第64話 なんて汚い男
「なんでひとりでいったの?」
「結果的に問題なかったからいいだろ」
「全然よくない」
ラクリエ庭園で衛兵隊たちの現場検証が行われる中、フリカリルトに詰められる。俺は様々なスキルで全身を雁字搦めにされ、身動き一つとれないままフリカリルトの詰問に答え続けていた。周囲にはたくさんの衛兵や冒険者ギルド職員たち。まだ明け方であるにも関わらず、どこからこんなに出てきたのだというほどの人数が集まって現場から証拠を集めている。
メルスバル卿を殺害した俺は、その後、衛兵隊【追跡者】に連絡をとった。そして現場に急行した衛兵隊とフリカリルト他冒険者ギルド職員によって事実検証が行われ、俺の証言通り庭園のいたるところから遺体が発見された。
今、俺はメルスバル卿暗殺の容疑者として拘束されているが、事実検証が終了し、彼が【死霊魔術師】であることが確認出来たら解放されるはずである。
「わかりますか? 死んでしまう可能性もあったのですよ? それにもしあなたが死んでいたら本件はそのまま未解決になるかもしれない。普通はせめてどこにいくかは言ってください」
フリカリルトは今回の俺の行動にだいぶお怒りのようで拘束されている間中ずっとこんな感じで叱られている。
どうしようか。これ。
実は解決は二の次で泥濘の解呪と転職方法の情報を得ることを優先したなんて言えない。
なんならメルスバル卿の回答次第では手を組む可能性すらあったなんていったらどうなることやら。
「聞いてますか?! 返事!」
そんな感じでフリカリルトにしぼられていると、ツルツル頭のギルド職員の大男【重拳士】が入ってきた。
「お嬢。それに【槍聖】。今、衛兵隊の方でメルスバル卿が【死霊魔術師】の親玉であることが確認された。お前の拘束は終了だ」
【重拳士】がフリカリルトをつまみあげて俺から引きはがす。巨大な大男に持ち上げられて小柄なフリカリルトは手足をブラブラとさせた。
「ドロアー。離しなさい。この男には報連相の重要性をわからせないといけません!!」
「お嬢。その辺にしておけ。こいつはこれでいい」
「え? いいわけありません! ちょっと……なにをするのです。ドロアァァァァ」
【重拳士】がフリカリルトをぽーんと投げ飛ばした。フリカリルトが小石のように飛んでいく。
「アンタこんなことしていいのかよ」
「さぁな。だがよくやった。今度はちゃんと殺し切ったな。お前はそれでいい」
【重拳士】が一瞬で俺の拘束を素手で引きちぎり、そのままスッと手を出した。握手を求められた気がして手を差し出すと握りつぶされた。
「お……おぅ」
「相変わらず軟弱な【槍聖】だ。まぁいい。ようこそ。マルチウェイスターの街へ。お前を歓迎する。俺は【重拳士】ドロアー。ギルド受付兼浮遊街守護をやっている。今後もよろしくだ」
大男の言葉に固まる。
「ふ、浮遊街守護……ってまさか、マルチウェイスター最強レベル124の」
「なんだ? 知らなかったのか? S級冒険者、マルチウェイスター最強【重拳士】ドロアーとは俺のことよ。結構有名なつもりなんだがな。こんなこと常識だぞ。常識」
「……知らなかった。誰も教えてくれないから……」
「あれだな。お前もうちょっと友達つくったほうがいいぞ。お嬢はちょっとずれてるからな」
「知ってるよ」
フリカリルトが変わった奴なのは理解してる。
そうじゃなきゃ【死霊術師】なんて見つけた瞬間、教会に通報ものだ。
「そうじゃなきゃお前とは関わらないか」
「一言多いぜ。オッサン」
「そう。それでいい」
【重拳士】に頭を小突かれて地面にめりこむ。レベル48まで上がったというのにまだ子供扱いだ。
ともかくこれで【死霊魔術師】討伐完了だ。すべて丸く終わった。
なにか違和感を感じたが、それがなにかは全く思い出せなかった。
その後、俺は衛兵隊たちの検証につきあってラクリエ庭園をまわった。囁きにしたがって遺体をみつけ、死霊たちを解放していく。遺体の隠し場所はいたるところにあったがメルスバル卿に案内された噴水の下が本拠地だったようだ。
流石に夜から動きっぱなしでつかれた俺は衛兵隊から離れて庭園の隅のベンチで休もうとすると意外な先客がいた。
フリカリルトが庭園の隅で花をみていた。さっきまで俺にくどくどと叱りまくっていたから今頃、衛兵隊と一緒に【死霊魔術師】の研究資料を読み漁っているのだと思ったが、今はしょぼんとしてメルスバル卿が妻が好きだったといっていた花を寂しそうにながめている。
フリカリルトは俺に気が付くとその花を手折ることなく元に戻した。
「さっきドロアーに叱られました。あなたに報連相と言う前に私が気が付かないといけなかった。ごめんなさい。不甲斐なくて。今回私は何も……何もできなかった。気が付かないうちにはじまっていて、気が付いたら全部終わってた」
フリカリルトのツタがしゅるしゅると伸びて俺の革鎧の袖をつかむ。そこはずっと【跳躍者】の家になっていたが、もうだれもいなかった。
「私の知っているメルスバル卿は優しい人でした。妻を愛し、子を愛し、民を愛した。人として尊敬していました。今回の事件の犯人は全員不幸なひとばかり……メルスバル卿もマルウェア君も、【回復術師】も【重力使い】も。私はどうすればよかったんだろ」
