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第57話 口汚く蔑み合う兄妹



 縁を除去し、大聖院に戻った俺は誰もいない病室でやることもなくポツンと座っていた。


「はてうみむらで  うまれたこどもは

 むかーしむかしも いつかのみらいも

 みーんなみんな  ひとりぼっち」


 冒涜の災歌を口ずさむ。ひとりぼっちというフレーズとともに先ほど訪れた庭園が思い浮かぶ。メルスバル卿は妻と息子を殺されてひとりぼっちであそこで生きているといっていた。



 妻が好きだった花を眺めるのが今の楽しみだそうだ。


 フリカリルトは彼の思い出話を聞いているだけで泣きそうになっていたが、俺はメルスバル卿がうらやましかった。死んだ家族との思い出を守るためにわざわざ庭園を維持して、過去に浸りながら生きていく。


 まさに理想の人を愛する男の姿だ。

 うらやましい。


 俺も父を11歳の頃に失っているが、その時は悲しみよりも不安の方が大きかった。


 さて父が死んだ。俺は明日からどうやって食べていこうか。


 そう思いながらわざと大げさに泣き叫び、復讐に燃えるふりをして魔物を殺してまわった。大人たちの同情と情けをもらって飢えをしのぐために。成長するにつれて開拓村の人々は親を失った子供を放り出すような人たちではないとわかったので魔物を殺してまわったのは完全に徒労ではあったが、そのおかげもあって俺は他の子供達より早くから村の大人たちに指導をうけることができた。


 ただ俺には愛と呼べるものは最後までよくわからなかった。


 愛とは本能。生物として自分の身や子孫繁栄のために最適な利益を瞬時に判断するために備わった感情。


 命がけで家族や仲間のために戦い、そして死んでいく周囲の大人たちを何度も看取りながらそこまでは理解したが、それだとするとメルスバル卿のように既に死んだ家族を思うことの意味が分からない。

 死んだ人に浸って何になる? 残された家族や願いや夢を、死者の意志を受け継いでいくことこそ、最善の手向けだろうに。実際に死霊たちが望むのもそういう内容だ。わざわざ死霊になって憑いてまで『私を忘れないでいて』なんて言うやつは誰もいなかった。


「ひとりがこわくて よりあつまって

 みんなでひとつになりましょう」


 結局、俺はまだ父の望む普通にも人を愛する男にもなれていない。

 ひとりぼっちは俺の方だ。



「おおごえパパも  いじわるママも

 みんなでひとつになりましょう

 そしたら何もこわくはないよ

 みんなでひとつになりましょう」



「気が狂ったみてぇな唄歌うんじゃねぇよ。顔だけじゃなくて歌まで不気味かよ」


 病室に入ってきたのはいつもの小憎たらしい顔をしたアンヘルだった。【吸血姫】のスキルで眷属化していたのはもう抜けたらしく目は普通の色に戻っていた。


「何の用だ?」

「世話かけたな。俺が落ちてる間に【剣鬼】とやり合ったって?」

「世話かけたな?」


 アンヘルの言葉に絶句する。

 あのアンヘルが俺に向かって謝っている?


 全部顔に出ていたのかアンヘルはキュッと目を細めた。


「おい、テメェ俺をなんだと思ってんだ」

「チンピラ」

「テメェにだけは言われたくねぇよ! この気狂い野郎」

「誰が気狂いだ!」


 アンヘルとにらみ合うと彼は呆れたように首を振って視線をそらした。


「で、何の用だ? 俺のお歌を聴きに来たのか?」

「テメェなんでこんなとこにいるんだ?」

「こんなとこ?」

「リネージュ、いや泥濘のとこにいってやれよ。テメェが行かなくて誰が行くんだよ」

「何言ってんだ? 俺は泥濘に会ってまだ10日くらいだぞ。あんなとこ参加できるかよ。アンヘルこそいいのか? お前は学園で数年来の付き合いがあるだろ」


 メルスバル卿の所から帰ってきたときにちらりと見たが今も治療室の前には彼女の安否を案じる人たちが祈っていた。行く前とくらべてその数は明らかに増えており泥濘がいかに愛されているのかがよく分かった。


