第61話 瀰漫した悪意は決死の正義にはかなわない
【死霊魔術師】が何度も連続して〈跳躍〉する。
気がつけば光刃が腹をつきやぶって生えていた。
即座に体を捻って引き抜いてさっき盗んでいたスクロールを発動する。
「スクロール〈ヒール〉」
傷口と傷口を張り付けて元に戻す。この戦いのためにせっかく一つかすめ取ったというのにいきなり使うことになるとは。
「手
癖
が
悪
い」
連続で何回も〈跳躍〉して瞬間移動する【死霊魔術師】。おそらく彼は【跳躍者】の役職と合体しているのだろう。スクロールで移動しているにしてはあまりに滑らかな発動だ。
とりあえず〈隠匿……
彼の視線から逃げようと〈隠匿〉を深めた瞬間にまばゆい光が走り〈スキルブレイク〉で〈隠匿〉がかき消えた。
「流
石
に
隠
匿
は
通
さ
な
い」
「僕らどうするの!」「しれいじゅつし!」
「どうしよ!」「あっちこっち目が回るー」「目ないよ」
「でも回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」「回る」
【死霊魔術師】の素早さについていけず死霊たちがあたふたしている。
「うるさい。待ってろ」
「待
つ
?
見
込
み
が
甘
い」
地下のそれほど広くない研究室内に大量の手が生えた。指先がこちらを向く。
四方八方から〈炎弾〉が飛び出した。
閉所で炎!
何を?!
「ス
ク
ロ
ー
ル
〈エ
ア
バ
リ
ア〉」
スクロールが発動した瞬間、周囲のすべての炎が爆ぜた。
爆風に吹き飛ばされて壁に打ち付けられる。
燃え盛る大量の炎と、息苦しさに一瞬意識が遠のく。
口をおさえて火煙を吸い込まないように身をかがめる。
どうやって脱出するか考えたその時、目の前に爆風で吹き飛ばされ燃え盛る死体が転がってきた。
焼けた肉が、転がってきた。
〈捕食強化〉死肉
上昇した身体能力で全力疾走し、地下の研究室からぬけ出す。
燃える死体たちの連なる廊下を駆け抜け、噴水から外へ飛び出た。
「当
然
出 出
ま ま
す
ね ね」
出た先に待ち受けていた【死霊魔術師】から交差するように光刃が飛ぶ。
連続の瞬間移動でまるで取り囲むように同時にせまりくる光の刃。
口の中に隠した肉片をくらった。
さっきの適当な死体ではなく。本命の肉。
【死霊魔術師】討伐のために準備した必殺の肉片。
〈捕食強化〉【槍聖】72レベル
異常なほど跳ね上がった身体能力で空気を蹴って、空中を走る。なりたいと憧れていた役職であるだけあって【槍聖】の強化値はよく馴染んだ。
飛ぶように空を駆けて光刃を避け【死霊魔術師】に触れる。
【死霊魔術師】が消える直前に指先がふれた。
〈死霊の囁き〉
〈捕食強化〉が切れて地面に激突する。
受け身も取れない圧倒的な速度で転がりながらも【死霊魔術師】に〈死霊の囁き〉がかかったことを実感した。
「お前ら追え!」
「いっけー」「いっけー」「殺す」「天誅」「滅す」
「滅す」「滅す」「滅す」「滅す」「滅す」「滅す」「滅す」「滅す」
死霊たちが【死霊魔術師】を追う。夥しい数の死霊の塊が【死霊魔術師】に押し寄せた。
「こ
れ
か。
な
ん
と
禍
々
し
い」
「可愛いだろ!?」
【死霊魔術師】のような犯罪者には〈死霊の囁き〉は間違いなく強力な精神攻撃スキルだ。恨みをもった相手前に被害者が手加減するわけがない。
が、かけることには成功したが、瞬間移動する【死霊魔術師】はいくら何でも速すぎた。
【死霊魔術師】を追って死霊たちはあっちにこっちに移動するだけで一切追いつける気がしなかった。
「馬
鹿
な
の
は
認
め
ま
す」
真後ろに現れた【死霊魔術師】が光刃を振りかざす。
反射的にアンヘルから齧りとったもう一つの肉片を喰らう。
〈捕食強化……
発動しない!? まさか〈スキルブレイク〉? いつのまに?