「どうすれば? 知らないな。所詮は犯罪者だ。メルスバル卿自身もいってたぞ。ここに不幸な人はいない。いるのは幸福を失ったときに、もう一度手に入れようとして努力する方向を間違った悪人だけだってな。それは不幸ではない。むしろ自ら幸福を放棄した愚か者だとよ」
フリカリルトが少し驚いたように目を丸くしてこちらをジッとみた。
「メルスバル卿がそんなことを? そう、でも確かに彼らしい。ナイク。怒らず聞いてください。私はどうせ……どうせメルスバル卿が当主になると思っていました。他の当主候補たちも同じことを思っていたと思います。私たちは賢くて、順当にいけばどうなるかなんてすぐ予想できてしまうので。私の役目は街の勢力が教会側に傾きすぎないようにすること。最低限の存在感を維持して、彼の下で働こうと……それでもいいと思うくらい彼は優しく、賢く、そして強かった」
「フリカリルト。メルスバル卿は死んだ。俺が殺した。冒険者がクエストとして【死霊魔術師】メルスバル・マルチウェイスターを殺した。あいつはフリカリルトを褒めていたぞ。当主の器だとな。意外と清濁併せもっている。ただのお花畑在住のおこちゃまじゃなかったってな」
「お、おこちゃま!? 本当にメルスバル卿がそんなこといったのですか?」
「た、多分」
フリカリルトがジッと俺の目を見つめる。「もしかして私のことおこちゃまだとおもっている?」そういわれている気がした。
「まぁ俺もメルスバル卿と同じ考えだ。フリカリルトがそうだから俺はこの街にいられてる」
「私は普通です。ナイク。私は普通の貴族です。何も特別じゃないただの当主候補。確かに母は幼いころに暗殺されて失いましたが、生まれは裕福だし、頭もいいです。優しい人たちに育ててもらいました。今までの人生で苦労したことはありません。ナイクはどうですか?」
「苦労? 自慢じゃないが苦労した数ならだれにも負けない。全部死にかけたが生きてる。自分でも悪運の良さだけは自信があるぜ」
フリカリルトは何かを決心したように目をつぶった。そしていつもの綺麗な瞳で俺を見つめる。
「私にはあなたが必要です。私はまっとうな道、正解しかしらない。ですが世界は正解だけではできてない。人は間違えます。政治によって犯罪者を少なくすることはできても、悪人は決して消えないし、犯罪役職は生まれる」
俺の手をとる。袖にからんでいたツタがきゅるきゅると手に巻き付いた。
「だからナイク。お願い。私の足りない悪意を補って。史上最悪のポテンシャルを持ちながらあなたはいつもギリギリ耐えている。すごい。本気ですごいと思う。犯罪者にはこんなお願いしない。きっと誰よりも辛いのにギリギリで踏みとどまってる、そんなあなたが、私には必要です」
「悪意?!……まぁ転職するまでなら付き合うよ」
「これからもよろしく。私はあなたの味方。もしもあなたが耐えられなくなって悪に堕ちそうになったら私が止めます」
「こう見えても結構強いんですよ」とくねくねと動くツタとともにフリカリルトがひゅんひゅんと空にパンチした。
あまり強そうには見えないが【錬金術師】の強さは身に染みている。
「それよりさっきの答えきいてないんだけど。なんでひとりでいったの? どう考えても私に言うべきだよね」
「いや、まぁひとりというか」
「ナイク!」
泥濘がすっとフリカリルトと俺の間に滑り込んで俺に抱きついた。フリカリルトの手を引きはがして俺の腕を自分の胸に押し当てる。
「泥濘さん! よかった。無事だったのですね!」
無邪気に喜ぶフリカリルトを泥濘がジトっと睨んだ。フリカリルトは自分がなぜ睨まれているのか分からずキョトンとした。
「お兄様は一人じゃなく、私と行ったのです。私と」
「お、おにいさま?」
フリカリルトが意味が分からないという顔で俺をジッと見る。
安心してくれ。そんな目をしなくても俺もよく分かってない。
「ナイク。ありがとう。私のために命をかけてくれて。お兄様。ありがとう。私と一緒に戦ってくれて。疲れたでしょ? お兄ちゃんのことは私が帰ったらねぎらってあげる。これは妹の仕事です」
泥濘は目を真っ赤に発色させて敵意むき出しでフリカリルトを睨んだ。珍しくフリカリルトがどうしていいのか分からずあわあわと慌てているのは面白かったが一つ言わないといけないことがあった。
「帰ったら? 泥濘にっていっても、そもそも家ないぞ。俺は公園浮浪者だ」
「え、きたな」
泥濘は今度はゴミでも見るような目で俺を見た。
「【槍聖】ナイク。今回のクエストの報酬で家を借りなさい。これは命令です」
泥濘の横でフリカリルトもゴミでも見るような目で俺をジッと見ていた。
二人の目は「なんて汚い」と言っているように見えた。
俺、そんなに汚い?
『きちゃない』
『ばっちい』
『きちゃない男!』
返事をするように俺の中で死霊たちが騒いだ。
あとがき設定資料集
【百面相】
※HP 2 MP 3 ATK 5 DEF 5 SPD 10 MG 5
〜百面相って、なんだっけ?〜
簡易解説:アサシン系統の役職。教会の定める六禁役職。