「俺こそ行く意味はネェよ。ただの同級生だ」

「まぁ確かに【槍聖(俺たち)】はMG低いから〈祈り〉に参加したところで大して効果ないしな」


 そう答えるとアンヘルは絶句したような顔をして俺の目をのぞき込んだ。


「テメェ正気か? 泥濘のことどう思ってるんだよ」

「泥濘のこと? あれは相当だな。普通じゃない。ガラは悪いし、性格も自己中のゴミ。【死霊術師】を様呼びする邪教徒で、男嫌いのくせに困ったらすぐ男にすがりつく。しかも人殺しで裏切り者だ。容姿と能力以外褒めるところないクソ女」


 ここまで他人の悪口がすらすらと出てくるのもどうかと思うが俺は泥濘の裏切りで死にかけたんだ。これくらいいってもいいだろう。


 そんな暴言を聞きながらアンヘルは可哀想なものを見るような眼で俺を見ていた。


「なぁ学園でリネージュがなんてよばれてたか知ってるか?」

「いや」

「ネクロスさんだ。きっとご両親の役職をお継ぎになるんでしょうね!だぞ」

「普通だな」

「普通だよ。だれもあのリネージュ・ネクロスが犯罪役職になるなんて思ってなかった。友達だったレビルですらだ」


 意外だな。もっとみんなから嫌われているのかと思っていた。というより俺のように周りから……


「ナイク。リネージュはテメェとは違う。テメェのようないつでもどこでもだれとでもイカレてるやつとはな」

「な!? 俺は……俺も普通だぞ。その……いや、故郷の村じゃお前はどうせ六禁だろって、【狂戦士】だろとか言われてたが、もちろん違うぞ! 俺は六禁というよりむしろ【彫刻家】…..」


 アンヘルは口どもった俺を見て爆笑した。


「だよな。よかった。俺はまともだ。テメェが自覚ネェのが意味わからんがテメェほど気の狂った奴はいねぇよ」

「あ?」


 アンヘルを睨みつけるとアンヘルは急に笑うのをやめて真剣な表情になった。


「テメェだけだ。テメェだから心から安心して接することができるんだ。泥濘は今まで誰にも素直に接せなかったんだよ。俺は10年間あの子を見てきたがあんな風に楽しそうにゲラゲラ笑うやつだなんて知らなかったぜ」

「そんなわけ」

「リネージュ・ネクロスは清楚にうふふって笑うんだよ」


 口を押えて清楚にウフフと笑う泥濘を想像する。確かに見た目的にはそっちの方がしっくりきた。


「泥濘が裏切ってこっちについたのはテメェの説得に応じたからじゃネェ。テメェが好きだからだ」

「はぁ? 好きぃ? んなわけないだろ。めちゃくちゃ嫌そうな顔で抱き着いてきたぞ」

「馬鹿野郎。普通抱き着かないんだよ。俺は一度もない。あんなプライド高い女が命令されても自分から抱き着くかよ。もっかい言うぞ。テメェが行かなくて誰が行くんだよ」


 アンヘルが俺の胸倉をつかんで引き上げる。そしてそのまま俺を部屋の外に放り投げた。流石にレベル71の【槍聖】の力には抵抗できない。なすすべなく俺はそのまま部屋の外に放り出された。


「次うだうだ言ったらぶっ殺すぞ。俺たちは仲間だろ。行ってやれ」


 キラキラした笑顔でそういうアンヘルの顔はひどくムカついた。


「お前はムカつくほどいい男だな。死ね」

「そこはありがとうだ。ボケ」


 アンヘルに尻を蹴られるような形で部屋を追い出され、泥濘の治療室を訪れると俺はあれよあれよという間に泥濘の目の前に連れていかれた。


 ベッドの上に横たわる泥濘は引き裂かれたボロ布のようであった。


 爪は割れ、髪はほつれ、首元には搔きむしったような赤い線が何本も走っている。鮮血のように真っ赤なはずの泥濘の眼窩はもはや色褪せ黄ばんでいた。命を蝕む〈絆の縁〉で見るも無残なほどボロボロにされた彼女は俺をみて虚ろな瞳を少しだけ輝かせたように見えた。



