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第44話 結成! 闇夜の槍衾




「楽園を案内する前に一つ頼まれてほしいことがあるのです。楽園で使う()()()()薬の素材をダンジョンからとってきてもらえませんか。案内人にちょうどいい子を用意しました。【魔物使い】泥濘(でいねい)リネージュ。口は悪いですがとってもいい子ですよ」




 教会を訪れた翌日。俺とアンヘル、【雨乞い巫女】と案内人の泥濘の4人はマルチウェイスターの郊外行きの定期便に揺られていた。大規模クエストで乗ったのと同じ運送用の巨大4脚の自動運転ゴーレム。俺たち以外に客はおらず、荷台の上では輸送される物資がガンガンと音を立てて飛びはねていた。どうにも大規模クエストのときの【運び屋】は相当運転がうまい奴だったようで今回の揺れ方はあの時の比ではなかった。



「なんだよ。このメンバー………なんで俺がテメェらと」

「ニリ先生のお願いなんだからしょうがないでしょ。それにあたしたちはフリカリルト様に選ばれて【死霊魔術師】案件に関わってるの。責任持ちなさい。でも案内人がリネーだなんて」


 【雨乞い巫女】にリネーと呼ばれた泥濘は荷台の上でまるで小石のように跳ねていた。


「【雨乞い巫女】様。痛った。私はもうリネージュではありませ………なん、これ、痛った。泥濘(でいねい)とお呼びくださ………う、どんだけ揺れるんだよ。痛った」

「リネー大丈夫? 〈浮遊〉かけるよ。はい、どうぞ」

「【雨乞い巫女】様ありがとうございます」



 墨子【魔物使い】泥濘。この前短絡経路に弾かれて追われたときに助けてくれた犯罪役職の性奴隷だ。楽園という名前の風俗街で働く墨子である彼女の首に大きく彫られた刺青は罪の証であり、奴隷としての制約であった。


「おい、こっちみるな【槍聖】! キモイんだよ! アンヘル、君じゃない。そっちのイカレ野郎のことだ」


 【槍聖】の呼びかけにアンヘルが一瞬反応し、それからこちらをみてもう一度ため息をついた。


「なんでこんな仲悪いんだよ。ナイク、テメェ楽園でなんかしたのか?」

「いや、ただの喧嘩だ」


 本当にただの喧嘩だ。

 もし彼女の刺青が反応しなかったらそのまま殺し合いになっていただろうが。


「客って。うける。楽園にきてたのは君でしょ、アンヘル。あの時は誰を買ったの?」

「え? リネー?! それ………ほんと?」

「ええ、半年前くらいに1回だけだけど。あの大規模クエスト?の前くらい」


 【雨乞い巫女】が固まり、目を見開いてアンヘルを睨む。アンヘルはバツが悪そうに【雨乞い巫女】から目をそらした。俺たち以外誰もいない荷台の上にあまりにも居心地の悪い雰囲気が場を覆った。


 すごい空気だ。


 あんまりコイツらの恋愛事情に口をつっこみたくないが、この面子でいまからダンジョンに潜るというのに微塵も連携が取れる気がしない。

 怒り半分ショック半分で顔面蒼白な【雨乞い巫女】の肩を叩いて現実に引き戻す。彼女は少し震えながら首を横に振った。


「いい………アンヘル、帰ったら話しましょ。リネー、クエストの確認をして」

「わかりました。今回の目標ダンジョンはうららかな血肉の谷間。そのサブコア、識別名うららかな眷属の討伐と間引きです。認定ダンジョンであるうららかな血肉の谷間の破壊は許可されておりませんので最奥にはいかないように。工程としては1日かからない予定ですがニリ様が7日分の食料を用意しました」

