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第07話 反則負け

 

 冒険者登録(仮)もできたし、装備も手に入った。

 しかも美味しい飯まで食える。


 こんないい日は久しぶりだ。


 ホクホクとした気持ちで炊き出しに向かう。冒険者ギルドの空中区画のはしっこにある炊き出し場では簡易な長椅子とテーブルがずらっとならび、そこでたくさんの冒険者や浮浪者たちが飯にありついていた。


 すごい景色だ。遥か下方にマルチウェイスターの街が広がっている。それどころか、マルチウェイスター郊外に広がる麦畑や遠くの山々までよく見えた。


 普段からここは冒険者ギルドの酒場なのだろう。炊き出しと関係なさそうな、飲んだくれている冒険者がいたるところに倒れていた。


 炊き出し品はパンと野菜と肉のスープ、世辞にも豪勢とはいえない普通の食事とだったが、魔物の生肉や、腐りかけの肉を食らって生きてきた俺からすれば涙が出るほど暖かい食事だった。こんな穏やかな気持ちで食事ができるのは開拓村にいた時以来だ。



 あまりにも美味すぎて、一瞬で食べ終わってしまった。

 

 久しぶりの料理といえる料理だ。

 

 口惜しい気持ちで空のお椀を眺める。当たり前だが、中身が復活することはない。


 もう一杯くらい行けるか?

 そもそも一杯だけとは言われてない。おかわりしてもいいんじゃないか?

 それに冒険者たちには炊き出しを食べない奴もいるだろう。数に余裕はあるはず。


 こっそりと仕出しの列にもう一度並ぶと簡単にもう一杯もらえた。相変わらず、あまりにも美味すぎて、また一瞬で食べ終わってしまった。


 こっそりと仕出しの列にもう一度並ぶともう一杯もらえた。相変わらず、あまりにも美味すぎて、また一瞬で食べ終わってしまった。


 こっそりと仕出しの列にもう一度並ぶとちょっと変な顔をされたがもう一杯もらえた。相変わらず、あまりにも美味すぎて、一瞬で食べ終わってしまった。



「おい!何杯食ってんだ?」


 怒鳴り声が頭の上から響く。声の方を見上げると先ほどの金髪の冒険者の青年がこちらを蔑むような顔で立っていた。



「3杯かな」

「5杯だろ!しょうもない鯖読んでんじゃねぇよ。炊き出しは1人1杯だ!」



 カチャリと音がして、槍の穂先が机に突き刺さった。



「もう我慢ならねぇ。俺はこういう甘ったれた奴が大っ嫌いなんだ。根性叩き直してやる」


 青年はそういって机から槍を引き抜き、再度を構えた。騒ぎを聞きつけたのか周りに人がどんどん集まってくる。


「ちょっとアンヘル。流石にそれはやりすぎよ」


 隣の青い髪の女の子が彼を制止するよう手を伸ばしたが、アンヘルと呼ばれた青年はその手を振り払った。


「聞いたぞ。こいつは俺と同じ【槍聖】らしいし、レベルも1つ違いだ。穂先もしまっておくから大事にはならねぇだろ」


【槍聖】?!


 父と同じ役職の人間がここにいたのか。

【槍聖】は強力な役職、そんな簡単に与えられるものじゃない。父の血縁者の俺がなれなかった以上、出会うことなんてないと思っていたのに。


 まさか、こんなところで本物の【槍聖】に出会えるとは思ってなかった。


 あまりの偶然に感動している俺のことなど気にせず彼はこちらに向かって木製のカバーを投げてきた。



 これで穂先をしまえということなのだろう。なんだかんだ加減はできるのだなと思いつつも俺は首を横に振った。


「間違えて、二杯以上食べてしまったことは申し訳ないと思うが、流石にそれは受けられない」


 まず、同レベル帯の【槍聖】に叶う気がしない。父に聞いて知っているが【槍聖】のステータスは攻撃と速度がずば抜けて高く、直接戦闘においてこの上なく完成された役職だ。しかも低レベルで身体強化系のスキルを獲得する。


 レベルが同じならおそらく【死霊術師】と事実上、倍以上の能力差がある。大して役に立たないMP以外、平均以下しか無い【死霊術師】に勝てる道理がない。

 一撃でも直撃しようものならHPごと貫かれて、最悪死にかねない。


 だが防御力が低いのはお互いさま......

