第42話 革鎧が好きなのかもしれない
「あとなんだ魔術的縁?」
「〈被害の縁〉です。おそらくスライムを倒したときかと。【舞踏戦士】さんにはついていないようです」
魔術的縁
縁とはアルケミスト系や魔術系のスキルによく使われる言葉で繋がりや関係、因縁を意味のような魂に関係するものを意味する。【追跡者】の説明によると、今の俺は魂に干渉され、マーキングのようなものを付けられているらしい。
〈被害の縁〉とは被害者と加害者の間に結ばれる縁だそうだ。魔術的に見れば、俺の行動は相手の家の中に無断で侵入し、犯人の持ち物である魔物を壊したことなる。それによりあらかじめ魔物に埋められていた〈被害の縁〉が発動。一方的な被害者である犯人側が加害者である俺に対して、逆に一方的に有利な縁を取り付けられたらしい。
よく使われる盗難対策の魔法だそうだが、完全に悪用されている。
〈被害の縁〉の効果は情報の共有。特に【死霊魔術師】は位置情報に絞って魔術効果を強めているらそうで、今、この時も、あの連中に俺の居場所は筒抜けになってしまっているそうだ。
報復に命を狙われるかもしれないし、もう終わったことだから何もないかもしれない。これからどうなるかは完全に相手次第。
「せめて何か一つ物的証拠でも持ち帰っていてくれれば、こちらも縁を逆探知できたのですが」
【追跡者】はそう言って、眼帯をさすり首を横に振った。
「消せないのか?」
「残念ながら。〈被害の縁〉は最強の縁の一つです。そう簡単には外せません。ここまで徹底的に自分との縁を消しておきながら、【仮聖】さんには自分に優位の縁をつける。おそらく【死霊魔術師】は相当高位の魔術師でしょう」
他にも何かないかと【追跡者】や他の衛兵隊員たちと共に屋敷を見て回っていると、慌てたような表情のフリカリルトがやってきて俺の腕をつかんだ。
「ナイク、あなた【死霊魔術師】って」
フリカリルトが、何考えているの?と疑問視するようにこちらを見ている。言い訳しようにも人がいて何も言えずあたふたしている俺を助けるように、【追跡者】が優しく頷いた。
「お気持ちはわかりますが、フリカリルト様。これはなかなかいい識別名ですよ。本件との関連性は分かりませんが最近街民の捜索依頼が何件か出ております。西区だけでその数実に15名。【仮聖】さんの情報によれば手口も非常に悪質で、犯人は本当に【死霊術師】でもおかしくないかと。さきほど〈真偽判定〉させていただきましたが本当のことをおっしゃっていらっしゃるようなので我々としても【死霊魔術師】ということで進めたく思います」
「そう…………ですか」
フリカリルトが納得したのかしてないのか分からない無表情で頷き、俺の腕の袖を引っ張った。
「うかつ」
フリカリルトが耳元で囁き、曇りのない綺麗な瞳がこちらをジッとみつめた。
「【死霊魔術師】でいいの?」
うかつか…………
確かに迂闊だったがむしろ好都合だ。
こうでもしないと【死霊魔術師】なんて見つからない。
情報屋の占い通り【死霊魔術師】が転職手段を知っているのなら、【死霊魔術師】と名付けられた犯人が転職方法をしっているのだろう。順番が逆のようだが占いなんてものは曖昧で不確実だ。無理やり誰かを【死霊魔術師】ということにしてしまえば、必ずその近くに本物がみつかるはず。
やっと見つけた転職への手掛かりだ。
絶対に逃がしはしない。
「【死霊魔術師】でいい」
「分かりました。では本件の識別名【死霊魔術師】ということで受理いたします。冒険者ギルドとしては一旦本クエストにて手を引きますが、必要があればいつも通り衛兵隊の方からご依頼をお願い致します。このような犯罪者を野放しにしてはいけません。中立派、教会派など関係なくお手伝いさせていただきますので、どうか早急な解決を期待しております」