「ありがとう。リネー。皆さん何かご質問はありますか?」

「なんでレビルが仕切るんだよ」

「なら誰が仕切るの?」


 【雨乞い巫女】の魔法で空中に浮かびながらいまだに涙目でお尻をさすっている泥濘そして荷台の上で薬草を広げている俺を見てアンヘルがため息をついた。


「さっきからテメェもなにしてんだよ……」

「これか? アガリ草。煎じて飲めば興奮剤、武器に塗れば止血防止剤。有事のために準備中だ」

「はぁ? アガリ草?! 違法だろ!」

「飲むのはな。正確には販売および摂取が違法だ。毒物として使うのも違法だが使わせた側には罰則はない。摂取するのは俺ではなく敵だからな」


「へぇー。詳しい」

「そんなこといって【槍聖】も飲んでそう」


 あまりの暴言。泥濘をにらむと彼女はフイっとそっぽをむいた。


「質問じゃないけど本当にいいのか? この面子じゃヒーラーもオペレーターもいないけど」

「実はヒーラーはいます。あたし〈ヒール〉覚えました」


 【雨乞い巫女】がえへんと胸を張る。

 それは頼もしいな。後は精神面だが……まぁ彼女は隠匿竜討伐の時も動けていたし、多少のことでは動じないだろう。


「結成! 臨時パーティ、闇夜の槍衾ってやつか」

「げぇ、名前ダッサ」


 泥濘をにらむと彼女はまたフイっとそっぽをむいた。


「うだうだ話してるからそろそろ場所だ。行くゾ」


 そういってアンヘルが浮いていた泥濘を担いで運搬ゴーレムから飛び降りた。それに続いて【雨乞い巫女】もひょいっと飛び降りる。俺も急いで薬草をしまい飛び降りた。しびれる脚をさすりながら轟音をたてながら遠ざかる運搬ゴーレムを見送る。



「ここからは徒歩だ、追いつかる前に急ぐぞ」



 うららかな血肉の谷間

 マルチウェイスターの街からほど近い郊外の谷間にある大型のダンジョン。真っ赤な岩石で覆われた谷間にある広大な洞窟型のダンジョンであり、赤すぎる岩壁は、外観、ダンジョン内含めてまるで血肉に囲まれているように感じられた。

 【吸血蝙蝠(ヴァンパイア)】が主な魔物であるため危険度は高くなく、定期的に生み出されるうららかな眷属とよばれる【吸血蝙蝠】の竜種個体から採れる素材が様々な薬の素材として有能なため認定ダンジョンとなっていた。


 今回の目的は二つ。

 一つは、楽園で必要な子くだし薬の原料になる竜種個体うららかな眷属を討伐すること。もう一つは、俺を追ってくる【死霊魔術師】をダンジョン内で逆に捕らえること。


 ダンジョンの中は何が起こるか分からない。ゆえに犯罪者にとって最高の狩り場になるはず。俺が【死霊魔術師】たちに狙われるならここで仕掛けてくるだろう。それを逆手にとってダンジョンの中で待ち構えて逆に捕らえる。もし仕掛けて来ないならそれでよし、来るならこっちが狩り返す。


 ていうか、こい。来てくれ。

 【死霊魔術師】が見つからないと本当にまずい。

 教会の執行部隊は間違いなく危険だ。犯罪者の方が百倍マシだ。



 そんな思惑を抱えながらダンジョンの捜索がはじまり、予定通り第一の目標であるうららかな眷属の討伐は簡単に終わった。【魔物使い】泥濘の操る【擬態壁(ミミックウォール)】で入り組んだ迷路のようなこのダンジョン内を捜索し、見つけたうららかな眷属に【雨乞い巫女】とアンヘルが奇襲する。俺が群がってくる小型の魔物を処理している間に討伐は終了した。


「何もしてないんだけど」

「俺もだよ」


 風の刃で翼を破られ、槍で心臓を射抜かれた【吸血蝙蝠】の死骸。うららかな眷属は人の二倍ほどある半竜化したこのダンジョンのサブコアであったが戦いは本当にあっけなく終わった。奇襲から瞬く間に討伐されたその魔物から素材となる血を抜き取る。


 ぼっかりと空いた胸の穴に採血管を突き立て心臓から血を直接吸い取った。


 


「血抜きするのうめぇな。辺境育ちってか?」

「ああ、それしか特産品がないからな。あと単純に昔から解体は好きだ」


 生物の、特に魔物の体は合理性の塊だ。解体という行為は神々の作った魔物たちの本質、言い換えると世界の神秘そのものを見ている気がして好きだった。例えばこの【吸血蝙蝠】は特徴的な歯の形をしており、カスカスの隙間だらけの多孔質成分でできたするどい歯を獲物に差し込むと何の力をかけなくても血を吸い取ることができる。そしてこれまた特別な形状の…………


「【吸血蝙蝠】は舌の形って面白いの。みて、このお椀型の舌下。吸い取った血をこぼすことなく受け止められる」


 泥濘が楽しそうに【吸血蝙蝠】の口を開いて舌を引っ張り出した。【魔物使い】という役職だけに魔物が好きなのだろう。見たことない笑顔で俺たちに向かって説明してくれた。


「これも! この喉の形! 知ってる!? このすぼまった声帯は大きさを自由に変えることができて、これのおかげで人には聞こえない高音から体調不良を引き起こす低音までをすべての音を出すこともできるんだよ」


