第74話 47,003回目_最高の条件
大規模クエスト"ダンジョンの奥底に眠る秘宝を追え"に参加した俺は四脚ゴーレムに揺られていた。
マルチウェイスターの街を出て二日。ついに今回の大規模クエストのダンジョン”薄ら寒い時計城”がみえてきた。事前情報によるとこのダンジョンは時間を喰らう【時計魔獣】という魔物の住処のようだ。実際にそれらしい面影は所々にあり、発生からまだそれほど経っていないにも関わらず、既に長い年月を経たかのように一部の時計の針は錆びついていて、これほど距離があるにもかかわらずカチカチと不気味な歯車の軋む音が響いていた。
「うおっ、雰囲気あるな」
兄貴が相変わらず魔物が怖いのか震えている。まるでそれに呼応するように、時を告げる鐘の音が鳴った。
その瞬間、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。
「なんだ?! うげぇぇぇぇ」
「気持ち悪!」
〈メトロノーム〉で把握していた現実感覚と現実の時間が急激にズレる。胃液がせり上がり、心臓の脈拍がとまり、血が頭に溜まる。体中の体液という体液が一瞬で巻き戻されたように逆流する感覚がして、俺と兄貴は二人同時に呻いた。
「どうしたんですぜ?」
今回の公園メンバーの【壁画絵師】が俺たちの様子をみて驚いて声をかける。これほどの違和感、これほどの逆流感があるにもかかわらず、まるで彼は何も感じていないようにみえた。
俺と兄貴だけ………俺と兄貴だけ気が付いた?
時間スキルか?
「兄貴! 〈メトロノーム〉何秒ズレ……た?」
振り返った目の前には金髪金目の美少年がいた。周囲の冒険者たちも驚いて彼を見つめている。
「イヴァ……ポルート様!?」
「戻った時間は六時間。【槍聖】ナイク。今の時間逆行の原因はダンジョンの核、徹夜明けの狂時計のスキル〈死に戻り〉。僕たちはもうすでに何万回も無限にこのクエストを繰り返させられている。君に特別任務だよ。この〈死に戻り〉を阻止するために、君にはこの魔法陣で竜の魂を封じてもらう」
〈死に戻り〉……魂を封じる?!
こいつ俺が何者か分かっているのか?
状況がつかめず混乱している俺に手渡された指示書にはどこかで見たことのある魔法陣が描かれていた。
「これは……」
これは【死霊魔術師】メルスバル卿の魔法陣だ。複雑すぎて意味がよく分からないが、おそらく魂を内側に留める術式。話から予想するにこの術式が意図することは、〈死に戻り〉する魂を死んだとみなされないように無理やり肉体に閉じ込めるものだろう。
「竜の魔法陣には君の書きかけが溜まっている。やり方は任せる。【槍聖】ナイク。頼んだよ」
「俺の書きかけ……これをどこで知った。お前も【死霊魔術師】の仲間か?」
「毎回同じこと聞くね。君に教えてもらったんだよ」
「俺に?」
俺は自分の懐にはいっているメルスバル卿の手記を確かめたが持っている。つまり盗まれたとかではない。まさか本当に時間が戻る前の俺が彼に渡したのか。
「「これで何周目だ?」」
【錬金術師】イヴァポルートは俺の思考を読んだように、発言をかぶせた。
「47,003周目。君とももう長い付き合いだよ」
47,003周目?!
よく正確に数えていられるな……だがそんなに繰り返しているのなら俺のこともよく知っているだろう。懐から取り出した手記を見せると彼は首を横に振った。
「もう全部覚えたよ」
「俺は随分とアンタを信頼したんだな。何を条件に出した?」
「僕からあげるのは一つだけ」
俺の問いかけに対して彼は掲げるように一本指を立てた。彼から提示された条件は考えうる限り最高の答えだった。47,003周目も繰り返しているからこそ出てくる最適な答え。
「君と妹に転職を」
「はは、それは最高の条件だ。今回も手伝おう」
「話が早くて助かるよ。そろそろ最後の仕上げらしいから。がんばってね」
なんだかよく分からないが最高だ。最高の話がふってきた。
俺はよくわからないまま高笑いし、【錬金術師】イヴァポルートもつられて微笑んだ。
ダンジョンの奥底に眠る死霊を追え、そう指示されて兄貴、正確には兄貴の死霊を引き連れてダンジョンを捜索する。目的の死霊というやつは毎回ダンジョンのどこかに隠されているらしい。竜も記憶を引き継いでいるため隠し場所は毎回変わるとのことだった。
散々さがして、今回の周回は見つからないのではと諦めかけたそのとき、近くにかかっている時計の影に何かが見えた。
「あれ、探してる死霊じゃない?」
こちらに尻を向けて頭だけを隠している小さな白い竜。まるで死霊のようにぼやけたそれは振り返って俺をみてひっくり返った。
「あ……しれいじゅつし」
「兄貴、みえてる?」
「なんの話だ?」
兄貴は意味がわからないというように首を傾ける。兄貴にはその竜が全く見えていないようであった。つまりアレは死霊。人ではなく竜の姿をした死霊は初めてみたが、これがこの47,002周の成果ということなのだろう。
「兄貴、何も聞かずにイヴァポルート様に秘宝を見つけたと伝言してくれ」
「あいあい、いつものやつね。」
竜の死霊について兄貴に確認をしている間、その竜は掛け時計の中に頭を突っ込んで、必死に俺から隠れようとしていた。
「うわーん、また見つかっちゃった! 【死霊術師】だ!」
振り返った竜はそういいながらふるふると震えている。
……人の言葉をしゃべっている!?
