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第77話 学園特別講師




 【死霊魔術師】事件から一年。

 その日、俺史上最も過酷なクエストが与えられた。



「A級冒険者ナイク。指名クエストです。学園の特別講師をお願いします。3日後です。もともと依頼していた人が亡くなってしまいましたので急遽となりますがお願いします」


 フリカリルトの突然の命令に俺は開いた口が塞がらなかった。


「フリカリルト正気か? おーい! 【重拳士】! お嬢様がとち狂ってる!」


 すぐ近くにいたタコ入道のギルド職員【重拳士】を呼びつけて、助けを求めるも彼は俺を見るなり思い切り小突いて、俺はギルドの地面に埋まった。


「大丈夫?」

「大丈夫? ただ俺よりフリカリルトの頭の方が心配だ」


 もう一度頭に衝撃が走りより深く埋まる。マルチウェイスター最強の一撃になすすべもなく俺はぶちのめされた。


「【槍聖】だまれ。お嬢の選定だ。それにあんなキモイ槍を愛用している貴様にお嬢の頭を心配されるいわれはない」


 【重拳士】が立ち去る背中を見ながらフリカリルトのツタに引き上げられる。フリカリルトのツタが怪我がないか確認するために俺を軽くまさぐったあと、「大丈夫そう」とぽとんと落とされた。


「なんで俺なんだ? 自分で言うのもなんだが人を指導するのに向いているとはとても思わないぞ」

「学園からガンダルシア地方出身の冒険者いないかってお願いされてるの。常に凶悪な魔物の危険に晒される辺境の暮らしの体験談を話してほしいって……割と適任だと思うんだけど」

「俺がガンダルシアに住んでたのは神託以前のガキの頃だけだぞ。大人の手伝いで魔物を()っていただけの普通の毎日だ」

「子供にまでそんなことさせてるのはガンダルシアだけだと思うけど……心配だから私もついていくから」

「心配するくらいなら初めから別の奴にしろよ」

「適任がいないの。ガンダルシア出身者は……その……字を読めるだけで貴重だから。前任の人が準備していたから覚えて仕上げといて。失敗しても報酬あげるし」


 なんだ失敗しても報酬出るのか。てっきり失敗したら補填保証させられるタイプの依頼かと思った。


「ならいいか。気楽だ」


 フリカリルトはジッとこちらをみて、にこりと微笑んだ。


「大丈夫そう」




 マルチウェイスター国立大学および同附属教育学校。通称:学園


 マルチウェイスター浮遊街に存在する王国最大の研究機関。

 浮遊街を支える浮遊石、その表に出ている部分()()すべてが学園。子供たち向けの教育場所という役割は学園の付属的な役割でしかなく、その本質はマルチウェイスターの技術力を支えている研究施設であった。


 



 クエスト受注から3日後、白衣の研究者たちの視線を浴びながら、俺は案内してくれる【教師】から説明を受けつつ、いままで入ることができなかった学園のあちこち見て回っていた。


「教育学校は13歳までの孤児に親の代わりに初期教育をほどこす初等部と、14歳から神託までの準備を行う中等部に分かれております。また講義だけですが成人向けの自由聴講も不定期に開催されております。【槍聖】君も是非いらしてください。マルチウェイスターの誇る優秀な研究者たちのとても有用な聴講ばかりですよ」

「卒業生じゃなくてもいいのか?」

「はい。マルチウェイスターでは誰にでも学びの戸は開かれております。年齢も役職も性別も関係ありません。聴講料はいただきますが、申し込みしていただければだれでも受けることができますよ。ね、フリカリルト様」

「はい。ナイクも受けたい授業があれば……」


 フリカリルトと【教師】の会話を片耳に聞きながら束のようにずらりとおかれている聴講の紹介チラシをみる。


『ダンジョン生態学:第27回_蟲系ダンジョンの危険性。ダンジョン常昼の森を徹底解説』

『ダンジョン生態学:第28回_不定形系ダンジョンの危険性。脱出方法と必要な準備物の紹介』

『自動人形力学:スキルによらない自動人形作成手順』

『抽出学:抽出系スキルを抽出する方法。抽出ループの避け方』

『歴史学:710年代』

『歴史学:第十回魔王侵攻の各軍の挙動の意図〜王国史上最大の危機、八魔王包囲網と六禁【救世主】の関係について〜』

『職業別倫理学:アルケミスト系統に求められる役割と使命』

『育成学:子供の職業神託の自由について親ができること』

『女性学:戦士系役職の女性たちの地位向上を目指して』

などなど。


 数えきれないくらいいっぱいある。


「面白そうなのいっぱいあるな。どれどれとりあえず『ダンジョン生態学』と『職業別倫理学』か? 『女性学』は……完全に冷やかしだな」


 大量に余っている『歴史学:710年代』と書かれたチラシを取る。チラシの裏面にはびっしりと710年代に起きた出来事が書き連ねられていた。


 講師【歴史学者】トマハル・モバハル


 専門の【歴史学者】の聴講。おそらく深い知識から来る有用な情報が落ちているのだろうが、これは役にたつ立たない以前に絶対に眠たくなるやつだろうな。



「意外と勉強熱心な方ですね」

「冒険者ギルドの講習で、領法を丸暗記してくるような人だから」

「冒険者講習で? 彼は本当に【槍聖】なのですか? 【法律家】とかでなく?」

「変なの。ナイクは」


 聞こえてるぞ。フリカリルト。

 〈聴覚強化〉を手にいれたのは伝えたはずだが。

 人を変呼ばわりは傷つくぞ。

 

