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第53話 大大大成功!




 楽園崩壊から半日。

 ロッケン卿の死亡からわずか30分。俺たちは泥濘の言っていたもう一つの【死霊魔術師】の拠点の場所の目の前に来ていた。


「一応自己紹介しておく。C級冒険者【槍聖】ナイク」


「A級冒険者の【雨乞い巫女】レビルです」

「マルチウェイスター衛兵隊西教区分隊分隊長の【追跡者】ギブロです」

「随伴組織最高幹部【吸血姫】ラララキアですわ」

「墨子【魔物使い】泥濘と申します」


「本クエストオペレーターを務めます【錬金術師】フリカリルト・マルチウェイスターです。今回の目標は【死霊魔術師】の残党の縁を追跡するための私物を持ち帰ること。ロッケン卿が本物であるかないか証明にもなります。危険を犯す必要はありませんが、迅速に遂行してください」


 話し合いの結果、拠点への突入は俺と【追跡者】他計5人で行うこととなった。衛兵隊の他メンバーやフリカリルトが招集した冒険者で周囲を警戒し、仮に前回のように【死霊魔術師】の増援が来ても対処する。



 その拠点は前と似たような屋敷だった。ただし死霊の姿はない。まだ新しい犠牲者は出ていないのかもしれない。フリカリルトの羽虫ゴーレムがピタリと鎧の袖にくっつく。


『急造のパーティです。混乱にならぬよう指示に従ってください。【追跡者】〈開錠〉を』

「〈開錠〉」


 カチリと鍵が開いた。隊長を置いて扉を開ける。入るや否や、キツイ解体臭と、ありえないほどの絶叫が耳に届いた。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 屋敷中に響き渡る泣き声。


 まさかまだ生きてるのか?


 走り出しそうになった俺を【吸血姫】が止めた。


「酷い匂いですわ。既に死人がおりますね」


 周囲をみれば誰にも声が聞こえていないようだ。皆【吸血姫】の言葉にうなずいている。

 ということはこれは死霊の叫び声か。


『位置はわかりますか』

「ええ。案内しますわ」

『先頭に【吸血姫】【追跡者】、中衛に【魔物使い】【雨乞い巫女】、うしろは【槍聖】が見張ってください』


 フリカリルトの指示通り1列にならんで壁を背に声の方へ駆ける。いくつか仕掛けられていた罠は【追跡者】によって看破され、俺たちはすぐに声のもと、つまり遺体のある部屋までたどり着いた。


 扉を開けると、そこにはこの前見たのと全く同じ光景が広がっていた。


「これは酷いな」


 破裂したようにパックリと腹がなくなった中年の男の全裸の死体。死体の下にはよくわからない魔法陣のようなものが描かれており、死体の腹の皮を広げるように縫い止められている。部屋中に飛び散った血はまだ乾き切っておらず、この凶行からそれほど時間が経っていないのが分かった。


「痛い! 痛い! 痛い!」


 絶叫するように悲痛な泣き声をあげる死霊が、蹲るように死体の上にへばりついている。その声を聞いてポケットの中の死霊が怯えたようにさらに内側に引きこもった。


「陣を壊す」

『ナイク。ダメです。証拠として残します OVER』

「他の奴に縁をつけるつもりか? ちょっと触るだけだ」


 この陣はよくない。死霊を無理やり縛っている。そのせいで死霊がどんどん消耗してしまう。

 一刻も早く解放してあげなければ彼は人格ごと消耗して消えてしまう。


 周囲の制止を振り払って近づくが、俺がその陣に触れるよりも先に陣はミシリと湿った音をたてて勝手に壊れた。


『自発式!? さがって』


 氷で心臓をつかまれたような嫌な予感がした。


 死体の空っぽの腹の中がぎゅるぎゅると音をたてて抉り消える。まるで空間そのものに穴をあけたような漆黒の隙間。そこに吸い込まれるように目の前の死体が裏返って折り畳まれていく。


「何が起きているのですの?」

『近づかないで』


 一点に収縮するかのように死体が吸われていく。


「痛い!痛い!痛い!」


 大声で悲鳴をあげる死霊も死体に引きずられて少しずつ削れて吸われていくのが見えた。周囲の制止を振り払い急いで死霊を掴んで死体から引き剥がそうとするも、死霊は触れたところからボロボロと擦り切れて、掴むこともできなかった。


