第49話 蠢く怨嗟の大合唱
「下にいる」
「下」「見つけた」
「ぶっころせ!」
死霊たちの囁きを頼りに瓦礫の破片を〈叩きつけ〉て床を割り飛び降りる。
地下室に泥濘と【回復術師】がいた。
驚いたように俺を見つめ、顔を背けた泥濘。
彼女にむけて瓦礫を振りかぶった。
「泥濘! 死ね!」
瓦礫を持った手で泥濘の顔を殴りつける。泥濘は一撃殴りつけただけでグラリとよろめきそのまま崩れ落ちた。
頭を潰して、止め!
もう一発瓦礫を脳天に〈叩きつけ〉ようとして、俺は体当たりされて吹っ飛んだ。
「お前! 頭イカレてんのか! 泥濘はお前を!」
「イカレてるのはお前らだろ!」
【回復術師】に向かって手に持った瓦礫を投げつけて牽制する。【回復術師】は瓦礫を顔面に受けて潰れながら一瞬で回復した。
「横! 狙われてるよ!【重力使い】!」
「よけてー」
「しれいじゅつし!」
次の瞬間、
壁が穴だらけに吹き飛んで、体中が〈バレット〉の連弾に撃ち抜かれる。
避けることも間に合わず直撃したいくつもの魔法の弾丸は俺の骨を砕き、肉を抉った。
体が熱い。傷口が発火するように熱い。
足を砕かれ、もはや体重を支えられなくなった俺は床に崩れ落ちた。
四つん這いで足を引きずって逃げる。血でぬめつく全身を擦りながら地下室をでて楽園の出口へ必死に這った。
「早くにげて」「急いで」
「くるよ」「はやく」
急に体が重くなって地面にへばりつく。うちつけた顔面が血でぬるぬるする。
「ネジャ、絶対近づいちゃ駄目だ。なにするかわからない。そこから撃ち殺してくれ」
離れた屋根の上に【重力使い】がこちらに手をむけている。咄嗟に頭をかばう。
放たれた魔法は腕にあたり骨がきしんだ。
「泥濘も撃てよ。そいつはいきなり殺そうとしてきたぞ。せっかく助けようとしてたのにな」
「まだ〈バレット〉覚えてないから…………」
【回復術師】と泥濘の声が聞こえる。泥濘はさっき意識を奪ったはずなのに【回復術師】の手で〈ヒール〉されたようだ。
「お願い、泥濘を殺さないで」
「なんで?」「殺せ」「なんで?」
「しれいじゅつ死んじゃう?」
「立って」「にげないと」「しんじゃうよ」
死霊たちが上をまわる。
だが聞こえる囁きがどこか遠くに聞こえる。
「泥濘まだレベル2か? なおさら殺すべきだ。そろそろレベルあげろ。楽園がこうなった以上もう」
「フィー、うだうだいってないさっさと殺す。時間かけると衛兵隊がきちゃうじゃん」
体に魔法が何度も突き刺さる。
まるでひき肉にする勢いで念入りに叩き潰され、ボロ布のように楽園の裏路地に転がる。
骨が割れているのかもはや地面を這いずることもできない。
視界が霞む。
もはや頬を噛んでも痛みがない。
死霊たちが頭の上で何かを囁いているのは分かるが意味が理解できなかった。
死ぬのか?
これが死か……死霊たちの死の記憶は何度も経験したが、自分が死ぬのは初めてだ。
こんなあっさり。
まぁあっけないと思うが死霊たちの死も全部あっさりだった。
今日死ぬと覚悟して死ねる人はほとんどいない。皆気が付いたら死んでるのだ。
このまま死ぬなんてあまりに普通の死。
普通。
普通か。悪くない。
「俺……は普……だ」
よかった。最期だけは普通に逝ける。
いや普通なわけないじゃん
おかしいよ
はんざいしゃにおいかけられて、うらぎられてしぬのが普通?
へんだー
いじょうしゃ
どこかから変な声が聞こえる。死霊たちじゃない。彼らは頭の上で何か言っているが言葉はよくわかなかった。これが死ぬときの迎えというものなのだろうか。
むかえ? ちがうー
ふつうじゃないよ
ふつうはさいごまであがくよ
しんだことにもきがつかない
しはこうかいと
ぜつぼうにまみれてるんだお
こんわくも!
しれいじゅつしはいじょうしゃなの?
このしにかたでまんぞくするのはイカレてるよ
「う……さい。普…………俺は……まだ…………」
何なのだこの声は。
せっかくいい気分になっていたのに。
これじゃ死ねない。
頭の中にステータスを呼び出す。
役職スキルツリー ⭐︎落城のネクロマンス 0
サブスキルツリー •初級槍術 24
•冒涜の災歌 0
亡骸掬いを殺して今、余分にあるスキルポイントは6。
合唱だよ! うたおうよ!
ナイクは! ぼくらは!
