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第06話 どんな捻くれ者も炊き出しには並ぶ

 

 【傀儡術師】たちにボコボコにされた傷が癒えてきたころ、俺が住みついた中心街の裏路地に一編のニュースが舞い込んできた。


「ナイクの坊や、聞いたか?大規模クエストがあるらしい」


 この辺りの浮浪者のまとめ役の兄貴は嬉しそうにそういった。彼は以前声をかけてきた三人組の一人、【舞闘戦士】アオテア。まだ年若い二十歳そこそこの色黒の青年だ。


 あの晩、ボコボコのまま寝床を探してふらついていた俺に浮浪者三人組が声をかけてくれた。

 聞くところによると自分たちと話した直後に【傀儡術師】達に連れて行かれたのを見ていたらしく、見て見ぬふりしてしまった罪滅ぼしとして、何も聞かずにここに置いてくれることとなった。


 ありがたい話だ。

 

 雨風のしのげる公園の隅の水場からほど近い場所を開けてくれたお陰で開拓団を出てからほとんどやってなかった水浴びすらできる。



 お世話になっている浮浪者の兄貴がいうには近々大規模クエストが始まるらしい。


 大規模クエストというものがどういうもの何なのかはわからないが、クエストというからには冒険者関連だろう。訳あって冒険者になれない俺には関係なさそうな話題である。


「兄貴も参加するんですか?」

「いやぁ、俺は今回はパスだな。魔物と戦いたくねぇし」


 彼はそう言って残念そうに首を振った。

 兄貴はかつては冒険者をやったいたらしいが、仲間が死んだのをきっかけに魔物と戦えなくなってしまったらしい。


 確かに、彼の周りには死霊がいて、彼いやたぶん彼女から「救ってあげて」という囁きが聞こえていた。【祭司】についていたような真っ黒な影とは逆の真っ白なモヤのような死霊。確証はないが、その死んだ仲間とやらが守護霊として憑いているということなのだろう。


 守護霊がついている人はちょくちょくいるが、ここまではっきりと声が聞こえる霊は珍しかった。



「そもそも大規模クエストってなんなんですか?」


「おいおい、そこからかよ。ナイク坊はどんな田舎からやってきたんだ。大規模クエストってのはギルドが直接人を集めてやるクエストのことだ。例えば新しく見つかったダンジョンの内情調査だったり、大規模な開墾だったりと内容はその時々だが、他のクエストと違って飯がついてくる」


「飯!」


 ここのとこ悪食が過ぎてまともな飯を食べた記憶がない。故郷にいたころの暖かいスープとパンのような食事を思い出して思わず声が弾んでしまった。


「そう、飯だ。しかもクエストが終わるまで続くから結構な日数食いっぱぐれることがない。しかも金も貰える」

「それはヤバいっすね。お得」

「代わりに結構キツいんだがな。特に今回は放置されたダンジョンの捜索みたいで魔物もウヨウヨいるらしい。高ランクの魔物と戦えとは言われないだろうが、どこから出てくるからわからねぇ魔物の相手をさせられるんだ。俺らはいわば探索用の肉壁ってやつよ」


 ダンジョン捜索か。それは確かにキツそうだ。


 ダンジョンは簡単に言うと魔物の巣のことである。


 核と呼ばれる魔物がいて、それを中心に魔物が湧き出て、ダンジョンとなる。ダンジョンそのものが一つの生き物のようなもので、大地のマナや、侵入してくる人を食い、その栄養で、細胞としての魔物を次々と生み出し続けている。


 放置されたダンジョンなど何がいるかわからない。兄貴が怖がるのも無理はなかった。

 魔物は危険だし、ダンジョンで簡単に人が死ぬ。


「あ、でも俺事情があって冒険者登録できないんすよ」


 どうしようもない問題に、ため息が出た。だが兄貴は否定するように首を振った。


「冒険者登録できない?よく知らんが、それは大丈夫だぞ。行ってみたらわかるぜ!」


 兄貴は念を押すようにグッと拳を握った。

 どういうことか尋ねてみたが、ちゃんと冒険者登録をしている兄貴はイマイチよく知らないらしく、ただただ大丈夫と念を押すだけだった。



 まぁ行ってみるか。



 兄貴に大規模クエストの受付会場の場所を聞き、その足で冒険者ギルドに向かった。俺の住む中心街の公園からも見える上空に浮かぶ巨大な建造物。蜘蛛の糸のように街全体に通路を伸ばした冒険者ギルドの異様な姿は錬金都市マルチウェイスターの錬金都市たるを象徴しているようも思えた。


