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第72話 12,446周目_捨て回





「今回の大規模クエストを主導している【錬金術師】イヴァポルートってどういう人なんだ?」


 大規模クエスト:ダンジョンの奥底に眠る秘宝を追えに参加した俺は再び四脚ゴーレムに揺られていた。





「気になるよなぁ。俺もあんな中性的な美少女みたことないわ」

「イヴァポルートは男だろ。その目は節穴か? 【靴磨き】」

「こっちの台詞だぞナイ坊。【靴磨き】として言わしてもらうがあれは女の脚だ」

「男の娘でいいとおもうぜ」


 うんうんと呻っていると【壁画絵師】がとある秘密を教えてくれた。


「ここだけの噂だけど、イヴァ様はメルスバル卿の隠し子って噂だぞ。ずっとご病気で出てこられなかったってことになっているけど、本当は【錬金術師】であることが発覚してから、連れ戻されて教育を受けていたんだって話だぜ」


 あのメルスバル卿の?

 ということは以前予想した通りイヴァポルートは……


 そう考えた瞬間、隣の兄貴がビクッと震えた。彼が見ている方を見ると、そこには古びた城があった。


 ついに今回の大規模クエストのダンジョン”薄ら寒い時計城”がみえてきたようだ。事前情報によるとこのダンジョンは時間を喰らう【時計魔獣】という魔物の住処のようだ。実際にそれらしい面影は所々にあり、発生からまだそれほど経っていないにも関わらず、既に長い年月を経たかのように一部の時計の針は錆びついていて、これほど距離があるにもかかわらずカチカチと不気味な歯車の軋む音が響いていた。


「うおっ、雰囲気あるな」


 兄貴が相変わらず魔物が怖いのか震えている。まるでそれに呼応するように、時を告げる鐘の音が鳴った。


 その瞬間、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。


「なんだ?! うげぇぇぇぇ」

「気持ち悪!」


 〈メトロノーム〉で把握していた現実感覚と現実の時間が急激にズレる。胃液がせり上がり、心臓の脈拍がとまり、血が頭に溜まる。体中の体液という体液が一瞬で巻き戻されたように逆流する感覚がして、俺と兄貴は二人同時に呻いた。


「どうしたんですぜ?」


 今回の公園メンバーの【壁画絵師】が俺たちの様子をみて驚いて声をかける。これほどの違和感、これほどの逆流感があるにもかかわらず、まるで彼は何も感じていないようにみえた。


 俺と兄貴だけ………俺と兄貴()()気が付いた?

 時間スキルか?


「兄貴! 〈メトロノーム〉何秒ズレ……た?」


 振り返った目の前には金髪金目の美少年がいた。周囲の冒険者たちも驚いて彼を見つめている。


「イヴァ……ポルート様!?」

「戻った時間は六時間。【仮聖】ナイク。君自身からの伝言だよ。ダンジョンの核、徹夜明けの狂時計の〈死に戻り〉を阻止するために、ダンジョンの奥底に眠る死霊を追え」


「死霊を追え?」

「そう。僕はすこし怒っているんだよ。【仮聖】、君ってモテないでしょ。好き勝手してくれちゃって」


 モテ……うるさいな。

 言われなくても知ってる。


「まるで女みたいな言い方だな」


 【錬金術師】イヴァポルートを睨みつけると彼はまるで女性のようにツンッと鼻を上に向けた。


「【仮聖】ナイク、【舞踏戦士】アテオア、【靴磨き】ロンロンベリー、【壁画絵師】コンパイ。君たち四人に仕事を与えます。今から6時間以内に、ダンジョンの奥底に眠る死霊を追い、その言葉の真意を僕につたえなさい」


 イヴァポルートの言葉に兄貴たちが首を傾げる。


「しれい?」

「しれいってなんですぜ?」

「しれい、しれい……まさか【死霊……術師】?!」


 完全に真実に至った兄貴が驚愕した顔でこちらを見るが、俺も兄貴たちの方を向いた。


「つまり今回のダンジョンに、し、【死霊術師】がいるってこと!?」


 大声で最高に白々しい演技をすると、それを見た【錬金術師】イヴァポルートは噴き出して笑った。


『し、しれいじゅつし……』

『い、いるよ??』

『し、しれいじゅつしがいる!?』

『君じゃん……』

 

「そんなことが、あってはいけないことだ。【死霊術師】なんて……おお、そんな」


 内なる死霊たちの突っ込みを無視して、全力でとぼけるが、兄貴は何とも言えない表情でこちらをみていた。


 今回が12,446周目であること、そして時間が戻ればすべてなかったことになること、それを説明しながらイヴァポルートは俺たちを見て腹を抱えて笑っていた。彼はメルスバルと関係の深い人物、おそらく俺が【死霊術師】であることは知っているのだろう。