いつもの事務的な無表情になったフリカリルトが衛兵隊の人たちと小難しそうなやり取りをしている。話が一区切りしたタイミングで俺はまた公務に戻っていこうとするフリカリルトの手を取った。
「この事件、今後も手伝わせてくれ。犯人に聞きたいことがある」
その後、【追跡者】や衛兵隊の面々に縁について精査してもらった後、聞けることは全部聞いたということで屋敷から追い出された。とりあえずフリカリルトは伝手を頼って〈被害の縁〉を外せる人に掛け合ってくれるそうだが、多忙な人物らしく簡単には時間をとれないかもしれないらしい。
「〈被害の縁〉か」
困った。
偶然だろうが完璧に俺の弱点を突かれた。相手の位置を完璧に把握することができるだなんて……
これは〈隠匿〉に対する特攻スキルだ。
懲罰クエストも完遂し、本当なら本件との関りももう終わり。明日からC級冒険者として仕事をとることができるはずだったというのに面倒な話だ。
「いや、犯人が本当に占いの【死霊魔術師】だというなら向こう来てくれるのは願ってもないことだが……危険すぎるな」
隠匿竜との戦いでレベル25になって、普通の大人たちの平均は超えたが、正直冒険者としてはまだまだだった。隠匿竜から得たスキルポイントを全て初級槍術のスキルツリーに注ぎ込んで、新しく覚えたアクティブスキルは〈刺突波〉と〈棒高跳び〉の二つ。正直言って〈棒高跳び〉についてはまともな使い道が分からない。結局増えたといえるのは〈刺突波〉くらいだった。
刃物で刺した対象に衝撃波を流すこのスキルは【死霊術師】に足りない殺傷能力を大きく上げてくれた。強力だが使うと槍が手を離れてしまう〈槍投げ〉や、使いすぎると槍が壊れる〈叩きつけ〉より使い易いスキルではあるが、一撃当てることが大切な対人戦闘に関しては、別にそれほど強くなるわけではなかった。
俺の持つ最強スキルである〈隠匿〉に頼ることができない今、俺の生命線は【大食姫】から譲りうけた〈捕食強化〉と赤蝶の主の丸薬。
レベル89相当の超強化は確かに頼りになる……
数はまだまだあるが無限に有るわけでもない。
「0.5秒はさすがに短い。これでどうやってあんな奴らから身を守ればいいんだよ」
真っ二つになってしまった槍と穴だらけの革鎧を抱えて、途方に暮れるしか無かった。
中心街の公園に戻ると、寝床の前に【舞踏戦士】アテオア兄貴が待ち構えていた。
「縁の話は聞いたが、これ以上は手伝えないぞ。ギルド指名依頼は達成したろ?」
「こっから先はダメよ! ダメ! 誘っちゃいや! ダメダメダメダメ!」
兄貴がそう言って手を横にふる。彼に取り憑いてる死霊も大声で喚いていた。
「連中が報復するなら間違いなく二人一緒だと思いますよ。わざわざ俺一人ってのもおかしな話です」
「だから一緒にいるのはやめようぜ。それにナイ坊一人の方が逃げ易いだろ」
「俺の家ここですよ」
「いい性格してんなぁ。しょうがない。ほら」
アテオア兄貴はポンと俺の手の上に鍵を置いた。
「昔、冒険者仲間と使ってたセーフハウスだ。埃だらけだろうが、使っていいぞ。【斧槍騎士】がいたから槍の代用くらいは置いてあるんじゃないかな。それで許してくれ」
兄貴は真っ二つになっている槍を指差してニコリと笑った。
いいようにあしらわれている気もするが兄貴の言いたいことはわかる。兄貴には〈隠匿〉のような気配を消すスキルはない。俺も一人の方が逃げやすそうなのは事実だ。
あの調子では兄貴の死霊も俺に協力してくれないだろうし、一人で隠れるか?