 あの通路は街のどこからでも冒険者ギルドにアクセスできるようにという街側からの配慮のために設計されたものらしいが、通路に乗った瞬間に体が上空にふっ飛ばされて、気が付けば冒険者ギルドにたどり着いているというのは正直ちょっと不気味だった。


 そもそもどうやって浮いてるんだよ、とつっこみたくなる気持ちを落ち着けて、近くの通路から飛ぶ。


 たどり着いた冒険者ギルドの集会所の大規模クエスト受付はたくさんの冒険者で溢れかえっていた。皆、いい鎧や装備を身につけていて強そうだ。きっとレベルも高いのだろう。


 受付を案内する声に沿って、人だかりのなかをフラフラと流れていった。


「おい、どけよ。ここはお前みたいな浮浪者が来るとこじゃねぇんだよ」


 新規参加者受付であろう列に並んでいると目の前に金髪の青年が立ちふさがった。年は同じくらいだが、ピカピカの金属製の鎧と槍を身に纏い、冒険者としての貫禄がある。こちとらボロ切れを纏ってるのだ、その差は歴然だった。


「俺が先に並んでましたよ?」


 浮浪者であることは否定しないが、それを理由に抜かそうとするなんて釈然としない。


「あ?浮浪者の分際で…」

「ちょっと、アンヘル!不良みたいなことはやめて」


 青い髪のこれまた同い年くらいの可愛らしい女の子が俺たちの間に飛び込んできた。二人はとやかく何か話した後、彼は最後に一回舌打ちをして黙って後ろに並んだ。


 彼は並んでいる間、ずっと不満そうにしていたが、青髪の子に腕を掴まれてしょうがなくおとなしくしているようだった。


 彼が何が不満なのか全くわからない。俺からすれば、同世代の女の子と仲良くしているだけでも羨ましい限りだ。もし彼の立場になれるなら目の前の浮浪者なんてそっちのけで青髪の可愛い子とイチャイチャしたい。


 そんなことを考えているうちに列は進み、自分の番がやってきた。


「次の方、では冒険者カードをお見せください」


 冒険者カード?なんだそれ


 受付のお姉さんも、ニコリと笑った顔のまま固まっている。俺が冒険者カードを出すまで話が進みそうにない。


 兄貴?話が違う!

 冒険者登録してなくてもいけるって言ってたじゃないか。


「あの、ないんですが…」

「新規登録ということでしょうか?」


 受付のお姉さんは相変わらず笑った顔のままそう返した。ゴソゴソと机のしたから水晶のような取り出そうとしている。


 登録はまずい。

【死霊術師】だ、俺は。


「いや、そうじゃなくて。登録しないけど参加したい…的な」


 苦笑いしながら、そう返すと受付のお姉さんは笑みをやめて別の方向へ視線をやった。


「ここは冒険者登録してる方の受付でして、仮登録はあちらになります」


 受付の女性が指し示した先には確かに小汚い浮浪者の人だかりがあった。


「だから言ったろお前の来るとこじゃねぇって」


 後ろから投げかけられる先ほどの青年の言葉に、「ちげぇねぇ」冒険者達の中から嘲笑が沸き起こる。俺は恥ずかしさに顔を伏せ、ちくちくと突き刺さる針のような視線を背中に感じながら浮浪者仲間たちの人だかりの方へ向かい、そっと一番後ろに並んだ。


 今度は誰に因縁をつけられることもなく粛々と列は進んだ。


 浮浪者の列の先にはデケェオッサンが座っていた。つるっぱげの真っ黒なオッサン、その体はまさしく筋骨隆々という言葉が相応しいだろう。冒険者ギルドの職員というより、冒険者だと言われた方がしっくりきた。


「おい、ガキ!流石にテメェにはここはまだ早ぇよ」


 さっきまで浮浪者達をぽんぽんと許可していたのに俺の番になってオッサンは急にそう言ってどっか行けというように手を振った。


「お願いします」


「あ?ちゃんと参加条件を見ろ。レベル10以上だ。それ以下は流石に役にたたねぇ」

「レベル11です!」


 オッサンは俺の顔をジッと見て、苦々しげに首を振った。


「例え、そうだとしても許可できなぇなぁ。クソガキ、お前アルケミスト系だろ。前線にも出れねぇ役職のレベル11じゃすぐ死ぬんだよ」



 な、アルケミスト系?

