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第58話 お支払いは魂で



 亡霊屋敷から13日目。

 楽園崩落およびロッケン卿の自白、転移事件の翌日。


 散々笑って、そして泣き疲れて眠った泥濘を置いて部屋をでる。


 【死霊魔術師】の正体が分かった。

 だから会いに行かなければならない。

 泥濘を、妹を救うために。



 部屋の外にはもう真夜中にもかかわらず【伝道者】ニリが祈って待っていた。【雨乞い巫女】や【審問官】【拷問官】脊髄延髄、他何人かの見守っている人たちが祈り疲れて眠っている横で【伝道者】だけがいまも静かに祈り続けていた。


「いいのですか? 最期までいなくても。起きた時にあなたがいないと泥濘が寂しがりますよ」


 【伝道者】が俺の頭に何か魔術をかける。あまりの早業に反応できなかったが、されたのは攻撃でもなんでもなく、ただの回復スキル。単に頭がすっきりした気分がしただけだった。


「〈リキュア〉です。眠気は治まりましたか?」


 【伝道者】が戻るようにうながすのを拒否すると彼女は残念そうな顔で俯いた。


「アンタがそんなに泥濘のこと想ってるなんて意外だな」

「意外……そうですね。確かに私は墨子たちには嫌われています。優先順位を自由市民の皆様より下にしてますのでそれも当然でしょう。ですが……」

「あー、なんとなくわかったよ。皆救われるべきってか?」


 そう答えると【伝道者】は嬉しそうに頷いた。


「わかっていただけるんですね」

「俺はガンダルシアの辺境出身だぞ。あっちじゃ犯罪役職なんてもれなく戦奴隷。魔物の時間稼ぎ用の食いつきのいい餌だ。墨子なんて可愛いものだろ」


 【伝道者】はこちらをみて静かに涙を浮かべた。


「ご存知ですよね。そうですあれはやりすぎです。【槍聖】さん、実は女神様は六禁については語っても、犯罪役職については何も言っていないのです…………本来罰するべきは六禁だけ。犯罪役職などというものは私たち教会の傲慢。もっというと都合です」

「その考え方の割に嫌われてるな。泥濘もアンタのことは大嫌いだぜ」

「【槍聖】さん。それが都合です。人には憎むべき悪が必要なのです」


 ぞっとするほど素早く【伝道者】は俺の手をとった。


「泥濘の……あの子の最期の願いを聞いてあげてくれませんか? 明日まででいいのです。ここにいてください。あの子にはナイクさんが必要なのです」

「最期にしないために行くんだよ」


 妹を守るのは兄の仕事だ。たとえ命がけであっても。

 父が俺にしてくれたように、俺も家族のために命をかけよう。


 きっとそれが人を愛するということだろうから。



「それは本当ですか? あの子は助かると? 【死霊魔術師】を見つけたんですね。あなたはそれを殺しに行くと」


 【伝道者】は涙目をしばたいた。女神教の聖職者から物騒な言葉が出てきておどろいたが、よくよくかんがえれば女神教は物騒だ。犯罪者相手なら殺人を許容するし、犯罪役職は普通に魔物の生餌にする。

 そもそも女神自体が、殺し殺されあう人間という生き物が大好きな博愛主義の物騒な神だ。


「ああ、まぁそうなる。殺しに行くんだ」

「多くは聞きません。話せないというなら話せない事情があるのでしょう。ですがひとつお約束ください。生きて帰ってくると。そしてどうかこの件が終わったら泥濘を召し上げてくださいませんか? あなたたちに泥濘を任せてからあの子はとても楽しそうでした。あの子には墨子は向いてない。お布施はいいです。私が出しましょう。【槍聖】様は楽園崩壊の犯人を討伐してくださった。その礼をさせてください。よろしくお願いいたします」


 ふわっと全身が魔術に包まれる気がして、なんだか力が湧いてきた。


「〈女神の加護〉〈SPD上昇〉〈DEF上昇〉〈ATK上昇〉〈自動回復〉〈加速〉〈女神の祈り〉〈自縛無効〉〈精神耐性上昇〉〈オートターゲット無効〉〈無菌〉〈被害の縁〉〈詠唱破棄〉〈鼓舞〉……申し訳ございません。私にはこれくらいしか」


 これくらい?

