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第05話 ゴミ漁りにもルールがある

 

 神託の儀から、半年経った。


 俺は王国最大の都市の一つ、錬金都市マルチウェイスターで立派に浮浪者をやっていた。


 毎日毎日ダストボックスのゴミを漁り、裏路地で寝泊まりする。どこに出しても恥ずかしくない正真正銘の一文無しだ。


 近頃の悩みは、飯がまずいことと季節はどんどん寒くなってきて外で寝るのが辛くなってきたことと。特に寒さは致命的で、適当な道端で眠ってしまうと朝起きた時、全身が凍ったように冷え切っていた。


 冬になる前にいい場所を見つけないと命の危険がありそうなのだが、どこもかしこも先客がいて簡単にはいい寝所にありつけなかった。


 浮浪者界隈にも仲間意識とテリトリーがある。

 役職すら明かせない俺はどこに行っても信用されず、この街にやってきてしばらく経つのに、いつまで経ってもどこにも居場所を見つけられずマルチウェイスターの街をふらふらと彷徨い続けていた。


「趣向を変えて、あえて中心街に行ってみよう!」


 掠れきった声が、誰もいない路地裏に虚しく響く。


 そういえばしばらく誰とも喋ってない。


 元々、社交的な性格ではなかったが、【死霊術師】になってからさらに人との関わりを避けるようになった気がする。数日以上人と会話しないこともざらだった。


 マルチウェイスター(この街)にたどり着いたばかりの頃は積極的に酒場に行って聞き込みをしていたというのに、最近は日々のゴミ漁りと、寝所探しに手一杯になってしまっている。

 このままでは『役職を変えた人』を探すという当初の目的を忘れてしまいそうだった。


 この半年で得た情報は何もなく、結局『役職を変えた人はマルチウェイスターにいるかもしれない』というところから何の進展もなかった。


「せめて冒険者になれればなぁ」


 無理なことをいくら悔やんでも仕方ないのだが、こればっかりは文句を言わないではいられなかった。


 裏通りを抜けて街の中央へ向かう。


 初めてやってきた中心街は、地面が全面タイル張りになっており、一目で他の地区との違いを実感させられた。


 ずらりと背の高い建物が立ち並び、通りには魔導力車が行き交う。店先で朝食を嗜む小綺麗な格好をした紳士婦女たちの表情は穏やかで、同時に活気に満ち溢れているように見えた。


 ボロ切れ一枚の俺は明らかに場違いだ。


 咎めるような視線から逃げるようにそそくさと建物の隙間に滑り込む。表通りより小汚いはずの裏路地すら俺より小綺麗で気後れしたが、しばらく歩くとお目当てのダストボックスと巡り会えた。


 ダストボックスの中には大量のゴミがぎっしり詰まっていた。


 スラムのゴミ箱よりよっぽど多い。どれだけ小綺麗に見えてもゴミはあるものだ。

 冷静に考えれば当然な話、街が綺麗であればあるほど、逆にゴミはダストボックスに固まっている。


 もしかして、穴場を見つけたかもしれない。

 ウキウキしながらダストボックスの中に頭を突っ込んで漁ると目的のものが見つかった。


「このゴミ食えそうだな」


 おそらく魔物の生肉と思われるものをゴミ箱の中から発見する。若干腐っているが、問題ない。俺にはこの半年で手に入れた最強の実績とスキルがある。この半年で幾度となく俺の命を救った最強最高のスキルだ。


 《悪食》

 生肉や腐敗物などを継続的に食べ続けることで解放される。実績報酬として〈消化強化〉を与えられる。


 〈消化強化〉

 胃腸が強くなる。高い可能性で食物中の細菌、寄生虫を滅殺する。


 頭の中に呼び出したステータスをほれぼれととみながら、肉を齧った。


「おえっ。まっず」


 吐き出しそうになるのを手で押さえつけながら生肉を飲み込む。いくら悪食でも不味いものは不味い。とはいえ生肉もだいぶ慣れてきて、なんでも一口で食べられるようになったんだが。


