第73話 12,446周目_【孤立者】は恋をした
「俺たちをこの大規模クエストに呼び出した奴は【孤立者】と名乗っていた。昔、中央公園に住んでいた男だ。俺は【孤立者】が時間能力者と見ている」
操った死体達がダンジョン中を攻略して回っている間、俺はイヴァポルートの案で、彼と情報交換を行なっていた。
俺としてもありがたい申し出だ。
さっきまで時間が戻るのをいいことに大暴れしていたが、冷静に考えると記憶を引き継ぐイヴァポルートの印象だけは良くしておかないとまずい。出自がどうであれ彼は当主候補、このままでは無事討伐が成功した後で、危険人物として処理されかねない。一万回もやってるから多少は許してもらえると思っていたがまだ3回目だったなんて……
できるだけ彼の役に立って俺はあくまで戻ることが分かっていたから虐殺に及んだだけだと納得してもらうしかない。あとは他の自分が虐殺行為をしないことを祈ろう。
「【孤立者】が時間能力者? それは絶対に違うよ」
「なんだ知り合いか?」
「知っているも何も【孤立者】は僕だ」
その発言に死霊達がざわつく。
「え?」
「全然違うだろ……」
「似てないですぜ」
兄貴や【靴磨き】、【壁画絵師】の死霊は揃って首を傾げた。
「兄貴が似てないってよ」
「見た目は変わったからね。少し昔話をするよ。僕が生まれた理由。始まりは四年前、将来を期待されていた一人の天才少女が、彼女の師の家族と共に殺された」
メルスバル卿の弟子にイヴァリースという少女がいた。
「大きくなったらメル様のような立派な【錬金術師】になりますね」
そう口癖のように言っていた彼女は天才だった。マルチウェイスター家のものではないにもかかわらず、神託を得る前から錬金術を理解し、幾つもの錬金術的な発見と科学論文を執筆するほどの天才。そして彼女は【錬金術師】の神託を得たその晩に殺された。
「金の瞳も、金の髪も持たない【錬金術師】など【錬金術師】ではない」
そう主張するように眼球を抜き取られ、髪をむしられた彼女の死体はありとあらゆる辱めを受け、顔も判別できないほどにぐちゃぐちゃに潰されていた。
弟子と家族、全てを同時に失ったメルスバルは酷く嘆き悲しんだ。そしてなんとかして彼女らを生き返らせよう【死霊術師】の研究を始めることとなった。
賢かった彼は、すぐに【死霊術師】の真髄に到達し、家族の魂を自らに、弟子の魂を彼女の大切にしていた友達に移した。
「友達?」
「イヴァリースの血から造った人造人間、名をイヴァ」
それは試験管の中の小さな小さな肉の塊だった。自我も知性もなく、発話することすらできない肉片。生命と呼んでいいかすら怪しいものだったがそれは彼女の初めての錬金術の生成物であり、彼女は大切に大切にそれを育てていた。
「その魂を移行された人造人間がお前、【孤立者】だったのか?」
「違うよ。【孤立者】は普通の人」
肉片は魂を与えられて自我を持った。だが仮初の体では人の形をとることも役職のマナを留めることもできず、それは生まれてはすぐ壊れる、そんな悲しい肉の人形でしかなかった。
失敗作。
本来なら処分されるはずだったが、メルスバル卿は自らの弟子の魂と彼女が大切にしていた人造人間を捨てる気にはならなかったのだろう。人造人間イヴァは研究室の隅で人の形になっては崩れるを繰り返していた。
「【孤立者】はそんなイヴァを世話するために連れてこられたんだ」
彼は元々は【死霊魔術師】の実験素材として連れ去られた人間だったらしい。だが【孤立者】は他者からのスキルを受けることがなく、実験素材にはできなかった。
メルスバル卿の気まぐれで、彼は逆に【死霊魔術師】たちの仲間として迎え入れられ、イヴァの世話係になった。
「同情……だったんだと思うよ。【死霊魔術師】達は皆、役職に苦しめられている人達だった。方向性は違えど【孤立者】もまた女神の被害者。誰からも求められることなく一人で死んでいくことが定められた彼に、あえて仕事をあげたかったのかもしれない」
彼は初めて与えられた自分だけの特別な仕事に没頭した。無能な彼はたくさん失敗し、そのせいでイヴァも何度も大変な目にあった。
「【孤立者】は本当に無能で、イヴァは彼のせいで何回も消滅しそうになったよ。でも外の世界のことなんて知ることもできないイヴァにとって彼はいい話し相手ではあったんだ」
彼らはそんな日常を一年続けた。
いつのまにか【孤立者】はイヴァに恋をしていた。毎日自壊するだけの醜い肉の人形に恋するなんて正気じゃない。だが子供の頃から無能と罵られて育った彼にとってイヴァは生まれて初めて自分を必要としてくれた存在だった。
もしかしたら彼は本当は目の前の醜い肉片ではなくメルスバル卿達が思い出として語る美しいイヴァリースに恋をしていたのかもしれない。
【孤立者】は目の前の人造人間を完全なものにすることが自分の使命だと思った。そして彼は【死霊魔術師】達から錬金術を教わり、自らの体と魂を【錬金術師】が使うのに都合がいいように改造して、最期は自らの魂を殺し、その身にイヴァを乗り移らせた。
