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第65話 二人の【槍聖】



 中立派最高の守り手

 英雄の【槍聖】アンヘル。

 そして、

 中立派最悪の殺し屋

 冒涜の【槍聖】ナイク。


 楽園崩壊を引き起こした【死霊魔術師】がメルスバル卿であったというニュースと共に俺とアンヘルの名はマルチウェイスターの街中を駆け巡った。衛兵隊も随伴組織も解決できなかった事件を【槍聖】たちが解決した。


 街を焼き払おうとしていた教会の執行部隊を英雄【槍聖】が防いでいる間に、冒涜【槍聖】が真犯人を暗殺し、街を守った。


 二人の【槍聖】の功績、ということになるらしい。

 アンヘルはなんとS級冒険者になり、俺もA級になった。


「もう二人とも相続争いから無関係ではありません。また働いてもらいます」


 というフリカリルトの宣言通り当主候補の力関係は一変した。最年長かつ最強の有力候補であったメルスバル卿が死んだことで覇権だった教会派の候補者は一人となり、かつ街民からの信頼を失った。


 逆に随伴組織はアンヘルとともに教会の執行部隊から街を守ったことが評価されて地下の住民以外からの支持を得た。冒険者をつかってこの件を完璧に解決したフリカリルトも今回の件での采配を評価され支持者を増やしている。とはいえいまだに教会派は人数が多く強力。もう一人の【錬金術師】、イヴァポルートは本件とは無関係とされたため候補者がいなくなるということはなかった。


 だれが次期当主になるかわからない状況。だからこそお互いに手を出せない。多少のいざこざはあったらしいがそんな硬直状態のまま街はまた平穏を取り戻した。




「とりあえず、引っ越しおめでとうだな」



 公園のまとめ役の【舞踏戦士】アテオアが屋敷を見上げてなんとも言えないえない表情で微笑んだ。


 場所は浮遊石の真下。つまり俺はいままで住んでいた公園の真横の屋敷に引っ越した。距離にしてわずか50歩の引っ越しである。


 俺が家を探し始めた途端、その家が破格の額で急に売りに出され、しかも前金が【死霊魔術師】のクエスト報酬とピッタリ同額だった。何らかの作為が働いているとしか思えなかったが、断る方が怖かった。


 今日はその歓迎パーティ。公園に住む浮浪者たちがあつまって炊き出しを食べている。いつも通りの何にも変わらない毎日、違いは奴らが食べているのが街税の炊き出しではなく、俺の金で作った炊き出しであるということぐらいだった。


「こんな歓迎会いるか?」


「いるいる」

「最高だぜ、ナイ坊」

「ナイ坊。出世したな。もう街でナイ坊のこと知らないやついないぜ」

「冒涜!」

「冒涜!」

「冒涜の【槍聖】」


 冒涜!冒涜!という騒ぎ声が公園中にこだまする。


「冒涜。俺は冒……冒涜……冒涜の【槍聖】」

「スッゲェだせぇな」

「合唱の方が百倍マシだ……」


 そもそも俺のどこに冒涜要素があるんだろうか。合唱要素は嫌というほど理解しているが冒涜には実感がない。


 俺は【舞踏戦士】アテオア兄貴と乾杯して一口だけ飲んだ。


「なんかこんな大ごとになるとはね。アテオアが途中でぬけてよかった。はい、そーれ」


 兄貴の死霊が俺の周りを飛びながら、指揮を執る。

 一斉に歌いだす取り込んだ死霊たち。


「はーい。まず皆さん合わせるではなく、ずらさないことを意識してください。個別にローベルメさん、1オクターブ高い。あなたホントに元S級? 悪い意味で一番目立ってますよ。ラクリエさんも自信もって声出して、横のローベルメさんが気になるかもしれませんが間違ってるのは彼女です」


