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第56話 女神のコトワリ


 亡霊屋敷から13日目。

 楽園崩落およびロッケン卿の自白、転移事件の翌日。


 俺はマルチウェイスターの街、浮遊街にある大聖院で保護されていた。隠匿竜との戦いの後もお世話になった病室、そしてヒーラーたちのもとで診断を受ける。フリカリルトや衛兵隊の面々が見守る中、俺に下された診断は外損なし、臓損なし、魔損なしの健康そのものだった。



「【槍聖】さん。お久しぶりです。成長痛は大丈夫ですか?」

「いやぁ実はまだまだ痛くてまたしばらくお世話になろうかと」


 今度は追い出されないように愛想よくにっこりと笑いかけるとヒーラーもサポーターもうんざりしたようにため息をついた。


「大丈夫です。今回は私も見ております。ケガの治療は済んだのですね」

「はい。フリカリルト様。おそらく〈跳躍〉による臓損はありませんでした」

「おそらく? 他の方はみな大丈夫とのことでしたが」

「【槍聖】さんは〈隠匿〉のせいで正確に診断できず、ご自身の申告通りにしか対応できませんでして」


 大聖院のヒーラーたちが困ったように首を振った。


「まだまだ体の節々が痛んでいるのでもしかしたら〈跳躍〉のせいかもしれません」

「ご本人もこんな感じですので」

「ナイク。それ本当? 適当なこと言ったら冒険者報告虚偽で違法行為」

「いや……えぇ。痛くありません……」


 俺が正直に答えると大聖院のヒーラーたちはびっくりするほど嬉しそうにフリカリルトの手をとって頷いた。


「【仮聖】さん! ふざけたことやってないで次のことを考えないと。逃げた【死霊魔術師】の最後の一人を探さないといけないのですよ!」


 後ろにいた【追跡者】が真剣な面持ちで俺を見つめた。彼の言う通りなのだが残念ながらこの事件について俺にできることはもう何もなかった。


 【死霊魔術師】の魔法陣によるスキルの強制発動で俺たちが飛ばされたのはマルチウェイスター郊外にある墓地だった。街から歩いておよそ一日の距離。俺たちはそれを一瞬で移動させられた。


 【跳躍者】でも移動できないほどの超長距離〈跳躍〉でほとんど全員がマナ枯渇で倒れた中、俺と泥濘だけがマナ枯渇にならず戦うことができたのは俺たちのMPがレベルにたいして規格外に多いお陰だったらしい。つまり俺たちでなければ間違いなく抵抗することもできずに殺されていた。


 本当に幸運だった。準備時間を与えないようにしたお陰なのかはわからないが考えうる限り最高ともいえる結果だった。


 犠牲者も思ったより少なく、万単位の死骸が操られたというのに、死者の数は数人程度。フリカリルトたちがすぐ駆けつけてくれたこともあって、泥濘たちは保護され、俺も後遺症もなく元気にしている。【死霊術師】の最悪のスキル〈㞔骸〉が使われたにも関わらずのこの結果はある意味奇跡ともいえた。


 ちなみに俺は〈㞔骸〉の中で一人戦い、【剣鬼】を討ったと思われている。


 別に死骸とは戦っていなかったのだが勘違いを正すわけにもいかない。とはいえ、あの六禁【死霊術師】の〈㞔骸〉を耐え抜いたなんてすごいと会う人会う人から絶賛されるのは何ともいたたまれない気分だった。



「【剣鬼】マルウェア・マルチウェイスターはロッケン卿のご子息でした。アルケミスト系統ではなかったという理由で勘当されており、親子仲はあまりよかったとは言えないですが、これでロッケン卿との関りは証明されました。ですがもう一人の逃げた【死霊魔術師】については全く手掛かりがありません。このままでは泥濘さんは……」


 肩を落とす【追跡者】を前に俺は何も言えなかった。


 泥濘も【雨乞い巫女】もついでに【追跡者】や【吸血姫】も無事保護された。それは確か。だが、泥濘は救援に保護された直後力尽きたように倒れ、いまだに目を覚ましていない。


