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第08話 【仮聖】ナイク

 

『大規模クエスト 新規ダンジョン調査 危険度:不明

 依頼元:【錬金術師】リンド=マルチウェイスター


 マルチウェイスター領の外れ、魔物の支配領域もほど近い位置にダンジョンが発見されました。発見者は付近の開拓村の住人。付近の地域に狩りへ出て帰ってこなかった他の住民を捜索してる最中発見したようです。

 発見後、現地の冒険者にダンジョン調査のクエストが発行されましたが、クエストを受けた合計5組の冒険者パーティ全員が未帰還。危険性を考慮し、マルチウェイスター領ギルドとして大規模クエストを発行いたします。貴公にはギルドにより厳選された冒険者として、該当ダンジョンの調査および破壊の敢行お願したく思います。よろしくお願いいたします。』



 仮登録から数日後、大規模クエストが始まった。


 まずは街を出て、全員でダンジョンへ向かう。目標のダンジョンは、マルチウェイスターの街から徒歩で歩いて10日ほどの距離にある。流石に歩いて行軍するようなことはなく、俺たち仮登録組は荷物と共に資材運搬用のゴーレムに詰め込まれることになっていた。


 今回のクエストは300人近い冒険者が動員されているらしい。


 集合場所にたどり着いた俺の前に、馬鹿でかい四本足のゴーレムがずらりと並んでいた。ゴーレムの上に備え付けられている荷台には、詰めれば一台当たり30人ほどのれるだろう。

 

 ただどう見ても人が乗る構造をしていない。

 乗り心地というのものを完全に無視した設計に、乗る前から尻が痛くなってきた。


 車輪式ならいざ知らず、これに何日も揺られるのか。


 うんざりした気分で乗り込んだ荷台は、地面にクッションが敷き詰められていて思いのほか居心地は良さそうだった。


 先に乗り込んでいた人からの視線がこちらに集まった。


「お、【仮聖】じゃん」

「【仮聖】」

「鯖よみ【仮聖】」

「逃げなかったのか」


 嘲笑かと思ったが、もっと純粋に面白がっているような気配を感じる。


 最悪だ。知らない間に有名になってる。しかも珍獣扱いだ。


 どうやらこの前の集会所の決闘まがいで色々な人に覚えられてしまったようだ。しかも美談ではなく、自分で提示したルールを自分で破るという何ともしょうもない醜態での知名度だ。できるだけ悪目立ちしないように気をつけようと思っていたのに、これはうれしくない。


 誰がどんなスキルを持っているかわからない冒険者の中じゃ、何かの拍子に【死霊術師】がバレるかわからない。それなのに休憩のたびに見ず知らずの冒険者たちが声をかけてきた。【槍聖】ならぬ【仮聖】とおちょくる彼らは、誰も彼もが面白い珍獣を眺めるような目で俺のことを見ていた。

 

 丸1日ゴーレムに揺られつづける。いくらクッションが敷き詰められているとはいえ四足歩行ゴーレムの乗り心地は最悪だった。数秒毎に自由落下の浮遊感にさいなまされる。下手に口を開けば舌を噛むだろう。衝撃はクッションを貫通していて普通にケツも痛い。


 歩くの速度の何倍もの速さで流れていく景色を眺めながら、ひたすら頭の中で槍を振り続けた。【槍聖】の動きを思い出し、あの戦いを何度もなぞる。


 反則で中断になってしまったが、【槍聖】アンヘルとの模擬戦はあのまま続けばどう転んでも敗北だった。何度も想像しても、俺の攻撃ははじかれて彼の体に届く気がしない。


 やはり【死霊術師】は戦いには向いていないのだろう。攻撃力が全く足りなかった。


 この街に来るまでの道中、何度も魔物狩りや盗賊狩りをしたが、どの狩りも、闇夜に紛れ、背後からの不意打ちしかしていなかった。〈隠匿〉スキルに頼りすぎて腕も鈍っているかもしれない。


 いくら優秀なスキルとはいえあまり頼りすぎるのも考えものだな。


 そんなことを考えていると、大規模クエスト隊は今晩の宿泊地についた。流石の運搬ゴーレムも夜は休憩のようで、大規模クエスト隊は全員、通りすがりの村の広間を借りて寝泊まりするようだった。


 一日中、ゴーレムに押し込まれて、ガチガチに固まった体をほぐす。


 こんな人数の冒険者が小さな村に押しかけたら、それだけでお祭り騒ぎにならそうなものだが、意外にも誰も騒いでいる人はいなかった。皆そんな元気も湧かないほど疲れているのだろう。冒険者といえば、酒池肉林、皆もっと騒がしい印象だったが、静かそのものだ。


