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第43話 ゼンスウケンサってどういう意味だ



 セーフハウスで夜を過ごし、ギルドで爆睡する生活を始めて数日が経った。意外にも恐れていた【死霊魔術師】たちの襲撃はなく、俺はただただ毎日冒険者ギルドで眠るだけの日々を送っていた。


 全力警戒、完全防備が完全に無駄に終わる一方で鎧に住み着いた死霊はみるみる回復しもう他の死霊と同じように自由に飛び回っていた。


 未練がないならさっさと女神に還ればいいのに何故残っているのかは謎だ。何度聞いても「お願い殺さないで」としか言わないので何も分からなかった。



「クソガキはいつまでその生活を続けるつもりだ?」


 冒険者ギルドのベンチでうたた寝しているとギルド職員のタコ頭がそう言って通りすがりに俺の頭をこづいた。強烈な衝撃につんのめって床に倒れ込む。こづくというよりメイスでぶん殴られたような気分だ。


 レベル1なら死ぬぞ。

 このオッサン加減がないのだろうか。


 確か【重拳士】だったか。ただの職員とは思えない強さだ。



「軟弱な【槍聖】だな」

「フリカリルトから許可貰っているから問題ないだろ。何か用かよ」


 【重拳士】を睨みつけると彼は楽しそうにニヤニヤと笑っている。



「犯罪役職【回復術師】について教会から回答がきた。レベル7【回復術師】フュードル 27歳。3年前に死亡が確認されている。お嬢の〈世界知検索〉でも探してもらったが、王国全土を探しても条件に合う【回復術師】はこいつしかいない」

「死んでる?」

「C級冒険者【槍聖】ナイク。西区衛兵隊からの指名クエストだ。【回復術師】フュードルの情報をあつめ、殺人事件解決に協力しろ。教会がお前たち【槍聖】をご要望らしい」


 げぇ、教会……

 この前追われたことといい、【祭司】の件といい、教会にはいきたくない理由が山のようにある。


「なんで教会が俺を指名するんだよ?」

「そりゃ貴様が犯罪者に【死霊魔術師】なんて識別名をつけるからだろ。教会がどれだけ六禁を根絶したがっていると思ってる。まぁ悪い話ばかりじゃない。教会は魔術師たちの巣だ。今回お前を呼びつけたのはその大先生。縁についていろいろ聞けるだろうよ」


 六禁の根絶…………また物騒な話だ。

 用がなければ関わりたくない連中だが、【死霊魔術師】の情報があるのなら行かないわけにもいかない。

 


「次も仲間はひとりまでか?」


 【重拳士】は俺の後ろ虚空を指さして大笑いした。


「話をきいていたか? お前()()【槍聖】だ」


 まるで塗りつぶされた空間が解けるように二人分の気配が俺の背後に現れた。


「よぉ、相変わらず陰気な面してんな」

「久しぶり。ナイクが気が付かないなんて隠匿竜装備やっぱすごい」


 〈隠匿〉から姿を現したのは同世代の男女二人。大規模クエストでも一緒に働いたA級冒険者の【槍聖】アンヘルと【雨乞い巫女】レビル。


 レベルは71と48。


「過剰戦力だな」

「それだけ今のお前の状態は危険ということだ。お嬢は少し心配性が過ぎるがな」

「ざまぁネェな。縁をつけられるなんてヘマしたテメェのおもりなんてこっちもあがったりだぜ」

「ほら、憎まれ口叩かないの。実は心配してたくせに」

「してネェ!!」


「相変わらず仲がいいことで」


「おら、さっさといけガキドモ」


 ぎゃーぎゃーと仲が良さそうに言い合いをしている二人を連れて西教区に降りる。今回は経路に引っかからないように他の地区を経由して迂回したが、全員が本気で〈隠匿〉を行っているお陰で誰にも意識されることなく教会の奥の大戯堂の中まで来ることができた。


 何人もの信者たちが祈りをささげる脇を通り過ぎる。


「では彼らを楽園に?」

「はい。隠すものなどありません。楽園は清く正しく女神様の意志のもと運営されておりますので。ほら、ちょうどいらっしゃったようです」


 祭壇の奥にいた中年の男女は俺たちが着くなりスッとこちらに視線を向けた。片方の女神教の法衣を着た女性が俺たちに向かって恭しく礼をする。


「お帰りなさい。そして初めましての方は初めまして。私はマルチウェイスター女神教代表および楽園管理人【伝道者】ニリと申します」

「ご久しぶりです! ニリ先生!」


 【雨乞い巫女】が彼女に駆け寄ると【伝道者】の女性は大きく手を広げて彼女を抱き留めた。


「【雨乞い巫女】レビル、それに【槍聖】アンヘル。卒業以来もう1年ぶりですね。二人の噂はよく聞いております。もうA級冒険者になったとか。あなた方の神託にたずさわれて私も誇り高い気持ちでいっぱいです」