「ナイ……【仮聖】? きたんだ」


 こちらに伸びた手を取るとまるで布切れのように酷く軽い。


「【槍聖】さん。私たちは外します。外におりますので終わったらお声をおかけください。〈消音〉しておきますので。どうぞご自由に」


 【伝道者】ニリがそれだけいって部屋をでる。大聖院のヒーラーたちもぞろぞろと彼女の後ろについてでていった。


 泥濘とたった二人で取り残される。


「……術師】様、きてくださった……ですね」

「そのしゃべり方やめろっていったろ。何度も言わせるな。ナイクか【仮聖】でいい」

「えへへ……ナイク……私……味方だったでしょ……」


 泥濘は自分の邪神の腕輪を出して俺の腕輪に触れ、マナこちらに流そうとした。思わず押し返してこちらのマナを流すと泥濘は嬉しそうに俺の手をとった。


 愛おしいもののように頬擦りし、そのまま手を口へ。泥濘の艶やかな唇が中指にキスをして、そのまま指を口の中にくわえた。生暖かい舌が指をなぞり、唾液で濡れた指を優しく包む。中指の次は人差し指、そして小指俺の指が泥濘の泥濘(ぬかるみ)のように湿った口の中に一本ずつしゃぶりとられていく。

 

 じっとりと、ゆっくりと。まるで指だけで果てさせるように丁寧に、執拗に舐めた。


なうぃふ(ナイク)さま、ないふ(ナイク)さま。わふぁし(わたし)きみゃ()のにえ。にみゃだけのにえ」

「何をしてるんだよ……」


 泥濘は最後に薬指を口にくわえると。歯を立ててぎりぎりと甘噛みした。優しく、それでいて絶対に離さないように強く噛む。はじめは優しかった力は噛みちぎられるかと思うほどどんどんと強くなり、思わず引き抜いた指にはまるで指輪のような噛み跡がついていた。



「ナイクさま……私……しぬの? せっかく会えたのに」


 泥濘が唾液をぬぐってこちらを見上げる。死への恐怖心なのか、その瞳は揺れていた。


「ああ。ちゃんと女神に還してやる」

「嫌だ……」

「大丈夫。死はそんなに悪いものじゃない」


 震える泥濘の手を抑えて励ますが死後の世界など普通は知らないものだ。気休めにもならないだろう。


「死にたくない……まだ生きたいよ……せっかく、せっかく会えたのに」


 何を言っていいかわからなかった。


「これで最期なんて嫌だ……私もっといっぱいしたいことあった……」


 げほげほとむせこんだ彼女の口からはドロッとした血が溢れる。彼女の命がそれほど長くはないことを証明していた。


「買い物もしたい……おいしいものも食べたい……ねぇナイク……冒険者の衣装くれるんじゃなかったの?」

「あれはまだだ」


 発注すら出してない。


「嘘つき! 嘘つき! くれるっていったのに!」


 急に声を荒げた泥濘は再びむせて泥水のような血を吐いた。そしてこひゅー、こひゅーと命が抜けるような呼吸をしたあとすがりつくように俺の手をつかんだ。


「ひとりぼっちは嫌……」


 ひとりぼっちか……


「大丈夫だ。死んでもひとりぼっちじゃない」


 俺は泥濘を抱きしめ、〈死霊の囁き〉をかけて俺の内で歌う死霊たちの歌を聞かせた。


 死霊たちが嬉しそうに大合唱する。


『ひとりがこわくて よりあつまって みんなでひとつになりましょう』

『おおごえパパも  いじわるママも みんなでひとつになりましょう』

『そしたら何もこわくはないよ    みんなでひとつになりましょう』


 取り込んだ死霊たちは新しい仲間を手招きするように泥濘に囁く。


『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』



 泥濘は災歌を聞いて驚いたような表情をした後、少しだけ笑った。

 

「私もっと特別がいい」

「特別?」

「死霊の仲間じゃなくて【死霊術師()】の仲間にして。普通の仲間に」


 泥濘はボロボロの顔で、目に涙を浮かべながら妖艶に微笑む。


 普通か……

 そうだ普通だ。俺も泥濘も普通になりたいんだ。

  

 泥濘の言葉を聞いた瞬間、ふといい案を思いついた。これなら男嫌いの泥濘でも納得できる最高の妙案。


「分かった。泥濘。俺たち兄妹になろう」

「兄妹…………?」


「ふたりで探そう。転職する方法を。死ぬまで。いや死んでも決してお互いを裏切らぬ兄妹として探すんだ」

「何……それ意味わからない」

「そして見つけたら、一緒に喜んで。それから別々に暮らすんだ。袂を分かつ兄妹は二度と会わない。普通の、誰にも怯えられない人になって、名前も変えて、誰も俺たちのことを知らない土地で別々の人生を送ろう」