 この街に途中で路銀が尽きた後は、こんなふうに弱い魔物を狩って食べるという毎日を送っていた。ゴブリンの太ももに齧り付き、スライムを啜る。オークなんて出てきたらラッキーだ。あいつらの腹の肉は生でもうまい。危険な寄生生物がいる可能性はあったが、食わないで死ぬより食って死ぬ方がマシだ。


 初めはよく腹を下したものだったが、気がつけば回数は減り、《悪食》を獲得してからはほとんどないと言っても過言ではなかった。


 そんな感じで食べることはなかなか苦労したが、逆に狩り自体は思ったより簡単だった。


 開拓村で魔物についての知識は頭に入っていた上に、【祭司】殺しで手に入れた〈隠匿〉のスキルのおかげで、簡単に不意打ちをすることができた。

 高い貫通力のあるミスリルの穂先を適当な木の棒に括り付けて、後ろから首やコアをヒトツキ。単独行動している魔物見つけ出すことができれば、不意の一撃でことが済む。特に人型の魔物は格闘技術も通用するので苦戦することはなかった。


 この辺りは魔物の支配領域から離れているので、生まれ故郷の開拓村と違って魔物は非常に弱い。武器も持たず弱々しく拳を振り回すオークが、辺境にいた【人喰豚鬼】(オーク)と同種だとはとても信じられなかった。


 当然レベルの上昇も穏やかで、これだけ狩っているにもかかわらず、この半年で2レベルしか上がらなかった。やっとレベル11。歳の割には早いほうだが、まだまだ大人たちの平均には程遠かった。


「新入りか?にいちゃん!ここのゴミ箱は俺たちのナワバリだぞ?」


 当然後ろから声をかけられて振り返ると、そこには3人組のみすぼらしい身なりの男達が立っていた。服装はボロ切れ一枚、武器は木の棒。ナワバリという言葉から察するに、この辺りを根城にしている浮浪者の先輩達だろうか。


「すみません。縄張りがあるなんて知らなかったんです。お渡しします」

 

 両手を挙げて敵意がないことを示す。浮浪者たちは拍子抜けしたように目を丸くし、ニカリと笑った。


「なんだ分かってんじゃねぇか。それでいいんだよ」


 しょうがなくここで手に入れた戦利品を全て手渡す。一部は自分の分として取っておこうかと思ったが相手が何を求めているかわからないので全てあげることにした。変な衝突はしたくない。


「ふざけんなよ。舐めてんじゃねぇぞ」


 だがせっかく渡した戦利品を見て彼らは感謝をいうどころが顔色を変えて怒り出した。


「コイツ腐り肉なんか渡しやがって、喧嘩売ってんのか?」


「悪食持ちなので俺は食べられるんですが。要りません?これ多分脳なんで寄生虫とかいませんよ。比較的安全です」


 彼らが投げ捨てた魔物の腐り生肉を拾い、もう一度差し出すと、彼らは少し後退りして首を横に振った。


「なら自分がいただきます」


 彼らの目の前で、ひとかじりすると怒っていた浮浪者達はポカンと口を開けて、それから苦笑いした。


「……アンタ若いのに相当苦労してんなぁ」


 浮浪者の兄貴達は可哀想なものを見るような目でこちらを見ていた。


 確かに自分でも苦労しているとは思うが、そんな目で見なくてもいいんじゃないだろうか。


「見かけない顔だがどこの通り住みだ?」


「マルチウェイスターの来たばっかりであんまりどことかわからないんですよね。いいとこありません?」


「悪いことはいわねぇ、とりあえず冒険者登録しろ。マルチウェイスターはだいぶ良心的だ。葉っぱはちと高いがな」


 やはり冒険者登録か。


 俺が浮浪者になってしまった最大の要因は、まず旅に出た若者がする最初の行動、冒険者登録ができなかったせいだった。お陰でクエストを受けることも素材を売ることもできず、お金を稼ぐ手立てがなかった。売れるはずの魔物な素材達が売れずに魔法袋の中で腐っていくのを見るのは、何ともいえない悲しい気分だった。