 とんでもない数のバフスキルだ。


「アンタが敵じゃなくてよかった」


 きょとんとした【伝道者】に微笑むと彼女は何も言わずに笑い返した。


「テメェ、ひとりで行くのか?」


 後ろから声を掛けられる。振り返るとアンヘルがいた。


「お前こそなんだよこんな真夜中に」

「随伴組織にタレコミがあった。【死霊魔術師】の件で教会本部から執行部隊が来たらしい。〈㞔骸〉を再現するような存在は許されない。正体が分からないから街を燃やすんだと。たった12万人の犠牲で済むなら安いそうだぜ。あんな野蛮な連中は止めないといけねぇ」

「はぁ?」


 教会が街民全員皆殺し? そんなことあるか?


 マルチウェイスター大司教である【伝道者】の方を見ると彼女はあきらめたように首をふった。


「やりますよ。女神教はそういう組織です。でもそうですか。もう来ましたか。知らなかった。わたしすら容疑者ということでしょう」


「こっちは任せろ。テメェは真犯人を討伐しろ。執行部隊は俺が止める」

「わらわもいるぞ?」


 アンヘルの後ろからひょいと長身の真っ白な女が顔を出す。

 彼女はすっとアンヘルの首に頭を乗せた。



「本件、ずっと情けない真似をさらしてしまいまっておりますのよ。今日はアラカルト様もいらっしゃる。汚名返上すべく他の幹部どもに手柄をとられないようしなくてはいけませんわ。ということでアンヘル頼みますわよ。今日もぬしはわらわのモノ」


 彼女は優しくアンヘルの首に噛みついた。ジトっと昏い血が流れる。血を吸われるアンヘルを見て俺はいいことを思いついた。


「俺にもくれ。俺は血じゃなくて肉が欲しい」

「テメェ、ついに正体現したな。〈血の香り〉の次は食人行為か」

「あ? なりふり構って誰も守れないよりずっといいだろ?」

「ちげぇねェな。そういうの嫌いじゃないぜ。いつもそうならテメェもかっこいいのにな」


 アンヘルは自分の肩の肉をきって俺に投げて寄越した。


 【伝道者】が一瞬で傷口を〈ヒール〉する。


「今日はわたしは泥濘の治療で手がいっぱいです。他のものは目に入りません。見えないものは正しようがありません。目を開ける前に行ってください皆さん。随伴組織の【吸血姫】さんも。あなた方にも〈女神の加護〉がありますように」


 【伝道者】から全員に〈女神の加護〉が飛ぶ。


「わらわにまで……感謝しますわ。【伝道者】ニリ。あなたはアラカルト様が言っていた通りの人のようですね。願わくばこの先あなたと戦うことにならないことを」



 バフが切れないように急いで大聖院を出る。街の外へと向かうアンヘル達と別れて、俺は短絡経路に触れた。


 昼間にかすめ取っていたメルスバル卿のゴーレムを経路に押し付け、大量のマナを流す。【死霊術師】のあふれるばかりのマナでメルスバル卿のマナをゴーレムから押し出した。



「メルスバル・カララ・ド・コメディ・マルチウェイスター様のマナを確認いたしました。いかがいたしますか?」

「ラクリエ庭園に」




 庭園にたどり着いた瞬間、俺の目の前にはメルスバル卿が立っていた。昼のように花束を抱えるようなことはなかったが、彼は俺の手の中のゴーレムをみてニコリと笑った。


「こんばんは。【槍聖】ナイク君」


 忍び込むつもりだったのにどうしてバレたのだろう。

 俺の縁はとうに消えているはずだ………


「こんばんは。メルスバル卿」

「どうしたんだい。いつでも訪ねておいでといったが、まさかその日の晩にもう一度来るとは思わなかった。しかも私のゴーレムをつかって。君は本当に面白い」


 さすがに盗んだらバレるか。

 まぁいいバレたならバレただ。


「追加講義をしてもらえますか?」

「何についてかね」


 そういいながらメルスバル卿は愉快そうに頷いた。


「【死霊術師】について。昔研究したことがあると言っていたので。続きをうかがいたいです」

「君はもう関わらないの方がいいのでは? 少なくともフリカリルト嬢は望んでいないと思いますが…………」


 メルスバル卿は少しだけ表情を曇らせた。


「【死霊魔術師】は遺体を媒介に本来あり得ない出力の魔法を使っていた。話を聞いて思ったんです。【死霊魔術師】は魔術の発動の媒体として遺体ではなく死霊をつかったのではないかと」


