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第45話 会えるといいな。【死霊術師】様に


 ダンジョン:うららかな血肉の谷間にはいって半日。亡霊屋敷で【死霊魔術師】と交戦してから6日。俺と泥濘はダンジョンに閉じ込められた。



「遭難……この二人で………きり?」


 泥濘が絶望したような表情でこちらをみて、そしてビクッと震えた。


「安心しろ。幸いこのダンジョンは生きてる。放っておいてもダンジョンが外への道を作ってくれる。地面の中に取り残されることにはならない」


 ダンジョンの中と外をつなげるのはダンジョンにとって呼吸のようなものだ。新たな道ができるのには時間はかからないはず。とはいえ魔物だらけのダンジョンにたいして強くもない俺と二人きりで閉じ込められているというのは事実。それがよっぽど怖いらしく泥濘はチラチラとこちらを見て怯えているように震えていた。

 

「そんな怖がらなくても犯罪者たちが自分で崩落させたダンジョンの中に入ってくることはありえないと思うぞ。これは心理的な話だ。人は自分でしかけた致命的な罠に引っかかりにいくことできない。だから二人がいなくてもそこは大丈夫だ」

「あ………そう………でも代わりに魔物が湧いてくるでしょ」

「そこは頼りにしてるぞ【魔物使い】泥濘」


 ぐっと拳をにぎり泥濘の前に突き出すと、彼女は若干困惑したようにキョロキョロと周りをみて、それから仕方なさそうに拳を合わせた。


「あんまり頼りにするなよ。私はレベル2だからな」

「そんな謙遜するな。知ってるぞ。『~優れた剣士が1人で3人殺す間に、 優れた魔物使いは100人殺した~』だろ」



 これは俺の、つまり【死霊術師】の女神のフレーバーテキストだ。

 ~優れた剣士が1人で3人殺す間に、 優れた魔物使いは100人殺し、 死霊術師は城を落とした~

 この文言を見る限り【魔物使い】は【死霊術師】に負けず劣らずの相当強力な役職なのだろう。


「はぁ? なに? 誰のフレーバーテキスト?」



 泥濘が怪訝そうな顔でこちらを見つめる。


 知らない?

 え?


 

 ……勘違いしていた?

【死霊術師】のフレーバーテキストに【魔物使い】についての言及があったからてっきり【魔物使い】も同じなのだと思っていた。


 全く関係ないテキストなのか………


「殺す? 【槍聖】物騒過ぎやしない?」

「違う違う! 俺じゃない! 【槍聖】のフレーバーテキストはこんな危険じゃない。『〜ああ、死んだ。魔物に襲われた旅人がそう思った瞬間、一筋の光が走り、魔物は真っ二つになった〜』だ」


 泥濘の赤黒の瞳に疑いの色が浮かぶ。


「あっそ。さっきの方が君っぽいけどなぁ。【魔物使い(わたし)】が100人殺す間に、君が1,000人殺すんでしょ」

「!?!?」


 あわあわと震えている俺を見て、泥濘はハッと何かに気が付いたような表情をした。


「だから【仮聖】なのか。偽物の【槍聖】。君はやっぱこっち側だろ」

「違う違う違う違う! 本当に! 全然違う!」

「そんな怖がらなくても私言ったりしないから、そこは大丈夫」


 泥濘がさっきまでの俺の口ぶりをまねしながら耳元でささやく。


「安心して【仮聖】ナイク。私は味方………ぷっ」


 耐えきれなくなってゲラゲラと笑い転げまわる泥濘を見ながら俺はため息をついた。


「そりゃぁ、犯罪役職扱いされても怒らないわけだ。どんな聖人かと思ってたら逆か。合ってたんだ。うわー、損した。へりくだって損した」


 顔だけなら清楚な美女が本気で馬鹿にしたようにゲラゲラと笑う。一瞬、ぶっ殺してやろうかと思ったが深呼吸して気持ちを落ち着けた。このダンジョンからの脱出には泥濘の能力が不可欠だ。俺一人では闇雲にこのダンジョンを歩き回ることしかできない。


