第70話 12,445周目_徹夜明けの狂時計
大規模クエスト:ダンジョンの奥底に眠る秘宝を追えに参加した俺は再び四脚ゴーレムに揺られていた。
二日間の移動を経た後、ついに今回の大規模クエストのダンジョンがみえてきた。事前情報によるとこのダンジョンは時間を喰らう【時計魔獣】という魔物の住処のようだ。実際にそれらしい面影は所々にあり、発生からまだそれほど経っていないにも関わらず、既に長い年月を経たかのように一部の時計の針は錆びついていて、これほど距離があるにもかかわらずカチカチと不気味な歯車の軋む音が響いていた。
「うおっ、雰囲気あるな」
兄貴が相変わらず魔物が怖いのか震えている。まるでそれに呼応するように、時を告げる鐘の音が鳴った。
その瞬間、胃の中が無理矢理引き戻されたような吐き気が襲った。
「なんだ?! うげぇぇぇぇ」
「気持ち悪!」
〈メトロノーム〉で把握していた現実感覚と現実の時間が急激にズレる。胃液がせり上がり、心臓の脈拍がとまり、血が頭に溜まる。体中の体液という体液が一瞬で巻き戻されたように逆流する感覚がして、俺と兄貴は二人同時に呻いた。
「どうしたんですぜ?」
今回の公園メンバーの【壁画絵師】が俺たちの様子をみて驚いて声をかける。これほどの違和感、これほどの逆流感があるにもかかわらず、まるで彼は何も感じていないようにみえた。
俺と兄貴だけ………俺と兄貴だけ気が付いた?
時間スキルか?
「兄貴! 〈メトロノーム〉何秒ズレた?」
「俺のは〈メトロノーム〉じゃないがズレらされた……な」
「俺の〈メトロノーム〉は121秒周期にしてます、62秒ズレた。兄貴は?」
兄貴は吐きそうになりながらもこちらをみて首を傾げた。
「128秒周期だけど半分以上ズレたな」
「もっと正確に!」
「96秒?」
「つまり戻った時間は6112秒、または21600秒。ついたらイヴァポルート様にお伝えを、到着後すぐに何かが起こる可能性がある」
「お、おう………?」
湧き上がる吐き気を抑えながら、あまり分かっていなさそうな兄貴に計算式を説明するも、あまり伝わっていなさそうであった。
「ともかく六千秒戻ったって伝えればいいんだな?」
「あるいはそれ以上、一万五千秒周期」
「難しい話はともかく時間魔法なんてヤバいですぜ、兄貴」
何ものかに、何らかの理由で時間を戻されたという事実を目の当たりにし、近づいてくる古城を片目に公園メンバーが全員で震えあがった。
その後、ダンジョンの入り口付近に下ろされ、野営地の準備がはじまる。兄貴が【錬金術師】イヴァポルートに先ほどの話を報告にいっている隙をついて兄貴の死霊と二人で周囲にこのダンジョンの死霊を探したが、ひとりしかみつからなかった。
大きなダンジョンの入り口に佇むひとりの小さな小さな死霊。
「ここできたてほやほやで誰もいないよ。その辺にいた子にきいたけどまだ発生して2時間だって」
「そうだよ。2時間なり!」
兄貴の死霊につられたその死霊がくるくるとまわる。
「2時間? 俺たち二日前に出発したんだぞ」
「ほんとだもん。ほんと2時間前にできたばっかり。できた瞬間に、しれいじゅつしたちがノッシノッシってきたんだよ」
2時間………ちょうどさっき戻されたくらいの時間だ。
「事前に知ってたんでしょ。イヴァ様の所にはいい〈予測〉使いがいるんじゃない? 【天気占い師】みたいな」
「いや、そのレベルの術師いるなら噂になるはずだが………」
何も分からずとりあえず目の前の死霊に触れる。
彼?はこのダンジョンの最初の死霊だ。何か知っているかもしれないと思ったのだが、知っている知らないどころか何も流れてこなかった。
というより………
「気持ち悪い………」
死霊の記憶に触れた瞬間、胃液がせり上がり、体中の体液という体液が一瞬で巻き戻さるような感覚を再び味わった。
「ごめんね。ぼく何にも覚えてないの!」
「お前、とりあえずついてこい」
「はーい」
どうやら何も覚えていないらしく還り方もわからないその死霊を引き連れて、野営地にもどると待ちかまえていた兄貴につかまった。
「ナイ坊! イヴァポルート様がお呼びだ……俺たちでって……今度は何したんだ?」
「多分したのではなく、するのかもな」
俺と兄貴、【壁画絵師】【靴磨き】の4人で案内されたテントにはいると、どさっと音がして、【壁画絵師】【靴磨き】のふたりが倒れた。巨大な手のようなゴーレムは地面から生え、彼らを優しく掴んでいる。腕の傍にはこの大規模クエストを主導している美しい中性的な美少年の姿がある。彼は俺たちを見てニッコリと本当に嬉しそうに微笑んだ。
「この二人は討伐からはずしていいかい? 前回死んだし、これ以上、徹夜明けの狂時計に余分な経験値はあげたくないんだ。あのチート野郎自分だけ経験値引き継ぎやがって」
「イヴァポルート様。何を?」
兄貴がうろたえるのをよそに彼?は俺を指さして、さらににっこりと微笑んだ
「2回目で戻る時間まで正確に見抜いたのは兄貴た……君たちで4組目だよ。【仮聖】ナイク。君の見解をきかせて」