 泥濘はもう死ぬというのに俺は何をいっているのだろう。

 自分でもよくわからなかったが言葉がとまらなかった。


「でもそうだな。時折思い出して、お互いの幸せを祈るんだ。きっと無事金持ちの旦那と一緒に幸せに生きてるんだろうなって。俺だけは最期まで泥濘の味方だ」


 俺だけじゃなく泥濘も意味が分からないという表情をしていた。


「もし……もし結婚するなら金持ちで高身長でイケメンがいい」

「そりゃもちろん、加えてちんこもでかいな」

「いらねぇよ……役職はそこそこでいい……」

「それはダメだ。俺は妹には何不自由ない生活を送ってほしいんだが?」


 困惑も通り越して、自分でも頭がおかしい気がするが、兄妹というのはなんとなくしっくりきた。こいつは俺とよく似ている。役職も、ステータスもHPとMGが逆転しているだけで他は完全に一緒だ。性格も他の人とくらべれば大分似ている方であろう。


 俺に妹がいたらこんな感じなのだろう。

 そう考えると途端に泥濘が可愛く見えてきた。


「は……? 妹……? 君が弟だろ……」

「兄に決まってるだろ。泥濘はわがままで自己中。困ったら助けてーって兄に甘えるダメ可愛い妹だよ」

「はぁ?」


 泥濘がムカついたように俺に体をこすりつける。女の身体の残酷なほどの柔らかさが俺を襲った。目の前の妹を女として見てしまいそうになる本能を必死に抑える。


「大丈夫だ。安心しろ。妹に欲情する兄はいない」

「どこがだ。キッショ。さすがに引くわ……こんな兄貴」


 自分で言っている意味も分からないし、泥濘も全く理解していないだろう。


「でも兄貴と認めてくれるのか。お前実は照れてるな」

「はぁぁぁぁ?? キモイ、キモイ、キモイ……こんなキモイ奴が兄とか最悪なんですけど」


「おお、それ、妹っぽい」

「死ね」


 混乱して表情も態度もぐちゃぐちゃになりながら泥濘は血を吐き、それでも笑った。



 俺と泥濘は、兄妹になった。


 【死霊術師】と【魔物使い】

 共に犯罪役職の殺人鬼同士。

 MP過剰の二人。俺たちは共に普通を目指して転職できるその日まで、決してお互い裏切らないという口だけの誓いを立てた。


 濡れ紙のように脆いその誓いが、

 未来永劫破れぬ誓いと信じて、


 今日だけは笑った。

 お互いの役職なんて忘れて。


 ゲラゲラ、ヒヒヒと意地汚く笑った。

 まるで本当の兄妹のように。遠慮もなく。


『みんなでひとつになりましょう』

『みんなでひとつになりましょう』 


『そしたら何もこわくはないよ』 

『みんなでひとつになりましょう』




あとがき設定資料集


【彫刻家】

※HP 5 MP 9 ATK 5 DEF 3 SPD 5 MG 3

〜石の声を聞け。土たちの囁きに耳を傾けろ。彼らは雄弁に語る、自らがなりたい姿を、自らの理想の美しさを。彫刻家の仕事はその手伝いをするだけだ〜


簡易解説:アルケミスト系統の役職。粘土や石を使った〈彫刻〉を得意とする役職。素材の理想を作り出す〈彫刻〉は彫刻家本人にも何が生み出されるか分からない自動人形(ゴーレム)作成術であり、〈彫刻〉で生み出された自動人形(ゴーレム)は他と比べて非常に強力なものが多い。



【役職のステータス値】

※女神から与えられるマナによる身体能力の上昇値。 レベルが上がるごとにバフ値が加算されていく。悪戯な女神は等しく人を愛するため、ステータスの合計値はいかなる役職であっても等しく30(平均が5)となる。 ステータス値はあくまでバフ値のため、元の身体能力からの加算値であり、元の身体能力が失われるわけではない。そのため筋トレなどの肉体トレーニングは数値には表れないが有効である。

 ステータス値の割り振りはその人の性格に大きく依存しているといわれており、別の役職であっても近親者は近いステータス値をとることが多い。特に同じ両親同じ環境で育った兄弟姉妹は似かよった数値となると言われている。

 またステータスが『0』または『10』となるのは、女神の物差しから逸脱した規格外を意味し、常人の枠におさまらない性格破綻者つまり犯罪役職たちの証明となっている。

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