 聞くところによると彼女は生前は【歌姫】であったらしい。かつて兄貴が所属していたパーティー『やすらぎ楽団』のリーダーを務めていたようだ。


「せっかくのクエスト報酬がまたパーだ。せっかく結構貰えたのになぜ家を買うことに……仮に買うとしてもこんなデカい屋敷買うつもりなんてなかったのに……」

「まぁいいじゃねぇか。あんな美人な嫁さんができたんだから。新婚だ新婚」


 【舞踏戦士】の兄貴が、あちらで公園住みの女性や子供たちに炊き出しを配っている優雅な美女を指さす。


 泥濘は首から肩にかけて入っている刺青を隠そうともせずに扇情的な衣装で周囲の視線を集めていた。


「あれは妹です」

「おお? 性癖を否定する気はないが、嫁にお兄ちゃん呼びさせるのは相当な変態だと思うぜ。あんまり言いふらさない方がいい。まずもって見た目が似てなさ過ぎて誰も信じないぞ」

「癖って、そんなたいそうな物じゃなくて、単純にお金払って墨子召し上げただけですよ」

「大丈夫。大丈夫。だれも意外とも思ってないぜ。むしろ仲良さそうで安心した。はじめ聞いたときは本当に金で召し上げただけの関係かもなとおもってたから。見てびっくりだ。お前らめちゃくちゃ仲良しじゃないか。あんなエッチな女の子に毎日しぼられてるのか。うらやましい」

「妹ですって」

「いい趣味してるぜ」


 【舞踏戦士】の兄貴は大きくため息をついた。


「まぁ何でもいいさ。だからそんな表情するのはやめろ。今日はお祝いだろ」


 兄貴の言葉に触発されて頭上にうかぶ浮遊街を見つめる。

 今頃、冒険者ギルドではアンヘルのS級冒険者昇格のパーティーが行われているだろう。招待されていなくて悲しいとかそういう話ではない。ちゃんと招待はされたし、そのうえで引っ越しがあるからと断った。


 だが多分引っ越しがなくてもいかなかっただろう。

 皆に囲まれてほめそやされるアンヘルを想像するだけで酷く胸がもやもやした。

 


「劣等感、嫉妬、それと諦念。今のお前からはそういう音がする」

「兄貴?」

「〈聴覚強化〉の応用だ。心音から精神を予想するちょっとした宴会芸だが、ナイ坊にも今度教えてやる。それより話してみろよ。セーフハウス貸してやった賃金だ。面白い話聞かせろ」


 兄貴がパチンと指をならすと周囲一帯からキーンという音がして次第に無音となった。浮浪者たちはすぐそこでぱくぱくと炊き出しを食べているのに、まるで俺と兄貴だけ隔離されたような不思議な気分。


「〈超高音化〉俺たちの声は聞こえない」

「変なスキル持ってますね」

「ナイ坊にだけは言われたくない。さぁ話してみな」


 まぁ兄貴ならいいか。

 どうせ【槍聖】でないことは最初からバレてる。


「兄貴は別の役職になりたいと思ったことはありますか?」

「もし、違う役職だったらか……そんなもん誰しも考えることだろうよ」

「昔、俺はこれになるんだって役職があったんです。親からも周りの皆んなからもそれを期待されて育ちました」

「【槍聖】か?」

「そうです」


 肯定すると兄貴はわかっていたとばかりに頷いた。


「才能は多分あったんです。単純な戦闘技量だけでは俺より強いやつは見たことないです。同世代に負けることはないでしょう、あー、1人を除けばないです」

「それも【槍聖】か?」

「はい……まぁそうです。で【槍聖】とは半年前は同じくらいだったんです。確かにバフじゃ勝てなかったけど技量でカバーできる程度の差しかなかった」


 兄貴が呆れたように首を振る。


「でも今となってはその技量すらあやしいでしょう。俺には【槍聖】のような高ステータスの使い方はわからない。同じように命懸けの日々を送って、同じように日々を過ごしてるはずなのに。いつのまにか差が開いてるんです。レベルも20以上差があり、たとえ仮にレベルが同じだったとしてもステータスバフの差は顕著になってる。俺の唯一の強みだった〈隠匿〉すらもう追いつけるほどの力はない。むこうも隠匿竜装備を手に入れてしまったから」


 贅沢な悩みだと思うが、アンヘルと同じ【槍聖】として並び称されるようになって気がついた。いつも仲間達、特に女の子に囲まれているアンヘルと比べて俺の周りには誰もいない。

 有名になっても誰からも賞賛を受けることもなく、ただ恐れられて道を開けられる日々だった。


 開拓村にいた頃の父のように人々に頼られるアンヘルを見て少し羨ましく感じていた。



「まぁ英雄の【槍聖】は強いと思うぜ。知らないけどな。S級冒険者だし。だが、逆にナイ坊はナイ坊の強さを勘違いしてそうだけどな」

「俺の強さですか?」

「じぁ、聞くがお前の強みは何だ?」


 強さ?