 お金が稼げないなら物を売るしかない。いく先々の街で財産を売り払い、やっとのことでマルチウェイスターに辿り着いた時には、路銀はつき、父の形見の魔法袋と槍、そしてどこ行っても売れなかった古き邪神の腕輪以外は全て失ってしまった。何一つ財産のない文字通りの文無しだ。


 そして当然このマルチウェイスターでも冒険者登録はできないので、街外れに行って魔物肉狩りして飢えを凌ぐか、今日のようにゴミ漁りをするのが日常となってしまった。


 そもそもなぜ登録できないのかというと、冒険者は登録時に役職とレベルの開示を行う必要があったためである。


 役職とレベルだ。


 それだけでいい、名前すら偽名でいいので、本来どんな人間でも登録ができるとても緩い制度なのだ。


 仮に、すごい危険人物がいて、〈人殺し〉のような実績を持っていたとしても、開示しなければ登録できるし、どれだけ無能なスキルツリーを取得してしまっていても登録自体には問題ないのだ。


 役職という誰でも持ってる当たり前のものを登録するだけで、仕事をもらえて、素材の売り買いができる、普通の人なら朝飯前にできるとても容易いものであるが、俺にはそれが問題だった。


 自分にとって役職の開示とは六禁を自ら晒しにいくようなものである。つまり処刑一直線。


「まぁほどほどにしとけよ。ここのゴミ箱の主人はおら達に厳しい奴だからな」


 ボーと物思いに耽っていると、浮浪者の兄貴達は憐れむように自分に告げ、そそくさと立ち去って行った。彼らに手を振り再びゴミ箱の中を覗く。


 まだまだ魔物の肉がたくさん入っている。このゴミ箱の主は素材屋か何者なのだろうか、きっとそうなのだろう。そうでもなきゃこんなに魔物の肉を集めたりしない。


 それにしても勿体無い。オークやゴブリンの肉だけでなく、今まで食べたことのない魔物の肉がたくさんある。


 中でも一際大きいキラキラと硬そうな鱗がびっしり生えた尾

 これは、巨大なトカゲの尻尾だろうか。

 

 まさか竜?


「おい!何してんだ?!」


 再び後ろから声をかけられ、少しうんざりした気分になった。今度は何だろう。


「食べ物漁ってます!」


 纏っていたボロが誰かに掴まれる感覚がして、ゴミ箱から引っ張りだされた。俺を引っ張りだした相手を見ると、それは硬そうな鱗でびっしりと覆われた人型の何かだった。


 魔物?!

 こんな街中に?


 顔はまさに竜。竜人といった様相だ。


 捕まれたボロを脱ぎ捨て、飛び退さる。

 即座に槍を取り出し、なぜかボーと突っ立ってる魔物の腕に槍を〈叩きつけ〉た。


 重厚そうな見た目に反して軽い感覚がして魔物は吹っ飛び、ぽろっと、腕が取れた。まるで元々もげていたように脆い。


「おい!うちの子に何してんダァ!」


 魔物の後ろから声がして、同時に何かに足を囚われた。振り払おうにも振り払えず、地面から生えつづける蔦のようなものに全身を絡め取られていく。あっという間に完全にとらわれてしまい、ぴくりとも動けなくなった。


「このクソ野郎、なんちゅうことしてくれたんや。」


 初老の男性が魔物に駆け寄った。ペタペタと竜頭の魔物に触って何かを確かめている。そして赤い光がして、魔物の腕はピタリとくっついた。


「まぁ腕もげただけじゃな。」


「【傀儡術師】様。ただのゴミ漁りかだと思いますが、大事がないように拘束しておきました」


「流石フリちゃん。でもワシはこれはただのゴミ漁りには見えんの」


 フリちゃんと呼ばれた小柄な金髪の少女がこちらをまっすぐに見た。彼女が使ったスキルのせいで俺は全く動くことができない。彼女は訝しげにしばらく俺の顔を眺めた後、そのまま視線をゆっくり下に降ろし、俺が全裸なのに気が付いて、顔を赤らめた。