 なんとかそれで説得できないものか。


「それにいくらカバーをつけてもお互い防御力は低めなのだから危ないと思う。やめよう」


 もっともらしくそう付け加えると、アンヘルとやらは少し意外そうに目を見開いた。


「あ? テメェほんとに【槍聖】なのか。しょうがねぇ」


 彼は自身の魔法袋を取り出して、穂先のない柄をそこから2本持ち出し、片方をこっちに放ってきた。


「これでもまだ文句あるのか?」


 穂先のないただの棒なのだから防御力が低くても大丈夫だろ、ということだろうか。

 彼の中では戦うことはもう決定のようだ。


「いや、そもそも戦うつもりないって」


「じゃなにが問題なんだよ。玉無し野郎が」


 周りに集まってきた冒険者たちも、そうだそうだと言って彼に味方をする。彼らは面白そうだからあちらに味方しているのだろうか。


 いや、違うな…...


 辺りを見回して気が付く。ほとんどの冒険者たちは面白半分だったが、一部まるで俺を警戒するように観察している人たちがいた。この沢山いる仮登録の浮浪者の中で俺だけが警戒されている理由はわからないが、おそらく【傀儡術師】と同じだろう。〈隠匿〉で情報が見えないからだ。


「お互いに戦う利がないだろ」


「利? 危ないの次は得がないからやめようかよ。じゃ、もしお前が勝てたらなんでも一つ奢ってやるよ。それにそんなに食い意地が張ってるなら大規模クエスト中は好きなだけ食べさせてやる」


 彼は負けるなんて微塵も思っていないようだった。

 そのおかげでなかなかいい条件が出てきた。


 ただ彼が勝てると確信してるのと同じくらい、こちらも勝てる気がしない。それに今攻撃されたらせっかくたべたものを吐く。


 だが試してみるのも悪くない報酬だ。

 

 なにより周りの冒険者たちの警戒を解くためにも、負けたほうが都合がいいかもしれない。


「スキルなし、穂先を相手の体に当てた方の勝ちなら」


 誤解がないように渡された棒の先端を指差して、ここが穂先のつもりで戦うことを伝えた。これなら吐くことにはならないだろう。


「ほんまもんの玉無しじゃねぇか。わかった。それでいい」


 これで攻撃力の差は大分少なくなった。

 落ち着け大丈夫。俺は【槍聖】の息子。ある程度の速さはなれてる。 


「えーと、【槍聖】ナイクさんは本当にいいの?」


 青髪の少女が確かめるようにこちらに確認した。彼女も彼女で【槍聖】アンヘルの勝利を確信しているのだろう。やめるなら今のうちよ、と言いたげな表情だが、みすみすこんなチャンスを逃す手はない。