 【伝道者】はアンヘルと【雨乞い巫女】に向かって満面の笑みを浮かべ、そのままこちらを見て嫌な顔一つせずにこやかに微笑んだ。


「そして貴方が【槍聖】ナイク。貴方も隠匿竜討伐の功労者と伺っております。本日はお会いできて光栄です」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。はじめまして【槍聖】ナイクで……」


 【伝道者】は気がつけば一瞬で移動して俺の手を取っていた。


「あらあらあらあら、こんなに穢れてしまって。早く浄化いたしましょう」

「浄化?! いや遠慮しておくよ」


 浄化は殺人行為の経験値によって濁ったカルマを綺麗にする行為。だがそのためには教会で罪の告白をしないといけない。本来は犯罪者をやむ負えず殺してしまった際の救済措置であるのだが、俺の場合は最初の殺人が女神教の神託【祭司】だ。告白などできるはずもなかった。


「駄目です。〈正直者よ〉貴方の罪を教えてください」


 〈正直者よ〉!?

 思考が駄々洩れになるスキルだ!


 頬の肉を嚙みちぎり、痛みで思考を誤魔化す。だが口から血を流した俺をみて【伝道者】は一瞬で傷を治した。


「怖がらないで。もう一度、〈正直者よ〉貴方の罪を教えてください」


 もはやどうすることもできず。俺は手で自分の口を押える。【伝道者】は微笑み、スキルの力を強めた。もう手で押さえることもできなくなったその時、もう一人の身なりのいい中年の男が腕を振って【伝道者】のスキルを解いた。


「ニリ。若者に無理強いはいけない。彼も悪戯したいお年頃なんだよ」


 今にも【祭司】殺しを告白しそうになっていた口がとまる。


「あ、ありがとうございます」


「メル!? どうして……駄目です……浄化してあげないと……このままなんて……」


 不満そうにぶつぶついっている【伝道者】をなだめながらも、彼は俺をというより俺の右手の邪神の腕輪を見つめていた。なんとなく恐怖を感じて腕輪を隠すと男は愉快そうに微笑んだ。


「このままなんて……可哀想に……はぁ。しょうがないですね。貴方に命じられれば私は従わざるを得えません。皆さんご存知かと思いますがご紹介いたします。こちらは【錬金術師】メルスバル・マルチウェイスター卿。あなた方に会いたいとのことでご一緒していただいております」