 泥濘は酷く楽しそうに魔物の喉に手を突っ込んでいる。魔物の血と唾液でドロドロになっているが彼女はまったく気にもせず魔物の臓腑を撫でまわしていた。


「テメェら趣味ワリィな。そんなに好きなら解体は任せるぜ」

「リネー! こっちに綺麗な水場あるよ。汗かいちゃったし、ちょっと拭こうよ。って何やってるの? べっとべとじゃない」

「ちょっレビル様。私はべつに汗かいて」

「いいの。冒険者は浴びれるときに浴びるの」


 泥濘が名残惜しそうに俺たちというか死骸の方をみながら【雨乞い巫女】に引きずられていく。【雨乞い巫女】が「絶対覗くなよ」とアンヘルに念押しした後、ふたりは岩陰の水場に消えていった。


「なんでテメェは警戒されてないんだよ」

「警戒? 牽制だろ、自分を女として意識させてるだけだ。俺関係ないからな。青春ってやつだよ。鈍感野郎が」

「あー、そういうやつなのか?」


 アンヘルと他愛無い会話をしていると、どこかから声が聞こえた。「許さない」「なんで僕を殺したの」などなど死霊たちの怨嗟の声が洞窟に響く。


 来た。

 どこにいるかは分からないが、死霊がいる。


 目の前のアンヘルに手のサインで【死霊魔術師】が来たかもしれないことを伝える。アンヘルは黙って頷いた。


「まぁいい機会だ。警戒されてないなら覗くしかない」

「しゃぁネェな、付き合ってやるよ。どこがいい位置だ?」

「全身を見わたせる位置にいこう」


 もしかしたら【死霊魔術師】はこちらの声を聴いているかもしれない。気が付いたことに気が付かれないように小芝居をしながら、全神経を集中して死霊の位置を探る。


「ナイク、目が血走ってるぜ。もうちょい抑えろ。見えたか?」

「いや、ここからじゃうまく見えない」


 見つけた。


 死霊は水浴びをしている泥濘たちの奥の岩陰に浮いていた。アンヘルに見つけたことをサインで伝えると、彼は俺の腕に触れ〈鼓舞〉をかけた。


「隠匿竜スペシャルでいこうぜ。一番槍は譲ってやる」

「英雄様は言うことが違うな」


 アンヘルと朗らかに笑い合い。

 そして岩陰から身を乗り出した。


 〈槍投げ〉


 死霊のいるあたりに向かって槍を投げる。そして飛ぶ槍を追いかけるようにアンヘルが疾走する。



「きゃっ!」

「ちょ、あぶな!」


 槍は水浴びをしている二人を飛び越えて奥の岩に刺さる。

 

 光のように投げ槍に追いついたアンヘルのくりだした一撃は、その陰にいた人物によって弾かれた。


 黒衣を着た剣士。


 間違いない【死霊魔術師】達の一人だ。

 剣士にアンヘルの連撃が襲いかかる。


 何回か剣閃が瞬き、一瞬の攻防を経て剣士の剣が吹き飛んだ。



「投降しろ」


 アンヘルが槍先を男の喉元に突きつける。

 勝敗はついた。一対一なら。


 だがアンヘルの背後で死霊が揺れる。

 

「馬鹿野郎! 後ろ!」


 アンヘルが飛んで逃げる。めぎょりと音をたてて、さっきまでアンヘルが立っていた場所が歪んだ。そして追撃するように剣士からナイフが投げられ逃げたアンヘルの足を貫いた。