 メルスバル卿の言葉を無視して【死霊魔術師】の話を続けると、曇ってたメルスバル卿の表情は嘘のように明るくなった。



「死霊? 魂のことかい?」

「はい。本来女神に還るはずのその人の魂をつかった。おかしいとは思いませんか? 【死霊魔術師】の目的が転職なら彼らを消費したりはしないはずなのに。俺は思ったんです。今の【死霊魔術師】の目的は転職なんかじゃなくて抜き出した魂の利用方法だろ、と」

「素晴らしい考察だが……それで君は何がいいたいのかね」

「【死霊魔術師】はもう転職する方法を見つけている。研究はとっくに終わってるんだ。いまはその残課題。要らない死霊の使い方」



 メルスバル卿は口を押えて笑った。


「君は本当に【槍聖】なのかな? あまりにも、あまりにも発想がアルケミスト系だ」


 撫でるようにこちらを見つめるメルスバル卿の〈鑑定〉を〈隠匿〉でかわす。


「沈黙は答えですよ」


 メルスバル卿の目が見たことがない色に光った。


「それもまた面白い」


「でも【死霊魔術師】は何のためにそこまでして研究をしているのでしょう。【錬金術師】になるため、転職するためならいざ知らず、ただ魔法の発動するためだけにあんなことをするなんて理解できない」

「何のため? それは無粋な質問ですよ。錬金術の発展、知の探求に理由がいりますか?」



 メルスバル卿は分かってないなとでもいうように両手を大きく手をひろげた。


「俺には理解できない。それが研究者の性というやつなのでしょうか」

「そうかい? 君ならわかりそうなものだが……強いていうならそうだね。勿体ない。低レベルの街民ですら、実はあり得ないほど膨大なマナを持っている。それをみすみす女神に返すなど」

「もったいない?」

「そう。もったいない。【槍聖】ナイク君、君は知っているかい? 本来アルケミスト系のゴーレムの使役には二つの制限がある。一つは脳の制限。両手両足の指を同時に動かすことができないように人の脳には処理できる情報の限界がある。【錬金術師】のもつ〈並列思考〉や〈高速思考〉を用いたとしても自由に動かせるゴーレムの数には上限がある。私も100が限界です。もう一つは単純なMPの限界。どれほどレベルをあげても【死霊術師】の伝説のように一国を操るなんて芸当は絶対に不可能だ」

「何の話ですか?」

「【死霊術師】は死人の脳を制御媒体にすることで脳の制限を取り払い、死者の魂を消費することでMPを補充した。そうすることで無限といえる死体をたったひとりで操ったのです。素晴らしい。本当に素晴らしく合理的な能力だ。私が知る限りもっとも美しい力。魂の最高の利用法。女神すら殺しうる最強の力だ」


 大きくを腕を広げてめくれた彼の左手には邪神の腕輪がはまっていた。


「何がいいたい?」


「そっくりでしょ。【魔物使い】と。魔物の脳を利用し、魔物のマナで戦う。【魔物使い】を使えば【死霊術師】を完璧に再現できるとは思いませんか?」



 

 メルスバル卿は醜悪に、あまりに醜悪に微笑んで言葉をつづけた。





「なので死んだら貰いに行きます」



 

 告白と同時に放たれた魔法を槍で弾く。

 ふいで発動したにもかかわらず強烈な威力の魔法にびりびりと手がしびれた。


 これは〈バレット〉?

 アルケミスト系統の【錬金術師】がなぜ魔術系統の基礎スキルを?



