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第66話 貴族の始まりは誇り





 引っ越して住所を得た俺は街民役所を訪れた。浮遊街の冒険者ギルドのすぐ近く、そびえたつ一本の柱のような建物。街民役所、その14階に戸籍移動署があった。



「では正式にお受付けいたしました。楽園在住の墨子【魔物使い】泥濘、元リネージュ・ネクロスは本日より【槍聖】ナイク様の所持物となります。最後確認です。泥濘。あなたには一応拒否権がありますがいかがいたしますか?」

「承諾いたします」

「確認いたしました。では楽園管理【伝道者】ニリ様」

「承認いたします」


 泥濘と【伝道者】がお役人の女性に恭しく頭を下げる。その役人は一瞬監視するように泥濘をみつめるとぽんと目の前の書類にマナを込めた。


「確認いたしました。ただいま、征暦997年42日15時37分45秒をもちまして泥濘は【槍聖】様の所有物です。【槍聖】様、泥濘の首に触れてください」


 いわれるがままに泥濘の首に触れると、泥濘は少しくすぐったそうに「んっ」と悶えた。触れた指先からどばっとマナが漏れる感覚がして泥濘にマナが注がれていく。有り余る俺のマナの半分近くをしぼりとられてようやく印の書き換えは終わった。


「あー、ずいぶん注ぎましたね。半分のはずなんだけどな。それともこれで半分? 泥濘、大丈夫ですか? ぱんぱんでは?」

「んっ、だい……じょうぶ。はぁ。ちょっと休ませて……今私のなかナイクでいっぱいだから。どんだけ出すんだよ。多すぎ」


 半ギレで俺を睨む泥濘のことを【伝道者】が抱きしめる。


「おめでとう。泥濘。あなたが幸せにならんことを。二人の未来を私から祈らせてください」

「ちょっとニリ様!? ここでは」


 【伝道者】は泥濘を抱きしめながら何か魔術を発動させる。


 ぶわーっと風が巻き上がり、書類が吹き飛んでいく。大慌てで役人たちが書類を押さえるも、その階中が一瞬でしっちゃかめっちゃかになった。

 

「【伝道者】様?!」

「おやめを、ここではおうあめを」

「あーれー」

「おえっ。ちょっと吐きそう」

「大丈夫ですか?泥濘!」


 めちゃくちゃになっている役所と泥濘たちを見守りながら俺は〈隠匿〉で気配を消した。


 その後、俺はいろいろなものを流し込まれた泥濘が回復するのを待って、役所をあとにした。【伝道者】が別の階にも用事があると分かれてから、〈聴覚強化〉の練習がてら先ほどの戸籍移動署に意識を合わせる。


「酷い目にあった。イカレニリめ」

「まぁニリ様はいつでもああだからなぁ。てかさっきの墨子苗字持ちだったな。元貴族が冒険者に買われるのオモロ。家族は買ってくれなかったのかな」

「あれじゃない? 誇り高き貴族に罪人はいらない的な」

「こえー。くっそ美人だったのに奴隷とかもったいな」

「でも【槍聖】だよ。英雄じゃん」

「あれ冒涜の方」

「うわっ。まぁそうか。めっちゃ怖かったし。顔だけで犯罪役職より犯罪役職してる」


 兄貴に教えてもらった通りに意識を残して聞き耳をたてると、外からでも彼らの会話がすべて聞こえた。優秀な索敵スキルといわれるだけあってすごいな〈聴覚強化〉は。



「どした?」


 突然大きな音がして泥濘の声が頭に響いた。「〈聴覚強化〉しているんだ」という意思をこめて耳を指さすと泥濘は理解したのか口をふさいだ。


「俺も冒険者になればあんな美人買えるのかなぁ」

「いや、普通は墨子は扱いきれないって。墨子であんな美人の劇ヤバ女は冒涜の【槍聖】だから乗りこなせるんだよ」



 泥濘がヤバい女なのは全力肯定だが、

 ……俺?そんなに普通じゃない?


