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第75話 47,004周目_平穏



 47,003周目。識別名:徹夜明けの狂時計との戦い。



 〈げ投槍〉


 逆転して槍がものすごい速度で返ってくる。咄嗟に掴んで受け取ると、掴んだところから時間がズレる感覚がした。



「言っておくけど、僕はレベル103だよ。【死霊術師】、しかも君の戦い方はもう予習済みだ。いっつも不意打ちばっかり、きらいだよ」


 美しい魔人がそういって笑っているその隙に槍が巻き戻っている時間を〈メトロノーム〉で測る。最大6秒。俺は即座に槍を地面に投げ捨てた。


 槍は今度は投げ捨てた状態から上下に反復運動を始める。



「意味がわからない。時間が振幅してる?」

『〈リセットバック〉 狂時計がセーブした時間と状態に戻る。あくまで運動量は消えないから何度もくり返す』


 俺の独り言にたいして入れられたイヴァポルートの解説を聞いているうちに、狂時計は疾走し、俺を掴もうとした。


 慌てて狂時計の手を避ける。


 カクカクと同じ動作を繰り返している兄貴たちを見るに、触れられたら終わり。逆に俺の勝利条件は……狂時計の魂に触れ、魔法陣を書き込んで封じること。


 あまりにも矛盾してる。

 今までの俺はどうやってここまで書き込んできたんだ?

 もう一度、魔法陣をみても何もヒントはな……



 俺は自分の魂を減らしすぎないように気をつけながら、自分の中に魔法陣をつくった。自らの魂をほんの少しだけ切り離してそれで精巧に魔法陣を作成する。




「クソ、だからって、どうすればいいんだよ」




 どうすればいいかわからず、また魔法陣をチラ見して形があっているか確かめる。



 俺はその隙をつかれて俺は狂時計に触れられた。



「はい、どうも」

 

 分かっていない振りをして誘った狂時計の手を受け入れ、それに自らの手を合わせた。



 〈蝕魂〉魂を書き込め。

 手のひらを通してあらかじめ用意しておいた魂の魔法陣を狂時計の魂を包むように張り付ける。

 


「毎回やられてるだろうによく飽きないな。そんなに演技うまいか?」

「ちっ!!!! もう気が付いてる!? 早すぎる! いつもいつも答えにいたるまで早すぎる!」


 触れずに書き込む方法は簡単だ。あらかじめ書いてから張り付ければいい。どうせ俺の時間は戻るのだから自分の魂をほんの少しだけきってわけてあげよう。



 狂時計は俺と手をつないだ状態で大暴れして、書き込み終わった瞬間に抵抗をやめて項垂れた。


「書き込み完了。もしかしてこれで最終周か」

「こんなの勝てるはずがない……僕はただのしがないダンジョンコア、女神の分け身と六将候補の二人に勝てるはずがない。申し訳ございません。このような強力な力を貰っておきながら僕は何もできませんでした。虚洞さま、僕はここまでです。もうあなた様とお話することはできません。完全に人になってしまいました」



 半分泣きそうになりながらもはや鱗すらなくなった狂時計はこちらを見上げた。もう疲れ果てた彼の表情がそういっているように見えた。まるで50年間以上、ずっと眠ることなく仕事し続けた冒険者のように疲れはてている。もはやなすすべなくなった狂時計は乾いたように笑った。


「【死霊術師】消して、もう疲れた。君たちの女神のおもちゃにするくらいなら、僕を消して」

「お前にある選択肢は三つだ、一つ目は女神に還ること。女神のおもちゃになってな。そして二つ目は消失。俺が責任をもって消してただのエネルギーに変えてやる」


 メルスバル卿にやったように魂を壊すことはできる。あまり好きな選択肢ではないが本人がそれを望んでいるならそれも手だが、もっといい方法がある。



「三つ目は何?」

「言っただろ、ちゃんと取り返すって。その上で人になりたくない竜としてのお前の望みをかなえよう。俺はお前をモノに込め定着させる。人ではなくモノに。肉体は死んでも魂は死なない死をお前に与える」



 書き込む瞬間に少しだけみた狂時計の記憶。彼の人としての最初の記憶は俺の言葉だった。


「えー、魔物と繋がるのやだー」

「心配しなくても、次の俺が必ず人の側に取り返す」


 その周回の俺が最初からこうなることを予想していたとは思えないが、俺のことだ、竜の魂を見た瞬間にはある程度目星がついていたのかもしれない。



「僕がモノに? どうやって。というか嫌だ、結局女神のものじゃないか」

「少し違うぞ。お前が仕えるのは女神ではなく個人だ。その姿、お前もそれなら嫌じゃないだろ?」


 目の前の竜の魂は金髪金眼の美少年の姿をしている。だれがどう見てもイヴァポルート。


「【錬金術師】イヴァポルート、ご指名だ。狂時計はお前のものになりたいそうだ」

『え!? へぁ? 僕に。どういうこと?』

「お前と一緒に何十年も一緒にいるうちに好きになっちゃったんじゃね。知らないが。俺が取り込んでもいいが、どうする? 【時計魔獣】狂時計、いや【時計魔人】」

「君にとりこまれるのは絶対に嫌だ。イヴァポルートのものの方がいい」


 狂時計はぶんぶんと頭を横に振った。



「決まりだな。これでどうだ?」



 俺は壁にかかっている一つの懐中時計をむしる。それを見せた狂時計が頷く。

 俺は徹夜明けの狂時計の魂をその懐中時計に移した。



「じゃあ後は任せるぞ。イヴァポルート」



 その瞬間、目の前の懐中時計からカチカチと音が鳴り、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。




 大規模クエスト:ダンジョンの奥に眠る秘宝を追えに参加した俺は再び四脚ゴーレムに揺られていた。


 二日間の移動を経た後、ついに今回の大規模クエストのダンジョン”薄ら寒い時計塔”がみえてきた。事前情報によるとこのダンジョンは時間を喰らう【時計魔獣】という魔物の住処のようだ。実際にそれらしい面影は所々にあり、発生からまだそれほど経っていないにも関わらず、既に長い年月を経たかのように一部の時計の針は錆びついていて、これほど距離があるにもかかわらずカチカチと不気味な歯車の軋む音が響いていた。