「このままでは彼女は今晩と持たないそうです。あまりにも悪意の強い縁。【伝道者】様でも延命することで手一杯だと」


 多くの隊員が命を助けられたこともあって、衛兵隊たちはみな泥濘に好意的だった。〈㞔骸〉を再現した【死霊魔術師】の危険性が明るみになったこともあって、泥濘程度はほんの末端にすぎないということになり、公的にも泥濘は【死霊魔術師】としての罪を不問とすることが決まった。いまは大聖院のヒーラーたちが総出で彼女の治療に当たっている。


 泥濘は今や裏切者どころか、潜入捜査をしていた衛兵隊職員のように扱われている。


 ただそれでも無理なものは無理だ。


 大聖院のヒーラーたちももはや全身に広がっている泥濘の刺青をみて諦めたように首を振っていた。縁についてはよくわからないが、魂の支配者といわれる【死霊術師】の目からみても泥濘のマナは明らかにすり減っているようにみえた。


 おそらくどれほど急いでも捜索は間に合わない。今も【伝道者】ニリやマナ枯渇から回復した【雨乞い巫女】、大聖院のヒーラーたちの必死に治療が行われてはいるが、このまま【死霊魔術師】が見つからなければ明日の朝には死んでいるだろう。



 【追跡者】たち衛兵隊たちが残された遺留品やあの謎の槍などの証拠物から血眼になって最後の一人を探しているが、【死霊魔術師】のボスとよばれていたあの男は縁の達人だ。彼にたどり着く手掛かりはなさそうだった。


 このまま泥濘は死ぬだろう。

 俺にできるのは彼女が自暴自棄になって俺が【死霊術師】だということを言いふらさないようにすることくらいだ。


「【剣鬼】について何か思い出したらすぐに教えてください!」


 そう言い残して衛兵隊員たちが出ていきひとりになった病室でため息をつく。


「お願い。泥濘を殺さないで」


 【跳躍者】の死霊が焦ったように俺の顔の周りをくるくると回るが俺には待つこと以外できることがなかった。


 もしも彼女が目覚めることがあればなんと声をかけようか。


 泥濘は正直クソみたいな性悪女ではあったが、「【死霊術師】様のためなら何でもする」とまでいって味方してくれた彼女に何も返すこともできず、見殺しにするしかできないというのは歯がゆかった。



「せめて安らかに女神に還してやるよ。来世では犯罪役職じゃないようにお祈りしてやろう」


 できれば目覚めずにこのまま還すだけで終わりにしたい。こういう時に何をいっていいのか分からない。故郷の開拓村にいた頃のように「お前の思いは俺たちが引き継ぐ、家族については心配するな。だから安心して女神様の元に還れ」とでもいえばいいのだろうか。



 そんな考えを巡らせているとフリカリルトが一人戻ってきた。



「ナイクは顔色一つ変わらないね。友達じゃないの?」

「友達? まぁそうか」


 フリカリルト曰く、いま泥濘の病室の周りはすごいことになっているらしい。【雨乞い巫女】のような学園時代の友人や墨子の仲間たち、助けられた衛兵隊やその家族、それに泥濘の元の家族まで集まって見守っているとのことだった。


「自分でも最低だとは思うが、素直に考えると俺の役職の秘密を知る泥濘は死んだ方が楽だなとも思ってる」

「ホントに最っ低。でもまぁ見つけるのは無理……かな。いままでのケースを考えると【死霊魔術師】はこのまま消えると思う。3年前に地下街を襲った時も全員切り捨ててほとぼりが冷めるまで3年も潜伏した人だから」

「だろうな。賢そうなやつだった。実験は成功といってたぞ。死体の謎の魔法陣、あれは死霊を膨大なマナに変換する物だ」



 何が起きたかは分かっている。

 死霊は死んだ人のマナの塊。あの魔法陣はその魂を利用可能なマナとして使ったのだ。【死霊魔術師】はおそらく目標を達した。はじめの【跳躍者】が捕らわれていた魔法陣がただの縛り付けるだけのものだったのに対して昨日のものは術を発動させていた。


