第71話 12,445周目_ダンジョンの奥底に眠る死霊を追え
目の前に現れたのは巨大な時計塔だった。
『最終共有情報
ダンジョン核:【時計魔獣】竜種収斂進化個体 識別名:徹夜明けの狂時計、レベル103相当』
巨大な時計竜が天に向かって咆哮した瞬間、薄ら寒い時計城の時計が一斉に回る。同時に全身が凍ったような寒気がした。
『オーケー、今回はそのパターンね。【仮聖】【舞踏戦士】は回避に徹してください。皆さん、手筈通りにお願いします。』
【錬金術師】イヴァポルートが4人の護衛達にバフをかけている。彼らは一瞬で散開すると、位置について魔術を放った。放たれた魔術は狂時計を掠めて竜を取り囲むように、丸い魔法陣となる。
『〈`縺ゅ∋縺薙∋〉〈不運を〉』
【錬金術師】イヴァポルートは一人その中に飛び込んだ。人型のゴーレムをまるで鎧のように着込み、さらに二対の巨大な腕を纏った彼はもはや彼そのものがゴーレムと一体化しているようだ。
そして彼は身に纏った巨大な腕で竜を殴り飛ばした。狂時計が反撃するように吠えると、狂時計の口から大きな枝が伸びて花が咲く。それは何の意味もなくしおれて落ちた。
流れ弾のように飛んでくる瓦礫を避けつつ、言われたようにただただ回避に徹する。
護衛達は常にイヴァポルートと竜を囲むように魔法陣を維持し続け、戦い自体はすべてイヴァポルート単独で行っていた。
カチカチと時計の音がして、一気に気温が下がる。そして竜の口から甘い砂糖のような匂いが立ち込めた。
「なんだ? あいつなにしてるんだ?」
「さぁ」
「ニュービーども……絶対にあの中に入るな……あれはスキルの効果を無茶苦茶にする魔法陣だ。イヴァ様以外が入ると危険だぞ………」
ひとりでレベル103の竜を圧倒しているイヴァポルートの戦いを目の当たりにして、呆然としていた俺たちの横にはいつのまにか白い肌の陰気な男が立っていた。ぼさぼさの髪に、汚れだらけの眼鏡をかけた陰気な男。彼の足元にはまるで泥濘の【擬態壁】のような深淵が覗いていた。この男は【影魔導士】レベル109、マルチウェイスターにいる14人いるS級冒険者であり、その中でも3傑といわれる100レベル以上の一人だ。
「S級【影魔導士】?!」
「久しいな【舞踏戦士】……もう懺悔は飽きたんだな……魔物は大丈夫か? まぁこの調子なら今回は俺たちの仕事はなさそうだが………」
知り合いなのだろうか。
【影魔導士】はニタニタ笑って兄貴を煽り、兄貴は黙って【影魔導士】を睨んでいた。
「どういうことか伺っても?」
「この場にいるということは貴様たちも話は聞いているな。イヴァ様は既に一万回、99.999%勝つための方法を確立していらっしゃる。周りにいる術師の力で、〈`縺ゅ∋縺薙∋〉〈不運を〉を展開して内部のスキルの効果を無茶苦茶にしている。そしておひとりで戦いになることで不要な犠牲を出さず奴のレベルをあげないようにしているのだ」
【重拳士】に次ぐマルチウェイスターで2番目にレベルの高いその男は説明しながらうんうんとひとり頷いていた。
「【影魔導士】は何してるんだ?」
「俺か? 俺はセーフティだ。万が一、イヴァ様が負けそうになったら俺が手をかす。今までに10回ほどあったらしい……万が一じゃなくて千が一だな。その時は貴様らも命をかけろ」
【影魔導士】は脅すように兄貴の胸に指を差し、そして陰気にニタニタと笑った。
「怯えるなよ。イヴァ様さえ無事ならどうせ時間は戻る。残念ながら奴のレベルはあがるが、死んでも死んだことにはならない」
死んでも死んだことにならない?
そんなことがあるのか?
