第76話 役職診断。あなたの役職を教えて。
「おい、逃げるな。挨拶くらいしろ」
【孤立者】の大規模クエストからしばらくしたある日、その日のクエストから帰ると、家で泥濘と【雨乞い巫女】レビル、何人かの同世代の女性たちが大盛り上がりをしていた。応接間から耳が痛くなるほどの高い歓声が上がっている。あまりの姦しさにそのままスルーして裏手に逃げようとすると、その行動を読まれていたのか、待ち構えていた泥濘に捕まった。
泥濘に引っ張られて応接間に引きずり出される。
「「あ、お邪魔してま〜す」」
ズラリと並ぶ目力強めの美女たち十人弱。知っているのは【雨乞い巫女】レビルだけで他は初対面であった。
「こちらが私の主の【槍聖】ナイク様です」
「「おおー」」
「これがリネーのご主人」
「凶悪ぅ」
「リネと並ぶと悪役とお付きの美女って感じ!」
学園時代の泥濘の友達だろう。【雨乞い巫女】含め、全員が美人で、目力が強く、化粧が濃くて、圧があった。故郷の村にいたような屈強逞しい女達とは別種の生き物。拳ではなく美しさで殴ってくるような強い女たち。彼女たちから感じる今まで体験したことのない圧倒感に負けて俺はたじろいだ。
「ゆっくりしていってくれ。部屋は余ってるから好きに使ってくれて構わない。泥、必要なら寝具も準備してやれ」
それだけ伝えて逃げようとすると泥濘とレビルに手を掴まれた。
「逃げんな」
「ナイクもやるよ。役職診断」
「リネのカレピの診断楽しみ!」
「イェーイ!」
愉快に笑う女達に囲まれて俺は逃げ場を失った。
「や、役職診断?!」
役職診断とは、文字通りその人の役職を当てる分析方法である。
本来は、前任者のいない新役職や未知の役職がどのようなものなのか予想するために作られたものなのだが、今やその手法は市井に流出し、例えば子供の神託誘導のための教育論だったり、結婚、恋愛相談の占いだったりと様々な用途で一般化されていた。
つまり【死霊術師】の俺にとっては致命傷を与える情報を開示しうる危険な行為である。
慌てて泥濘を見ると泥濘は微塵も問題視していないのか、友人達と共にカタログの中の数ある役職診断からどれをやるか選んでいる。
まさか気がついてないのか?
この馬鹿妹……
「どれにする?」
「彼氏との相性診断あるやつない?」
「それ系もうやり尽くしたからな〜」
「俺は遠慮しておくよ」
「えー!」
「なんでー?!」
「だめ!」
「気になる」
「ちょー気になる。リネと【槍聖】さんの相性とかめちゃくちゃきになる」
「わ、わたしも気になります」
すごく小柄で大人しそうな女の子に抑えられた。どうみてもかよわそうなのに、あまりにも強烈なATKでピクリとも動けない。いや、これはATKではなく、おそらくスキルだ。
「ご、ごめんなさい。で、でも逃げないで欲しいです」
「出た、【小悪魔】の〈おねだり〉」
泥濘が捕まっている俺をみてケラケラ笑っている。
「ナイクさんってー、うちらと同い年なんでしょ、あのアンヘルに勝ったってマジ?」
するすると脇に潜り込むように別の子が寄ってくる。
「本当だって、それ以降ずっとアンヘルはナイクのこと意識しっぱなしなんだから。これじゃナイクに勝てないって言って夜中にコソコソ鍛錬し始めるのもはや病気」
【雨乞い巫女】がため息をつきながら説明する。夜中にを強調するあたりに地味な牽制が垣間みれるが黙っていることにした。
「はっ! もしかして禁断の恋?!」
「きゃー! 男同士の禁断の恋! 大好き! 【槍聖】×【槍聖】。アンヘルあえての誘い受けとか? 美味!」
「ありよりのあり!」
「なしなしなしなし。悔しいだけだって」
「レビちゃん焦りすぎでは。もしかして心当たりあり? ありよりのあり?」
彼女たちがよくわからないことで盛り上がっている。凄まじく失礼なことを言われている気がするが、気が付いていないことにしておこう。もしかしたら止めてくれるかもしれないと思って泥濘の方を見ると、彼女は笑いが止まらなくなってしまったようで涙を流しながら悶えていた。