 一度講義も受けてみようかと思った、その時、ぽすんと小さな塊が足元に飛び込んできた。


「あ! ナイク!? なんでここにいるの?!」


 現れたのは【大食姫】の子供。

 いやクソガキ。

 大規模クエスト以来ちょくちょくと家に遊びにくるが、まだ7才、8才程度のはずなのに、薄着で部屋をぶらつく泥濘をチラチラ見て顔を赤らめるようなエロガキだ。


 殺すぞ。


「あ! フリカリルトさまもいる!」

「はい。いますよ。ナイク君。勉強がんばってますか?」

「そういえば、どっちもナイクさんなんですね」


「「発音が違う」」


 【教師】の発言にクソガキとともに反論する。

 一緒にするなこんなガキと。


「ナイク君はナイクと一緒にされるのは嫌?」

「そんなに嫌じゃない。ナイクみたいになれたら泥濘さんみたいな奥さん貰えるし」


 フリカリルトの質問にクソガキがクソガキらしい発言をする。一緒に暮らすようになって分かったが泥濘はちょっと美人すぎる。至る所で男たちからすさまじい嫉妬を受けるのが困ったものだった。


 嫉妬程度ならまだしも、泥濘に本気で惚れて、俺たちに嫌がらせしてくるようなこともあった。大抵のやつはちょっとした嫌がらせ程度で実害はなかったのだが、中にはスキルを使って泥濘を〈催眠〉してさらおうとした奴までいて、本当に困ったものだった。


 まぁその【催眠術師】たちを殺して、見せしめに玄関に吊るしておいたら付き纏ってくるような連中はいなくなったのだが……


「このマセガキめ!」


「駄目ですよ。泥濘さんはナイクの所有物(もの)ですから」

「じゃぁフリカリルトさまは?」

「えーと……私は」

「殺すぞクソガキ」


 首を掴もうとするとするりと避けられた。クソガキがにやりと笑ってピョンとフリカリルトから離れる。


 避けられた?

 嘘だろ。俺レベル48だぞ。

 どうなってるんだ? このガキ。


『キャー! ナイ君天才!!』

『ローベルメ……』

『ローベルメはさぁ』

『ナイ君はナイク程度じゃ相手にならない天才よ!』

『どっちの味方だよ。ローベルメ』

『〈捕食強化〉の持ち主じゃなきゃ出禁だよ。ローベルメさん』


 内なる死霊たちの声の中で【大食姫】ローベルメが荒ぶっている。

 こいつ本当に出禁にして他の魂たちの下に封印しようかな。歌も下手だし。


『ナイク?! あんたはあたしのもう一人の息子だよ?!』


 うるせぇよ怪力ババァ


『しゅん……ママしゅん……』

『ローベルメはさぁ』


 母親が荒ぶっていることなどつゆも知らないクソガキが得意げにピョンピョン跳ねながら俺を見て笑う。


「また遊びにいくねー。泥濘さんによろしくねー」


 【大食姫】のガキはそういい残して走り去っていった。


「ナイク君は大物になりそうですね」

「大物か。こうならないといいけど」


 フリカリルトがため息をつきながら俺を見た。


「おい! フリカリルト! フリカリルトは俺の味方……だよな?」 

「これがふたりはちょっと多すぎるかな」


 

 【教師】に案内されて自らが講師を務めることになる講義室へ向かう。一応講義内容は確認したが、もう一人講師がいるということだったから、その人に全振りするつもりだった。案内された講義室は想像よりずっと大きかった。500人以上の聴講者がずらりと並ぶ。彼らの前に立っていたのはずば抜けて身長の高く体格のいい若い男だった。


 今まで見た中で最も体格のよかった【炎刃】さんや【重拳士】よりふたまわりほど大きい。だが無駄に筋肉がついているといった感じではなく、戦うためだけに完璧に調整して作られた体、そんな印象をうけた。


「今日の講師を努めていただきますはガンダルシア地方出身若干20歳でA級冒険者にして二つ名もち冒涜の【槍聖】ナイクさんとベルマーク領領主にしてガンダルシア統括領主が7番目の息子、勇者の盾候補【護衛官】ギーア・ガンダルシア・ベルマーク様です」


 【護衛官】ギーア・()()()()()()・ベルマーク?!