「最小公倍数から計算しただけだ……2回目? あんたは何回目なんだよ」
「数えきれないくらいだね。もううんざりだよ」
【錬金術師】イヴァポルートの話によると、先ほどの時間逆行はこのダンジョンの核、【時計魔獣】徹夜明けの狂時計によるものらしい。徹夜明けの狂時計は自分が討伐されるたびに毎回〈死に戻り〉でダンジョン発生まで時を戻し、何度もやり直しているそうだ。
自身の持つ特殊なスキルのおかげで記憶を引き継ぐことができている【錬金術師】イヴァポルートは何とかして、この狂時計を討伐しようとしているとのことだった。今までに〈スキルブレイク〉〈魔封印〉〈異次元滑落〉〈停止〉などなどありとあらゆる手段で〈死に戻り〉を阻害しようとしてきたが死んでから発動する〈死に戻り〉は強制力が高く、必要に応じて自殺までする狂時計を前になすすべもなく既に12,444回もの回数を経ているそうだった。
「一度でも僕が死んだらダメなうえに、残念ながら狂時計の経験値はどんどん蓄積される……今回は何の因果か兄貴だけでなくナイク君まで来てくれて本当にうれしいです。期待しています」
俺たちの両手を握って本当に嬉しそうに頷く中世的な美少年の姿に、俺の中にあった【錬金術師】イヴァポルートへの警戒心は消えていた。メルスバル卿を殺したことで目の敵にされていると思っていただ、多分彼はそれどころではないのだろう。
何か新しいことがあれば自分に共有してほしいとオペレーション用の耳と口だけのゴーレムを渡されて、大規模クエストが開始された。
やたらと詳しく共有されているダンジョンマップと出てくる魔物の種類と位置をみて、俺と兄貴はため息をついた。
「何回繰り返したらこうなるんだ?」
「ナイ坊、12,444回って何日?」
「戻るのが平均1日だとすると34年」
担当に振られた持ち場の探索はすぐに終わった。〈隠匿〉で二人の気配を消して、〈聴覚強化〉で音を探る。ダンジョンの仕掛けた罠は全部マップに書いてあったし、うろついていた魔物の位置も完璧。
すべて背後からひとつき。時間や感覚を操る魔物が多いらしいが、有無を言わせず〈刺突波〉で内部も破壊して殺す。相変わらず魔物相手に震える兄貴をよそに俺たちは最深部、ダンジョン核がいるとされる最上階層の扉の手前までやってきた。
俺たちより先についていたパーティは一組だけ。【錬金術師】イヴァポルートとその護衛たち。にこやかに微笑みかけてくるイヴァポルートとは裏腹に護衛達は警戒するようにこちらを睨みつけていた。
「いいね。もう来た」
「はい!【舞踏戦士】班、探索終了いたしました!」
兄貴が前に出て礼をする。慌てて俺も頭を下げた。
「楽にしていいよ。少し待ってあと72秒でS級の【影魔導士】が来るから彼が来てからいこう」
「いいのですか? 他班を待たなくても」
護衛達が慌ててて止めるがイヴァポルートは満面の笑みで微笑んで手を横に振った。
「大丈夫、大丈夫。みんな心配性だなー。だってそこの彼らはまぁ強いし、【影魔導士】がいれば問題ないよ」
そして【錬金術師】イヴァポルートは【影魔導士】がたどり着くや否や、そのまま扉をあけ、上に落ちるように飛び込んだ。慌てて飛び込む護衛達について俺たちも飛び込んだ。
扉をくぐった瞬間、全身を這うような冷気がまとわりついた。まるで時間そのものが凍りついているかのような感覚。空気が重く、音さえどこかに吸い込まれていく。軋む歯車の音が遠くから聞こえ、ふと視界が揺らいだ。
かち……かちかちかち、と時計の針の音が聞こえる
次の瞬間、進んでいるのか戻っているのか分からなくなる。影が長く伸びたり縮んだりし、手を伸ばせば、自分の指先が思考から0.3秒遅れて動く。不気味な静寂の中、時間の境界が曖昧になっていくのを感じた。
目の前に現れたのは巨大な時計塔だった。
城の外から見えていた巨大な時計塔、そのものが竜。塔が大きく変形し大きな大きな竜へと姿を変える。体表は金属質の甲殻で覆われ、尽き出た針が時間と空間を刻む。振り子のような尾が震えるたびに、指先が歪んだ。
『最終共有情報
ダンジョン核:【時計魔獣】竜種収斂進化個体 識別名:徹夜明けの狂時計、レベル103相当』
今回の大規模クエスト全員のオペレーターをしている【錬金術師】イヴァポルートがうんざりしたようにそう告げ、そして先ほど渡された個人用のゴーレムはひっそりと俺にもう一言告げた。
「さぁ、【死霊術師】の見解を逐一教えてね。協力してくれたら黙っておいてあげると約束するよ」
あとがき設定資料集
【孤立者】
※HP 5 MP 5 ATK 5 DEF 6 SPD 8 MG 1
〜過去に一滴涙を混ぜた、紺碧色のすんだ飴玉。甘美なしびれに心とらわれ、糸ひくそれを思い出とよぶ、そんな大人になってはいけない〜
簡易解説:アサシン系統の役職。孤立者のもつ〈孤立〉というパッシブスキルは他者から自分へかけられるスキルの効果を著しく減少させる。これによりスキルによる攻撃に対してはめっぽう強くなるが、すべてのスキルを減少させるため味方からの支援も受けることもできないので注意が必要。