 直後、さらに多くの蔦が全てを覆い隠すように俺の全身をぐるぐる巻きにした。


「これ魔法袋ですね。しかも大サイズ」


 少女が汚いものを摘むように懐から俺の魔法袋を取り、そのまま【傀儡術師】と呼ばれた初老の男性に渡す。


 返せ!と叫ぼうにも、つたで口を覆われて何もいえない。


「こりゃ、収納付与した袋か?盗品かね。本当に怪しいノゥ」


 怪しいも何もそれは正真正銘俺のものだ。

 とはいえ、今入っているのは魔物肉と使えそうなゴミだけ。自分のものと証明することはできなかった。


 吊り下げられた俺を前にして、少女と【傀儡術師】は何とも言えない表情で目を細めた。


「よく見えませんね」


 少女と【傀儡術師】は困ったように顔を見合わせ、首を横に振った。


「こりゃ〈隠匿〉だな。珍しいもん持っとる」


「身元がわかる持ち物も無さそうですが、とりあえずゴミ漁りとして衛兵に引き渡しましょう」


 それはまずい。衛兵に捕まれば、必ず役職を調べられる。役職のことを隠せる〈隠匿〉のスキルがどこまで強力なのかは知らないが、たとえ取り調べを隠し通せても怪しい奴として取り調べから解放されることはないだろう。


 必死にやめてください、とお願いの視線を投げかけるが少女はこちらに一瞥しただけで、興味なさそうにこちらに背を向けた。


「いや、待て。コイツはただのゴミ漁りとは思えん。即座にどこかから槍を出して攻撃してきた。そんなん普通の浮浪者がやるかね。傀儡四号を一撃で破壊しおったし、そんなことできるなら冒険者になるじゃろ」


 衛兵に引き渡すのをやめてもらえたのは助かるが、明らかに話がおかしな方向にいっている。


「誰かに雇とわれてワシの工房の秘密を盗みにきたんとちゃうかね。ん、?」


 爺さんが俺の顔を覗き込む。

 違う!ただのゴミ漁りです!と叫びたいのに絡まる蔦のせいで、むぐ、むぐとしか、声を発することができなかった。


「まぁいい。時間はあるからの」


 俺はグルグル巻きのまま、竜の人形に担がれて近く家の中に運び込まれた。そこは家というにはあまりに殺風景で、家具の一つもない所だった。ただ真ん中に複数個、等身大の台があり、そのうちの一つの周りには真っ赤な血が飛び散っている。


 その血を頑張って落したいとでも言わんばかりに、数人の若い弟子と思わしき人たちが台の周りを取り囲み、掃除をしていた。


 別の台を見ると、そこには美しい女の体が横たわっていた。美しいことには美しいが、ただそれは肉欲的というより、なんだか人工的で、機械のように見えた。まるで人形のようだ。


 いや、本当に人形なのだろう。

 ここはおそらく先ほどの【傀儡術師】の工房だ。



「【傀儡術師】様。そのゴミ漁りをどうするおつもりでしょうか?」


 少女が不思議そうにそう尋ねると、【傀儡術師】は困ったように肩をすくめた。


「とりあえず、倉庫にしまっとこうかの。しばらくすれば話したくもなるじゃろう」


 そう言われて、押し込められた物置の中は、先ほどの魔物のような人形でいっぱいだった。レッサーキャットの頭で人の胴体、ウィンドゴートの足の人形や、頭だけ人のユニコーン、他にもカエル頭のケルベロスなどなど。


 魔物をおもちゃのように切って貼り付けた人形達。


 趣味が悪い。【死霊術師】の本能が目の前の人形達に強烈な嫌悪感を感じていた。


 魔物を含め、全ての生き物の体は最適化された完成形だ。適当に組み合わせてもバランスが悪くなるだけで最大機能を得ることはできないのだ。生き物を素体にすること自体はいい着眼点だが、やるにしても、もっとしっかり形状を考え、もっと上手く〈合成〉しないといけない。


