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第69話 12,444周目_ダンジョンの奥底に眠る秘宝を追え



 およそ二年前。


 俺がまだ開拓村で神託を受けていた頃、マルチウェイスターの中央公園に一人の男の子がやってきた。

 年は神託直後、体は既に男として成熟しているはずなのに、まるで女の子のように華奢で毛も薄く、擦り切れた服一枚でうずくまる貧相な男の子。


 いくら貧相とはいえ神託を経たばかりの年頃の子供だ。心優しい冒険者たちや浮浪者たちは何かの役に立つであろうと彼を至る所に連れていってまわった。ダンジョンや、芝刈り、畑植え、掃除、泥掻き、ゴミ集め、娼館。彼はありとあらゆる仕事を体験した。


 だが残念なことに彼はどこでもあまり役にも立たなかった。


 何もできないというわけではなかった。だが致命的に要領が悪かった。少なくとも3回は教えないと間違えるし、教えられた以上のことは決してしない。実際にはできなかっただけなのだが、常に教える側の期待を下回る、ぶっちゃけていうと少しイライラする子だった。


 何か特別な特技があったらよかった。それをもとに仕事にありつけただろう。

 何か特別な耐性があったらよかった。それだけでも皆に感謝される存在にはなれた。

 せめて何か特別な目標だけでもあったらよかった。そうであれば少なくとも誰からも相手にされないということなかった。


 だが残念ながら彼はすべてが一様に苦手で、つらいことは普通に嫌がり、将来の夢という夢もなかった。彼はどうしようもなくつまらない、しょうもない子だった。


 いつのまにか彼に関わる人は減っていった。別にいじめるとかではなかったが、あまり役に立たなさそうな彼にみなただただ興味を失っていった。


 半年もしないうちに彼は誰にも絡まれることもなくなった。そうなってしまえば最後、彼は一日中、一言も言葉を発することすらなく、じっとうずくまっていた。時折ひとりでゴミを漁って食べ、用をたし、そして眠る。誰とも関わらない。そんな日々をしばらく過ごしたのち、彼はいつのまにか消えた。いつ消えたのか、なぜ消えたのかは誰にも分からない。


 公園を管理していた【舞踏戦士】の兄貴も、他の公園の仲間たちも誰も気が付かず。おそらく数日以上たってからなぜかいつもよりゴミが減ってないことから彼が消えたのが分かったらしい。



 彼の名は【孤立者】といった。



 それから二年後。


「その【孤立者】からこの公園に寄付があってな。『優しくしてくれてありがとう』だってよ。だから今日の炊き出しはこんなに豪勢なんだ」

「今の話のどこが恩なの?」


 泥濘が呆れ顔で兄貴を睨むが、兄貴もよくわからさそうに首をかしげるだけだった。


 【死霊魔術師】事件から半年と少し。新居も落ち着いて、俺はある意味望んでいた平穏無事な生活を送っていた。


「で、兄貴は俺を呼び出して何を?」

「その【孤立者】の依頼だ。イヴァポルート様が主導する大規模クエスト『ダンジョンの奥底に眠る秘宝を追え』、このクエストに公園メンバーで参加してほしいんだと。当然きてくれるよなぁ。ナイ坊!」

「いかなくていいんじゃない? ナイク関係ないし」

「頼む。一生のお願いだ。本当にナイ坊しか頼りにできるやつがいない」

「兄貴……意味不明な奴は頼りにならないんじゃなかったんですか?」

「それはそれ、これはこれだ! まずもってこの依頼が既に意味わからない。秘宝? それに魔物の相手は俺には無理だぜ!」


 アテオア兄貴は不安でたまらないぜ、という顔でバンバンと俺を叩いた。




 数日後。



 集合場所には10組以上の冒険者パーティ、100人以上の冒険者があつまっていた。報酬も条件も良かっただけあって以前の大規模クエストのあの惨状の割に人が来ている。


「冒険者の皆さん。お集まりいただきありがとうございます。僕は【錬金術師】イヴァポルート・カララ・ド・レミ・マルチウェイスターです」


 華麗にお辞儀をする若い貴族の……男の子?

 儚く可憐で中世的な容姿の彼は全員を見回し、そしてニコリと微笑んだ。冒険者の女たちが、そして男たちも騒めく。


「新発見のダンジョンですがご安心してください。今回は常昼の森のようにならないよう入念な事前調査を行っております。今回皆様に協力していただきますダンジョンは薄ら寒い時計塔、主な魔物は【時計魔獣(クロノビースト)】、出現する魔物の情報を皆様に〈共有〉いたしますので、移動中に必ずご確認を。移動にはこちらの……」


 かつての大規模クエストのようにずらりと4本足のゴーレムがならぶ。違いといったら冒険者たちを案内しているクエスト運営の大部分が見知ったギルド職員たちではなく教会派の使用人たちであるというくらいだった。


 乗る前から尻がいたくなってきた。


「あれが【錬金術師】イヴァポルート様か。ずっとご病気でいらっしゃって人前に出るのはこれが初めてとのことだが、女だよな……」

「兄貴、それは流石に……男でしょ」

「ナイ坊、泥濘ちゃんとかいう超(ドラゴン)級の雌と暮らしてるせいで感覚おかしくなってるぞ。どうみても女の子だろ」

「でもついてる方がお得ですぜ」


 今回の俺のパーティ4人。俺と【舞踏戦士】の兄貴、そして公園メンバーの【靴磨き】【壁画絵師】。周りの冒険者たちも加わって、俺たちは全員で頭を傾けた。


「「「どっちだ?」」」

「男の娘を所望するぜ」



 四脚ゴーレムに揺られること二日、今回の目標ダンジョン”薄ら寒い時計城”が見えてきた。


 それは霧深い谷にそびえ立つ古城だった。時計塔の名の通り、壁には古びた懐中時計や止まった振り子が無数に埋め込まれている。まだそれほど寒い時期でもないにもかかわらず城の周りは不思議な冷気に満ちていた。