「ちょっと! 何この子! 可愛い」
兄貴に憑いた死霊がくるくると竜の周りをまわると、竜はカチカチと顎をならして彼女を威嚇した。
「ナイ坊? この子がさがしていた死霊かな? 狂時計だっけ」
「そうだよ!【歌姫】! 僕が【時計魔獣】徹夜明けの狂時計だ!」
竜は兄貴の死霊に対して流暢に返事をする。
「なんで魔物が人の言葉を喋れるんだ?」
「君のせいだろ! 君が変なのくっつけてそこから何年もかけて僕の魂を少しずつ人間側に引きずってきたんじゃん。きらい、きらい、きらい、きらい、君もイヴァポルートもしつこい! 僕、ほとんど人間になっちゃったよ….」
人間になった?
「ナイ坊、だれと話してるのか知らないがイヴァポルート様とつながったぞ」
渡されていたゴーレムから通信がはいった。
『時間です。討伐に移ります。【時計魔獣】収斂進化個体 識別名:徹夜明けの狂時計、レベル2相当。レベルは低いですが半時間かけて討伐いたします』
レベル2相当の竜? レベルが低すぎないか?
【錬金術師】イヴァポルートの発言の意味がわからず思考が停止する。
だがその答えは目の前の竜から分かたれた死霊が持っていた。
「はじまちゃった……今度こそ勝つぞ!」
竜の死霊は掛け声と共に煙に包まれた。そして煙の中から現れたのは一人の人間。美しい、美しい少年。【錬金術師】イヴァポルートとそっくりの、鱗をもつ魔人だった。
「な? イヴァポルート様!?」
突然現れたイヴァポルートにたじろぐ兄貴。だが手の中ゴーレムから聞こえ【錬金術師】イヴァポルートの声が、目の前のそれがイヴァポルートではないことを告げていた。
『違うよ。【槍聖】ナイクおよび【舞踏戦士】アテオア、君たちの相手は【時計魔人】収斂進化個体 識別名:徹夜明けの狂時計、レベル103。がんばってね。安心してください、そちらが負けても時間は戻ります』
イヴァポルートからの連絡が入るや否や、カクンと、兄貴が膝をついた。
「先手必勝!」
「兄貴!」
「!?大丈夫!軽い、い軽!夫丈大?!大丈夫!軽い、い軽!夫丈大」
狂時計に何かをされた兄貴はまるで壊れた時計のようにカクカクしながら同じ位置で同じ動作を繰り返している。
「アテオア!?大丈夫?夫丈大?!アオテア」
彼に近づいた兄貴に憑いた死霊も狂時計に触れられ、同じ動作を繰り返し始めた。
「おいおい、何なんだよ。化け物じゃないか……」
〈槍投げ〉
狂時計にむかって槍を投げつけると、彼は容易くよけつつ空中の槍に触れた。
〈げ投槍〉
逆転して槍がものすごい速度で返ってくる。咄嗟に掴んで受け取ると、掴んだところから時間がズレる感覚がした。
「言っておくけど、僕はレベル103だよ。【死霊術師】、しかも君の戦い方はもう予習済みだ。いっつも不意打ちばっかり、きらいだよ」
美しい魔人はそういってニッコリと笑った。
あとがき設定資料集
【時計魔人】
※HP 13 MP 2 ATK ‐4 DEF ‐1 SPD 17 MG 3
〜えーと、この子はうちの子ってことでいいの? もうほとんど人間だしうちに還ってくればいいとおもうけど……まぁ面白そうだしいっか〜
簡易解説:特殊な役職。【時計魔獣】徹夜明けの狂時計の魂が何年もかけて【死霊術師】によっていじられ、もはや人といっていいレベルまで人間に変換された存在。〈死に戻り〉スキルを持つ。もとは【時間】の魔王の系列。