「ひ、久しぶりに笑った、よ。何年ぶりだろう。ふふ、ダメだ。ふふふ」


 イヴァポルートはひとしきり笑ったあと、「もし意味がわからなくても必ず六時間後に伝えて」とだけいってまた煙のように消えた。


 その後、ダンジョンの入り口付近に下ろされ、野営地の準備がはじまる。兄貴が【錬金術師】イヴァポルートにより詳しく話を聞きに行っている隙をついて兄貴の死霊と二人で周囲にこのダンジョンの死霊を探したが、どこにもみつからなかった。


「ダンジョンの奥底っていうからには表層にはいないか」

「でも見つけてどうするの?」


 兄貴の死霊がくるくると俺の周りで囁く。周囲に聞かれないように小声で囁き返すと彼女は心配そうにこちらを見つめた。


「さぁ……その死霊が〈死に戻り〉の解決策をしっているのだろう。時間が戻る前の俺は、方法を知っていても、準備や時間が足りなくてできなかったとかだろうな」


 今回は捨て周回だ。情報を仕入れ、それをなぜか記憶を引き継いでいる【錬金術師】イヴァポルートに伝える。ただそれだけのための周回。おそらく分かってからではまた準備が足りないだろう。


「ナイ坊、なんだよ。独り言にしてはちょっと不気味だぞ……」


 ついてきた【靴磨き】が適当にあたりをぶらつきながら首を傾ける。

 今回は捨て回……ということは仮に何をしてもなかったことになるということだ。


 スキルポイントを余らせておけば死霊術のスキルツリーにだって振ることができたのに……

 そう考えたとき我ながら最悪な案が浮かんだ。


 死霊を探す人手もスキルポイントも増やせる最低最悪な案。


 

 槍を振り、目の前の【靴磨き】の首を刎ねる。経験値の獲得とともに飛び出た死霊を掴むと死霊の【靴磨き】は驚愕した表情でプルプル震えていた。


「な、な、ナイ坊!? なんで……なんで……」

「大丈夫。時間が戻ればなかったことになる。【靴磨き】も手伝ってください。みんなで探しましょう」

「ほ、ほんものの【死霊術師】だ……」


 野営地に戻った俺は出会う人すべてを殺していった。そしてあがったレベルで〈死骸操〉〈死霊契約〉〈憑依〉〈死肉合成〉〈抽出〉といった【死霊術師】の基本技能を覚え、抜け出た死霊たちに〈死霊契約〉を施しダンジョン中に放って探りを入れさせる。


 イヴァポルート以外全員を殺した。兄貴も、【壁画絵師】も全員。全員。


 やはり六禁【死霊術師】の能力は強力で圧倒的だった。なにより性に合う。

 今まで抑え込んでいた本能を解放し、やりたいとまま、心のままに虐殺できるのは少し気分がよかった。


 首を刎ね、脳を貫き、腹膜を破り、動脈を千切る。殺した相手の一部を頬張りながら、操る数を増やして次々殺す。


 ダンジョン到着から一時間もたたず、俺は大規模クエスト人員を皆殺しにした。


 最期の一人になったS級【影魔導士】を操った死体で掴み、心臓に槍を突き立てる。〈冒涜の災歌〉の〈全篇重唱〉で魔術師としてのスキルを封じ込めたおかげで、レベル100を超える強力な魔術師さえ片手間に殺せた。最期の抵抗として打ち出された〈バレット〉が顔に当たるも、〈憑依〉によって死霊から借りた〈ヒール〉で一瞬で完治した。


 【死霊術師】ナイク レベル48→レベル153


 護衛達の死体で抵抗するイヴァポルートを磔にする。


「な、なにを……なにをしてるんだ!」

「おちつけ、お前は絶対殺さない。時間が戻るという確信があるからやったんだ。お前だって今回は捨て回のつもりだったろ」

「捨て……だからってこんなことして許されると思っているのか!」

「思ってる。なかったことになるんだ。別にいいだろ。目的はあくまでダンジョンの討伐。必要な過程だ。先の話をしようぜ。この周回の目的を達しよう」


 ぴくぴくと顔を引きつらせて悔しそうに俺を睨む彼から前回の俺の話を聞くと、前回の俺は〈死に戻り〉を引き起こしている竜が死んだ後、何かをしたらしい。それが何だったのかは彼には見えなかったとのことだった。


 つまり俺は竜の魂を見て何かに気がついたのだろう。


 もし〈死に戻り〉を起こしているのが人なら、発動前の肉体から離れかけの魂を破壊すればいい。一回で足りないなら何回も繰り返して少しずつ削ればいつかはスキルなど発動できないほどに完璧に破壊できる。だが魔物は人とは魂が、還るところが違う。【死霊術師】といえど何の縁もないところに所属している魂を壊すことはできない。


