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第46話 亡骸掬い




 ダンジョン:うららかな血肉の谷間は文字通り谷間の底にある。崩落の影響で崩れかけた入り口の外側は左右切りたった崖。つまり上に陣取ればどこからでも谷底を狙える最良の待ち伏せ場所だった。


 当然俺たちにとっては逃げ場のない最悪の待ち伏せ場所だ。


「敵が張ってるわ。外は罠だらけだしどこに何人いるかもわからないの。こっちに入ってくることはないけどこのままじゃいつか私たちの食料が尽きる」


 【雨乞い巫女】に言われて外をのぞく。崩落したダンジョンの入り口の隙間から見える崖上には何十もの死霊たちが浮かんでいた。


「しれいじゅつしー、撃たれないようにきをちゅけてー」

「こいつら悪いやつ」

「僕らころされたよ」

「ころしや、悪いやつ」

「処せ!」「しょしちゃえ!」

亡骸掬(なきがらすく)いだよ!」


 死霊たちが崖上のいたるところからこちらに向かって叫んで教えてくれる。


「数が多いな。最低11人。手前の雑木の影に一人、右の崖上に三人、左のあの岩陰に三人、奥の方に四人ってところか」

「〈血の香り〉か。相変わらず化け物みたいな性能してんナァ」

「上から遠距離攻撃スキルで狙われてる。出なくて正解だ」

「11人。それで全部なの?」

「さぁ。香りがついていなければ分からないからな。最低11人。あと亡骸掬(なきがらすく)いって……」

「亡骸掬い?!」


 死霊たちの言葉をアンヘル達に伝えると【雨乞い巫女】が驚いたように俺を揺さぶった。


「レビ、だれ? それ」

「雇われ殺し屋よ。金次第で子供すら殺す最低な奴ら。あいつらが【死霊魔術師】の正体ってこと?」

「多分ちげぇな。【死霊魔術師】が雇ったんだろうよ。テメェを殺すために」


 【雨乞い巫女】の話によると識別名:亡骸掬いはマルチウェイスター領内に潜伏している人数10人ほどの犯罪者集団で、誘拐、盗み、殺しほか、金次第でなんでも受ける非常に危険な連中だそうだ。冒険者に被害がでたこともあり、冒険者ギルドからも懸賞金がかけられているらしい。


「亡骸掬いのリーダーは他人のスキルを奪う能力をもっているって噂よ。しかもレベルは50以上……」

「しかもそれが11人か」



「ぜんいんつよいよぉー」

「きをつけてー」「40レべ以上」

「【双剣士】【のんだくれ】【点描画家】、えーと……」

「いちばん気を付けるのは【蒐集家】」


 死霊たちが遠くから情報を叫び続けてくれている。聞いた話をそのままアンヘル達に伝えると二人は何とも怪訝そうに俺の方をみた。


「あいかわらず意味の分からネェ野郎だな」

「11人全部わかるなんてどうなってるの?」


「わかったところで何もできないぞ」


 この人数差、しかもしっかりと罠付きで待ち伏せされた状況だ。お手上げだよという仕草をするとアンヘルが首を横に振り立ち上がった。


「問題ない。俺が全員ぶちのめせばいい話だ」


 あまりにも頼りがいのあるアンヘルの言葉。思わず拍手しそうになるのをこらえて泥濘の方をみると彼女は何とも言えない表情でこちらを見ていた。


「逃げるにせよ、フリカリルトからの救援をまつにせよ、戦うにせよ、もっと情報が欲しい。位置の特定は俺より泥濘の方が得意じゃないか?」

「リネーできる?」

「一応。300も【吸血蝙蝠】捕らえたからな。でも私は制約で人に攻撃はできない。今回は絶対戦えないよ」

「十分だ」


 その晩、ダンジョンから飛び出た蝙蝠による入念な探索によって敵の位置と人数の詳細が分かった。計12人。といっても敵は11人で1人はただの被害者だろう。奥でおそらくまだ神託前と思われる女の子が代わる代わる慰み者にないているらしい。



「子供に危害を加えるなんて!」

「クソが! 犯罪者どもめ」

「……なんで」


 泥濘からの報告で三人が怒りに震えていた。直接見た泥濘に至っては怒りのあまり他人に対する悪意として首の刺青が反応しそうになっている。


「落ち着けよ。まずは救助を優先するかだが……」


「あたりめぇだろ!」

「当然!」

「……どうしてこんな連中に」


 三人とも俺が何をいっても止まりそうになかった。


 戦うか……

 個人的にはあまり選びたくない選択肢だったがこうなってしまうとしょうがない。正義感のつよいアンヘル達からすると勝算がどうという話ではない。助けようとしないではいられないのだ。