 与えられた配給を受け取り、空いてる席を探す。


 ともかく【槍聖】アンヘルにだけは会いたくない。

 どんな難癖つけられても言い返せる気がしない。もしもう一度戦うことになれば目も当てられない結果になるだろう。


 関わらないのが一番だ。


 適当に座るや否や、誰にも存在を悟られないようにできるだけ気配を殺して、存在ごと〈隠匿〉することに勤めた。


 噛めば甘くなるパンを頬張り、綺麗な水を飲み干す。あまりの満足感に俺はため息をついた。この後は、水浴びまでできるなんて贅沢としかいえない。


 冒険者になれたら、苦もなく毎日こんな生活が送れていたかもしれない。ここまでとはいかなくとも、3日1日くらいこのような生活が送れただろう。



「ねぇ。久しぶり?」



 〈隠匿〉をかけているにも関わらず、声をかけられ、俺は飛び跳ねた。


 目の前で綺麗な金髪が揺れる。

 話かけてきたのは、幸いにも【槍聖】アンヘルではなかった。


 配給を手に、首を傾ける金髪の小柄な少女には、見覚えがあった。



「あんた、あの時の工房の?」


「あ、私のこと覚えてんだ」


 忘れるわけがない。この街で一番会いたくなかった人だ。聞き間違い出なければこの子〈鑑定〉スキルをつかい俺が【死霊術師】であることを見抜いている。


 少女はジッとこちらを見つめている。まるで心の中を覗かれているようなくすぐったさが身を襲い、思わず自分にかかっている〈隠匿〉を強めた。


 いや、もうバレているから意味ないのか。


 少女は少し疲れたように目を閉じ、そのままちょこんと俺の横に座った。


「本当に覚えてる?」


「もちろん!覚えてる!魔法袋を取り返してくれたし。あの場から逃がしてくれたからすごく感謝してるからな」


 まるで言い訳をする犯罪者のように声が上擦った。


「ふーん。私の言った通り冒険者になってるしね」


 彼女はそう言って少し嬉しそうに口をほころぶ。それはあんまり関係ないのだが得意げなので黙っておこう。余計な事をいってこの子の機嫌を損ねたくない。

 

 この子はいったい何を考えているんだ?

 なぜ俺が【死霊術師】であると知って黙っている。


 ただの善意? それともなにか利用したいのか

 そうだとしたら要求はなんだ?


 少女はこちらの考えを見通したようにこちらを見つめる。


「前の決闘見たわ。【槍聖】は強かったのね」


「【槍聖】? ああ、流石に勝てなかったな」


 少女は、何言っているのかわからないというように、ポカンとして、そのままクスクスと笑った


「あなたよ。【槍聖】ナイク。自分の役職でしょ。忘れちゃったの?」


 彼女は変なものを見つけたように嬉しそうにクスクス笑った。


【槍聖】ナイク?

 ああ、俺のことか……


 一瞬、【槍聖】と言われても自分のことだとわからなかった。


 身内のような存在しかいなかった開拓村だと忘れがちだが、大人になると普通は役職名で呼ばれる。何万個もある役職の中で、赤の他人の役職が被ることは稀であり、役職名は名前と同義であった。


【槍聖】アンヘルというのように【役職】+名前が一番正式な呼び方だ。


 俺は今は、【槍聖】で仮登録しているのだから【槍聖】とか【槍聖】ナイクが正しい呼び方になるのだ。【仮聖】でも断じて【死霊術師】でも無い。



 だが、この子は知ってるはずだ。俺が【死霊術師】だと。本当に何を考えているのだろう。



「いや、忘れてない。俺は【槍聖】ナイクだ。」


「よかった。忘れたらダメだよ」



 【死霊術師】とわかっているけど今は見逃してあげる。

 そういわれた気がした。



「でも俺が強いってどういうことだ?」


 腹の探り合いしても疲れるし、話をそらそう。

 

 【死霊術師】は強い役職ではない。

 少なくとも俺の戦い方だと、弱いとしかいえない。体力、攻撃力、魔力、速度、防御力、全てが平均以下。その分マナ量だけが突出しているが、いくらマナが多くても魔力(つまり魔法出力)も攻撃力も低いのでスキルの威力も大してでない。せいぜい〈叩きつけ〉を振り回すくらいだが、せっかく手に入れた槍の柄をそんな雑に扱いたくはなかった。


 おそらく本来の【死霊術師】は御伽話のように戦場から遠く離れた遠距離からスキルを駆使して戦う役職なのだろう。死霊術にスキルポイントつかわない以上その戦い方は望めないが。