 俺と同じだ。

 自ら殺した死体から出てくる死霊たちをマナとして使えるまさに【死霊術師】のような魔法陣。



「後味の悪い終わり方だな【死霊魔術師】には目標を達成された上で逃げられ、こちらについてくれた泥濘は死ぬ。殺し合いじゃ負けてないのにな」


 4人組は【死霊魔術師】のリーダーを残してすべて俺が殺した。縁をつけられ〈隠匿〉を封じられた圧倒的に不利な状況で完勝してきたにもかかわらず、楽園で沢山の人が死に、泥濘ももう助からない。


「俺には殺すことしかできないみたいだ」

「普通は殺すこともできないよ……それよりナイクの縁を外す準備ができたって。メルスバル卿のところにいきましょう。着替えて」


 フリカリルトから手渡されたのは高そうな礼服だった。



 今までの人生で一度たりとも来たことがない高そうな服を着せられて大聖院の病室を出る。

 

「一応注意しておくけど実験器具や植物に勝手に触ったりしないでね」


 フリカリルトがそう言いながら俺の服の襟を正した。仰天した顔でこちらを見送るヒーラーたちの視線を受けながら大聖堂を後にする。


 横にいる完璧に美しく着飾ったフリカリルトのせいだが、俺たちはあまりに注目の的だった。


「メルスバル卿だろ? どういう相手なんだ? こんな風におめかしさせられて」

「おめかしって身だしなみ。メルスバル卿は当主候補最有力のひとだよ。私だって普通は会えない相手だから」


 フリカリルトが短絡経路に触れマナを流すと、経路は普通と全く違う真っ赤な色になった。


「フリカリルト・ド・レミ・ファ・ソラシド・マルチウェイスター様のマナを確認いたしました。いかがいたしますか?」

「ラクリエ庭園に」


 フリカリルトから差し出された手を取った瞬間、俺は見たこともない庭園にいた。待ち受けていたのは色とりどりの花の入った花束を持ったメルスバル卿、ひとり。咲き乱れる花々の清廉な香りが爛々と輝く太陽とともに俺たちを優しく包む。


「ようこそ。フリカリルト嬢。そして【槍聖】ナイク君」


 庭園にはフリカリルトに渡された花束のほかにも色とりどりの様々な植物が並んでいる。貴族の趣味というやつだろうか。ただよくみれば綺麗な花々の中に辺境でも見知った毒草も混じっていた。


「ありがとうございます。メルスバル卿。綺麗です」

「君のような若い女性にそう言ってもらえるとおじさんは安心します」



 庭園のど真ん中、巻き上がる噴水の脇でメルスバル卿がすっと手を挙げると地面から机と椅子が生えた。そしてそれにフリカリルトのツタが巻き付いてクッションのようになる。


 【錬金術師】、アルケミスト系統最強の役職。自動人形の生成は多くのアルケミスト系統ができるがこんな風に一瞬で新しいものを錬成できるのは【錬金術師】だけだ。あまりにも素早すぎる〈錬成〉は生成速度だけで攻撃になる強力な役職。


「どうぞ座ってください。お約束の通り【死霊魔術師】について知っていることをお話しします」




 フリカリルトと共に生成された椅子に座るとメルスバル卿は意外な言葉と共に静かに話し出した。




「六禁役職【死霊術師】はアルケミスト系統役職の憧れなんです」

「「憧れ?」」


 フリカリルトと目を合わせると彼女もよく分かっていなさそうに首を傾けた。


「なぜかわかりますか?」

「誰かを生き返したいとかか?」


 メルスバル卿は俺の言葉に首を横に振った。


「【死霊術師】という役職が死霊の存在、魂と輪廻の存在を明確に証明してしまっているから……とかでしょうか?」

「ははは、それは面白い考え方ですね。概ねその通りです。流石フリカリルト嬢。そしてできるということが分かっているのなら、知識を求める錬金術師がそれを解き明かそうと考えるのは当然だ」