「馬鹿で間抜けは君もです」
光刃が振り下ろされる……
その前に隠れていた死霊たちが俺の体から飛び出した。
「かかった!」「バカじゃないもん」
「バカっていうほうがバカ」「バカスバル!」
【死霊魔術師】の体に死霊たちが飛び込む。
メルスバルの目が焦点を失いぐらりと歪んで、そのまま姿を消した。
「はにょ?」「どっかいった」
「ずる」「ズルスバル」
地面から無数のゴーレムが生える。それらは乱射するようにスキルを打ちまくり、俺は急いで物陰に隠れるしかなかった。
「あ、いた」「上!」
「遠!」「まてー」
【死霊魔術師】をみつけたのか死霊たちが上空に向かって飛んでいく。空を見上げると、朝日に照らされた【死霊魔術師】がこちらを睨んでいた。
「この程度が
奥の手か?
【死霊術師】!」
たかが幻覚
たかが記憶
そんなものでは
私は倒せない」
効いてる……が、確かに言う通り精神攻撃では殺せない。
こんな相手に槍を当てられる気がしないが、
もはや命乞いの余地はない。
当てられないなら当てられるようにするしかない。
「列にならべ、三次元に均等間隔。そのまま合図で広がれ」
「さんじげん?」「きんとうかんかく!?」
「つまり?」「かたまり!」
「おててつないで」「がっちゃんこ」
死霊たちは俺を中心に巨大な球をつくった。空間をまばらに埋め尽くすようにずらりと死霊たちが並ぶ。これでどこに瞬間移動しても死霊にぶつかる。
「次の〈跳躍〉を合図に広がれ」
「「「「はーい」」」」
当たった瞬間に〈槍投げ〉をぶちこんでやる。
俺たちの様子を見た【死霊魔術師】ははるか空中でとまった。
死霊も槍も届かない上空で瞬間移動をやめて浮かぶ。
そして呆れたように首を横に振った。
「いい手です。この状況では最善かもしれない。ただ少し受け身ですね」
〈聴覚強化〉をもつ俺が聞こえているのは理解しているのだろう。
【死霊魔術師】はニコリと微笑んだ。
「たしかに君は強い。そして賢く、卑劣で、危険だ」
「あ?」
【死霊魔術師】は両手をかかげて天を仰ぎ見た。朝日につつまれてメルスバル卿の横顔が輝く。どうしようもない犯罪者であるのにひどく神々しくみえた。
「ですが足りないです。何が何でも勝つという意気込みが足りない。息をするように人を騙し殺せても、君にとって殺意は日常以上にはなれない。瀰漫した悪意は決死の正義には勝てない」
「びま……? 今から自分が負ける言い訳か?」
「小気味の言い返しです。嫌いじゃない
〈スキルブレイク〉:〈捕食強化〉」
庭園中にぱぁっと光が走った。
「必死とはこういうことです。【死霊術師】のような天才には理解できないかもしれませんが。私たちのような無様な凡人はこうやって戦うんです。
〈スキルブレイク〉:〈死霊の囁き〉」
一つ目の光の後を追うように、二つ目の光が走る。
「え?!」「えぇぇぇ」
「ずるだ!」「ずる……」
『お歌!〈冒涜の……』
俺が〈スキルブレイク〉に触れた瞬間にすべての死霊たちがかき消えた。正確には消えたのではなく見えなくなっただが、さっきまで球体上に広がっていた影すら誰一人みえなくなった。
「〈スキルブレイク〉:〈冒涜の災歌 第一節〉
〈スキルブレイク〉:〈冒涜の災歌 第二節〉
〈スキルブレイク〉:〈隠匿〉
〈スキルブレイク〉:〈槍投げ〉
〈スキルブレイク〉:〈刺突波〉
〈スキルブレイク〉:〈棒高跳び〉
〈スキルブレイク〉:〈叩きつけ〉
〈スキルブレイク〉:〈槍装備時ATK強化〉
〈スキルブレイク〉:〈残心〉
〈スキルブレイク〉:〈歌唱力強化〉
〈スキルブレイク〉:〈聴覚強化〉」
連続で幾重もの光が走り、
俺はすべてのスキルがつかえなくなった。
あとがき設定資料集
役職4大系統:アサシン系統
基礎役職 :【暗殺者】
勇者の影 :【忍者】
六禁役職 :【百面相】
定義は『マナを変換することを得意とする役職』
ステータスの傾向としてSPDが高い。魔術系統と戦士系統の間に位置するような系統であり、肉体の中でマナを変換することを得意とする。
変換という特徴上、変換するマナの性質に応じた特殊な技能を持つことが多く、何をしてくるかもっとも分かりにくい系統。そのため対人や知性の高い魔物との戦いでは高い活躍を見込める。
アサシン系統は全人口の約10%とされ、4大系統のなかでは一番人数がすくない。
役職4大系統:特殊系統
基礎役職 : なし
勇者 :【勇者】
六禁役職 : なし
定義は『他系統の定義に当てはまらない役職』
全人口の約1%とされ貴重。強力な役職が多い。