「〈隠匿〉」

「そういう話じゃない。もっと精神的なものだ。簡単にいうとお前の強さはその不気味さそのものなんだよ」

「不気味?」

「確かに〈隠匿〉はやばい。それはわかる。だがそれはナイ坊の不気味さの一部に過ぎない。強いわけなさそうなステータス値、頭がおかしいほど実践的て暴力的な体術、消去法で最善を選んだみたいな槍スキルと理解不能な特殊なスキルの数々。しかも複数実績持ち」


 兄貴はどうだ?合ってるだろとでもいうようににこりと笑った。


「一番不気味なのがその頭んなかだ。何考えてるか全く想像もつかない」

「割とわかりやすいと思いますけど」


「ないな。話してても怖い。口調だけでもそうだ。自覚あるか? ナイ坊はいつも唐突だ。おとなしくしているかとおもったら急に煽るし、昨日はため口だった相手に今日は満点の敬意を示す。今は敬語の時間だな。異常なくらいの気分屋。俺の想像の何手も先を考えられる頭を持っている癖に気分次第で何も考えてないときもある。まるで意味が分からない。【槍聖】ナイクという奴が何人もいるような気分だぜ」



 俺が複数?


『大当たり』

『大正解』

『彼、察しいいな』


「割とわかりやすいかと」


「? ともかく俺の知ってる強い奴ってのは二パターンだ。一つは誰がどう見ても強いし、強くなることは確定してるみたいな奴。そういう奴は誰からも好かれるし、重宝される。リーダーとかエースとか、チャンピオンとかいわれてな。そういう強い奴の周りに人は集まる。味方にすればめちゃくちゃ頼もしいぜ。でも敵に回した時に一番厄介なのは、もう一つの方だ」


「もう一つ?」


「もう片方は意味がわからない奴だ。ナイ坊にも経験ないか? 聞いたこともない弱そうなスキルなのに気持ち悪いくらいつよいことが」


 〈今日のラッキーアイテム占い〉がふと頭をよぎった。


 初めて聞いた時はおもわず失笑しそうになったのに、大規模クエストが終わった時には強すぎるとしか思わなくなっていた。【隠匿龍】にトドメを刺したアンヘルも、足止めをした他のSランクも全てを差し置いて誰もが認める隠匿龍討伐における功労一位【天気占い師】。


「意味不明なやつは味方にしても別に嬉しくない。何ができるかいまいちわからないしな。でも敵にしたら最悪だ。何をしてくるかわからない。予想外の伏兵、予想外のスキル、予想外のステータス。戦いにおいて致命的な敗北ってのは大概そういう予想外から始まるもんだ。相手が強いとわかっていれば誰でも十ニ分に準備する。それでも無理そうならそもそも戦わない。金や、物品で解決するのは戦いの場ならよくある話だろ。戦わず勝つというのは勝つ側からすれば最善だが、負ける側からすれば最悪ではない。勝てるかもと戦って、敗北し、死ぬのが最悪だ」


 兄貴がくるりと指を回す。〈超高音化〉だったか。

 おかげで今は死霊たちの声も〈超高音化〉してて聞こえなくなっている。

 兄貴がこんなスキル持っているなんて知らなかったし、これで音を消されたら対処できないかもしれない。


「意味不明な強さは敵の最悪を引き起こす。ナイ坊はそういう意味不明の塊なんだよ。俺ですら何してくるかわからないのに初見のやつがナイ坊がどう動くかわかるわけない。俺はナイ坊のことを強い、すごい、頼りになる、とはそんなに思ってないけど、心の奥底から、危険、怖い、敵にしたくないと思ってるぜ」


「怖い、ってのはよく言われます」


「だろ? ナイ坊がはじめてこの地区に来た日のことを覚えてるか? あの日は俺たちは大騒ぎだったんだぜ。化け物みたいな奴が縄張りでゴミを漁ってるときいて、公園で一番強い奴らを連れて見に行って見たら、浮浪者の中の最底辺ですら食べないような肉をうまそうに食ってる気のいい餓鬼がいたんだ。そいつはそのまま【傀儡術師】に連れて行かれて、ボコボコにされて出てきやがった。結果、俺たちはナイ坊という未知数の化け物の復讐が怖すぎて場所を明け渡すことになった。ただの乱暴者なら衛兵に引き渡すし、ただの雑魚ならたたき出すだけ。だが俺たちは何もできなかった。何をするか微塵もわからないナイ坊の強さが作った成果だ」