「リネーが【擬態獣】で岩盤を掘って新しい道をつくってる。夜あけに行動開始よ」

「ナイク、全員に〈隠匿〉かけろ。縁で捕捉されてるのはテメェだけだ」

「リネーが救助。女の子を【擬態獣】の中に匿って。あたしが魔法で射撃、敵の数をへらす。アンヘルが遊撃、狩り残しを倒して。ナイクは……」

「テメェはダンジョン中で待ってろ。それが一番囮になる」



 夜明け前。亡骸掬いたちが夜番をのぞいて寝静まったのを待って俺たちは行動を開始した。まずは三人に〈隠匿〉をかける。そして作った裏口から奇襲を行うためにアンヘル達が飛び出していく。


 ダンジョンの中から見ている限り、その戦いは一方的だった。縁のせいで唯一場所がバレている俺を囮に【雨乞い巫女】の魔法とアンヘルの不意打ちで瞬殺していく。逃げ出そうとする奴らは泥濘の【擬態壁】や【吸血蝙蝠】で足止め。


 本当に俺はただ見ていただけであったが、襲う立場であったはずの亡骸掬いたちは〈隠匿〉によって襲われる立場になった。夜明け前の薄明りのもと、瞬く間に何人もの犯罪者たちが地面に転がった。


 このまま見ているだけで戦いは終わった……となればよかったのだが、ダンジョンにむけて駆けこんでくる奴がいた。誰よりもひときわ死霊がたくさんついている男。



 ダンジョンの入り口の天井に張り付いて上から襲うが、奇襲はバレていたのか平然と対応されて蹴り返された。みぞおちに反撃を受けて俺は崩れかけのダンジョンの入り口で無様に転がった。


 やはり縁のせいで完全に位置がバレているようだ。



「げぇ……なんでわざわざ逃げ場のないダンジョン内にくるんだよ」

「逃げ? 馬鹿かよ。お前を殺しにきたんだよ。お前を殺せば〈隠匿〉もきれる。そうすりゃ外の連中も楽勝だ」


 狭いダンジョンの入り口で男と向かい合う。あふれ出すような強い殺気。死霊の数を見るに相当殺し慣れているようだ。


「こいつ【蒐集家】、【スキル蒐集家】!」

「〈バレット〉も〈ヒール〉ももってる!」

「剣に毒が塗ってる!」

「左手はばくはつする!」

「体を触られたらスキル盗られる!」

「レベル58」

「こいつが頭領だ」


 死霊たちが相手の情報を次々に囁く。

 58か。高いな。出し惜しみしたら死ぬ。



「まぁ来たのが一番勝てそうな相手でよかった」

「勝てそう……? 一番?」

「弱そうだ」


 試しに軽く煽ってみると、男の顔はみるみる赤くなった。



 赤蝶の主の丸薬は残り7つ


 怒りのあまり大きく振りかぶられた剣をギリギリでよけて左腕を刺し飛ばす。そのまま丸薬を次々に摂取し1.5秒で腕を捥ぎ取り、捥いだ傷口に指を突き刺し〈刺突波〉を流した。