 【伝道者】の紹介に身なりのいい男はスッと静かに一礼した。


 マルチウェイスター家の【錬金術師】……

 ということはこの人はフリカリルトと対立している教会派の当主候補者か。



「はじめまして【槍聖】ナイクに【槍聖】アンヘル君か。それに【雨乞い巫女】レビルさん。君にはお会いしたことがあるね」

「はい! メルスバル様のこの間の講義、『聖女に選ばれる女性の傾向から予想される女神様の趣向』の話すごくおもしろかったです!」

「ありがとう。あれは歴代聖女の射影をならべたときに気が付いたことでね。女神様は相当な面食いのようだね」

「もしかしたらレビルさんも聖女に選ばれるかもしれませんね。私ももっと若ければ聖女を賜る名誉にあずかれたかもしれないのに……ぁぁぁ貴方が羨ましいです」



 何やら難しい話を始めた3人を前に息を整え、〈隠匿〉を深める。彼らから離れ、一歩引いたところで黙って立っているアンヘルの方に身を寄せた。


 危なかった。あまりにも危なかった。

 もしかしたらマルチウェイスターに来て以来一番の危機だったかもしれない。


 だから教会なんて来たくなかったのだ。


「ビビりすぎだろ。ニリ公は頭イカレてるけど悪い人じゃネェよ」

「ニリってもしかしてS級冒険者の狂信者(イカレ)ニリか?」

「ああ、この街最強のヒーラー【伝道者】ニリだよ。その名前あんまり本人の前で言うなよ」


「大丈夫ですよ。そのあだ名気に入っているんです」


 【伝道者】が再び煙のように俺たちの目の前に現れ、今度はアンヘルの手を取った。


「ニリ………先生」

「この街最強のヒーラーだなんて。先生うれしいです」

「冒険者になった今なら、先生の凄さがわかるっていうか………」

「本当に、本当に、立派になりましたね」


 【伝道者】が涙を浮かべながらアンヘルを抱きしめるとアンヘルは糸を切った人形のようにその場に崩れ落ちた。アンヘルの目が焦点を失い、口をぱくぱくとしている。


「無理しすぎです。体が傷だらけですよ。古傷を治すために〈ヒール〉〈解体〉に〈リキュア〉も入れました。しばらく座っていて下さい。ナイクさん運んであげて」


 【伝道者】に言われるままにアンヘルを担いで椅子に座らせる。【伝道者】は俺たちを見届けるとまた【雨乞い巫女】たちの会話に戻っていった。


「あれだな、お互い災難だ」

「ニリ公め………マジでバケモンだよ。学園内で喧嘩なんてしたら一日中ニリ公に治療されるからな」


 アンヘルはまだ体にまったく力が入らないようでぐったりしたまま【伝道者】の方を睨んだ。あまりにも早業すぎて分からなかったが【伝道者】は〈ヒール〉と〈解体〉を高速で繰り返してアンヘルの古傷も治したのだろう。


 ちょっと理解できない。

 が、ひとつだけ確かなことがある。これは敵に回しちゃいけない。なんとかして【伝道者】たちの意識を俺からそらしてこの場をくぐりぬけなければ。下手に目立って追及されれボロしか出ない。俺は叩けば叩くだけボロが溢れるボロ人間だ。


「アンヘル。あの貴族様の方も学園の教師か?」

「あー、知らねぇな。俺は魔術関係の授業でてなかったから。わかんネェ時は黙っとけ。バカがバレるぞ」


 彼らと仲良くおしゃべりしている【雨乞い巫女】の話を盗み聞く。話から推測すると【錬金術師】メルスバルという男はアルケミスト系統の役職でありながら、縁やカルマの研究の専門家であり、魔術系統の役職へ向けた講義を行っている人物であるようだ。


 マルチウェイスターの街においては、その道の第一人者らしい。


 メルスバル卿と【雨乞い巫女】は話がひと段落したのかこちらにやってきて、ぐったりとうなだれるアンヘルを見て口をポカンと開けた。


「ニリ、可愛い生徒だからってやりすぎですよ………」

「え、アンヘルは何されたの? なんか人形みたいになってるけど」

「少し古傷も治しました。レビルさんも覚えますか? 〈ヒール〉を覚えた今の貴方なら〈水分解〉を使えば同じことができると思います」

「いいんですか!? やってみたいです」

「ふふ、わかりました。ではこれを治してみてください」


 【伝道者】がぽんっと自分の左手を叩いてぐちゃぐちゃに吹っ飛ばした。全部の指が反対方向にへし折れ抉れた肉がむき出しになる。呆然とした俺をよそに【雨乞い巫女】と【伝道者】は〈ヒール〉の練習を始めた。


「ナイク君。ニリはいつもこんな感じですので気にしなくていいですよ」


 【錬金術師】メルスバルは俺とアンヘルをみて優しく微笑んだ。


「テメェが俺たちを呼びつけた張本人だな。あのニリ公が犯罪者を捕まえるのに人を選ぶわけない」

「はい。そうです。来ていただいてありがとうございます。同じ役職を持ちながら似ても似つかない【槍聖】達がいるときいてね。あってみたいと思っていました」


 会ってみたい?

 英雄アンヘルはともかく俺に会いたい?


「感想は?」


 【錬金術師】メルスバルはまるでフリカリルトのように俺たちをジッと見つめた。何かで探られる感覚がする。すんでのところで〈隠匿〉を深めて〈鑑定〉を塗りつぶすと彼は、ふふふといって笑った。


「ナイク君? 君は本当に【槍聖】?」


 疑うような視線が俺の冒険者プレートをそして邪神の腕輪を撫でる。

 さっきは助けてくれたがこの人も危険だ。


「もちろんですよ。メルスバル様」

「ナイク君。素晴らしい。知りたいことはしれました。申し訳ございませんがこのあたりで失礼させてもらいます」


 それだけ言い残して立ち去ろうとしたメルスバル卿をアンヘルが引き留めた。


「言いたいこと言って用が済んだらさようならか? 当主候補というわりには人格に問題大ありだナァ。テメェこそ本当に【錬金術師】か?」

「アンヘル!? この方は当主候補様だぞ!?」

「あ? テメェがそんなこと気にするガラかよ」


 