 膝をついたアンヘルに半裸の【雨乞い巫女】が駆け寄って〈ヒール〉で治す。


「反応いいじゃん」


 黒ローブの女魔術師が影からぬっと顔を出した。


「これが隠匿竜殺しの【槍聖仮聖】か。しかもヒーラーつき。直接叩くのは無理だな」

「あーい。第二プラン」


 ローブの二人は【雨乞い巫女】の〈ヒール〉が終わるまでの隙をついてそのまま影に消えた。


「クソ、逃げられたぞ。テメェらが呑気に水浴びなんて……して……る……から……」


 アンヘルがしどろもどろなりながら半裸の【雨乞い巫女】をチラチラとみている。


「いつまで見てんのよ!」

「そりゃ見るだろ! さっさと着ろよ」

「あんたの〈ヒール〉に必死だったの!」



 戦いが終わった途端いちゃつきだした二人を放っておいて周囲を探るが死霊の気配はしない。おそらく【死霊魔術師】たちは遠くにいったのだろう。


「お、終わった?」


 【擬態壁(ミミックウォール)】から泥濘が顔を出す。戦いが始まった途端から姿を見ないと思っていたが隠れていたようだ。


「一旦な」

「そう。よかった。そこの服とって」


 近くに落ちていた女物の服をとって【擬態壁】の中に投げ込むとしばらくしてべちょっと吐き出されるように泥濘がでてきた。


「なに? 隠れて悪い? 私レベル2だから案内はできても戦いなんて参加できないし」

「別に責めてない。正解だ」


 その時、音をたててダンジョンの天井が揺れた。上の方からガラガラと何かが崩れていくような轟音が迫ってくる。


「これはやられたな」

「あ? どういうことだよ」

「崩れる」


 赤い赤い岩々が天井からどんどん落ちてくる。アンヘルが咄嗟に【雨乞い巫女】を抱きかかえて岩を避けた。


「【槍聖】た、助けて!」


 すがりついてきた泥濘を担ぎ上げ、抱えながら崩落してくる岩々を必死に避ける。俺には人一人を抱えて機敏に飛び回れるステータスはないのだが、泥濘のレベルは2。放り出せば間違いなく岩に押しつぶされてしまうだろう。



 アンヘル達は【雨乞い巫女】が〈バレット〉で岩をはじきながら壊せないものだけをアンヘルが避けている。命からがら岩を避けているこちらと違って余裕そうにしている彼らをみて少し腹が立った。



「危ない!」



 俺と泥濘は目の前に迫りくる大岩を避けるように風で吹き飛ばされた。そしてずどんっと大きな音をたてて落ちてきた岩盤により俺たちとアンヘルたちは完全に分断された。まだ揺れているダンジョンの中で比較的硬そうな場所を探し、その下に隠れる。崩落するダンジョンの恐怖にガタガタ震えている泥濘を下ろしてアンヘル達との距離を測るも、合流できるような距離ではなさそうだった。


「やっと収まった」


「おーい。テメェら聞こえてるかー」

「無事ー?」


 崩落の向こう側、大分遠くからアンヘルたちが声を張り上げているのが聞こえる。


「ああー、怪我もない」


 こちらから答えた声は岩々に反射して力なく響いた。


「どうするー? 崩す?」

「ダメだ。さらに崩落するぞー」

「やっぱりー?」


 若干遠いが一応会話はできる。が、ほって進むには遠すぎる。話しているうちに泥濘もおそるおそるといった感じでこちらに寄ってくるが彼女はアンヘル達との間を隔てる壁の厚さをみて焦ったように岩を叩いた。


「嘘でしょ!? 合流できないの!?」

「残念だが。まだダンジョンが不安定だ。ちょっとの衝撃でまた落ちる。道を通すならダンジョンが傷を安定させてからじゃないとまずい。最悪生き埋めだ」

「傷が安定って?! いつ?」

「知らないな。半年くらいじゃないか?」

「は、半年?!」


 ダンジョンの寿命は数千年以上。俺たちとはスケールが違う。待つことは不可能だ。


「アンヘルー、出口を見つけても俺たちが追いつくまで絶対に出るなよー。俺が犯罪者なら出てきた奴から各個撃破を狙う」

「わかったー、先に行っておくぞー。さっさと追いつけよ」


 アンヘル達の物音が遠ざかっていく。ここからはアンヘル達レベル71と48を抜きにした泥濘と俺の二人で脱出しないといけない。


 レベルは25と2だ。


「さてと状況は理解しているな。ダンジョンの中で遭難した。しかも荷物の大部分は岩の下だ」

「わかってるって。やばくない?」

「やばい」


あとがき設定資料集



【運び屋】

※HP 5  MP 4 ATK 4 DEF 5 SPD 8 MG 4

〜君の心にぶっとどけ!〜



簡易解説:戦士系統の役職。移動系の自己強化スキルを多く覚えるが、ステータスとしてはSPDが最も高く、またゴーレムの生成や使役を得意とする。戦士系統でありながらアルケミスト系統の特徴を多く持ち、アサシン系統に近いステータスの特殊な役職。すべてのスキルが物や人を運ぶことの役に立つため運搬事業においては非常に優秀。

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