 大声で文句を言いそうになるのをグッと堪えた。

【傀儡術師】の造形に点数をつけている暇はない。

 ともかく魔法袋と槍を取り戻さなければ。


 槍もそうだが、魔法袋を取られたらおしまいだ。元々高ランク冒険者だった父の遺品の一つである魔法袋は強力な空間魔法がかけられていてどんなものでも入ってしまう上、重さも感じない。父が使っていたものをこっそり遺産として譲渡されただけだが、本来ならあれ一つで中心街に家一つ買えるくらい高価なものだ。


 そりぁ、そんな品を俺みたいな浮浪者が持っていたら盗品扱いされても仕方ないけど、話も聞かずに取り上げるなんてあんまりだ。


 どうにか蔦を外そうともがくが、何らかの〈スキル〉でできているのか一向に壊れる気配がなかった。

 どう見ても年下、神託の儀前の子供に見えたのにこんな強力な〈スキル〉持ちなんてあの少女はどういう人なのだろうか。もしかして都会は開拓村と違って神託の儀の年齢が違うのだろうか。


【傀儡術師】と呼ばれていた初老の男とも弟子にしては距離感があった。どちらかというと対等な関係に見える。彼女は俺のことをただのゴミ漁りとしか考えていなさそうだったし、彼女になんとか無実を伝えれば解放してもらえるかもしれない。



 緩むことすらない蔦に悪戦苦闘していると、物置部屋にゾロゾロと【傀儡術師】とその弟子たちが入ってきた。

 だが残念ながら少女の姿はそこにはなかった。


「さてと、どこの工房の差金かの? 教えてくれりゃぁ悪いようにはせん」


 口の蔦を外されて、喋れるようになったが、聞かれたら内容は知る由もないことだった。


「何の話かわからない」


 無駄だと思うがそう答えるしかない。


「わからないわけないじゃろ。悪いようにはせん。どこの誰に頼まれたか教えてくれればいいんじゃ」


 脅しのように脇腹を蹴られて、痛みにうめく。


「もし、言ってくれれば。そうじゃな主が気に入った傀儡一つやっても構わんぞ?」


「何回言われても知らないし、俺はただのゴミ漁りだよ。食べるための肉を探してただけなんだ」



 そこからはただの押し問答だった。知らないと答えて、殴られる。何回かそのやりとりを繰り返した後「どこの工房の差金か、はっさと吐けよ!」と吐き捨てるように言って【傀儡術師】は部屋を去っていった。


 残された弟子たちはまるで傀儡を動かす練習のように傀儡を使って殴りかかってきた。


 腹を蹴られ、手を踏まれ、顔をガンガンと机に叩きつけられる。幸運なことに俺を縛っている蔦が下半身に隙間なく巻き付いていたため股間を蹴られることはなかった。


 鼻がツーンとするような痛みとともに、血が出て口の中が鉄の味でいっぱいになった。折れたというほどじゃないが、鼻から血が溢れてきた。

 何度も蹴られ、殴られ体中な内出血と痛みで熱くなる。


 流石に〈スキル〉をぶつけられることはなかったが、暴行はしばらく続いた。


 先ほど食べた生肉が逆流して、吐き出る。真っ赤なのは血のせいなのか元々なのか判断ができなかった。


 もちろん暴行はそんなことでは止まるわけもなく、彼らは入れ替わり立ち替わり満足するまで俺を殴り続けた。


「答える気になるまで続けるからな」


 しこたま殴られた後、そう言われて、再び床に転がされ、彼らは物置を出ていった。



 子供ころから父にしごかれていたおかげで、痛みには慣れている。少し殴られるくらいなら耐えられるが、この状況、あまりにもどうしようもない。


 どうやっても許してもらえそうにない。〈隠匿〉で隠していることがあるせいで、真実を喋っても信じてもらえない。そして隠していることは喋るだけで処刑台送りの秘密だ、絶対に打ち明けることはできない。