 その名をきいて俺は反射的に跪いて礼を捧げた。



「ガンダルシア様。お初にお目にかかります。ガンダルシア直轄領第25開拓村出身【槍聖】ナイクです」


 ガンダルシア様は跪いた俺の肩を叩き、そしてぐんっと持ち上げて立たせた。


「よい。ここはマルチウェイスターだ。むしろガンダルシア出身のものがこの街でも役に立っていて誇らしいぞ。【槍聖】ナイクだな覚えた。これからも励め」


 ガンダルシア様は豪快に笑いながら聴講者の方を向き、前列に座っているまだ成人していないと思われる若者たちに向かって微笑みかけた。


「さて、ガンダルシア流を見せろとのことだったから君たち若い雛たちのためにいいものを用意した」


 ガンダルシア様が魔法袋の中から大きな肉の塊を取り出す。それは老いた男の死体だった。


「今日の授業は当然「解体実習」」


 俺も用意した肉の塊を取り出した。


「ご遺体だ。遺族からいただいた。今日は解体の授業だ。人というものがどうなっているのかそれを見て学ぼう。卓上の知識でなく、見て聞いて匂って触って、そして味わって理解するのだ。ほう【槍聖】流石だ。貴殿も用意していたとは」

「おほめいただき光栄にございます。ですがガンダルシア様。ここはマルチウェイスター。人の遺体は人数分の検体は用意できませんでしたので今回は人型魔物【小鬼(ボルグ)】を用意させていただきました。性器以外の基本的な構造は人と大きく変わりません。こちらで代用すればよろしいかと」

「GooooooD! 素晴らしいリカバリーだ!【槍聖】! 貴殿がガンダルシアに残っていたら我がギーア隊に招待していたところだ」

「もったいなきお言葉です」


 ずらりと並ぶ人数分の死体をみてガンダルシア様は豪快に声を張り上げた。


「さぁ皆に配るぞ、全員立って列に並べ!」

「全員、返事! さん! はい!」


 俺の号令と共に若者たちが立ち上がり礼をする。


「「はい!」」


 マルチウェイスターにこんな文化ないはずだが、ガンダルシア様の圧倒的なカリスマ性のおかげか妙に全員声が揃っていた。


「何これ……ナイク普段と全然キャラ違う。私に対しては『おい!フリカリルト』なのに」

「これもガンダルシア流ってことなんでしょうね。生で見れるとは思いませんでした。【槍聖】さん連れてきてよかった。でもなんだかんだガンダルシア家は領民にとっても慕われてますね。あんな過酷な土地で領民を危険にさらしながらも敬意と好意もたれるのは並大抵の努力ではできませんよ」

「それがこのノリ。同じ六大貴族なのに全然違う。ガンダルシア流って変なの」


 だから聞こえてるぞフリカリルト。

 もしかして聞かしてるのか?


 フリカリルトの方をみると小さく「がんばれ」といって応援してくれた。


 聴講は無事終わった。


 魔物や人の解剖なんて出禁になるかと思いきや、評判は上々だったようだ。講義後、フリカリルトおよび【教師】たちから、可能ならぜひ来年もやってくれとせがまれて、ガンダルシア様は得意になって高笑いしていた。


「よし! 【槍聖】。来年は【(オーガ)】を用意するぞ!」

「承知いたしました。ガンダルシア様」


 ガンダルシア様がそう毎年これるものではないはずなのだが、来年のことは来年考える。それがガンダルシア流。


 上機嫌に笑いながら帰っていくギーア・ガンダルシア様を見送りながら、俺はその日もらった報酬額の大きさに震えていた。学園から渡された封筒の中には命がけで戦った大規模クエストよりずっと大きい額が入っていた。


「フリカリルト! 俺! これ、毎年やりたい!」

「そう? なら学園にも話しておくね」


 フリカリルトに約束を取り付けた俺はひどく上機嫌にガンダルシア様と同じように笑った。






 ただ結論だけいうと来年なんてなかった。

 その年の末におこった最悪な出来事のせいで、俺が学園を訪れることは二度となかった。



あとがき設定資料集



【教師】

※HP 8 MP 2 ATK 2 DEF 8 SPD 5 MG 5

〜教育。それは、成熟まで17年の年月を必要とするのも関わらず、それほど大きな体を持たない人類が今日に至るまで滅びることなく生き残ることができた理由。様々な知識や知恵、つまり経験値を別の個体に引き継ぐ能力。それこそが人類最大の強みだ。人は決して個ではない。人類という名の数万年生きた怪物である〜


簡易解説:戦士系統の役職。経験値を他者に〈譲歩〉することができる特殊なスキルをもち、それ以外にも感覚を共有する〈感覚共有〉などモノを教えるうえで非常に役に立つスキルを多く持つ。

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― 新着の感想 ―
学園もの始まるかと思ったら一瞬で終わって笑いました。普通への道はまだまだ厳しい… 新たな六禁救世主! どんなイカれ野郎が現れるのか楽しみです。
明らかな罪人が相手とはいえ玄関に死体を... これが六禁流の防犯システムか...
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