 あまりにも生意気な口をきくアンヘルに対しメルスバル卿は怒るどころか楽しそうに笑った。


「いえいえ、本当に失礼しまったようだ。ナイク君、君も立派な【槍聖】だ。アンヘル君も仲間を疑ってすまないね」

「こちらも失礼言って申し訳ございませんってやつダ」

「面白い。アンヘル君、君とても素晴らしいよ。フリカリルト嬢が気に入るわけだ。失礼をしたお詫びにひとついいことを教えます。今回の犯人はナイク君が【死霊魔術師】と名付けたそうですね」

「ああ、そうですが」

「衛兵隊の調べでは亡霊屋敷の犯人【死霊魔術師】らはまるで【死霊術師】のように遺体をもてあそび、何かをつくろうとしているようです。ナイク君の話をもとに復元された魔法陣を見ましたがあれは〈抽出〉です。人の魂の〈抽出〉。それが【死霊魔術師】たちの目的。そして犯人はおそらく随伴組織でしょう。こんな完璧に事件を秘匿できるなんて随伴組織しかありえません」


 随伴組織(コンパニオンズ)

 最近やたらと話にでてくるが、正直あまりどのような連中なのか知らない。占いの館での話から推測するに人からスキルを〈抽出〉した魔道具をつくっているのは確定だが【死霊魔術師】と言い出したのは彼女らのほうだ。


 わざわざ自分たちが行う悪事の手掛かりを与えるだろうか。


随伴組織(コンパニオンズ)は元はマルチウェイスターの街に随伴する非合法な行為を取り締まるために作られた組織ですが完全に暴走しております。何とかして解体しなければいけません。ですがご安心を。教会本部もこの事件を重く見ています。【死霊術師】の可能性がある以上、市民の全数検査を行うべきと執行部隊を送る準備をしているそうです。私たちの役目は教会の準備ができるまでの間これ以上街民の犠牲者を増やさないことです」


「執行部隊……と全数検査!?」



 俺が【死霊魔術師】なんて名付けたせいで話が大きくなっている。

 全数検査はまずい。改めて俺の役職が検査されば【死霊術師】であることがバレる。


「どうかこのことは内密に。本当はどこの誰が随伴組織とつながっているか分からない冒険者の手を借りずに本件にけりをつける予定でした。が、君たちは信頼できると判断しました。改めて協力をお願いいたします」



 立ち去る【錬金術師】メルスバル卿の背中を見ながら俺は途方にくれた。

 フリカリルトの言う通り、本当にうかつだった。


「なぁゼンスウケンサってどういう意味だ?」

「【死霊術師】が見つかるってことだよ」


 アンヘルは戸惑うような何とも言えない表情でこちらを仰ぎ見た。


「【死霊魔術師】だろ?」

「絶対に【死霊魔術師】を俺たちの手でみつけるぞ。執行部隊なんてこの街に呼んでたまるか」

「おう? テメェ、珍しくやる気だな。そういうの嫌いじゃネェぜ」



 アンヘルに決心を語っているとさっきまで〈ヒール〉の練習をしていた【伝道者】と【雨乞い巫女】が、もう一人別の女性をつれて俺たちの前にやってきた。


「あら、メルスバル様はお帰りなってしまいましたか。では本題にはいりましょう。楽園を案内するのですが、その前に一つ頼まれてほしいことがあるのです。楽園で使う薬の素材をダンジョンからとってきてもらえませんか。案内人にちょうどいい子を用意しました。この子は【魔物使い】泥濘リネージュ。口は悪いですがとってもいい子ですよ」


「ニリ様、ご冗談はおやめ下さい。私は皆さまに仕える立場、案内をつとめさせていただきます。【魔物使い】(でい)…………うわ、アンヘル、あと【槍聖】」


 もう一人、赤黒の瞳の妖艶な女はそういって俺の方を睨んだ。首に刻まれた刺青が彼女が犯罪役職の奴隷であることを告げている。


 やっぱり、また会うことになっちまったか。泥濘。


あとがき設定資料集


【伝道者】

※HP 7  MP 7 ATK 1 DEF4  SPD 4 MG 7

〜あなたは正しすぎてはならない。あなたは悪すぎてはならない。悪戯な女神はある時は正しきを助け、悪しきを挫く。そしてある時は悪しきを許し、正しきを挫く〜


簡易解説:完成されたステータスをした魔術系統の役職。聖職でもあり〈ヒール〉を取得する。理論値は高くないがいかなる状況にも対応できる実戦向けステータスやスキルをもつ魔術系統屈指の強役職。泥臭い戦いが得意。

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