 フリカリルトは納得したように頷いた。知的好奇心は【錬金術師】の性のようだ。


「そんなことして教会から危険視されないのか?」

「される。だから科学者や錬金術師だけじゃなく歴史研究者や魔術研究者もマルチウェイスターに集まるの。うちってあの女神盲信者達とそこそこ仲悪いし」



 六大貴族唯一のアルケミスト系統の一族であるマルチウェイスター家は女神教とその実質的な指導者である六大貴族【賢者】ディエンゴ家と根本的に考え方が違う。女神を神聖視し、不可触の聖域として秩序を守りたい教会と女神の力を研究してより人類の役に立てたい学者たち、共に六大貴族同士表立って反発はしていないが仲が悪いというのは有名な話だった。結果としてマルチウェイスター領は他の土地と比べて教会の支配が最も弱い地域になっていた。

 俺が逃げ先としてここを選んだのも近いから以上にそれが理由だった。


 それにしても領主の姪であるフリカリルトが教会を女神盲信者呼ばわりとは。流石に仲悪いだけのことはある。教会派であるはずのメルスバル卿もにっこりと笑って頷いた。


「ここだけの話、実は私も【死霊術師】については調べようとしたことがあります。何にも成果出なかったですが」

「メルスバル卿ご自身が? それは知りませんでした。ではメルスバル卿からみて【死霊魔術師】は本物の【死霊術師】だと思いますか?」

「十中八九本物ではないでしょう。彼らは【死霊術師】の研究者だ。そして悔しいですが私より優秀な研究者でしょう」

「優秀な研究者……なぜそんな確信が?」

「3年前のことです」



 3年前。

 まだフリカリルトも神託の儀を行う前。この街は教会派と脱教会派の随伴組織の間で大規模な抗争があった。当時7人いたマルチウェイスター家の【錬金術師】のうち5人が暗殺されるの血を血で洗う権力闘争。


「私の妻も息子も随伴組織に殺されました」


 そういって咲き乱れている綺麗な花々を見つめる彼の視線の先には誰もいなかった。使用人も家族もいないただ空っぽの庭園の地面からゴーレムが生えて一輪の花を取ってくる。「これは妻が好きだった花ですよ」といって花を眺める彼の前には、その妻が残した美しい庭だけが残されていた。


「抗争を止めたのは【薬学士】アラカルト・ソラシド・マルチウェイスター。過激な報復行為を繰り返していた当時の随伴組織の総統を殺害し自分が総統の座に成り代わりました。そう、フリカリルト嬢。君のお姉様です」


 フリカリルトが複雑な表情で目を逸らす。


「ごめんなさい」

「いいんですよ。アラカルト嬢にはむしろ感謝してるのです。彼女のおかげで抗争は止まった。まぁ若い子の間で別の抗争が起きましたがね。死人は出なくなりました」

「死人出てます……」

「あらら、行き過ぎた美人というものは恐ろしいですね。それでもあの抗争と比べればかわいいものでしょう」


 メルスバル卿がパチンと指を鳴らすとさらに何体もの小型の人型ゴーレムが地面から生えた。それらは駆け足で庭園中をかけて一つずつ球根や花びらを摘んでくる。そしてペタペタと俺の背中に張っていった。


「それが【死霊魔術師】とどう関係があるんだ?」

「単純ですよ。足りなくなったのです【錬金術師】が」

「足りなく?」


 首をかしげるフリカリルトと俺に向かってメルスバル卿は微笑んだ。


「当時はフリカリルト嬢もイヴァもまだ神託の儀の前でしたからね。私と悪たれリカルド坊やしか【錬金術師】がいなくなった。流石にまずかった。私たちが生き残ったのも当主に向いていないと皆が思っていたからです。両陣営にとって必要になったのは【錬金術師】を増やすこと。研究されたんですよ。役職を変えて【錬金術師】を生み出す方法が」


 【錬金術師】を増やすか……

 今なんて言った?