 確かに【死霊術師】はアルケミスト系の役職だ。なぜバレた。


 まさかこのオッサンも〈鑑定〉で役職を見抜いている?

 だとしたら今すぐにでも逃げないとまずい。


 こんな高ランク冒険者達の真っ只中で【死霊術師】とバレたら、処刑台直葬だ。


「こちとら毎日毎日飽きるほど冒険者と仕事してんだ。顔見りゃ大体分かるんだよ。テメェみたいな口さきだけは得意そうなやつはアルケミスト系って決まってやがる」


 驚いた表情をしていたのか、オッサンは吐き捨てるようにそう教えてくれた。


 よかった。役職がバレたわけではなさそうだ。


「お願いします。まともな食事もできていないんです。本当にお願いします」


 思いっきり頭を下げてお願いする。まるで魔物のコカトリスのようにブンブンブンブンと振り回してお願いした。鬱陶しそうにこちら睨むオッサンがうなずくまで何度も頭を振った。


「はぁ。しょうがねぇ。レベル11ね。で、登録役職は?」


 タコ頭のオッサンはそう言って目を細めた。


 登録役職は?


 イマイチ言っている意味が分からず困惑していると周りの浮浪者達からヤジが飛んできた。


「お、にいちゃん!迷ってんのか」

「なんでもいいんだぜー」

「強そうなのいっとけ」


 周りからのヤジにハッと気がつく。

 そういうことか仮登録はレベルも役職も自己申告でいいのか。


「じぁ、【槍聖】ナイクです」


 オッサンは俺の言葉に今日一番顔を顰めた。

 周りの浮浪者の皆は逆に大喜びしている。


「きたー!」

「デカいとこ行ったなぁ」

「こいつぁ期待の新人だ」

「被せていくのいいね!」



「ウルセェ!オメエら黙れ!」


 オッサンがドンと机を叩いて大声で周りを怒鳴りつけた。集会所全体に轟き渡るような大声に、浮浪者達だけではなく、冒険者も含めて全員がシンと鎮まり返った。


「ほらよ。仮登録カードだ。効力は今日からきっかり一年だ。無くすなよ。あっちに装備の貸し出しあるから鎧と槍貰っとけ。そんなボロ切れ一枚じゃ本当に死ぬぞ」


 手渡された金属のプレートには確かに

『ナイク Lv11 【槍聖】』と書かれていた。


 俺はついに冒険者登録ができたという感動に打ち震えた。


 ギルドからしたら大規模クエストのたびに俺たちのような浮浪者全員をしっかり登録するなんて大変だから自己申告で済ませているだけなのだろうが、これは盲点だった。


 効力は一年ということは、大規模クエストが終わったあとも一年間はいろんなクエストが受けれてギルドで素材の売り買いもできるのだ。さっきバカにされたことなんて頭から吹っ飛んでしまうくらい嬉しかった。


 素材さえまともに売り買いできるなら贅沢はできなくても生肉や腐り肉を食べる必要もなくなる。


 最高の気分だ。小躍りしそうになるのを堪えながら、言われた通り、貸し出し場へ向かった。


「【槍聖】ねぇ」


 貸し出し場のおばさんが上から下に俺の体をみる。


「【槍聖】は…無いわね。あんたにはこれよ」


 手渡されたのは革の鎧と小手、棒の先に鉄球のついたいわゆるメイスだった。


「これ違いますよ」


 革の鎧と小手はわかる。というかありがたい。鉄の鎧なんて渡されたら、俺のステータスバフでは重くてまともに動けない。


「あんたに槍扱えんの?素人ならこっちの方が安全で強いわよ」

「大丈夫です。これでも槍系のスキル持ちなんです。穂先は自前のがあるので、柄さえ頂ければ」


 手渡されたのは小手と鎧を着ながらそう言い返すと、おばさんはため息をついて、奥からごっそりと柄のはいった箱を持ってきた。身長の倍以上のものから穂先をつけても手のひらサイズのナイフといってものまでたくさんある。


