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第52話 いったん整理しよう





「フリカリルト様、お取込みの所大変失礼いたします! 本件で続報です。さきほど自分こそが【死霊魔術師】だと【抽出師】ロッケン・マルチウェイスターが自白しました。そしてその直後、随伴組織が制裁として彼を殺害しました」


 部屋の中に飛び込んできた【追跡者】の言葉に全員が固まる。伝えられた情報を消化しきれず俺は泥濘と顔を見合わせ、そのままフリカリルトとも視線を合わせて共に首を傾けた。



「なに? どういうこと? 随伴組織が制裁? ロッキン卿?」


 ロッキン卿は楽園崩落を引き起した【重力使い】の召し上げ先であり、アンヘル達が聞き込みに行ったところだ。



「アンヘル達はどうなった?!」



 焦って声をあげた俺の言葉に反応するように【追跡者】の後ろからヒョコっと【雨乞い巫女】が顔を出した。


「あたしたちはここにいるけど。フリカリルト様、それよりリネーが裏切り者って」


 【追跡者】の後ろにはぐったりとしたアンヘルを抱えた【雨乞い巫女】と、恐ろしいほど長身の全身まっしろな女が並んでいる。アンヘルはまるで泥濘のように目が真っ赤に染まっていて、明らかに錯乱していた。


 いまにもだれかれ構わず暴れまわりそうだったアンヘルは長身の白女に頭を撫でられて止まった。



「アンヘルにレビル、えーと、それどうなってんだ?」

「アンヘルは噛まれたの。そこの【吸血姫】に」


 髪も、肌も、瞳も、まっしろな女が恭しく頭を下げる。彼女はじゃらじゃらと手錠の鎖を鳴らしながらフリカリルトを見つめた。


「ごきげんよう。フリカリルト様。わらわは随伴組織最高幹部が一人【吸血姫】ラララキア。この度はアラカルト様の命にて逆賊【死霊魔術師】の討伐を遂行させていただきました」


 

 随伴組織最高幹部【吸血姫】?

 またわけわからないやつが増えたぞ。


「わらわは感謝こそされ、拘束される覚えはありませんことよ。はやく開放してくださいな」

「いかがいたしましょう……フリカリルト様」


 衛兵隊の【追跡者】が困り果てた様子でフリカリルトに指示をこう。


「なぜ私に? 私に衛兵隊の指揮権はありませんが。衛兵隊はロッケン卿の……」

「そのロッケン卿が殺害されたのです。【死霊魔術師】だと自白したことで協力者として【看守】隊長も現在拘束されております」

「……ならメルスバル卿は?」

「先ほど【仮聖】さんの縁を外す準備があると出て行ったきり連絡がとれておりません」


 フリカリルトが困惑した顔でこちらを見る。

 そんな俺のせいのような扱いされても困る。


 突然指揮系統を失って衛兵隊も混乱しているのだろう。誰でもいいから偉い人に決めてもらわないといけないということで当主候補の一人であるフリカリルトの元に来たに違いない。


「いかがしましょうか。フリカリルト様」


 フリカリルトはジッと【吸血姫】をみて固まっている。まだ決断するには情報が足りないと思っているのがよくわかった。


「よーし、わかった。いいゼ。アンヘルもそんな感じだから俺から言わせてもらうゾ。わけわかんネェ。いったん整理しようゼ」





 【死霊魔術師】事件について衛兵隊、冒険者、随伴組織、そして【死霊魔術師】の仲間だった泥濘のそれぞれのもつ情報をまとめるとこうなる。


 まず事件の始まりは3年前の地下街。地下街の住民の行方不明者が急激に増えたことに随伴組織が気が付いたのがきっかけだったそうだ。



「地下街なら足がつかないと考えたとのでしょう。舐めた真似をしてくれますわ」


 すぐに随伴組織は実行犯を発見処理して事態を収めたが、裏側にいる真犯人までは見つからず一旦事件としては終了した。犯行が再開したのはおよそ半年前。だが3年前と違い今回はさらに手口が巧妙になり実行犯すら見つけることができなかった。この半年前は時期としては泥濘と直列があの方の指示で人攫いを始めた時期と一致する。