「痛?! だが、捕まえた!」


 切り飛ばしたのと反対の腕でつかまれる。何か力をゴッソリと抜かれる感覚がして俺は咄嗟にもう一つ丸薬を消費してつかみを抜け出した。


「〈ヒール〉! 残念だったな。俺は〈ヒール〉が使える!」


 ぎゅるぎゅると音を立ててもぎ取った腕が引っ付いていく。【スキル蒐集家】につけた傷や毒は瞬く間に元に戻った。


 赤蝶の主の丸薬  残り3つ


 これは分が悪い。

 何とかしてアンヘル達の方に誘導しなければ。


「……どうすれば」

「どうすれば? 馬鹿が! もう終わりだよ。盗ったぞ」

「盗った?」

「お前の、役職スキルだ! わかるか? 一番大切な初期スキル。俺はそれを盗った! わかるか? 返してほしくば……」


 剣を槍で弾いて足を踏む。隙をさらしている相手の膝に、槍の柄を〈叩きつけ〉て骨を割った。


「クソが! 盗ったってんだろ。〈ヒール〉〈バレット〉」


 〈バレット〉を避けて、交差させるように〈槍投げ〉をすると【スキル蒐集家】はなんとか腕で防いでそのまますっころんだ。


「〈ヒール〉〈ヒール〉〈ヒール〉。まぁいい。これで形成逆転だ。ここからどんどん奪ってやる」


 【スキル蒐集家】は腕に突き刺さった槍を投げ捨て醜悪にニタリと笑った。


「聞こえるぞ。奪ったスキルの声が! これは感知スキルか。それに見える……みえる……? え……あ……」



 どうにも〈死霊の囁き〉を奪われたようだ。言われてみれば相手にまとわりついていた死霊たちの姿が見えなくなっている。


 死霊たちが見えなくなってしまったのは少し寂しいが目の前の相手を殺すのに支障はない。相変わらず隙だらけの膝を再度蹴りぬき、そのまま顔面を殴る。


 何のスキルも使っていないただの殴打にも関わらず相手は防御姿勢をとることなく、拳は顔にめり込んだ。そのまま殴り込むことで鼻の骨を折る。



 見えてないのか?


 58レベルの割に動きが悪いやつではあったがここまで無反応なのは何かがおかしい。


 まさか死霊たちが邪魔してくれている?

 この場合どうなるんだ?


 【死霊術師】である俺は死霊に好かれているが他の役職は違う。特にこの【スキル蒐集家】についているのは彼に恨みをもった死霊ばかりだ。


 その状態で死霊がみえたら?


 【スキル蒐集家】は折れた鼻をおさえながら〈ヒール〉をかけ、そして俺は何もしていないのにくらっとたじろいだ。その隙に槍を拾って即投げつける。〈槍投げ〉は腹に突き刺さり【スキル蒐集家】は痛みに呻いた。


「痛いっ!? やめろぇ、やめろぉ、もうやめてくれぇ!!」


 【スキル蒐集家】はそう叫びながら、急にあばれて〈バレット〉や魔法をまき散らし始めた。何か見えないものを見えているような慌てふためき方。

 俺は【スキル蒐集家】に近づけず、しかたなくその辺に落ちていた石をつかんで投げつけた。


「こっちにくるな! くりゅなぁぁぁぁぁ!!!」


 石を何かの敵と思い込んでいるのか。相手はぶんぶんと剣や魔法を目の前に振り回す。空を切り続ける【スキル蒐集家】を見ながら次々に石をなげつけていると相手はMPが切れてきたのか次第に魔法をまき散らさなくなった。


 恐る恐る近づくが、【スキル蒐集家】はなにも反応せず泡を吹いて恐怖に震えている。死霊に囲まれ死の無念と恨みをな流し込まれて、もはや現実なんてみえていないのかもしれない。


「いやぁ、死にたくない。やめてぃ、もう死にたくないぃぃぃぃ」


 死霊の死の記憶と同期しているのだろうか。


 【スキル蒐集家】の意識が混濁している隙をついてその体に槍を何度も何度もつきたてた。レベル60近いというだけあって体ひどく硬かったが、俺もレベル25。何度も何度も突き刺せば致命傷入れる程度のことはできた。

 

 全身から血を流し、ボロくずのように穴だらけになった【スキル蒐集家】は一瞬意識を取り戻し、俺をつかんだ。


 反射的に蹴り飛ばすも、【スキル蒐集家】は勝ち誇ったように雄たけびをあげた。

 

「返したぞ!!やった!!消してやった」


 視界に死霊たちがあふれ出して、こちらを向く。


「あっ、しれいじゅつし。やっとこっちみた」

「やっちゃえ」「恨み!」「もうMPきれてるよ」

「ぶすっ!」「ぶすっ!」


 

 【スキル蒐集家】は死霊たちから解放されたのがよほどうれしかったのか、安心しきって息をきらしている。


「あっ、ははははは、やっと消えた。俺のかち、かえしゅぅぇ……あっ」



 隙だらけの眼窩に槍を突き刺した。目を貫きそのまま奥へ。彼は槍を抜こうと顔面から生えている柄をつかんだが、もう時すでに遅く、穂先は脳に達していた。


「だみょ……やめぇ。あっあかいぃ。真っ赤だぁ」


 頭を〈刺突波〉で壊す。水袋がはじけたような音がして頭が吹き飛んだ。確実に殺した手触りとともに経験値が入る。



 レベルが5上がった。



 死体から飛び出た死霊を捕まえる。

 【スキル蒐集家】が女神に還る前に話を聞きだす必要がある。


「聞きたいことがある」


 捕らえた【スキル蒐集家】の死霊は「あわわわわわ。おまえ、しれいじゅつしだったんだ」といって丁寧にすべて教えてくれた。


 ある日、自分を振った馬鹿な女からスキルを奪い、返すと脅して思い通りにすることに優越感を感じるようになったこと。初めての殺しはヘマした子分であったこと。スキルを奪ってその奪ったスキルで相手をいたぶるのが何よりも好きなこと。