「まぁいい。見たところ操っている魔物の強さは泥濘のステータスとは関係ないんだろ」


 そうじゃなきゃレベル2であんなにゴリゴリ石畳を削れない。


「マナを与えて動かすアルケミスト系統のゴーレムとは違う原理だ」

「うわ、きっも………なんで知ってるんだよ!?」

「一回見たからな。冒険者ならそれくらい推測する」

「なんだ? 【仮聖】ってアルケミスト系統なのか? 君と話してると工房街のスカした客を相手してる気分になる」

「【槍聖】は戦士系統だぞ。どっちかというとアサシン系統よりの戦士系だ」



「う・そ」


 泥濘は笑いが止まらないのか立てなくなって壁に抱き着いている。



「その反応絶対アルケミスト系統だ。やばっ。分かりやすっ。さっきまでゴチャゴチャ言ってたのがうそみたいな焦りよう。だっさ」

「お前、他人の役職を嘲るのは失礼だぞ」

「他人を性奴隷呼ばわりするほうがよっぽど失礼ですぅ。悔しければ開示してみろよ」


 泥濘はゲラゲラ笑いながらしばらく笑い転げ、そしてこちらを仰ぎみて、なぜか急に萎えたように下を向いた。顔から笑みが消え目も元に戻っている。


「どうした?」

「〈偽装核〉」

「核?」

「【魔物使い】の初期スキル。私それしか持ってないからちゃんと教えておく」


 泥濘いわく、【魔物使い】の最初のスキル〈偽装核〉は自らをダンジョン核と誤認させる常時発動型のパッシブスキルらしい。他のダンジョン核やサブコアを除くすべての魔物に襲われず、逆に操ることができるようだ。操る魔物に定期的に自分のマナを与える必要があるがそれ以外には操れる数も時間も制約ないらしい。絶句するレベルのぶっ壊れスキルだ。


「一番のデメリットは魔物が寄ってくること。操っていない魔物は私以外は普通に襲うから」

「どうりで魔物が多い」


 地面に転がっているたくさんの吸血蝙蝠の死骸を踏みつける。このダンジョンがとりわけ小物が多いのかと思っていたが泥濘に引き寄せられていたのか。


「操っている魔物は【擬態壁】42匹と………まぁそれだけ」

「【吸血蝙蝠】はどれくらい操れる? 後50くらいは行けるか?」


「50?」


 泥濘が驚いたようにこちらをみて、そして小馬鹿にしたように笑った。

 【擬態壁】を結構な数操っているので50くらいならいけるかと思ったが、さすがに欲をいいすぎたか。もうギリギリなのかもしれない。


「悪い。あまり加減が分からなくて」

「馬鹿にするなよ。これくらいの魔物なら後600は余裕だ」


 

 探索の方針は決まった。

 昼は泥濘の魔物たちに道を探ってもらいつつ、夜は交代で眠る。


 襲い来る【吸血蝙蝠】を捕まえて泥濘の【擬態獣】の中に投げ込んでいくと、中に隠れている泥濘によってマナが与えられて使役獣として飛んで行った。


 まぁ何匹に一回は喰われたが………




 群れて飛んでい【吸血蝙蝠】をみながら、この調子なら道が見つかるのもすぐだろう、そうおもっていたのだが以外にも脱出経路は簡単には見つからなかった。

 