「役職を変える方法!? そんなこと可能なのか?!」


 メルスバル卿の言葉に思わず立ち上がった俺をゴーレムたちが驚いたように大慌てで押さえる。背中からバラバラと落ちた葉っぱたちの中にはアガリ草のような見慣れた麻薬も混じっている。


 一瞬背筋が寒くなったがメルスバル卿が愛飲者とも思えない。

 薬と毒は紙一重ということなのだろう。


「ええ、理論上は可能です。考えてみてもください、役職は女神から与えられるもの。なら差し替えることもできるはず。そこで目をつけられたのが【死霊術師】です。史上最悪のアルケミスト系統役職、魂の支配者とよばれた【死霊術師】は様々な役職の魂を取り込んでその力をまるで自分のもののように使ったといわれています。自分だけでなく別の死体に役職を埋め、刺客として送り出したこともありました。まさに役職を抜き差ししているともいえる行為です」


「つまり【死霊術師】の力を使えば役職を変えられる?!」


 また立ち上がりそうになった俺の足をフリカリルトのツタが押さえた。


「そう考えました。ですが【死霊術師】を再現しようという目論見は失敗しました。とはいえ何も成果がなかったわけじゃなかったのです。我々は魂を抜き取ることには成功しました。つまり輪廻の停止、女神のコトワリに手をかけたのです。私達にはそこまでしかできませんでしたが、【死霊魔術師】はその研究の遺志を継いで魂を操る研究しているのでしょう。コトワリを壊すために」



 女神のコトワリ?!占いの言葉だ。

 随伴組織が言っていた役職を変えるヒント。


「女神のコトワリ?とはどういうことでしょうか」


「フリカリルト嬢が知らないとは意外ですね。誰も教えなかったのですか? いい機会です。講義としましょう。おふたりが思う悪戯な女神とは何でしょうか」


「役職を与えてくれる神様だ」

「人の力の源流。世界知の源かな」



「どちらも正解です。フリカリルト嬢の方は少しマニアックな答えですが本質はどちらも同じ。女神とは魂です、マナと言い換えていい。【槍聖】君は知らないでしょうが、女神とは役職のマナそのもの、その集合体なのです。先ほどの【死霊術師】の話にも繋がりますが、死した人の魂は女神のもとで輪廻します。要約すると神託によって与えられた役職のマナは人の元で育ち、死して還り、また別の人に与えられる。この還る場所こそ女神であり、世界知なのです。人々から寄せ集められたマナつまり魂の、その集合体が女神といえばわかりやすいでしょう。なぜあのような悪ふざけの過ぎる性格をしているのかは分かりませんがね」


 女神が人の魂の集合体?


 聞いたことない話だったがしっくりくる表現だった。確かに隠匿竜との戦いの後に出会った女神は様々な人の姿形をとりそして彼らそれぞれの意志や記憶を併せ持っていた。俺の母や俺が殺した【祭司】の姿で俺と会話した。


 女神は母の姿で俺を愛しているといった口で直後に禿げオッサンになってよく殺してくれたなと恨み言をいった。それも女神が集合体だと考えれば納得できる。


「存外あの性格が人間の本質なのかもしれませんね」

「俺もそう思うよ。女神は自分が楽しむことしか考えてない。まぁある意味全ての人間を愛してるとも言えるけどな」


 有名な話だが悪戯な女神は人を罰しない。どんな悪人も決して罰することなく死ねば輪廻に受け入れる。女神が介入するのは魔物との戦いだけだ。


「人と人の諍いはクスクス笑いながら見ているだけですからね。私の実績なんてひどいですよ。《無様な生き残り》です。妻と子が殺されたときにいただきました」

「そんな……ひどい」

「ありがとう。フリカリルト嬢はお優しいですね。君が3年前にまだ子供でよかった」


 優しく微笑みかけるその目は酷く悲しみに満ちているように見える。


「で、コトワリを壊すとはなんだ?」

「役職の贈与は教会によって管理されている。教会の女神盲信者共によってです。彼らは身勝手過ぎる女神を愛し、そして同時に恐れている。古く昔、それこそ【勇者】の時代に彼らは女神の力の一部を封印したのです。神託の儀とはその封印を少しだけ解いて子供たちに役職を与える行為、そして死してその魂は女神に還る。この循環はコトワリシステムと呼ばれています。コトワリを壊すとはこの封印を解いて女神を真に自由にすることです。今のような神託の儀だけでなくいつでも女神が私たちに干渉できるように封印をこわす」