「イヴァは【孤立者】ポルトの体を乗っとる形で遂にこの世界で生きていけるようになった。それが僕、イヴァとポルトで雌雄同体の【錬金術師】イヴァポルート。だからね【孤立者】は僕だ」
「すごい来歴だな」
「ほえー」
「【孤立者】そんなことになってたのか」
「思ってた百倍ロックな生き方ですぜ」
あまりにも壮絶な話に公園メンバーと共に唸る。【錬金術師】イヴァポルートはにっこりと笑って頷いた。
「さぁ、僕の話はこれだけ。君を教えて。【死霊術師】ナイク。なぜ、六禁がこの街で冒険者なんてやっているのか。簡単にこんな惨状を引き起こす化け物がどうして単なる冒険者で収まっていられるのか」
【錬金術師】イヴァポルートはまるでフリカリルトのようにジッと俺を見つめた。
「俺は普通になりたいんだ」
俺はイヴァポルートに今までのことをすべて話した。しょうもない男になれと育てられたこと、神託で【祭司】を殺したこと、隠匿竜との戦いと、【死霊魔術師】との戦いすべて。
話し終わったとき、イヴァポルートはボロボロと泣いていた。
「そ、そんな人生……つらかったよねぇ」
彼は俺の手を握りぶんぶんと振る。
「な、泣くところあるか?」
「あるよ。生きているだけで大罪なんてあってはいけない。君はもう十分努力した。もう自由になるべきだよ」
彼は離すことなく俺の手を握りぶんぶんと振る。
「言ったろ。イヴァ様は素晴らしい人なんだ!」
「だれよりも当主にふさわしい!」
「イヴァ様は【死霊術師】がやらなきゃ自分でメルスバル卿を討つつもりだったんだよ!」
「イヴァ様派はイヴァ様が人造人間だと知ったうえで推してるんだ!」
【影魔導士】を始めとした教会派の死霊たちがくるくると回る。
「僕の夢はメル様や【剣鬼】兄さんのような女神の悪戯の被害者たちを救うことだ。僕は君をいいように利用したいフリカリルトとは違う。決めた。僕が当主になれば君を何としても転職させてあげる! 当然、妹も一緒だ。そうだ、最初は犯罪役職の転職方法を政策にしよう。君をみていてわかった。犯罪役職は必要以上に自分自身の能力に振り回されている。殺したいからじゃない、あまりにも簡単に殺せるから殺してしまうんだよ」
イヴァポルートは見通すように俺の目を見つめた。
「君も死んだ人とおしゃべりできるなんて能力がなければ簡単に人を殺さないだろ?」
『そうかな?』
『そうかも』
『でもナイクだしな』
「健全な精神は健全な役職に宿る。精神が異常ならまずは役職から正すべきなんだ。女神は異常な魂に異常な役職を与えてより彼らの隔絶をより加速させてるんだよ。そっちの方が面白いから」
確かに俺が【孤立者】なら人を殺すことはなかった気もする。
イヴァポルートの言葉に俺は頷くことしかできなかった。
『イヴァちゃんの方がフリちゃんより条件いいね』
確かにそうかもな
まるで【鶏蛇】のように頭をふるイヴァポルートをみて俺はそう思った。
死体たちによるダンジョンの探索と竜の討伐はあまりにもあっけなく終わった。何万回も繰り返しているというだけあって完璧な進行。今回の演者は今までと違って皆死んでいるが、彼らの死霊をもとの肉体に〈憑依〉させているので実質、俺のバフ分能力が上がっているといっても間違いない状況だ。負けるわけがなかった。
【運命論者】と【立体画家】のデバフの効果のおかげで、あっと言う間にイヴァポルートの巨大な3対の腕で狂時計の首がもぎ取られる。それと同時に体から抜け出た魂をみて俺は絶句した。
「そういうことか。誰だ? 誰がそんなこと考えた。イカレてやがる」
「誰って君だろ! 【死霊術師】! 説明して!」
「簡単だ。〈死に戻り〉なのだから死なせなければいい。俺は竜の死の定義そのものを変えようとしていた」
「どういうこと?」
死とは何か。
【死霊術師】の答えは単純、肉体と魂が離れた時だ。〈死に戻り〉の一番簡単な攻略方法は殺さないことだ。なら離さなければいい。肉体は殺すが、魂を死体に縛り付ける。
それはまさしく【死霊魔術師】が死体に行っていたことだった。俺はそれをこの竜にやろうとしている。竜に、殺さない死を与える。
「魔法陣を書く、埋め込んだ死霊の魂をつかって」
「魔法陣?」
俺はイヴァポルートに【死霊魔術師】の手記を放った。
「お前が考えるんだ。【死霊魔術師】の研究を完璧に理解しろ。手順は二つ。まずは【死霊術師】として俺が魔物の魂を少しずつ人の魂に書き換える、そして魔法陣をつかってその魂を体の一カ所に封じる」
「な……」
「がんばれよ。イヴァポルート。先はまだ長そうだぜ」
あとがき設定資料集
【立体画家】
※HP 7 MP 5 ATK 5 DEF 1 SPD 4 MG 8
〜芸術とは目に見える世界をただ模写することではない。君の脳が見ている世界を現実に描き出すことである。美しさも、苦しみも、快楽も、愛も、君の中にあるすべて、それが芸術だ〜
簡易解説:アルケミスト系統の役職。絵師系役職の一つ。立体画家は特殊な技法で心情を再現することを得意とし、直接精神にはたらきかけるスキルを持つ。