 メルスバル卿のローブがめくれて内側が見える。


 彼は袖の下に大量のスクロールをぶら下げていた。20か30、いや50以上あるかもしれないローブの内の大量のスクロールたち。


 その中から状況に応じて最適なものを選んでつかうのだろう。

 それがお前の、【錬金術師】の戦い方か。




「追加講義は終了だよ、【仮聖】ナイク。45点。光るところはあるが不合格。この点数では帰すことはできないな」

「お支払いは魂でってか? 【死霊魔術師】!」



 連続で放たれる〈バレット〉を避ける。

 一つ、二つ、三つ。四つ目を避けたところで何かに足を引っかけられた。


 咄嗟に槍をつえにして転びそうなのを耐える。

 床に転がっていたのはにょきりと生えた腕のようなゴーレムだった。


 パンと手に〈バレット〉があたり痛みが走る。

 衝撃に弾かれるように俺の身体は半回転した。

 

 庭園の草木に隠れて傷を確認するが【伝道者】にかけてもらったバフのおかげか意外にも〈バレット〉のダメージは大きくなく、爪が割れている程度だった。


 目の前の草木が〈裁断〉のようなスキルで一瞬で粉々になりメルスバル卿がその裏から顔をのぞかせた。


「それにしてもよく気が付いたね。私だと。後学のためにどうやって気が付いたか聞いても?」

「当然、秘密だ」

「100点。すばらしい。殺しにくくなったよ」

「ダウト。殺してからきけよ。【死霊術師】ならな」

「ご期待に沿えなくて悪いね。まだ【死霊術師】には成れてない」


 

 〈隠匿〉を深めて庭園のさらに奥、花々が舞う花壇に潜り込む。だが、隠れようとした花は一瞬で燃え尽きた。

 


「でもそれもすぐだ。〈スキルブレイク〉:〈隠匿〉」


 メルスバル卿の一声で光が走り、庭園を覆った。

 〈隠匿〉がかけ消されて俺のステータスは丸裸になった。

 〈鑑定〉がステータスを撫でる感覚がするが、もはや抵抗することはできない。



「そうだろ? 【死霊術師】ナイク君。これでわざわざ【魔物使い】を使う必要もないな。本物だ」

「俺は【槍聖】だ。人の役職を間違うのは失礼だぞ。学園で学びなおせよ。【死霊魔術師(ぱちもん野郎)】」




 

あとがき設定資料集


【役職】

 17歳~18歳の少年少女が神託の儀で悪戯な女神から授かる強力なマナのこと。ほとんどマナを持たない人間が魔物と戦う上で必須の力であり、悪戯な女神による役職の加護がなければ人類は千年前に絶滅していたと言われている。

 与えられたマナは身体能力を上げるステータスや特別な能力スキルとして、人の成長とともに成長する。このマナはその人にとって魂とも言えるものであり、宿主の思考や行動の影響を受け、神託から数日と経たず宿主と同一の人格を獲得し完全に同化する。そしてこのマナは宿主が死んだ時、女神の元へ還りまた新たな人へ与えられる役職の元になる。一般にこれを女神への還元と輪廻と呼ぶ。

 役職はその人の人となりにそった最適な形で授けられるが、その能力の傾向から大きく4つの系統に分けられる。これを4大系統と呼ぶ。


【4大系統:戦士系統】

基礎役職  :【戦士】

勇者一行  :【剣聖】【護衛官】【冒険者】

六禁役職  :【狂戦士】


 定義は『自身の肉体にマナをこめることを得意とする役職』


 ステータスの傾向としてATKやDEFが高くMPが低い。戦士系統は人数が非常に多く(全体の約45%)、総人口にしめる男性の戦士系統だけで30%に上る。(女性は15%)

 マナが自分の肉体内で完結する自己強化系のスキルを得意としており、他の系統と比べるとスキルの特徴は薄いがその分汎用性が高いことが多い。また自己強化スキルはマナ効率が非常によいため、戦士系統にとっては低いMPのデメリットはほぼない。このことから最もステータスに無駄が少ない系統とされる。

 魔術系統に次いで戦闘に向いているため辺境などの危険地帯では重宝されている。ずば抜けて優秀な役職は少ないがハズレ役職も少ない平均的に優秀な系統。


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