 「うおっ、雰囲気あるな」


 兄貴が相変わらず魔物が怖いのか震えている。まるでそれに呼応するように、時を告げる鐘の音が鳴った。


 その瞬間、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。



「なんだ?! うげぇぇぇぇ」

「気持ち悪!」



 〈メトロノーム〉で把握していた現実感覚と現実の時間が急激にズレる。胃液がせり上がり、心臓の脈拍がとまり、血が頭に溜まる。体中の体液という体液が一瞬で巻き戻されたように逆流する感覚がして、俺と兄貴は二人同時に呻いた。


「あれ? どうしたんですぜ?」


 今回の公園メンバーの【壁画絵師】が何かをみて驚いている。彼が見ていたのはゴーレムの外、今まさに目指していた古城ががらがらと大きな音をたてて崩れていく。時計の針が腐り落ち、石づくりの塔が大きな音とともに倒れる。


「崩れた?」

「どういうことだ?」


 冒険者たちが四脚ゴーレムから身を乗り出して見つめる中、古城は完全に崩れ、ダンジョンが破壊された。唖然としている俺たちが状況を理解するまえに、ポーンと木琴を叩いたような音が鳴った。


『僕、【錬金術師】イヴァポルート・マルチウェイスターから今回ご参加くださる冒険者の皆様にご連絡とお詫びがあります』



 状況を確認に行った【錬金術師】イヴァポルートほか大規模クエスト運営の教会派使用人たちによると誰かがダンジョンをもう壊してしまったらしい。


 大規模クエスト中止となり、俺たちはそのまま来た道を帰ることとなった。



 マルチウェイスターの街に戻った俺たちはなぜか満額渡される報酬を受け取っていた。ひとりひとり【錬金術師】イヴァポルート様から丁寧に報酬を渡される中、俺の番で彼は優しく俺の手を握った。


「ありがとうございました。【槍聖】ナイク。あなたへの報酬は少しだけ色を付けておきました」


 【錬金術師】イヴァポルートはそう言って少し寂しそうに笑った。


「……変なことをお聞きいたしますが、もしかして【時計魔獣】は時間を戻したりしました? それでイヴァポルート様は戻る前のお記憶をお持ちなのかと」

「流石ですね。本当に流石」

「俺は役に立ったようでなによりです」

「はい。とても働いてくれました。ありがとうございます」



 何をしたのか知らないが、もしかしたら俺も隠匿竜のときのようにダンジョン核の発見に重要な役割を果たしたのかもしれない。


「あなたたちへの報酬は必ず」

「マルチウェイスター家は気前がいいですね。助かります。最近妹の金遣いが荒くて大変なんですよ。やれ美容だ、やれ音楽鑑賞会だの。俺は貴族じゃないっての」


 今回の大規模クエストの報酬を手渡しながら俺の手を握った【錬金術師】イヴァポルートはそんな愚痴聞きながら少しだけ寂しそうな表情でニッコリと笑った。



 後日、公園宛に再び【孤立者】からの贈り物があった。ありがとう、おかげで助かりました、とだけ添えられて寄付された品々で俺たちはしばらく豪勢な食事を味わった。



「結局何だったんだ?」

「さぁ?」

「さっぱり分からないですぜ」


 俺と兄貴、あと【壁画絵師】と【靴磨き】はよくわからず、ただただ首を傾げて肉を頬張った。



 今日も街は平穏で大きな事件なんて一つも起きなかった。

 



あとがき設定資料集



【煉金術師】

※HP 11 MP 11 ATK 9 DEF 11 SPD 13 MG 5

〜その少年は優しい家族に囲まれて生きる未来を夢見た。そんな彼に与えられた運命は誰にも愛されることのない現実だった。その少女は当主となって人々を導く夢を見た。そんな彼女に与えられた運命は無残に弄ばれ殺される現実だった。何も持たず、誰にも干渉されないだけの少年とすべてを持ちすべてを奪われた少女、彼らはお互いを求め、そして交じり合った、ひとつに。完全に〜


簡易解説:【錬金術師】メルスバルの技術と【孤立者】ポルトの愛によってつくられた傑作。若くして政治的都合で殺された少女と天涯孤独に生きてきた少年の完全融合体。人格の境目が完全になくなるほどのマナの融合は非常に珍しいことであり、女神の力をもってしても分離は不可能。分かち合う二人はいつも一緒。勇者の知恵に相応しい逸材。とある事情で意志を持つ時操魔道具まで手に入れておりメルスバル卿亡き今、当主候補筆頭。

【孤立者】+【錬金術師】

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― 新着の感想 ―
六将とは? 女神の分け身とは? どっちも、「勇者と共に戦った六人の役職」と「存在することの許されない六つの役職」のどちらかに当てはまるから、どっちがどっちか正直謎なんですが。どっか読み忘れたとこに書い…
孤立者のスキル無効が無かったら死に戻りで敵だけ学習してレベルも上がってたと思うとこの世界のダンジョンはチート揃いか... 死霊術師の恐ろしさの一端も見れたし濃い幕間だった...
最高でした、ありがとうございました。 更新楽しみにしております!
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