「あの決闘はあなたの勝ちでしょ」


「あれは、スキル禁止のルールだったんだよ。だから俺の反則負け」


「馬鹿にしないで。ちゃんと〈鑑定〉(みて)たわよ。【槍聖】が〈身体強化〉を使おうとしてたから【槍聖】も〈槍投げ〉を使ったんでしょ」



 少女は役職が被っててややこしいわ、と言わんばかりに首を横に振った。


「先に反則したほうが負けだろ」


「まぁ、そういう考え方もできるわね。そもそも食べ過ぎたあなたが悪いし、そういうことにしときますが」


 少女は少し悩むような表情をしてから視線を下に向けた。。


「外から来たあなたは知らないでしょうけど、【槍聖】アンヘルはこの街の同世代の中じゃ飛び抜けて強いのよ?」


 そう言いながら、くるくると自分の髪をいじり、そしてもう一度こちらを向いた。


「あなた何者?」


「何者って言われてもな。俺はもっと辺境の開拓村育ちなんだけど、神託がハズレだったから口減しにあって追い出されたんだよな」


 悲しそうに見えるように精いっぱい表情をつくる。


「村の近くは嫌だから結構遠くのマルチウェイスターまで来たんだけどさ。まぁどこでも大変だな」


 こういうシュチュエーションのために、今まで何度も練習してきた言い訳だ。

 ハズレ役職のせいで、生まれ育った村から追い出されてしまったという重たい話を、なんでも無いように強がっていう。さらに強がってる口調の中にどことなく寂しさが漏れるように伝えることで、説得力を持たせる。


 初めて披露することができた。我ながら完璧だ。


 俺の渾身の語り口のおかげで、少女はバツの悪そうに下を向いた。


「それは、その、ごめんなさい」


 思惑通り、うまく行ったのにすごく心が痛い。嘘は嘘だがあながち間違っても無い話だと思うんだが。どうしてこんなに罪悪感が湧くのだろうか。



「あんまり気にしないでくれよ。よくある話だろ」



 少なくとも六禁になるよりはよくある話だ。



「私がいうのも変かもしれないけど、そんなにハズレ役職じゃないんじゃない? だって【槍聖】アンヘルと戦えてたじゃない。彼は神託の儀からまだ一年経ってないのにレベル12だし。役職もサブツリーもすごくて、既に上位の冒険者パーティに育成枠として呼ばれてるくらい優秀なの」



 この街の同世代って……

 ここマルチウェイスターの街は4大都市の一つ。人口数万人、下手すれば十万人を超える規模の街だ。同じ年だけでおよそ、、数千人程度はいそうだ。その中で飛び抜けてって、流石【槍聖】化け物だな。



「そんな奴にいくら反則でも勝てるのは強いと思うわ。あなたいくつなの? 実は結構年上だったりするの?」


 少女は見上げるようにそう聞いた。身長差のおかげが上目遣いのようになる。背筋がゾワゾワした。


「少なくとも君よりは上だと思う。神託からもう一年弱、もう18だよ」


 そう答えた瞬間、彼女の目がキッと釣り上がった。


「な、ら、私のほうが一つ上のお姉さんね」


 ひとつ歳上?!


 あまりの衝撃に身が震えた。どう見てもそうは見えない。三つ以上下と言われてもおかしくない見た目だ。俺の表情から考えていること全部読み取ったのか少女、いや、少女じゃないのか、童顔のお姉さんは怒ったようにこちらを睨みつけた。


「いいわ。あと一つだけ言っとくけど〈隠匿〉スキルはもう少しうまく使ったほうがいいわよ。今はちゃんと隠せてはいるけど、それでも役職を隠したいのが見え見えだから」


 そういい残して、フワリと音もなく立ち去る彼女の小さな背中を見つめながら、あれで歳上かぁ、とため息が漏れた。羽のように柔らかで吹けば飛びそうな女性だ。男も女も屈強であることがよしとされる開拓団にはあまりいないタイプだった。


「とりあえず、味方か?」

「うーん、違うんじゃない」


 嫌な予感がして振り向くと、そこには巨大な死霊が浮かんでいた。 

【古き邪神の腕輪】

不明な金属で作られた手首に装着する腕輪。中央に邪神を模した意匠が描かれている。右手につけると持続的にMPを使用しつつ、他全てのステータスがごく僅か上昇する効果がある。逆に左手につけると、MPを除く全てのステータスが下がる代わりに、MP持続回復量が上昇する。

装着者の体に合わせて伸縮する術式が組み込まれているため、外れる心配はしなくてよいが、意匠のせいか敬虔な女神教徒に苦い顔されることは必至。


〜街に行くと、若者の間で邪神の意匠をたまに見かける。大概は反体制を格好がいいと思ってる可愛い子供だが、ごく稀に本物の危険人物がいるので気をつけた方がいい。(中略)こういう文化は危険に見られたい子供と子供に見られたい危険人物との絶妙な共生の代物とも言える。〜

〜マルチウェイスター街歩きガイド 抜粋〜

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