 群がるように襲ってくる魔物を狩りながら広大なダンジョンをさまようことおよそ3日。

 まずは食料が尽きた。




「まさか襲ってくる魔物に感謝する日が来るとはな」


 つかまえた【吸血蝙蝠】の頭を噛みちぎり血を飲む。生鉄の香りが喉から鼻に流れ込んできた。


 不味い。本当に不味い。


 マルチウェイスターに来る前も魔物を生で食べる生活をしていたがこのまずさはゴブリンの比じゃない。もはやゴブリンはうまい。

 すやすやと眠る泥濘の横で、槍で突き殺した蝙蝠の血を次々と啜る。


 泥濘が寝ている隙に、いまだに革鎧のポケットに入っている死霊にマナを与えるとその死霊は嬉しそうにポケットを飛び出して泥濘の鼻の上にとまった。



「黙っていれば本当に美人なんだけどな」


 見た目だけなら危うさのある清楚な美女。だが彼女の性格は初対面のときのイメージ通り苛烈で自己中だった。落ちてきた岩盤から庇っても礼も言わないし、数少ない食料や飲み水を節約する気もない。


 まさに女神から犯罪役職を与えられるだけある問題人物だ。最悪なのは、いまだに性奴隷といったことを根に持っているのか彼女の瞳から警戒心とかすかな殺意を感じるときがあることだった。。


「おい、そんなところにとまってるとそいつの性格が感染(うつ)るぞ」

「お願い………殺さないで」


 この死霊もこの死霊だ。ずっと同じことしか言わない。しかも記憶すら見せてくれない。まだ死を受け入れられないのかもしれないが、誰に憑くでもなく俺のところにいるくらいなら女神のもとに還ればいいのに。


 死霊を追い払おうとすると、寝ている泥濘のお腹の上をまわった。


 そういえば泥濘はもう一日近く何も食べていない。無限に現れる蝙蝠を食えばいいのに「そんなもの食べられるわけがない」とずっと拒否していた。【魔物使い】の彼女が魔物に襲われることはないが、このままじゃ飢えて動けなくなるかもしれない。


「何? もう時間? まだ眠いんだけど」


 寝ぼけている泥濘に押されて死霊がこちらに飛んでくる。

 死霊はふよふよと俺の目の前にやってきて相変わらず何度も「お願い殺さないで」と囁いていた。


「おなかすいたー。ご飯ない?」


 泥濘が魔法袋を漁るも、もう食べてくしていて何も入ってはいなかった。泥濘が恨めしそうにこちらを睨み、それと同時に死霊がまた囁いた。


「お願い。泥濘を殺さないで」

「君、よくそんなもの平然と食べれるな。舌狂ってんじゃない?」


「は?」


「そんなもの食べれるなら最初から魔物食べればよかったじゃない。一人分食事浮いたのに」

「いや、泥濘じゃなくて」


 死霊はぴょんっと跳ねてそのまま再びポケットの中に潜り込んだ。手を突っ込んで追いかけるがもう出てくる気はないようでするすると躱された。


「何? 文句ある?」

「いや、骨だらけで食えたものじゃないぞ」


 なんだ? 今のは。

 あの死霊は【死霊魔術師】の被害者だぞ。


 泥濘を殺さないで? 知り合いなのか?

 分からない………とりあえず飯あげればいいのか?