「好きなの選びな」


 いくつかの柄をぽんぽんと振り回して、重心が整ってそうな身長程度の柄を選んだ。穂先をつけてちょうどほど身長を超えるくらい。少し短めだが屋内でも扱えるいいサイズだ。


 木製ではあるが1番負荷の大きい接続部分と尻には鋼が使われてるし、重心も狂ってない。間違いなくちゃんと槍の使い方をわかってる人が作ったものだった。


 基本的に、槍は向かい合っての戦闘であれば、長い槍であればあるほど強く安全なのだが、長い槍は折れやすいし、取り回しもしにくい。放置ダンジョンというどういう場所かわからない所で長槍を使う気にはなれなかった。もし狭い洞窟なら何もできずに死んでしまうかもしれない。


 身長程度の長さ手槍ならそういう心配もない。扱おうと思えばギリギリ片手でも振える重さだ。

 いい槍が手に入った。ついに棒切れに穂先をくくりつける生活も卒業である。

 またしても小躍りしそうになるのを堪えて、槍にミスリルの穂先をつける。


「あんたそれ黒鋼?確かにいいの持ってるわね」


 おばさんが少し驚いたように俺のミスリルの槍を眺めていた。


 ミスリルは使用者の魔力に応じて色を変える特徴がある。魔法銀と呼ばれるのもそれが理由だ。基本的にミスリルと聞くと思いつく青い銀色は戦士系統の役職に多い色で、彼らがミスリルを装備すると淡い青を放つ。他にも例えばアルケミスト系代表の【錬金術師】とかだと血のような紅になり、賢者の石とか言われたりする優秀な素材になる。


 おそらく誰も知らないことだが【死霊術師】の色は黒炭のような輝きすらない漆黒色だ。パッと見、黒鋼によく似ているが、ちゃんと見比べれば黒鋼と違って全く光を反射してない。


 黒鋼に見えるのは非常に幸運だった。


 俺のような初級の仮冒険者がミスリルなんて持っていたら怪しくてしょうがないが黒鋼くらいならまぁちょっといいの持ってるなとしか思われない。いくら〈隠匿〉のスキルがあるとはいえ余計な悪目立ちしないのは鉄則だ。


 ただ冒険者ギルドの人間はこれが黒鋼かどうか疑問を持つくらいには違いがわかるのは驚きだった。見る人が見ればミスリルとバレてしまいそうだな。できるだけ見られないよう気をつけよう。

 穂先にボロ布を何重にも被せて安全対策の意味も込めて見えないようにする。


「あんた【槍聖】なんて名乗るからどんな自信家かと思えば選んだ柄は結構堅実だし、よくわからない奴だねぇ」


 おばさんは俺の行動を見て不思議そうに首を傾げていた。


「ああ、言い忘れてたけどあんたの選んだ革の鎧とかの代金は成功報酬から天引きだからね。クエストの途中で持ち逃げなんてしたら酷い目に遭うから気をつけなよ」


 酷い目とぼかしてはいるが取り立て屋が来るのだろうな。代金を払った程度では済まないのだろう。おそらくなんらかの方法でお釣りを払わさせられる。この程度の額では殺されはしないだろうが、見せしめということもあるし、あまり変なことはしないようにしよう。最近ボコボコにされたのでああいうのはもうゴリゴリだった。


 とりあえず飯を食おう。


 貸家のおばさんに手を振って挨拶し、俺はそのまま本日の本番、炊き出し場へ向かった。



あとがき設定資料集


【舞闘戦士】

※HP 5 MP 4 ATK 5 DEF 6 SPD 5 MG 5

〜鍔鳴りの鉄琴、鎧のドラムに掻き立てられて、私の心臓が魂のビートを刻む〜


簡易解説:戦士系統の役職。戦士でありながら音や、踊り、リズムに関するスキルを持ち、範囲攻撃にも優れる。平坦なステータスからは想像もつかないほどテクニカルな役職。



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各系統に「この系統はこんな顔してる」みたいなのはありますか? なんか、「口先だけは得意そうなやつはアルケミスト系」みたいな言葉がありましたが。
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