全部取られちゃった」
『そんな……どうすれば』
泣き出した女性の様子にアラちゃんとメメちゃんはあわあわとした。
「か、可哀想……メメちゃんこういうのだめなのー! 【追放者】ちゃんと【水夫】ちゃんに、メメちゃんから出血大サービス、遺族とのお別れ!でーす」
メメちゃんの姿がデフォルメ女子から一人の男性に代わる。彼は申し訳なさそうにうつむいた。
「ごめん、金全部取られえしまった」
『そりより、あなたが……』
悲しそうに会話する死に分かれた夫婦。しかも彼らは病気の娘のための治療費は犯人に盗られてしまった。そんな悲嘆にくれる二人に向かってアラちゃんが手を差し伸べた。
「アラちゃんから大ちゃーんす! 【追放者】ちゃんがーもしー随伴組織に加入しちゃうならー、娘ちゃんの治療費わーアラちゃんたちが工面しちゃえまーす、どうする?【追放者】ちゃん【水夫】ちゃん、アラちゃんから悪の申し出だよー」
『アラカルト様……でも私なんの役にも……』
「役に立つかどうかわーこれからの【追放者】ちゃんの頑張り次第だよー、どうする?」
「ホウ……お願いしよう。死んだ俺が決めることじゃ……」
『お願いします。娘を救ってください! アラカルト様!』
「ふたりの願い承ったぞー! アラちゃん組織の部下のためにひと肌ぬぐよー、実際に肌を脱ぐのはアラちゃんじゃないけどねー」
アラちゃんがぴょんぴょん跳ねながら画面外に出る。
しばしの沈黙の後、突如、男の喘ぎ声が聞こえた。冷たい水しぶきのような音がする。
肉が溶けるような粘ついた男の喘ぎ声の絶叫。
すぐにその声は小さくなりと、やがて音はきこえなくなった。
そして、とことことアラちゃんが返ってきた。男の姿から元に戻ったメメちゃんが拍手しながらアラちゃんを迎える。
「アラちゃん、おかえりー、またメメちゃんの威光で宣伝しちゃったね」
「おしまーい……【鎧武者】ちゃん干からびて死んじゃった!」
アラちゃんとメメちゃんはこちらを見つめてジトっと微笑んだ。
「地下街の悪い子のみんな! 楽しんでくれたかな? 今日の定時放送わこの辺で。実況解説のアラカルト・ソラシド・マルチウェイスターと」
「みんなの偶像、悪戯な女神がお送りしました」
顔を覆うようにズタ袋をかぶったアラカルトと極端にデフォルメされた少女、悪戯な女神。二頭身の彼女たちはいつのまにか、等身大の姿になっていた。眼球が凍り付くほど美しい美女たちが楽し気に踊る。
「「オーバー!」」
ブツリと頭の中に浮かんでいた映像が切れて俺は現実空間に解放された。一緒にいた泥濘も息を荒げながら目をしばたいている。
梯子と配管が張り巡らされた広大な穴の街、地下街。その真ん中にある随伴組織の居城、夙夜殿の傍のホテルに俺はいた。
「強制的にこれ見せられるのどうにかならないのかよ」
窓から見えるそこも見えない深い穴を見下ろしながら随伴組織構成員の泥濘に文句をいうと泥濘はどうしようもないという風に首を横に振った。
「地下街にいる限り視聴は不可避だから。アラカルト様のご意向がつまってて重要だし。それにしても【追放者】かぁ、どこ配属だろ」
泥濘は脳内に映像を投射されるという異常な状態にもう慣れてしまったのか、何とも無さそうに先ほどの放送内容を吟味している。
「いや、どうやって見せているんだ?」
「さぁ? 知らない。アラカルト様は理屈じゃないの。最強だから」
「最強……」
「もしかしたら【死霊術師】様でも勝てないかも」
泥濘がつんつんと自分の耳と腕輪を指さす。泥濘は曰く、随伴組織の最高幹部の女たち全員の耳には邪神の耳飾りがついているらしい。
つまりそういうことだ。
アラカルト・ド・レミ・ファ・ソラシド・マルチウェイスター
随伴組織総統。地下街の支配者。フリカリルトの姉にして現当主の姪。
レベル不明のS級冒険者自称【薬学士】。
教会や祈りを一切介さず女神を呼び出せるおそらく唯一の存在。脱教会派のリカルド卿はこのアラカルトをつかって女神教の権力を奪い取ろうと画策しているらしい。
「六禁【毒婦】か……」
「警戒しなくてもアラカルト様は身内には優しいから」
「お前、ちゃんと身内認定されてんのか?」
俺と泥濘はお互いの腕輪を見て、ケラケラと笑った。
「それより泥濘聞いたか。オークション出品物」
「もち」
泥濘もちゃんと聞いていたのか頷き、目を輝かしている。絶対に他の人の手には渡さないという強い意志がその目には宿っていた。
「絶対に手に入れるぞ!」
「私だけのものだ!」
「転職薬!」
「邪神の腕輪!」
オークション開催まであと一日。
蹄の狭間発生まで後二日。
あとがき設定資料集
【毒婦】
※HP 10 MP 5 ATK 0 DEF 5 SPD 5 MG 5
〜嗚呼、愛らしい私の女神様。なぜそんな男の方を見る。そなたの身も心も、吐いた息すら私のものなのだ! そういって彼の王は忠臣たちを処刑していった〜
簡易解説:現在までに確認された中で最も高いHPを誇るアルケミスト系統の役職。ありとあらゆる化学反応を操ることができ、周囲の人間を幻覚漬けにすることや、即死させることが可能。毒婦は自らの体内の反応も自由自在のため、老いることなく絶世の美人を維持しつづことができる。また男なら嗅ぐだけで絶頂する芳香を放つとされる。教会の定める禁止六役職 (六禁)の一つ。