 槍先で頭蓋骨を割り蝙蝠の耳から脳を取り出す。半分生きて痙攣している脳を泥濘の方に向けると、泥濘はビクッと震えて飛び退いた。


「脳食っていいぞ。基本的にここには寄生生物がいない。一番安全だ」

「絶対、嫌。しかも朝だよ。朝ごはん」


 朝ね。もうだいぶ陽の光を拝んでいない。

 真っ暗なダンジョンの中では朝かどうかなんてわからないのだが、一応時間は朝だ。


「安全は保障する。これでも〈悪食〉実績保持者だ。魔物の生食で俺ほど詳しい奴はそういない。脳の一番安全な部位は泥濘が食べるべきだ」

「安全じゃなくて味を保証しろ」


 ぶんぶんと首を横に振り、食事を拒否する泥濘の姿にため息がでた。今は遭難中、目の前に危険はなくてもずっとこのままなら死に至る危険な状況だ。少しは我慢してほしい。


「ため息つくなよ。腹立つな。私は君と違って冒険者じゃないんだ。今回だってニリが無理矢理メンバーにしただけだし」


「冒険者じゃないならなんだ? 性奴隷か? お似合いの仕事だよ。一生しゃぶってろ」と返答したくなる気持ちを抑えて、泥濘の頭をつかんで口に丸薬を押し込む。


「ひゃ!? 何!? やめて!」

「これ食っとけ」


 捜索の要は泥濘の操る魔物たちだ。泥濘の体調は大事だし、ましてやまた喧嘩して殺し合いいなるのは最悪だ。


「うぇ、なにこれ? あれ、意外とおいしい」

「【幻惑蝶】の肉だ。ちゃんと加工してある」

「おい、隠してたな。自分だけ食べるつもりだったのか……この屑」


 はむはむと丸薬を食べている泥濘を見ながら、蝙蝠の頭を咬み潰すと、ひどく生臭くて苦かった。


「魔物みたいなやつだな。そんなボリボリと頭から喰うとか。君なら遭難してもダンジョンの中で生きていけそう」

「お前の方がよっぽどだろ。そんな目……いや、これは差別だな」



 また機嫌を損ねられたら厄介だと思って泥濘を見ると彼女は魔物扱いされてなぜか嬉しそうに笑っていた。


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」

「え、冒険者って楽しいし」

「楽しい?! 遭難が?」


「ん? こんな風に同世代に軽口言ったの久しぶりだから。客にこんな口きいたら殴られて、ぐちゃぐちゃに輪されるし」

「ぐちゃぐちゃ……」

「墨子には何してもいいって思ってる奴多いからなぁ。半分くらいのオス共が首絞めてくるし、ゴリゴリ噛んでくる。私たち体も脆いからニリが赴任されるまでは墨子は欠損があたりまえだったらしいよ。まぁいいことばっかでもにぃけどね。あいつ頭おかしいから」


 泥濘は久しぶりの食事を終え、物欲しそうにこちらを見た。


「ん、ごちそうさまでした。まだあんの? 私に渡してよ」

「うるせぇ。これは私物だ。俺が管理する。必要そうなら渡す」

「ケチくさ。モテないぞ【仮聖】」




 そして遭難から4日。食料に続いて、明かりが尽きた。


 発光石から明かりが消え、すり足で進まなければ足元すらおぼつかない。〈核偽装〉による魔物化の効果で暗闇でもある程度見える泥濘に手を引かれながらダンジョンを進む。何度も襲い来る【吸血蝙蝠】を羽音を頼りに突き殺すも、集団で襲い掛かられると対処しきれず何カ所も噛まれた。



「もしこのまま手を離して君をおいていったらどうする?」

「野垂れ死ぬな」

「なら私にいうことあるんじゃない? ほら」


 泥濘がゲラゲラと笑いながら煽ってくる。

 確かに泥濘は魔物に襲われないし、食事さえ魔物で我慢すれば永遠にダンジョンをさまよえるだろう。


「金か? 今回のクエストの取り分は泥濘に譲るよ」

「全然違う。お金なんて要らないって。私たち自由資産持てないの知らないのかよ」



 なんだ? 何を求めてるんだ?


「丸薬は渡さないぞ。これは大切なものだ。本当に必要な時しか渡す気はない」

「それもう7回は聞いた。しつこいし違う」


 じゃなんだ? 賞賛か?

 だが普段は性奴隷である泥濘に容姿の賞賛は多分逆効果。


「もったいないな。泥濘が墨子なんて」

「もったいない?」

「〈核偽装〉だけでめちゃくちゃ有能じゃないか。ちゃんとレベル上げて魔術系として冒険者になればすぐA級B級になれるだろ」

「君、C級だよな。君より上ってこと?」


 お世辞だがまんざら嘘でもない。

 犯罪役職全員に共通することだが初期スキルが強すぎる。だからこそ危険人物として犯罪役職認定されるのだが。


「上かもな悔しいが」

「なになに? お世辞かと思ったらホントに悔しそう。もしかして私も隠匿竜倒せちゃう?」


 大規模クエストで戦った隠匿竜を思い出す。俺にとってはある意味〈隠匿〉の師ともいえレベル135の【沼蝦蟇】であり、ダンジョン中に高度な〈隠匿〉をかけていたあまりにも強力すぎる魔物だ。