 負けてもちょっと殴られるくらいなのに、うまく勝てれば何か一つ奢ってもらえる上に、飯も手に入る。


 それにこの雰囲気、逃げ出せそうにない。逃げたほうがまずいことになりそうだった。


 渡された棒の重心を確かめながら、軽く振り回す。

 少し重いが、先ほどの貸し出しで手に入れたものより遥かに出来のいい槍だった。


 俺たちを囲む人だかりはまるで即席のリングようになっていた。青髪の女の子が呆れたようにため息をつき、大きく手を挙げた。


「お互いほんとにいいのね。じぁ始め」


 その言葉の次の瞬間、凄まじい速さの蓮撃が飛んできた。

 咄嗟にうちあっての弾きたくなるのを必死に堪え、そのまま後ろに飛び退く。ザワッと人だかりも後ろに動きリングはさらに大きくなった。


 相手は【槍聖】だ。レベル12とはいえ、既に【祭司】以上のATKなのだ。力の差は歴然。

 槍を打ち合った瞬間に弾き飛ばされるだろう。絶対に触れてはいけない。


「遅えょ」


 再び超速度の突きが襲いかかる。かわしきれなかった一撃を槍で弾くと、俺の槍は吹っ飛ばされるような衝撃を受けてプルプルと震えた。


 震えを両手で押さえ込み、彼から離れる。離れるついでに交差するように足を薙いでみたが、ひょいと飛んで避けられた。


 技術だけならこちらに部がありそうだか、あまりにも身体能力の差が激しい。


「おいおい、それが攻撃か?」


 また突きが飛んでくる。防ぐことすらできない力の差のせいで、後ろに飛んで避けることしかできなかった。


 それすらも、追いつかれ、

 追撃するように胸元に伸びる一撃を全身全力で叩いて弾き飛ばした。衝撃でお互いによろめく。


 槍を横からぶん殴ったのに、こっちも反動を受けるのか。

 しかも、お互いよろめいた、とはいえ明らかにこちらの方が部が悪い。



 ダメだ。攻撃を受けるだけで精一杯だ。カウンターをする余裕がない。


 おそらく仕掛けなければ勝てない。


 槍を上段に構えて、そのまま体勢を落とす。

 ジリジリとゆっくり前に詰めるように進むとアンヘルは少しだけ後退りした。


 地面を蹴って前に飛ぶ、

 反射的に前に突き出されたアンヘルの攻撃を、槍の回転で受け流して懐に詰める。


 そのままの勢いで、槍の底の裏金でアンヘルを殴りつけ……相手にあたる前に槍が止まった。


 腕で抑えられている。


 咄嗟に彼の体を蹴り付けるが、びくともせずに自分の方が後ろによろめいた。



「テメェ遅えよ。【槍聖】を舐めんじゃねぇ」


 アンヘルはそう言って再び槍を構えた。

 安い挑発だ。自分が速度がないことも言われなくても知っている。


「むしろ、そっちこそ本当に【槍聖】なのか? 嘘だろ。これだけチャンスがあって一度も槍先をかすることすらできないみたいだけど」


 ケラケラと笑いながら煽り返すと、彼は苦々しい表情でこちらを睨みつけてきた。煽りが効いてるのがよくわかる。


 慣れていないのだろうか。これは煽りがいがある。


「ああ、わかった。元々の肉体の運動神経が低すぎるって奴か。ステータスバフのおかげで何とかうごけるみたいだけど」


「それは、テメェのほうだろ! 低いのはお前のほうだ!」


 声に怒気がにじんでいる。

 これはもしかして図星か?


「【槍聖】のくせに、力もねぇ、足もおせぇ、あげくセンスもねぇ」

 

 怒りのあまり力任せに振るわれる槍は、先ほどまでの澄んだ一撃よりはるかにさばきやすかった。

 連撃をいなしつつ、一歩後ろに飛ぶ。


「急に自己紹介どうした?」


 そう煽り返した瞬間に、嫌な気配がした。

 相手の体の底から、なにか力が湧き上がってくるようなそんな感覚。


「ちょっとアンヘル!」


 横の女の子がそう叫ぶ。

 

 もしかしてこれ【槍聖】の最初のスキルの〈身体強化〉か?


 そう考えた瞬間に俺は反射的に槍を持ち上げ、構えていた。


 〈槍投げ〉


 放り投げられた柄だけの槍はブレることなく一直線に彼の顔面に向かって飛んでいった。怒りに満ちた彼の顔面に吸い込まれるように槍が直撃する。


 とんでもなく危険な行為だが俺の攻撃力は低い、しかも穂先もない木の棒だ。死にはしないだろう。



 穂先は顔面直撃! 勝ったな!




「あっ」



 顔に槍が直撃して、吹っ飛んで転がる彼の姿を見て、俺は我に返った。


「スキル反則……」


 完全に沈黙しきった周囲を見回した。

 俺が反則したから、しらけかえってるのかこれ?


 逃げよう。


「【槍聖】さんにはすみませんって謝ってたと伝えてください」


 彼に駆け寄っている青髪の女の子に、転がっている柄を返して、一目散にその場を後にした。



あとがき設定資料集


【槍聖】

※HP 5 MP 3 ATK 8 DEF 4 SPD 7 MG 3

〜ああ、死んだ。魔物に襲われた旅人がそう思った瞬間、一筋の光が走り、魔物は真っ二つになった〜


簡易解説:高い攻撃力を誇る戦士系統の役職。槍にまつわるスキルを多く覚える。強い感情によって発動する特殊なスキルを持ち、これによって生み出される力は全てを撃ち貫くと言われるほど強力。

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