「レビル。アンヘルは休みの時は何やってるんだ?」
「え? 鍛錬鍛錬、鍛錬しかしてないけど」
「毎日鍛錬って相変わらずつまらない男だな」
「ナイクだって休みは本を読んでるか、鍛錬してるかじゃん。毎日槍投げてうるさいぞ」
泥濘が呆れ顔で首をすくめた。相変わらず彼女の首の他の子にはない刺青がはっきりくっきりと彫られている。
「最近はお前がいうから色々行ってるだろ、この前だって楽団聴きに行った」
「自分が一番楽しんでたくせに」
「ナイクが楽団?」
「レビ知らないの? ナイク歌のサブツリーあるんだよ。前行った時に楽団の人たちと音楽論語り出してちょっとびっくりした。指揮やらせてもらってたし」
「合唱系だからな」
その答えに女どもが色めき立った。
「音楽系あるの?!カックいい!」
「音楽系めっちゃいいじゃん!うちも音楽系と付き合いたいなぁ」
「たしかにー音楽系は浮気癖のやつばっかだし、サブツリーにあるくらいがちょうどいいかも。素養は十分あるけど別の役職的な」
すっと何人かの女がよってくる。
「ナイクさん最高やん。どう? リネと両手に花」
その瞬間、机が宙を舞った。
泥濘が目を真っ赤にして彼女たちに向かって机を投げたのだ。
「殺すぞ。それは私のものだぞ!」
彼女たちは驚いた表情のまま、ひょいっと机を受け取り、そのままゆっくりと下した。
「「おお〜」」
「ガチ犯罪役職のリネー新鮮」
「ねーねー、あえてこれにする? ちょーアーキタイプの役職診断。もう役職も割れてるからついにリネーの本音も聞けるし。今までずっと隠してきたもんねー。その暴力性」
息を荒くして友達を睨んでいた泥濘はスッと深呼吸してゆっくりと座った。発作的な殺意は治まったようだがまだ目が真っ赤である。
本当にこういうところは俺とよく似ている。頭がおかしい女だ。
『いうほど似てない』
『もしかして自分がこの程度だと思ってる?』
内なる死霊たちの言葉を無視しつつ、寄ってきた女たちを振り払い、泥濘の横に座るとすっと彼女の目の色が元に戻った。それをみて友達たちがもういちど「「おおー」」と声を合わせた。
「俺もアーキタイプの役職診断に賛成だ。実は役職診断やったことないんだ。最初は普通のがやりたい」
「カレピもやる気やん。じゃーこれに決定!」
そういった彼女がポチっとカタログを押すと、もくもくと煙が上がり中から球体が浮かび上がった。ペラペラと人数分の回答用紙が落ちてくる。女達は手慣れた様子で用紙を配った。
全員に配り終わられたのを確認して球体は喋り出した。
「役職診断です。あなたの役職を教えて。
質問① 次の質問に3秒でお答えください
あなたは今、人生を左右する重要な局面にいます。どのような場面ですか?一番最初に思いついたものをお答えください」
3秒?!
勝負。人生を賭けた勝負ならそりゃ
「殺し合い」
泥濘が噴き出す。
「ナイク。しゃべらなくていいから。はやく書いて。これ全自動で進む」
押し付けられた紙に回答を書くと再び球体が話し出した。
「全員が回答するまで7.6秒かかりました。次は今の2.53333333333333333333333333333333333333333333333……」
近くの子がめんどくさそうに球体をたたく。それでも3を連呼し続ける球体に向かって【雨乞い巫女】が〈バレット〉をうつとはじけるような音がして3の連呼はとまった。
「ナイクさーん。こうなるから時間守ってね」
「質問② 次の質問に3秒でお答えください
あなたはその勝負の助けになるものを一つ持ち込めます。それはなんですか?」
殺し合いの助けになるもの。
武器……いや、理想は仲間だな。
自分の回答に集中している泥濘を見る。機嫌は治ったのかむしろ笑顔で回答を見ている。
気分屋すぎないか?