「痛い!痛い!助けて!助けて!」


 悲痛な泣き声を上げながら消えていく死霊を引き留めようと彼にマナを流し込む。


「誰か! そこにいるの!?」


 既に死体は完全に吸い尽くされて、死霊が必死に抜け出そうともがく。

 最後の瞬間、彼と目があった。


「し、しれいじゅつし、助け…」


 死霊は穴に吸い尽くされた。

 ポケットの中の死霊が震えているのが分かった。


「さっきから何してるんだ?!」


 【追跡者】が俺を掴む。


「今、術にマナを流してたな?! 何をした」

「解呪しようとしてたんです。助けられなかった」

「助けられなかった?」


 【追跡者】がそう言い終わるか終わらないうちに、家が揺れた。


『ナイク

    ど

     う

      し

       た

        の?

O......』


      違う!

     揺れたのは

    家じゃない。

   頭だ。


 ぐ

  に

   ゃ

    りと視界

        が

         歪

         ん

          だ。


   内

  臓

   の

    一つ

    一つが

       内

       側

     から

   ひっ

  く

 り

 え

  る感覚。



 全ての指の

 全ての爪が

    引き剥がされて、

       眼球が引き抜かれるような気分になる。

         メリメリと音を立てて、

 クチビルがはがされていく、

       俺はホネと皮一枚になった


  


  全部

    全部

      ふきとんだ。





「痛ったいなぁ」



 永遠といえるような一瞬の出来事。

 異様な気持ち悪さは予想外にすぐ終わり。

 たいした痛みもなく俺は解放された。


 まるでどこかに放り出されたようにゴロゴロと転がる。


「今のなんだ?」


 両手両足を確認して無事を確かめる。


 

「大丈夫だ。問題はな……」


 それだけいって目の前の異様な光景に目を疑った。


「フリカリルトどうなってる?」


 そこは間違いなく今までいた家とは違う場所であった。建物の中にいたのにここは外だ。

 等間隔に石が並んでいるまるで墓地のような場所。


「フリカリルト! ここはどこだ?」



 墓地?


 ポトリと音がして袖に引っ付いていたフリカリルトの羽虫ゴーレムが落ちる。周囲を見回すと近くに【追跡者】や【雨乞い巫女】【吸血姫】、それに屋敷の周りを警備していた衛兵も倒れていた。



 みな一様に同じ苦しみ方をしている。

 まるで息をしているのにできていないような……


 マナ枯渇


 俺も一度陥ったことがある。MPを使いすぎた時になる症状だ。命に危険はないが、しばらく気を失うか、もだえ苦しむことになる。少なくとも回復するまで相当の時間がかかる状態。


 俺のほかに立っているのは一人だけ。

 泥濘だけが息を荒げながらも立っていた。




「大大大大成功!」



 喜び小躍りしているような、そんな声が遠くから聞こえた。墓地の奥の黒いローブで顔を隠した二人組が何かを見つめて楽しそうに小躍りしている。咄嗟に〈隠匿〉を深めようとして体の異常に気がついた。俺のMPもありえないほど減っている。