「だからこそ、死霊を探せ、か」


 だがダンジョン中を探し回っていた死霊たちがふるふると首を横に振った。


「死霊なんてどこにも見つからないよ」

「みつからない」

「どいない」

「死霊いないよー」


「全部探したか?」


「とうぜん」

「あたりまえー」


 死霊たちと会話していると、イヴァポルートはジッと目を細めた。


「それが君の力か」

「ああ、見るか?」


 イヴァポルートに〈死霊の囁き〉を付与しようと、彼の肩に触れるが、まるで空をきったようにスキルは素通りした。


「馬鹿が。イヴァ様にはかからないぞ、【死霊術師】」


 ひときわ明るい死霊、【影魔導士】が呆れたように首をふる。


「このお方は他者のスキルを無効化することができるのだ。だから〈死に戻り〉でも記憶を失わない」

「そうだ! イヴァ様はすごいんだぞ!」


 殺した教会派の使用人の死霊たちが、イヴァポルートを守るように取り囲む。彼らは俺にたいして敵意をむき出しにして睨んでいる。イヴァポルートはかなり好かれているようだ。


「【死霊術師】! 君はどうやって狂時計を討伐するつもりなんだ。作戦の核だった【運命論者】も、【立体画家】も君が殺してたんだぞ」

「問題ない。本人にきいたが【立体画家】と【運命論者】のスキルをイヴァポルートと竜にかけて相手だけスキルが使えないようにするつもりだったんだな。なら当初の予定通り、〈`縺ゅ∋縺薙∋(あべこべ)〉〈不運を(バッドラック)〉は俺が使おう。正確には俺が【立体画家】【運命論者】を彼ら自身の死体に〈憑依〉させるだけだがな。今まで通り討伐してくれ」

「そんなことまでできるのか……」


 【錬金術師】イヴァポルートは絶句して目を細める。


「理由が理由だからな。みんな協力的だ。いきなり殺したから若干怒ってるが、協力はしてくれる。というか知らないということは、俺が皆殺しにしたのはこれがはじめてか? 一万回もやってるのに意外だな……」

「君は3周目だ。予想以上に化け物だよ! フリカリルトはよくこんなの制御してる。それとも君はおっぱいの大きな女の子のいうことは聞くのかい!?」


 ばたばたと暴れながらイヴァポルートが心底軽蔑したように俺を睨んだ。


 別にフリカリルトのいうことを聞くのは彼女の胸が大きいからじゃない……

 そりゃ大きいのは好きだが……それより


「3周目? 12,446周目では?」

「僕はね。君は3周目だ」

「は? 戻るのはダンジョン誕生時じゃないのか?」

「そうだけど……」

「なぜ変わる?」


 あくまで時間が戻っているのはダンジョン発生時まで、なぜそれ以前の部分に変化が生まれる?


 だがその疑問にイヴァポルートは分からないといって首を振った。彼の話によればこの12,446周、そのうち10回ほど前提条件が変わることがあったらしい。一番はじめにおこったのは79回目、もともとはいなかった【影魔導士】が参加するようになったそうだ。そして最新の変化が12,444周目、俺たちがやってきた。


 

 竜の他にも時間を戻している奴がいる?


「分からないけど、それが問題? 僕の目標はあの狂時計を討伐し犠牲者をなくすこと。誰かがいたとしてもそんなことどうでもいい。むしろ感謝したいくらいだ」

「そんな風に()()()()をなめていると致命的なことになるぞ。お前の父、いや創造主()のようにな」


 もう暴れるつもりはないだろうと死体の手をはなすと、彼は周りの死人たちをみて少しだけ寂しそうにうつむき、そしてまっすぐ俺を見つめた。



「僕は君が嫌いだよ。【死霊術師】ナイク。でも感謝もしてる。メル様を止めてくれてありがとう。さぁ行こうか。狂時計討伐のサポートを頼むよ。あと、前回の君の言葉の意味が分かったら教えて」



 【死霊魔術師】メルスバル卿によって造り出された人造【錬金術師】イヴァポルートはそういって何かを諦めたように首を横に振った。


あとがき設定資料集


【運命論者】

※HP 5 MP 1 ATK 5 DEF 5 SPD 7 MG 7

〜貴様が何をしようと、僕が何をしようと、それが他人に害を及ばさないかぎりはお互いの自由。されどどうにも人は自由の中に因果を見出し、お互いの夢の中にお互いを縛る。それは運命とよばれる目に見えない、ふれることもできない鎖である〜


簡易解説:アサシン系統の役職。運にまつわるスキルを多く覚える役職。運操作スキルは原理が難解であり、いまだに多くの研究が行われているが正体のつかめていない非常に特殊なものである。特に運命論者の固有スキル〈運命論〉は自らの運を因果やカルマの値によって操作するものであり、運命論者には自らの運命論に従い善行を積む人物が非常におおい。

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死霊術師めちゃくちゃすぎるわ!! 読み間違いかと思って2週しちゃいました、なんだこれ!
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