 どうすることもできない。

 このままいつまでもこの暴力が続くのだろうか。


 待っていても何も変わらない。助けてくれる人も、傷を〈ヒール〉してくれる人もいない。俺は開拓村の【槍聖】の息子ではなく、ただの怪しいゴミ漁りだ。



 この街に俺がいなくなっても気がつく人などひとりもいなかった。



 あまりの無力感に泣きそうになった。




「情けない顔」


 突然声がして頭を上げる。

 目の前に立っていたのは俺をグルグル巻きにした少女だった。扉は開いていない。煙のように突然目の前に現れた彼女はジッと観察するようにこちらを眺めて、ため息をついた。憂うようなその表情は幼いながらもとても整っていて美しかった。


「HP 0。やりすぎ」


「HP?」


「あ、私〈鑑定〉スキルあるから」


 〈鑑定〉は情報スキルの頂点と言われているアルケミスト系統の役職のスキルの一つだ。鑑定している道具の効果や、相手の名前、レベル、役職、そして所持するスキルや現在のステータスの値まで全てを見通すことができる、とんでもなく優秀なスキルである。〈鑑定〉を覚えているだけでどこに行っても職に困ることはないと言われ……



 名前、レベル、、役職?!



 俺はグルグル巻きのままガバリと飛び起きた。


「見えてる?!」


 焦って飛び起きた俺を見て、少女は面白そうに笑った。


「残念ながら、あなたのステータスは〈隠匿〉のせいでほとんど見えないわ。頑張って目を凝らしてようやくステータス値が見えるくらいよ。多分【傀儡術師】様達には何も見えてないんじゃないかしら」


 すこし悔しそうに、それでいて自慢げに胸を張る彼女の胸は、少女というには大きい。というか、低い身長から考えるとかなり大ぶりなほうだった。


「だからやりすぎたんでしょうけどね」


 少女はそういうと、うんざりしたように首を振った。


 とりあえず【死霊術師】はバレてなさそうだ。

 一安心して倒れ込むと、ポトリと目の前に何かが落ちてきた。


 奪われた魔法袋だ。


「返しておくわ。中に槍も入ってる。あの趣味のわるい腕輪も。それ以外は鑑定して貴方のものでなかったのでこちらで処分しました」


 パチンと少女が指を鳴らすと俺を縛っていた蔦は萎れてカラカラになった。全裸にしないようにか、下半身の蔦だけは服のように残った。


「今回の件、あなたが100%悪いわ。人の家からでたゴミはその人の所有物、街が回収した後は街の所有物。あなたの行為は窃盗よ」


 久しぶりに自由になった手足に感動している俺の前に少女は屈みこんだ。


「そこまではあなたが悪い。ただし、そこからは【傀儡術師】さんたちの方にも非があるわ。あなたを不当に拘束しつづけ、HP0になるまで暴力を振るった上であまつさえ元々あなたのものだった魔法袋さえ没収しようとしている。本来なら捕まえた時点で衛兵に引き渡すべきなのよ。なので、あなたの荷物は返した上で、窃盗罪と暴行罪で過失相殺とします」


 パチンと彼女が再び指を鳴らすと物置の奥に扉が現れた。扉は音を立てずに開き、そこはそのまま裏のゴミ箱の路地に繋がっていた。


「彼らには話しておくので、ややこしくならないようこっそり帰ってください」


「いいのか? 俺色々隠してるけど」


 先ほどの【傀儡術師】たちとの態度の違いに少し戸惑うが彼女は面倒くさそうに首を振った。


「工房同士の小細工は私には関係ありません。それに隠すのは罪じゃないわ。公的な場で詐称したとかなら話は違うけどただの街中よ? あの人たちはあなたの〈隠匿〉が見破れなくてイライラしてるだけです」