「うおっ、雰囲気あるな」


 兄貴が相変わらず魔物が怖いのか震えている。まるでそれに呼応するように、時を告げる鐘の音が鳴った。


 事前情報によるとこのダンジョンは時間を喰らう【時計魔獣】という魔物の住処のようだ。実際にそれらしい面影は所々にあり、発生からまだそれほど経っていないにも関わらず、既に長い年月を経たかのように一部の時計の針は錆びついていて、これほど距離があるにもかかわらず毎分ごとに不気味な歯車の軋む音が響いていた。


「時喰らい……お、おそろしい」

「時間魔法なんて発生したてのダンジョンに出る魔物じゃないですよね」

「前回の大規模クエストを皮切りに最近強力な魔物が増えているらしいですぜ」


「まさかここも隠匿竜級?」


 近づいてくる古城を片目に兄貴だけでなく公園メンバーが全員で震えあがった。


 ダンジョンの入り口付近に下ろされ、野営地の準備がはじまる。隙をついて兄貴の死霊と二人で周囲にこのダンジョンの死霊を探したがひとりしかみつからなかった。


「ここできたてほやほやで誰もいないよ。その辺にいた子にきいたけどまだ発生して2時間だって」

「そうだよ。2時間なり!」

「2時間? 俺たち二日前に出発したんだぞ」

「事前に知ってたんでしょ。イヴァ様もマルチウェイスター家だし、いい〈予測〉使いがいるんじゃない?」

「ごめんね。何にも覚えてないの!」


 どうやら何も覚えていないらしく還り方もわからないその死霊を女神に還したあと、やたらと詳しく共有されているダンジョンマップと出てくる魔物の種類と位置をみて、俺はため息をついた。


 こんなことができるなら常昼の森でももうちょっと何とかしてほしかった。


「大丈夫か、フリカリルト。【錬金術師】イヴァポルートは相当やり手みたいだぞ」



 その後、パーティで集まった俺たちは教会派の使用人たちに担当場所を案内されてすぐダンジョン内にはいった。


 担当に振られた持ち場の探索はすぐに終わった。〈隠匿〉で全員の気配を消して、俺と兄貴の〈聴覚強化〉で音を探る。ダンジョンの仕掛けた罠は全部マップに書いてあったし、うろついていた魔物の位置も完璧。


 すべて背後からひとつき。時間や感覚を操る魔物が多いらしいが、有無を言わせず〈刺突波〉で内部も破壊して殺す。相変わらず魔物相手に震える兄貴をよそに【壁画絵師】と【靴磨き】の助けもかりながら俺たちは最深部、ダンジョン核がいるとされる最上階層の扉の手前までやってきた。


 俺たちより先についていたパーティは一組だけ。【錬金術師】イヴァポルートとその護衛たち。にこやかに微笑みかけてくるイヴァポルートとは裏腹に護衛達は警戒するようにこちらを睨みつけていた。



「やっぱり早いね。もう来た」

「はい!【舞踏戦士】班、探索終了いたしました!」


 兄貴が前に出て礼をする。【壁画絵師】と【靴磨き】の二人も隠すように俺を後ろに追いやりうやうやしく頭を下げた。慌てて俺も頭を下げる。


「楽にしていいよ。アテオアさんたちもついたし、もう行っちゃおうか」

「いいのですか? 他班を待たなくても」


 護衛達が慌ててて止めるがイヴァポルートは満面の笑みで微笑んで手を横に振った。


「大丈夫、大丈夫。みんな心配性だなー。だってそこの彼はメル様殺せるくらい強いんだよ。やっときてくれたんだ。さぁいこうか」


 【錬金術師】イヴァポルートは〈鑑定〉するように俺たちというより俺を見つめ、そのまま扉をあけ、上に落ちるように飛び込んだ。慌てて飛び込む護衛達について俺たちも飛び込んだ。



 扉をくぐった瞬間、全身を這うような冷気がまとわりついた。まるで時間そのものが凍りついているかのような感覚。空気が重く、音さえどこかに吸い込まれていく。軋む歯車の音が遠くから聞こえ、ふと視界が揺らいだ。



 かち……かちかちかち、と時計の針の音が聞こえる



 次の瞬間、進んでいるのか戻っているのか分からなくなる。影が長く伸びたり縮んだりし、手を伸ばせば、自分の指先が思考から0.3秒遅れて動く。不気味な静寂の中、時間の境界が曖昧になっていくのを感じた。


 目の前に現れたのは巨大な時計塔だった。


 城の外から見えていた巨大な時計塔、そのものが竜。塔が大きく変形し大きな大きな竜へと姿を変える。体表は金属質の甲殻で覆われ、尽き出た針が時間と空間を刻む。振り子のような尾が震えるたびに、指先が歪んだ。


『最終共有情報

 ダンジョン核:【時計魔獣】竜種収斂進化個体 識別名:徹夜明けの狂時計、レベル102相当……うわ103なってるよ』


 ひとりで今回の大規模クエスト全員のオペレーターをしている【錬金術師】イヴァポルートがうんざりしたようにそう告げた。




あとがき設定資料集


【靴磨き】

※HP 4 MP 6 ATK 8 DEF 7 SPD 2 MG 3

〜夕焼けに染まった街を見つめて、終わらぬ今日を前にうつむく。踏み潰した毎日は振り返られることない昨日に消え、ただただ靴底ばかりがすり減って〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。靴や履物を強化することを得意とする。移動系スキルを強化するスキルを持つが、自分自身は移動スキルを持たないことが多い。

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