 何もしていないのに本当にマナ枯渇ギリギリ。



「革命ですよ! これは! たった一人の生贄で10人以上の〈跳躍〉ができました。歩いて半日以上かかるこの距離をですよ」


 今にも踊りだしそうな歓喜の声を上げて二人組のうち片方が回る。もう片方は面白そうにこちらを見つめていた。


「ボス。喜んでるとこ悪いが連中起きてるぞ」

「そんなまさか。泥濘ならいざ知らず普通はマナ枯渇……ああ、なんだ泥濘か」


 彼らは呆れたように肩を落として首を横に振った。


「せっかく全員枯渇に落ちるように調整したというのに」

「泥濘含め全員処理でいいか」

「もちろん。殺してください」


 二人組のうち片方がスッと剣を抜く。抜いた瞬間に剣の周りをマナが覆った。

 この威圧感間違いない〈溜め〉の剣士だ。


「待ってください、ボス。私は……」


 泥濘が跪いて頭を下げる。それはまさに恭順の姿勢に見えた。


「泥濘? お前」


「ご久しぶりです。泥濘、あなたは何しにきたんですか?」

「お願いします……縁を解いてください。なんでも……なんでもしますから」

「ほう?」

「泥濘!? お前また裏切るのか!?」


 泥濘は俺の問いかけを無視して二人組にすがるようにすり寄っていく。


「ボス。もうコイツいらないだろ。有利な方に尻振ってるだけの淫売だぞ。男に縋りつくことしかできない雑魚だ」

「確かに泥濘が裏切らなければ【重力使い】を失うこともありませんでしたからね。彼女は惜しかった。【跳躍者】もこの子がいなければと思うと……」

「お願いします。なんでもします。お願いします。私は【死霊術師】様の忠実な僕です。お願いします」


 泥濘が一瞬こちらをみて目を伏せる。そして剣士の横の男の前に跪いた。ボスと呼ばれている【死霊魔術師】のリーダーが手を挙げると地面から大きな手が生えて泥濘を握った。


「泥濘はともかく【仮聖】は処理するぞ。なんでコイツも立っているか知らないが」

「それは彼も犯……」


 剣士とリーダー格の男が泥濘から目を逸らしこちらへ視線をむけたその瞬間、泥濘の身体が大きく膨れ上がった。手につかまれて動けない体がびくりと悶えて、泥濘の口から吐き出される巨大な爪。


 その爪が【死霊魔術師】のリーダーを切り裂いた。


「ボス!!」


 〈槍投げ〉


 泥濘の攻撃に便乗してなけなしのMPをつかって〈槍投げ〉をする。槍はその男の肩に突き刺さり、体を吹っ飛ばした。


 剣士がこちらに走ってきて剣を振る。全力で飛び退いてギリギリでよけるも剣士は俺の手をつかみそのまま投げ飛ばした。乗りかかられて剣を振り下ろされる。


「死ね」


 俺に突き立てられる直前に、剣士は巨大な爪に掬われて吹っ飛んだ。俺を助けたのは泥濘が乗った【鷲獅子】だった。亡霊屋敷で【死霊魔術師】を載せて消えていったあの【鷲獅子】が俺や倒れた衛兵たちを庇うように立ちふさがる。


「泥濘、お前」

「私は……霊術師】様の味方……だよ」


 泥濘がこちらをみてニコリと微笑む。

 【死霊魔術師】達を攻撃してさらに酷くなった縁の制約で完全に意識が朦朧としているようだが、それでも泥濘は痛みをこらえて魔物を動かしているようだ。敵の方を見ると【死霊魔術師】のリーダーも起き上がり肩を抑えている。


「ボス大丈夫か?」

「ええ、【鷲獅子】には〈ヒール〉を間に合わせましたが……この槍、毒入りです。〈ヒール〉は一つしか準備してませんでした。帰ります。マルウェア!処理は任せますよ」

「あいよ。いわれなくても生かして還す気はない」


 【死霊魔術師】のリーダーは肩の槍を引き抜くとそのまま地面に投げ捨てて巨大な手でぐしゃぐしゃに握りつぶした。そして剣士にうなずくと、ぐにゃりと歪んできえた。






「さて、いくら何でも一人はまずい。使うか」





 剣士が手に持ったスクロールを唱える。彼から漏れ出したマナがまるで濁流のように地を這い、墓場中に広がっていった。


「【死霊魔術師】とは面白い識別名をつけてくれたそうだな。まさにその通りだ」


 墓穴から這い出してきた何かが俺を掴む。突然足をつかまれてうろたえていると、ボコボコと地面が膨れ上がった。



「まさか」


 数えきれない死体たちが立ち上がり、こちらへ両手を伸ばす。俺たちの目の前におびただしい数の死体が墓穴から這い出てきた。



「見ろ、これが【死霊術師】の力だ」




【跳躍者】

※HP 6  MP 6 ATK 6 DEF 6 SPD 0 MG6

〜どこでもいける夢の扉。ぬけた先には無限の闇が広がっていた〜



簡易解説:どの系統にも属さない非常に珍しい特殊な役職。SPDは0であるものの空間を跳躍する特殊なスキルをもつことから最速の役職の一つといわれている。ただしその跳躍能力は非常に危険であり未熟な跳躍者のまわりでは歪んだ空間による合体および消失事故による犠牲者が絶えない。教会の定める犯罪役職。

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生贄超越、無法すぎない?これやったらいくら六禁といえどMPが低い役職は一時的に戦闘不能にできそうだけどそううまくはいかないのかな?
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