 やはり、彼女は【傀儡術師】とは弟子とかそういう関係ではないようだ。よくわからないがとても助かった。


「ありがとう」とお礼を言おうとすると、彼女は思い出したようにあっ、と声をあげ、一枚のチラシを押し付けてきた。それは冒険者ギルドの勧誘のポスターのようであった。


「ゴミ漁りなんてやめて、勇気を出して冒険者として魔物と戦うことをお勧めするわ」


 少し馬鹿にしたみたいなものいいだが、おそらく魔物と戦うのが怖くてゴミ漁りしていると思われているのだろう。こんな身なりのいい少女にはそもそも登録できないなんて思いもしないのだろうな。


「あ、ありがとう。考えとくよ」


 少し困惑しながら、礼を言うと彼女は嬉しそうに微笑んだ。俺は促されるまま痺れる足を引きずり、扉を通り、工房を転がり出た。

 少女に一度お礼を言おうかと扉の中をみるが、彼女はさっさと行け、というよな仕草をしながら、小さく口を開いた。


「じゃあね【死霊術師】さん」


 そのままパタンと扉は閉じ、そして煙のようにフッと消えた。


 消える扉を見ながら、俺は唖然として立ちすくんだ。

 

 バ、バレた?

 今確実に【死霊術師】って言ったよな

 

 〈鑑定〉で見られたのか?

 でも彼女は見えないっていってたのに。

 あれは嘘だったのか

 

 それともただの聞き間違い?


 頭の中が混乱に埋め尽くされるが、ひとつだけわかっていることがあった。


 バレていようが、聞き間違いだろうが、俺は逃がしてもらえたのだ。

 教会に通報するならツタでぐるぐる巻きのまま引き渡せばよかった。


 あの子に通報の意思はない。


 そう考えると、次第に心が落ち着いてきた。

 

 なら、とりあえず気にしなくていいか。

 こんな大きな街では彼女と再会する可能性も低いだろう。


 俺は扉のあった場所から背を向け歩きはじめた。もう誰にも見つからないよう、真っ暗な路地裏を選んで、ヨボヨボと歩きながら住処の裏路地に向かった。吹き荒ぶ風が傷口を撫で、染みるような痛みが体に走る。


 酷い目にあった。俺はただゴミを漁ってただけなのに。


 あの少女には本当に助けられた。

 少女自身はただ平等に見てくれているだけのつもりなのだろうが、あんなに優しくされたのは【死霊術師】になって初めてかもしれない。


 今まで全ての人間が俺に敵意を向けるか、素知らぬ顔で無視するかのどちらかだった。

 世の中には見ただけで人の善悪を判断できるスキルを持つ人もいる。彼らからすれば【死霊術師】はそれだけで悪だし、実際に悪いこともしている。どう誤魔化しても悪じゃないとは言えないのだろう。


 この街は治安がいいから無視されることの方がほとんどだが、道中の他の街ではおちおち眠ることすらできなかった。別の事件の犯人と間違われて殺されかけたこともある。

 

 幸運にも今回はなんの損害もなかったが、ゴミ漁りはゴミ漁りでリスキーのようだ。結局、地道に魔物を狩りをするのが一番かもしれない。

 

 浮浪者の兄貴たちの言うことをちゃんと聞いておけばよかった。この辺りにはこの辺りの、ゴミ漁りにはゴミ漁りのルールがあるのだろう。


あとがき設定資料集


【傀儡術師】

※HP 7 MP 7 ATK 4 DEF 4 SPD 4 MGC 4

〜お人形遊びも極めれば芸術。傀儡術師の手にかかれば、子供のおままごとすら大舞台〜


簡易解説:アルケミスト系の役職。傀儡人形の作成や、操作に関するスキルを持つ。傀儡術師の操作する傀儡人形は、術師がどれだけその人形を気に入っているかで動きの精度や強さが変わる。そのため、彼らは己の全てを賭して傀儡人形作りに捧げており、傀儡術師の作った傀儡人形はその性的嗜好性から高価で取引されることが多い。

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