うごめくえんさの!
大合唱 大合唱 合唱歌 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 合唱歌 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 合唱歌 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 合唱歌 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 合唱歌 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱 大合唱
合唱歌じゃなかったっけ
どっちでもいいじゃん
冒涜の災歌に6つふった。
パッシブスキル〈歌唱力強化〉を獲得しました。声や音を発する能力やスキルの能力が上昇します。
パッシブスキル〈聴覚強化〉を獲得しました。声や音に対する耐性および声や音を聞き分ける能力が上昇します。
「はず…………役に……たな……」
『ええええ』
『わたしたち役立たずじゃないもん』
『女神様もナイクもいじわる』
『さいこうだよ!』
『やっちゃえしれいじゅつし!』
『そうだよ。囁いて!』
『囁けー』
「もう死んだか?」
「さぁ。うちはさっきからバンバン別の経験値が来てるから判断できないじゃん。フィーが殺してよ」
【回復術師】が近づいてくる足音がする。手に入れた〈聴覚強化〉のおかげかさっきまでよりずっとはっきり鮮明に聞こえる。
「しぶといな。まだ生きてやがる」
「【回復……フィードルだ……な」
目の前の【回復術師】の足をつかんだ。
「悪いな。お前は即殺とのボスの命令だ」
「たし……さ……こうだ」
【回復術師】に〈死霊の囁き〉を付与した。
「……ら……囁け!」
「なんかしたか? まぁ何されても俺は大丈夫だが」
『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』『囁け』
頭の中で何百、いや何千もの声が連なる。声々に叫ぶ音が、折り重なって響く。何度も何度も繰り返されるうちに、声がまるで溶かして鋳た金属のように混ざり合い、やがて大きな一つの声になった。
『死を囁け!』
浮かんでいた死霊たちがピタッと停止した。存在しない首をかしげるように全員傾く。そして納得したように頷いた。
「囁く?……りょうかいです!」
「あ!」「うぃぃ!」
「こっちみた!」
「ぼくらが見えてるね。【回復術師】」
「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」「【回復術師】」
「なんだ、これ」
【回復術師】が後ずさりする。彼を追いかけるように死霊たちが移動した。
「犯人!」「犯人!」「犯人!」「天誅!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「復讐!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「天誅!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「復讐!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「天誅!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「復讐!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「天誅!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「復讐!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「天誅!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「犯人!」「復讐!」「犯人!」「しねー」
浮かんでいた死霊たちが【回復術師】にとりついた。まるで死体に群がる蛆のように穴という穴から体内に潜り込んでいく。
「ああああぁばびちあじゃたほじゃたぉがいじょぽぎあぎたえじえあていう」
「わあああ」「いえーい」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」「しねー」
まるで取り憑くように、憑き殺すように、死霊たちが嬌声をあげながら【回復術師】にはいりこむ。
言葉にならない悲鳴をあげて【回復術師】はガンガンと頭をふって壁にぶつけた。
「フィー!? どうしたの!?」
「ひろえいああびてぼ……ネジャだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃだみゃ」
〈歌唱力強化〉により強化された〈死霊の囁き〉が【回復術師】を襲った。
亡骸掬いの時と同じように、いやそれよりはるかに強烈に。
あとがき設定資料集
【審問官】
※HP 2 MP 2 ATK 8 DEF 5 SPD 3 MG 10
〜異端は許してはならない。我らが母なる女神を忘れ、他の神を信奉するなど人の皮をかぶった魔物である。ひん剥いて中身を確かめよう。もしただの人であったら、誰より先に女神様の元に行けるのだ。幸せ者である〜
簡易解説:異様に高いMGをもつ魔術系統の役職。〈忘却〉や〈正直者よ〉など拷問や尋問の役に立つスキルを多く覚える。六禁〈救世主〉と並んで犯罪役職でありながら〈ヒール〉を覚える数少ない役職のひとつであり、尋問した相手を〈ヒール〉することで無限に拷問することが可能。教会の定める犯罪役職であるが、教会に対して恭順する審問官の性質から犯罪役職たちのまとめ役をまかされるケースが多い。
【拷問官】
※HP 2 MP 2 ATK 10 DEF 5 SPD 3 MG 8
〜はじまりのダンジョンは拷問官の拷問部屋であった。無数の絶望と死にまみれ淀んで澱りかたまった塵埃の中で最初の魔王がうまれた〜
簡易解説:異様に高いATKをもつ戦士系統の役職。〈感覚増幅〉や〈真偽判定〉など拷問や尋問の役に立つスキルを多く覚える。教会の定める犯罪役職。伝承によれば、女神が人に役職を与えるよりずっとずっと前、拷問官は人類をとある魔法生物の発生に関わったとされている。現在、人類を淘汰しかけているその魔法生物は拷問官の仕事部屋を指す言葉からダンジョンと呼ばれている。