「みんなね。スキル返してほしいかっていうとなんでもいうこときいてくれるの!」

「それはいいから【死霊魔術師】について教えてくれ」

「知らない!」


 結論をいうとこいつは何も知らなかった。亡骸掬いたちも犯罪者は犯罪者だが【死霊魔術師】達に雇われただけのようだ。


「もういい。還っていいぞ。憑いてたやつも全員だ」


「「はーい」」

「ありがとう、しれいじゅつし」「ばいばーい」

「天誅!完了!」「まんぞく!」



 首を切り落として、亡骸掬いの頭領の生首をはぎ取る。頭は破裂しているがかろうじて顔の下半分が残っているので仲間ならだれが死んだかわかるだろう。


 首を掲げて勝利宣言すれば相手の士気をさげることができるかもしれない。そう思って生首片手にダンジョンの外に出ると驚くべきことにすでに戦いは終わっていた。


 残りの10人の亡骸掬いたちが全員縛られて転がっている。アンヘルたちは殺さずに気絶させるのにとどめたようだ。転がる彼らの首元を確認したが誰にも刺青はなく、あの時の4人組と思わしきメンバーは一人もいなかった。


「これで11人目だ。作戦完了だな」


 転がる男たちの横に首を投げ捨てる。


「テメェ………殺したのか」

「お前と一緒にするな。手加減する余裕はない。しょうがないだろ。とりあえずこれ曰く仲間はこれ以上いないようだ。残念ながらこいつらは【死霊魔術師】に雇われただけのゴロツキだ。何も知らなかった」

「それ亡骸掬いの頭領でしょ? ナイクあなた無傷じゃない。二倍以上のレベル差をどうやって……」

「勝手に自爆したんだよ。アヒーっ僕ちゃん死んじゃうーってな」

「んなわけネェだろ。化け物め」


 縛られた男たちの奥で泥濘が女の子を優しく抱きめて「もう大丈夫」と慰めている。


「女の子の様子はどうだった」

「一応治療したけど。相当長い時間捕まってたのか全然治せなかった。精神も〈忘却〉が必要かも」


 わざわざ俺たちが殺さなくてもこいつらは間違いなく死罪だろう。衛兵隊によって余罪を精査され、処刑権をもつものによって処刑される。アンヘル達がこいつらを生きてとらえるのは優しさではなく被害者たちに経験値がいくように分配するためだ。


 さっさと衛兵隊に引き渡そう。

 

「というかナイク。さっきの情報は確か? 本当にもういない? それ〈血の香り〉じゃないよね」

「ああ、確かだ。あんまり言いたくないが死体があればさらにわかることもある」

「ならいいよ。信用してる」


 【雨乞い巫女】はえげつなく破壊された生首から目をそらしながら優しく頷いた。そしてダンジョン横の緊急通報装置を直して衛兵隊をよぶ。数刻後、マルチウェイスターから到着した衛兵隊に亡骸掬いたちを引き渡して今回のサブクエストは終了した。


「闇夜の槍衾の名の通り、夜はあたしたちの戦場ね。隠匿竜装備に〈隠匿〉重ねがけしたらこいつら全然気が付かなかった。でもだからこそちょっと残念だわ。その探知能力に〈隠匿〉。あなたがアルケミスト系のゴーレムつかいなら最高のオペレーターになれたのに」

「俺は嫌だぞ。こんな物騒なやつに耳元で囁かれるの」

「またまたー、別にうちが雇うって言ってないのに。アンヘルって本当にナイクのこと大好きね」


 

 

あとがき設定資料集



【蒐集家】

※HP 6  MP 9 ATK 3 DEF 3 SPD 3 MG 6

〜あつめるのは楽しい、ならべるのは楽しい、そして遊ぶのはもっと楽しい〜



簡易解説:アルケミスト系統の役職。特定の物を蒐集、管理し、使用することを得意とする役職。実は蒐集家が収集する物は後天的であり、神託時点では決まっていないことも多い。そのためそれぞれの収集する物によってスキルが後天的に変化することがある。役職としてはすべて蒐集家だが○○蒐集家と呼ばれる。

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― 新着の感想 ―
>あわわわわわ 笑えるシーンではあるんだが、 死霊と人間はある意味べつなんだな・・・ってしんみりしちゃった
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