だが泥濘は【死霊魔術師】との戦いで最高に役に立った。槍もスキルも何の役にも立たないなかでも勝つことができたのは泥濘のおかげだ。
②信頼できる仲間、あるいは家族。
「質問③ 次の質問はじっくりと考えて答えてください
その勝負で勝敗を左右するもっとも大切な要素はなんですか? 6つ挙げて1番から順番に並べてください。同じ順位のものがあってもかまいません」
殺し合いで重要な要素。
一番は数だろ。多ければ多いほど有利だ。だから仲間が大切なんだ。つぎは速度だ。
③数⇒速さ⇒兵站⇒決定力⇒チームワーク⇒防御力
そして大体わかった。ここの回答は【槍聖】になるように調整しておこう。
「質問④ 次の質問はできるだけはやく答えてください
今の6つをあなたの直感のままHP,MP,ATK,DEF,SPD,MGに当てはめてください。他の人と意見が違っても構いません。あなたの直感でお答えください」
③の回答と合わせてステータスが【槍聖】になるように調整する。
簡単な診断でよかった。
「質問⑤ 最後の質問です
あなたは質問①の勝負に必ず敗北してしまう代わりに一つなんでも手にいれることができます。何を貰いますか?それとも貰いませんか」
何だこの質問……
殺し合いで負けるって死ぬってことなんだが……
それでもほしいもの……普通の生活か?
①あなたは今、人生を左右する重要な局面にいます。どのような場面ですか?
→殺し合い
②あなたはその勝負の助けになるものを一つ持ち込めます。それはなんですか?
→仲間、家族
③④その勝負で勝敗を左右するもっとも大切な要素はなんですか? 6つ挙げて1番から順番に並べてください。それにHP,MP,ATK,DEF,SPD,MGに当てはめてください
決定力、ATK
速さ、SPD
回復力、HP
防御力、DEF
数、MP
チームワーク、MG
⑤あなたは質問①の勝負に必ず敗北してしまう代わりに一つなんでも手にいれることができます。
→普通の生活
多分これで【槍聖】になるだろう。
「では答え合わせです」
ふっと手の中のペンが消える。これで書き直すこともできないということだろうか。
「①はあなたの人生そのものです。人生を賭けた勝負とはあなたの人生そのもののことです。あなたの役職はこの勝負に関わるもの、この勝負で有利に働くものです」
「殺し合いって」
泥濘がゲラゲラわらって俺を指さす。【雨乞い巫女】達は若干引きながら苦笑していた。
「②はあなたが一番大切にしているものです。人生で一番大切な物。役に立つもの。それが②番の答えです」
突然何かにハッと気がついた泥濘に回答用紙をひっさらわれる。今更気がついたのか馬鹿妹は焦り顔で俺の回答を眺めていた。泥濘の友達たちはその様子をニマニマ眺めながら代わりに泥濘の回答を俺に渡してくる。
だが泥濘の回答を読もうとするとバクンと俺は【擬態壁】に目を覆われた。
「③④はあなたのステータスの順番です。上から順番に高いものとなるはずです」
予想通り。
何も見えないが、調整はあたりだ。
「⑤はあなたが望みながらも人生で決して手に入れることができないものです。あなたは①の世界の住人です⑤を手に入れることはできません」
え?
俺の普通の生活は?
「どうだったのリネー? ②はなんだった?」
「家族だって。このシスコン!」
だれが聞いても分かるほど明らかに機嫌がいい泥濘の回答が響いた。
あとがき設定資料集
【小悪魔】
※HP 1 MP 6 ATK 7 DEF 7 SPD 8 MG 1
〜彼女には俺しかいない。この子のためなら人生捨ててもいい。そう思えるほど恋に堕ちられるなら、それは幸せといえるだろう。たとえあなたがたくさんいるおじの一人にすぎなくても〜
簡易解説:アサシン系の役職。相手の理想とする異性に自らを変化する〈誘引変化〉というスキルや、他人を魅惑するための術を多く持つ魅力的な役職。
・役職診断
①あなたは今、人生を左右する重要な局面にいます。どのような場面ですか?
②あなたはその勝負の助けになるものを一つ持ち込めます。それはなんですか?
③その勝負で勝敗を左右するもっとも大切な要素はなんですか? 6つ挙げて1番から順番に並べてください。
④それにHP,MP,ATK,DEF,SPD,MGに当てはめてください。
⑤あなたは質問①の勝負に必ず敗北してしまう代わりに一つなんでも手にいれることができます。何を貰いますか?それとも貰いませんか