「悪戯な女神様の干渉!?」


 フリカリルトが顔を真っ青にした。


「何が問題なんだ?」

「女神はマナの塊です。そこには千年で蓄えられた記憶とマナの塊。すべての人類の記憶と知恵と、そして愛がつまっている」

「あと悪意も」


 フリカリルトがボソッとつぶやく。


「そうです。胸の躍る冒険も、甘酸っぱい初恋も、残虐な殺戮も、熟悪な拷問も。そのすべての経験と記憶と能力が女神の意志のまま自由に与えられる」

「そんなの間違いなく無茶苦茶になる。力の規制なくして今の平穏はあり得ないのに」

「コトワリシステムを壊す。とは女神と誰でもいつでも話せるようになるということ。そして覚えてますね、悪戯な女神は悪ふざけが過ぎる。善も悪もなく、より面白くなると女神が思えば役職も変わるでしょう」


 善人ばかりではつまらないということだろうか。

 誰かを生き返らせたいと願った人が【死霊術師】になる世界か。


 それはやばいな。


 〈㞔骸〉のような災害を起こす奴がポンポン生まれてくる世界は確かにマズイ。しかもいつでもどこでも変えられるというのが問題だ。未然に防ぐことができない。


「役職を自由にしたら犯罪者を誰が止めれるのですしょうか……」

「フリカリルト嬢の言う通り。今の世界が成り立っているのは根本的な間引きのおかげですからね。有害な役職を徹底的に排除し、人格破綻者は生まれた瞬間に無力化する。殺人によって際限なく強くなれるこの世界で、いつでも起こりうる殺戮を未然に防いで秩序を保つにはそれしかない。だから【死霊術師】の研究は女神のコトワリを破壊しうるとされすぐに潰れました」

「何者かが研究を引き継いで続けていると?」

「ロッケン卿はずっと自分が【錬金術師】になるべきだと言い続けておりました。まさに【死霊魔術師】と目的が一致しています。彼の息子の【剣鬼】マルウェアもです。彼はアルケミスト系統になりたかった。マルチウェイスター家として生きるために。フリカリルト嬢はよくご存知でしょう。彼はとても優秀だったんですよ。あんな父親から生まれたとは思えないほどに。私ももしかしたら【錬金術師】かなと期待していました」


 そうだったのか。

 確かに貴族然とした綺麗な立ち振る舞いをするやつではあったが。


「【回復術師】も【重力使い】もということでしょうか?」

「【跳躍者】も【魔物使い】も……か」

「そうです。とはいえ今それが分かってもなにもできませんが、残りの【死霊魔術師】もそういった役職なのでしょう」


 ゴーレムたちが満足そうにポンポンと俺の背中を叩いた。その瞬間にぱぁっと背中が温かくなって何かがはがれるような感触がした。


「終わりましたよ。縁の除去完了です。フリカリルト嬢にはこちら。過去の【死霊術師】の研究をまとめた資料です」


 そういいつつ探るようにかけてきたメルスバル卿の〈鑑定〉を〈隠匿〉でかわすとメルスバル卿は楽しそうに微笑んだ。


「【槍聖】ナイク君。君は面白い。いつでもいらっしゃい。お待ちしておりますよ」


あとがき設定資料集




【薬学士】

※HP 7  MP 6 ATK 2 DEF 5 SPD 5 MG 5

〜強い想いは毒にも薬にもなる。でもどんな毒でも貴方のためなら飲み干せる〜



簡易解説:アルケミスト系統の役職。【錬金術師】から派生した役職のひとつであり、様々な薬物の生成するスキルをもつ。医療現場で非常に重宝される役職。もちろん麻薬を作るのも得意。

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錬金術師サイドならどこの派閥でも匿ってくれそう
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