散々迷ったうえ、兄貴の提案に渋々頷き、鍵を受け取った。
セーフハウスは中心街から少し離れたところにあった。
大通りから離れた一軒家。小さいが、一人二人で住むには申し分ない家だった。てっきりセーフハウスなんて地下スラムの一室かなんかだと思っていたのにこれは意外だ。近所の家々を窓から軽く覗くと住民は、浮浪者どころか冒険者でもなさそうに見える。
どうしてこんな家があるのに兄貴は路上生活なんてしているのだろう。
一応、〈隠匿〉を深めてから扉を開ける。恐る恐る玄関に入ると家の中はカビ臭く、それだけで誰も使っていないのがよくわかった。
何かあった時のために、まずは逃げるルートを確認する。
セーフハウスは二階建ての一軒家。
一階に玄関と広い居間と便所と風呂。上水が通ってるようだ。二階に寝室が一つ、物置が二つ。兄貴が言っていた通り、物置には武器や鎧が並んでいた。明らかに数人分では収まらない数の武器種と鎧が置いてあった。
「兄貴は何人パーティだったんだ?」
憑いている死霊が一人だったのでてっきり少人数パーティかと思っていたが、もしかしたら10人以上の数の仲間がいたのかもしれない。テーブルの上にポツンと置かれた、おそらく仲間が生きていた時に撮ったものと思わしき射影を裏向きにして見えないようにする。
「故人の思い出を漁るものじゃないな」
幸運な事に二階の寝室には窓があり、飛び降りて逃げることができそうだった。どこから侵入されても大丈夫なように階段に簡単な罠を作り、二階で待ち構える準備をした。倉庫の中のボウガンを一つ選び、階段のある一段を踏むと発射するようにセットする。矢にこの前拾ったあがり草の絞り汁を塗り、頭の高さに調節した。
「気休めだな」
辺境にいたころ父や村の大人たちから様々な罠の作り方を教わったが、こういう機械的な罠はあくまで知性の低い魔物への対策。高レベルの竜や、犯罪者にはほとんど役に立たないものだった。ある程度のSPDがあれば見てから回避できるし、みな色んなスキルを覚えている。【回復術師】の〈ヒール〉とあの剣士の一撃を考えると、今回も大した効果は期待できそうにないだろう。
「こんな罠でも俺には致命傷なんだけどな」
矢じりに塗ったあがり草をなめると煎じた興奮薬のほのかな甘みで舌をしびれる。
「ここは寝ずの番で夜を過ごしつつ、睡眠は昼にギルドで寝るのがいいな。ボードゲームでもするか」
その日は二階で一人、ボードゲームをして時間を潰した。悪戯な女神の教えのおかげで、どこにでもこういうゲームが置いてあるのが救いだった。複数あるゲームの中から眠くならないようにと坦々と作業する者は避けて難しいパズルを選ぶ。
「そういえば【大食姫】のガキどうしたのだろう」
入院中はちょくちょく遊びに来て一緒にボードゲームをやったりしたものだが、俺が大聖院を追い出されて以来は顔も見ていない。学園とやらに通っているそうだが、元気にしているだろうか。【大食姫】を食った時に頼まれたせいで、〈捕食強化〉を使うたびに思い出してしまい忘れようにも忘れられなかった。
「まぁ男の子だ。しばらくすれば親がいない暮らしにもなれるだろ。フリカリルトが遺族融資もしてるしな」
ガキのことを頭から追い払いパズルに向きなおる。そんなこんなで一晩が過ぎ、夜も明け約半年ぶりの温かい風呂で汗を流そうとして鎧を脱ぐと、ある事に気がついた。
「お願い……殺さないで」
鎧の右袖のポケットの中に死霊が入っていた。あの時磔にされていた死霊だ。死霊とは思えないほどボロボロになっていたので、回復?するまでちょくちょくマナを与えていたのだが、ずっとついてきたようだ。
「お前も回復したら、女神に還れよ」
「お願い……殺さないで」
飛ぶことすらできなかったあの時と違って、少し元気になってふよふよと浮いてはいるが、言葉はあくまで同じことを繰り返すだけだった。
これは会話ができないタイプだな。
基本的には死霊はこれが普通。
隠匿竜との戦いや、兄貴についている死霊の意思が強すぎて忘れそうになるが、ほとんどの死霊はこんなふうに自分の言いたいことを繰り返すだけだ。彼らは【死霊術師】がくると自分の話を聞いてもらえると思って近寄ってくるが、あくまでも囁くだけ。こちらの言葉に返答してくれる奴は少ない。
言いたいことだけ言えたら満足して還るやつすらいるくらいだ。
この死霊は、何がしたくてここに残っているのだろう。
もう少しマナが欲しいのだろうか。
そう思いマナを流し込むと死霊はビクッと震えて、再び革の鎧の右腕のポケットの中に潜り込んだ。
なるほど、分からない
革鎧が好きなのかもしれない。
あとがき設定資料集
【追跡者】
※HP 7 MP 7 ATK 3 DEF 2 SPD 8 MG 3
〜陸地における長距離移動。その一点において人は最速の生き物だった。我々は敵を執拗に、執念深く、ただ追い回し続ける死の追跡者であった〜
簡易解説:高HP高MPが特徴のアサシン系統役職。アサシン系統でありながら魔術系統のようにマナやカルマ、縁をみることができる特殊な役職であり、目標を探し、追い詰めることに特化したスキル構成している。