「最初は地下の犯罪者を選んで攫いました」

「犯罪役職は何もしていないのに枷を背負っているのに犯罪者がのうのうと生きているのが許せなかった」

「はい」

「【魔物使い】に【跳躍者】。つまりわらわ達は奴隷達に一杯食わされていたということですの?」


 【吸血姫】が食い入るように泥濘の顔を眺めて、それから呆れたようにふんっと笑った。


「半年前からの件は衛兵隊の方でも把握しておりました。地下街のみならず、教区でも行方不明者が多くおります」


 衛兵隊と随伴組織、どちらも違和感を感じながらも決定的な事件の全貌が分からなかったが12日前に事件は一気に転機を迎える。とある冒険者が魔物の調査クエストとして犯行現場となっていた屋敷に突入して彼らと戦闘し生還する。


「それが俺とアテオア兄貴」


 黒衣の4人組として、ついに一端が割れたその集団は識別名【死霊魔術師】と呼称されることになる。それとほぼ同時期に直列は【死霊魔術師】をぬけて行方不明。


「ボスに、あの方に相談があるのといって直列姉さんは消えました。多分抜けたのだと思います」

 

 ぬけて行方不明。

 ポケットの中で「泥濘を殺さないで」の死霊がくるくると回る。つまりこいつか。抜けようとして逆に処分されたということなのだろう。


「ここから衛兵隊も本格的な調査に乗り出します」


 衛兵隊は俺の記憶から魔法陣を再現し、それが人から何らかのマナを〈抽出〉するものだと解析した。そして〈抽出〉スキル保持者に監視をつけ、その中で定期的に楽園を訪れている人物としてロッキン卿の名前があがる。


 7日前、ロッケン卿の情報は随伴組織にリークされ、【吸血姫】がロッケン卿の屋敷に潜入する。

 ほぼ同時期に俺とアンヘル、【雨乞い巫女】、泥濘の4人がダンジョンうららかな谷間で【死霊魔術師】に雇われた殺し屋に襲われる。ただしこの人選に泥濘が選ばれたのはただの偶然であるのか選定に何らかの意図が込められていたかは不明。泥濘には()()()()俺の事故死を誘発するように指示がでていた。


「隙がなかったから……」


 嘘だ。あの時泥濘には俺を殺すチャンスはいくらでもあった。

 寝ている時に首を掻き切るだけ、いやそれどころか暗闇の中に放置するだけでよかった。


「泥濘はまだ誰も殺してない!」


 死霊がポケットの中で暴れる。


「いずれにせよ【伝道者】様にもお話を伺う必要がありそうですね」


 ここまでが昨日までの話。

 そして今日。


 楽園崩落。俺を始末しようとした犯行。4人の【死霊魔術師】のうち2名を殺害。泥濘が【死霊魔術師】を離反するも縁の効果で制裁を受ける。

 ロッケン卿の自白。これは【回復術師】を探していた冒険者つまりアンヘルたちと潜入した【吸血姫】によるもの。行方不明の人々の遺体という決定的な証拠を見つけた【吸血姫】はアンヘルたちと協力して【看守】や衛兵隊を無力化したのちロッケン卿を〈眷属化〉して罪を告白させた。



「ロッケンの変態親父は自白しましたわ。この事件を起こした目的は教会派の力を強くするため。【死霊術師】の名を出して教会本部を動かす。この街に執行部隊を送らせて教会派の立場を優位にしたかったとのことでしたわ。あと単純に【死霊術師】の異様な力に興味があったともいっておりました」

「信用していいと思います。ロッケン卿の屋敷におびただしい数のご遺体があるのはあたしも見ました」


 【吸血姫】と【雨乞い巫女】がつづけていう。フリカリルトはすべてを聞いてなお困惑したように首を横に振った。


「私の立場では両者拘束の継続としか命じることができません。ですが結論を先延ばしにしても得るものはないでしょう」


 フリカリルトが部屋を見回す。この部屋には冒険者、随伴組織、衛兵隊たちそして【死霊魔術師】の一味だった泥濘とありとあらゆる所属の人々が所狭しと並んでいた。


 いまはおとなしくしているが随伴組織と衛兵隊は明確に敵対する立場だ。【吸血姫】のいうことが正しくても貴族を殺したとして彼女の拘束は続くし、それが原因で抗争に発展する可能性すらある。