 泥濘を見ると泥濘はよくわからなさそうに首を傾けた。


「どした?なんか言われた?」

「顔が犯罪って言われた」

「はははは、その通り」


 

 ゲラゲラ笑う泥濘と共にその足で少し買い物をし、公園前の家に帰ると泥濘が玄関を指さした。からっぽの表札。


「表札どうするの?」

「空のままでいいだろ。公園連中は知ってる」

「はぁ? 駄目に決まってるだろ。この街じゃ身元不明の男が奴隷女と暮らしてるとか通報ものだから。表札は必須!」

「名前か?」

「そう。【槍聖】ナイクが普通だけど、【槍聖】でも問題なし。それとも【煽り屋】合唱がよかった?」

「【槍聖】ナイクだな。アンヘルと間違えられるとかたまったもんじゃない」

「昨日助けてもらった女です♥とか毎日来そう」


 泥濘がわざとらしく可愛い子ぶって跳ねる。


「「うっぜー」」


 泥濘と息を合わせてため息をつく。


「ああいうとこ嫌いだ」

「アンヘルはカッコつけだから、よってくる女も大概きしょいんよ。まぁ変なの来ても私が追い返すから」


 泥濘は大きな胸をさらに大きく張る。本当に大きい。

 ……俺は妹相手に何を考えているんだろう。


 引っ越して以来、泥濘は家事を全部やってくれている。もと宿場の娘なだけあって意外にも家事は慣れているようで冒険者のクエストにでて帰ってくれば掃除洗濯食事に買い物、近所付き合いに税金対策まですべてが完遂されていた。


 完全に【主婦】いや【主妹】だ。


 玄関に入り上着を脱ぐ。


「変な奴がきたときは【擬態壁】に隠れとけ。レベル低いんだから危ないだろ」

「心配?」

「そりゃな」

「うれしい」


 泥濘は上品に俺の脱いだ上着を受け取り、そのまま伸ばして上着掛けにかけている。本当に手慣れていた。まるで宿場の、それも貴族が泊まるような上品な宿場のお嬢さんだ。


 元準貴族リネージュ・ネクロスか。


「そういえば頼んだ衣装だけど。前約束した冒険者衣装」

「はぁ? プレゼントネタばれとか舐めてるの? 自信ないから予防線張るとかならダサすぎるからやめて。本当に、ありえない。普通そういうのは言わなくてもわかるでしょ」 

「名前だ! 泥濘でいいのか? リネージュにもできるが」

「泥濘がいい。ナイクはリネージュなんて女しらないだろ……」

「ああ。知らない。喜ぶものも、好きな色も、怒るものも何にも知らない」

「泥濘なら知ってるの?」

「魔物っぽいものなら何でも好きだろ」


 泥濘はまるでフリカリルトのようにこちらをジッと見つめてそれから悪戯っぽく微笑んだ。


「私が好きなのは」


 すっと泥濘が俺の耳元による。


「【死霊術師】様……がくれるもの」

「はいはい。ナイクお兄ちゃんがいいものやるから。最高に可愛くてかっこいい妹にしてあげるからな」

「キッショ。童貞かよ」


 ゲラゲラ笑っている泥濘を無視して適当な石板を拾ってマナで文字を書き、表札を作った。


『【槍聖】ナイク』


 これで完成。


 それにしても名前がどんどん増えるな。

 偽りの役職である【槍聖】とそのあだ名の【仮聖】

 二つ名や洗礼名の『冒涜』『合唱』

 本名の【死霊術師】ナイク


 もはや苗字が無いのが救いだ。


「苗字なくてよかった」

「無関係な名前が続くだけだもんな……字きったな。育ち悪いの丸出しじゃん。てか字は書けるんだ。そっちの方が意外」

「うるさいな。これでも村じゃダントツのインテリ天才児だったんだぞ。で? 名前がつづくってどういう意味だ? 苗字は苗字だろ?」

「苗字は苗字だけど【錬金術師】マルチウェイスターはマルチウェイスターが名前じゃん」


 泥濘の答えは意味がわからなかった。


「つまり初代マルチウェイスターはマルチウェイスター•マルチウェイスターだったってことか?」


 俺の言葉に泥濘があんぐりと口をあけて、馬鹿にしたようにクスリとわらった。


「どういう発想?」

「あ?」

「貴族の始まりは誇りよ。過去の偉大な人の名をそのまま残すの、自分はこんな偉大な人の血を引いているのだぞ!ってね」

「誇り?」

「勇者の知恵【錬金術師】マルチウェイスターの子らだからマルチウェイスター家だし、勇者の盾【護衛官】ガンダルシアの子らだからガンダルシア家ってこと」

「フリカリルトの名前が長ったらしいのも自慢したい祖先が多いからか……」

「フリカリルト様?」


 泥濘がムッとした風でこちらを睨む。泥濘はフリカリルトが嫌いだ。別に心底嫌いというわけではなく、ただただ嫉妬心らしい。俺が妹より赤の他人の女を優先するのが気に食わないんだとか。