「いや、路地の人は復讐対象にはならんでしょ」


「ナイ坊みたいな強い奴は知らないだろうが、復讐ってのは復讐できる相手にしかしないものだぜ。結局あんなもんはただの憂さ晴らし、俺たちはそういうのには敏感だからな」


「兄貴の方がはるかにレベルが高かったですよ」

「でも殺せたろ? あの時点で俺のこと」

「まぁ」


 〈隠匿〉で夜のうちに毒を盛る。そのまま朝まで放置すれば何もさせずに殺せはする。兄貴だけでなく〈ヒール〉や〈解毒〉を持たない大概の相手に通用する殺し方だ。どんな強い奴にも殺し方は必ずある。メルスバル卿がそうであったように。


「羨ましいぜ。俺にはな。いまとなってはもうどうだっていいけど、あの時俺がナイ坊みたいに強ければ。あいつも死なずに済んだのに。忘れるな。ナイ坊が【槍聖】に劣等感を感じている以上に、多くの人間がナイ坊に劣等感を感じてるぜ。もしかしたら【槍聖】だってそうかもしれないぞ?」


 パチンと音がして〈超高音化〉が解除される。


「まっしらねぇけどな。てか面白そうだから、話付き合ったけど、お前の劣等感は多分劣等感じゃないぞ」


「そうなんですか?」


「おうよ。よーく聞こえた。正直好きな子取られそうで焦ってるガキだな。くっそわかりやすいぜ。誰だ? 冒険者メンバーか? まぁ分かりやすく強いやつはモテるからなぁ。逆にナイ坊は怖がられてると。いつもそんな感じなら年相応で可愛いんだけどな。それにしてもあんな可愛い嫁がいて、他の女のこと考えてるとか……若いっていいなぁ」

「兄貴……いろいろ勘違いしてますよ。まず泥濘が好きなのは俺じゃない。俺の役職なんです」

「【槍聖】……じゃないほうか」



 いつか捨てるつもりの【死霊術師】

 俺は泥濘が俺に期待しているような人間にはならない。落城の【死霊術師】のように人々を殺してまわることもしないし、世界のコトワリを壊すようなこともしない。あくまで目指すのは転職。


 それまでの関係。一生一緒にいるわけじゃない。

 だからお互いを思い合う兄妹だ。いつか分かれるその日まで、いや別れた後も最愛の家族だ。


 だが俺の思いとは裏腹に【舞踏戦士】アテオア兄貴はキョトンとした。



「それ泥濘ちゃんは本当のナイ坊が好きってことだろ、何言ってるんだ?」



2章終了時点のステータス




ナイク【死霊術師】Lv.48


 所持スキルツリー  未割り振り0

 ⭐︎落城のネクロマンス 0

 •初級槍術  30(完成)

 •冒涜の災歌 18



 パッシブスキル

 〈死霊の囁き〉〈蝕魂〉

 〈槍装備時ATK上昇2〉〈残心〉〈常在槍術〉

 〈聴覚強化〉〈歌唱力強化〉〈メトロノーム〉

 〈隠匿〉〈捕食強化〉


 アクティブスキル

 〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈刺突波〉〈棒高跳び〉

 〈冒涜の災歌 第一節、第二節〉

 〈絆の縁〉


 実績

 《神意の隠匿》《悪食》



・取得新スキル一覧

〈蝕魂〉

簡易解説:死霊や魂に触れることができる死霊術師の基本技能の一つ。


〈絆の縁〉

簡易解説:約束を取り交わすことでお互いの魂に誓約とやぶったときの罰則を与えることができる。発動には両者の心からの同意が必要。


〈常在槍術〉

簡易解説:効果は著しく減算するが槍向けのスキルを他のものへ応用できるようになるスキル。また槍装備時のみ効果のあるパッシブスキルが常に有効となる。


〈メトロノーム〉

簡易解説:正確な時間感覚を得る。



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