ひたすら困惑し続けている俺たちをよそにイヴァポルートと竜の戦いは既に佳境にはいっていた。既に狂時計の体中の時計の針は折れ、尾は捥がれている。そして竜は地面から生えた大量の腕によって押さえこまれた。
そしてその大量の腕がすべて爆発し、狂時計の体をずたずたに引き裂く。崩れるような音とともに竜は地面に倒れた。
「別に負けそうには見えないけどな」
「馬鹿か。奴はたった0.01%の勝機をつかむために、少しずつ強くなりながら無限にコンティニューを繰り返しているのだ。俺たちは必ずいつか負ける。そのいつかは今回かもしれない。〈死に戻り〉とはそういうスキルだ」
カチカチという時計の音が少しずつ狂っていく。
まるでぜんまいが空転するような音がして、竜の額の時計盤が割れた。同時にイヴァポルートの巨大な三対の腕が竜の巨大な首をぶちぶちと引き千切った。
「さぁ本命だ。〈死ぬ戻り〉するぞ。今回は4つの〈スキルブレイク〉で奴の固有スキルを全部封じるらしいが、うまくいくか……」
4人の護衛達は一瞬で持っていたスクロールを切り替えて〈スキルブレイク〉を発動する。4つの連続する光の波が一帯を覆った。
「〈スキルブレイク〉:〈減速〉」
「〈スキルブレイク〉:〈加速〉」
「〈スキルブレイク〉:〈調律〉」
「〈スキルブレイク〉:〈予定調和〉」
メルスバル卿を思い出させられる連続する〈スキルブレイク〉の波。中心にいたメルスバル卿とよく似た美少年、【錬金術師】イヴァポルートは仕上げとばかりに自ら〈スキルブレイク〉を発動した。
『〈スキルブレイク〉:〈死に戻り〉』
イヴァポルートが放った最後の波が竜の体に弾かれる。理屈は分からないが、〈死に戻り〉だけは〈スキルブレイク〉できないようだ。
そうこうしているうちに竜の体が死に、マナとして経験値が流れ出す。そして残りカス、いわば狂時計の死霊ともいえるものが大きく発光した。俺の耳の中でカチカチという時計の音が鳴り響く。
「〈死に戻り〉? 僕はどうなるの。死んでも死んだことにならないの?」
つれてきた死霊がポケットの中でこてんと首を傾けた。
その瞬間、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。
「失敗か……」
「うげ……気持ち悪!」
〈メトロノーム〉で把握していた現実感覚と現実の時間が急激にズレていく。胃液がせり上がり、心臓の脈拍がとまり、血が頭に溜まる。体中の体液という体液が一瞬で巻き戻されたように逆流する感覚がして、俺と兄貴は二人同時に呻いた。
『駄目だ! 失敗だ。また戻る!【死霊術師】ナイク! 何か、何か! 【死霊術師】ナイク!』
全体オペレーションで【錬金術師】イヴァポルートに【死霊術師】と連呼され、大規模クエスト参加者全員に役職の秘密が暴露される。兄貴と【影魔導士】がすごい形相でこちらをみた。
「【死霊術師】!?」
「ナイ坊……それは流石に予想以上だ」
「いや、ええ? 違う違う違う! 俺は【槍聖】だけど……」
そういいながらも、どうせ巻き戻るから関係ないのかと気が付き、少しだけ自分の発言のバカさに恥ずかしくなった。
『なんでもいいから早く! もう戻ってしまう!』
俺はポケットの中にいる死霊に触れた。
「お前はもしかして以前のループ中に殺されて、そして殺された事実そのものがなかったことになった人たちの死霊か?」
「そうかも?」
なにもわからないよ、と返答するように死霊が首を傾ける。
「頼みたいことがある。〈死に戻り〉対策にはお前の協力が必要だ」
「なんでもいいよ。僕だれでもないし。でも覚えてられるかな」
〈魂蝕〉
死霊の魂を少しだけ書き換えつつ、彼に俺の意志、やって欲しいことを直接伝える。死霊は内容を理解して頷く様にピクリと震えた。
「よし、今からお前を狂時計に繋げる。それで覚えていられるはずだ」
「えー、魔物と繋がるのやだー」
「心配しなくても、次の俺が必ず人の側に取り返す」
そして俺は、今まさに巻き戻ろうとしている狂時計の魂の中に彼を投げ込んだ。
『【死霊術師】何をしているの!』
「【錬金術師】イヴァポルート、説明の時間がない。俺たちと一緒に死霊を探せ。”ダンジョンの奥底に眠る死霊を追え”だ」
あとがき設定資料集
【影魔導士】
※HP 4 MP 7 ATK 5 DEF 2 SPD 4 MG 8
〜太陽は孤独だ。あふれんばかりの思いは宇宙の永遠にきえ、唯一答えた月の返事も地球までしか届かない〜
簡易解説:魔術系統の役職。光によって生み出される影を操るスキルを多く持つ役職。勘違いされがちではあるが、影というのは光の濃淡、つまり光あっての影であり、ただの暗がりでは効力を持たない。