 赤の他人とはいうが、フリカリルトは俺たちの後援者。彼女がいなければ泥濘はともかく俺はこの街にいることすらできないのだ。


 味方なのだからそんな敵意剥き出しにするのはやめてほしい。やめてほしいのだが以前それを泥濘にいうとさらにキレられた。


「フリカリルト・ド・レミ・ファ・ソラシド・マルチウェイスターだ」

「ソラシド……ソラシドって【作曲家】ソラシドでしょ。えーと、ちょっと待って、今思い出すから、そうだ923! 征暦923年の第十五次魔王侵攻の最大功労者。彼を当時のマルチウェイスター家が取り込んだその子孫なんじゃない?」

「あの【作曲家】か。今が997年だから七十年前くらいか。【作曲家】が曽祖父くらいになるのか。そういや泥濘も苗字持ちだよな」

「【築城主】ネクロスの子孫だからネクロス家。五百年以上前の功績をいつまで擦ってるんだって感じだけど誇りっちゃ誇り」

「【築城主】? 何でお前【死霊術師】ファンなんだよ。天敵じゃないか。【築城主】って言ったら落城の【死霊術師】を足止めしまくった救国の大天才」

「五百年前だしなんも引き継いでねぇよ。お父様は戦士系だし。それに天才度でいったら落城の【死霊術師】のよっぽどヤバいからな。【築城主】も435年に普通に【死霊術師】に殺されてるし、そのあとスキル取られて築城されたぞ?」


「詳しいな」


「私大好きだから。【死霊術師】が大大だーい好きだから。ね、お兄ちゃん」

「お前が好きなのは落城の【死霊術師】……何だっけ?」

「ウィークロア。北部ディエンゴ領付近の街アーサワークの第二孤児院出身。【死霊術師】が真っ先に滅ぼしたからアーサワークは何も残ってないけど代わりにここにはディエンゴ家直轄の王国最強騎士団『教会執行部隊』の本拠地になってる」

「六禁オタク」

「すぐ人を差別する癖やめたら?」

「これのどこが差別?」

「される側が差別と思ったら差別」

「勝手なもんだな。人間は等価だ。二人で言い争っても差別にはならない。便乗するやつが出て初めて差別だ」


 泥濘を論破すると彼女はギロリと俺を睨んだ。


「口ばっか達者でうざい。妹が嫌がってるんだからやめろや」

「悪かったな」

「それでよろしい。だいぶ丸くなったな。前のナイクならこれで殺しに来そうだったし」


 泥濘が最初に出会ったのときの俺の真似をして槍を振りかぶる動作をした。あの時先に攻撃したの泥濘の方だったと思うのだが……


「そこまでの異常者じゃない。俺は人を愛せる男だ。ウィークロアとは違う」


「へぇー愛……では、ここで豆知識です。落城の【死霊術師】ウィークロアには、子供がいたと言われてる。とある女性一人を心から愛してその人だけは殺さずにそばに置きつづけたとか。自分の子供も余裕で殺しそうな男と伝承にはあるからそれ以上のことは伝わっていないけど、ナイクの母親も【死霊術師】だったのならもしかしたら血筋かも」


 血筋?!

 ウィークロアの血筋?! 

 い、要らない! 絶対要らない!


「ウィークロアとか誇りってか呪いだろ」


「冒涜の【死霊術師】ナイク・ウィークロア。へー、いい響き。かっこいいじゃん。【仮聖】よりずっとカッコいい。つまり妹の私は泥濘・ウィークロアか。えへへ」

「泥濘。一番ヤバいのを選ぶな。俺は合唱でいい。それはあまりにも寒気しかしない名前だ。やめてくれ」


 後日、フリカリルトの〈世界知検索〉で祖先を調べてもらったところ俺はウィークロアの血筋でもなんでもなかった。ほっとした様子のフリカリルトとは対照的にそれを聞いた泥濘は少し残念そうだった。

あとがき設定資料集



【築城主】

※HP 9 MP 9 ATK 5 DEF 5 SPD 1 MG 1

〜積ーんで積んで積んで! 積ーんで積んで積んで! 積ーんで積んで積んで 積んで!〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。非常に簡素なものではあるが建造物を一瞬で生成することができる〈築城〉という独自スキルをもつ建築系役職の一つ。迅速かつ、資材のいらない建築能力は大規模な戦場にて非常に有用であり歴代アルケミスト系統最強役職10選に選ばれる強役職。

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聞き耳立てられるスキルを実証してるくせに家の中とはいえバレたらやばいことペラペラ喋っていいのか
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