「それにロッケン卿ですべての決着がついたと考えるとおかしな点がひとつあります。泥濘さんはいまも縁に苦しめられております。つまり術者は捕まっておりません。残党をとらえることが優先かと思いますが……皆さん心あたりは?」


 フリカリルトが全員を見回すがだれも何も答えなかった。



「【回復術師】と【重力使い】の死体を確認したんだよな。縁は仕込まれていたのか?」

「縁の跡はありませんでしたが……それが何か?」

「おかしくないか。泥濘にだけこんなに念入りに裏切り防止の縁をつけておいて。他を放置するなんて。検査にまわるまでに消されたと考えるべき」

「つまり術者は楽園にいたと?」

「俺が殺してから検査されるまでの間に主犯がいた。その時間ロッキン卿はアンヘル達と会っていたはずだろ。無理だ」

「でもあんな動乱の中で消されていたとすれば追うことなんて」

「遺体を回収したのはメルスバル卿だ。卿に聞けばその時縁が残っていたかわかるはず。しかも本人とは先約済みだな」


 フリカリルトは大きくうなずいた。


「衛兵隊。私、フリカリルト・マルチウェイスターの名で命じます。今すぐ楽園の崩落現場にいた人間の調査をしなさい。全員まだ手当を受けているはずです。誰一人逃がさないように。〈縁〉に関するスキルを持つものの一時拘束を許可します」


 衛兵隊が敬礼をしてキビキビと出ていく。取り残されたのは冒険者たちと泥濘、【吸血姫】、そして【吸血姫】を拘束している一部の衛兵隊員だけだった。


 フリカリルトが泥濘の手を握る。


「泥濘さん。あなたはこのままでは数日と持ちません。この術は術者にしか解けないでしょう。私を信頼してください。必ず助けます。衛兵隊が急ぎ遺体に触れれた人物を洗います。そして残りのメンバーで……」

「西教区55番通り。そこにも【死霊魔術師】の実験場があるらしい」


 全部忘れている泥濘になぜか一つだけ残っている情報。


「たぶん……罠だと思います」

「それを承知で行くしかないな」


 俺が立ち上がるとつられるように【雨乞い巫女】【吸血姫】と【追跡者】が同時に立ち上がった。【吸血姫】はまるでおもちゃのように手にかけられていた手錠を引きちぎる。


「わらわもいきますわよ。この事件が解決までがわらわの仕事ですわ」

「衛兵隊からも監視をつけます」

「あたしもいく。アンヘルはちょっと無理そうだけど」


 彼らの発言にフリカリルトは優しくうなずいた。


「では私が指揮をとります。ナイク。いついく?」

「当然、今すぐ。罠なら準備時間が短い方があらが出る。時間を与えたら負けだ」


あとがき設定資料集


【吸血姫】

※HP 3  MP 3 ATK 8 DEF 0 SPD 8 MG 8

〜したたる血一滴なめた。新鉄の香りが口に広がりしわがれた喉が癒えて声が戻った。芳醇な骨髄を一口啜った。かさつく肌に張りが戻った。新鮮な肺を一つ齧った。錆びついた頭が冴えが戻った。飲み干した血肉が全身の錆と入れ替わっていく。私は血を飲む、私が私でありつづけるために〜



簡易解説:アサシン系統の役職。血にまつわるスキルを多く覚える。吸血姫のもつスキルは非常に多彩であり、戦士系統のような自己強化スキルや、魔物に姿を変えるスキル、血を吸引した相手を〈眷属化〉して一時的にゴーレムのように自由に操ることも可能。血を摂取することがスキルの発動条件となることが多く、吸血姫は絶えず傷害事件を引き起こし続けてしまう。教会の定める犯罪役職。

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