 今考えても討伐できたのが奇跡といってもいい相手だった。


 ダンジョン核相手では〈核偽装〉は効かないのだから、隠匿竜と今の泥濘が戦ったら、まぁ瞬殺だな。


「レベル上げたらできるかもな」

「そこは倒せるっていえよ」


 泥濘が不満そうに口をとがらしている。ムカついたのか泥濘は一瞬手を離した。


「お前ッ」

「何?」


 ちょっと楽しそうにゲラゲラ笑う泥濘は相変わらず性格が悪い。


「そうだ、泥濘は衣装欲しくないか?」

「服? 要らない。いっぱい持ってる。客がくれるんだよ。エッチなの」

「違う。冒険者用の衣装。今の衣装は【雨乞い巫女】から借りたもんだろ」

「正直胸がきっついし、腰はだぼだぼだけど?」

「友達じゃないのかよ」

「友達? 奴隷とA級冒険者が? 会ったのだって一年ぶりだし。レビの人生に私はもういない」


 怒っているような口調で泥濘がこちらを睨む。真っ赤な眼窩が闇の中に浮かんだ。


「衣装だ。実は竜から手に入れた最高級の翅素材があってな。魔術耐性も高いから魔術師向けの良い衣装になると思う。真っ赤な【幻惑蝶】の翅」


 これは打算だ。

 こんな状況でいがみ合っても危険になるだけ。それがわかっているから媚びて仲良くなったふりをする。泥濘だってそんなことは分かっているだろうし、奴隷との口約束なんて守る義理もない。


 ただ口から出まかせにしては悪くない使い方だ。泥濘や犯罪役職たちに恩を売れたら教会や役職を変える方法についての噂も聞けるだろう。泥濘はここまでの美人だ。もしかしたら男たちが漏らしたもっと裏の事情も知っているかもしれない。本当にあげてもいいかもしれない。


「あれ? ホントにくれる感じ? さすがにそれはうれしい。いいよ。のった。絶品を期待してる」

「生きて帰れたらな」


 革鎧からひょこりと死霊が顔をだしてまわる。相変わらず「お願い殺さないで」としか言わなかったが、やはり泥濘のことが気になるのか彼女の周りをずっとくるくると回り続けた。


 そして

 ぽっと明かりがついた。


 泥濘の手には真新しい発光石が握られていた。彼女はいつものガサツな態度と違って悠然と美しく頭を下げつつニコリと微笑んだ。


「丸薬のお返し。私は持ってないなんて言ってませんので。衣装期待しております。ちゃんと綺麗に作ってくださいね」


 泥濘はあんぐりと口を開けた俺をみてゲラゲラと笑った。



 そこからはサクサクと進んだ。相変わらず飯は蝙蝠の生き血だったが、泥濘の魔物がアンヘル達を見つけたようで、入り組んだ迷宮のようなダンジョンを彼女の案内に従って進むだけだった。出口まであと少しというところで発光石が点滅しまた消えた。


 今度の今度こそ本当に発光石はなくなったようで俺は再び闇の中にとらわれた。


 泥濘に手を引かれながら暗黒の中を進む。カラカラと音がして泥濘が左手につけていた腕輪と俺の右手の腕輪が触れ合った。


 カラカラと触れ合うたびにマナとマナがつながるような変な衝撃が腕を襲う。


「君の邪神の腕輪も本物かよ」

「そっちのもか? お互いこのままじゃ六禁に自己紹介することになっちまうな」

「六禁というか【死霊術師】様だよ。知らないのか。腕輪は【死霊術師】様の仲間か贄の証」



 【死霊術師】様?!


 本人がいうことじゃないが、六禁役職を様呼びってどういう感性してるんだ?

 教会に聞かれたらそれだけで罪人扱いだぞ……。いや、もう罪人か。


「趣味が悪い」

「君はそっちか。ならさっさと捨てとけよ」

「君()? 邪神装備がそんなにあるのか?」

「腕輪は私だけだけど楽園に何人かいる。義眼が一人、足輪が二人、一番多いのは耳飾りで五人。ニリは相当警戒してんだよな。一つの時代にこんなに邪神装備所持者がいるのは女神教ができて以来初めてのことだと。公表されているのは【百面相】だけだけどもしかしたら今この国に六禁役職が勢ぞろいしてるのかも」

「耳飾りって」

「足輪が【狂戦士】、義眼が【百面相】、そして耳飾りが【毒婦】。他はともかく【毒婦】はマルチウェイスターにいるだろうな。随伴組織幹部は女ばっかりって話だし。多分構成員だろ」


「お前は捨てる気はないのか?」

「まさか、簡単に捨てられる物じゃないこと知ってるだろ。それに」


 コンコンと腕輪を触れ合わせマナを通じさせる。腕輪同士でマナの受け渡しが行われているようでうまくやればロスなくマナを共有できる気がした。


 確かにMPが過剰に多い【死霊術師】の専用装備といった効果だ。


「それに?」

「これ絶対ニリには言うなよ。いったら君の役職のこともばらすからな。【死霊術師】様ならもしかしたらって期待してるんだ。今の世界をぶっ潰して私たちを救ってくれるって」


 救う?

 俺は【死霊術師】を捨てて普通になりたいんだ。

 世界をぶっ潰す気はないぞ。


「残念ながら救う担当の【救世主】の邪神装備保持者いないようだがな。腕輪は【死霊術師】だろ。殺されるぞ」

「そういうとこウザイって。君モテないでしょ。アンヘルはかっこいいのに可哀想に。君は【死霊術師】の贄の方だろうな。その性格じゃ絶対仲間にはしてもらえない」

「性格なら人のこと言えないだろ。この魔物女。自分は仲間確定かよ」

「えっ、まぁそりゃね……あと魔物女ってそれ誉め言葉だから」


 泥濘が鮮血のように変色した眼窩をこちらに、というより俺の腕輪に向けた。


「私は【死霊術師】様のためにならなんだってする。男性だったらどんな奉仕もするし、女性で私の見た目が嫌いなら顔を潰したっていい。死ねといわれたら……それはちょっと嫌だけど。冒険者の君とは覚悟が違うの」


 まるで救いを求めるように腕輪をみるその目は酷く真剣で、俺は俺が【死霊魔術】であることが申し訳なくなった。


「会えるといいな。【死霊術師】様に」

「また媚売り? いいよ。衣装次第で【死霊術師】様に助命お願いしてあげる。君も仲間にしてもらえるといいな」



 ゲラゲラと笑う泥濘に手を引かれて、ついに明るいところにでた。



「遅せぇよ。6日も待たせやがって。ちんたらしてんじゃネェよ。死んだかと思ったぞ」

「敵が張ってるわ。外は罠だらけだしどこに何人いるかもわからないの」



 ダンジョン:うららかな血肉の谷間にはいって7日。亡霊屋敷で【死霊魔術師】と交戦してから13日。【槍聖】アンヘルと【雨乞い巫女】レビルとついに合流した。


あとがき設定資料集



【魔物使い】

※HP 3  MP 10 ATK 4 DEF 3 SPD 5 MG 5

〜君の言葉が聞こえる者に君の心は届かない。君の心が届くモノは君の思いにこたえない〜



簡易解説:異様なほど高いMPをもつ魔術系統の役職。自らをダンジョン核と誤認させて魔物を引き寄せて操ることができる。未熟な魔物使いの周りでは引き寄せられた魔物による被害が絶えず、過去いくつもの村や街が滅んだという。教会の定める犯罪役職。

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