第40話 人違いもほどほどに
亡霊屋敷、2階。被害者の遺体の前。
「ナイク坊、悪い続報だ。外に4人。鍔鳴りがする。剣士系がいるな」
「ギルドからの援軍って可能性は?」
「ないな、足音に警戒がなく、目的があって入ってきている。犯人側だろう」
そういって兄貴はスライムの破片を蹴り払い、静かに抜刀した。
魔物相手はあんなにビビっていたのに人間相手は問題ないようだ。普通は逆なのだが今回は頼りになる。
が、4人はまずい。
「自分は気配消すスキルはありますが兄貴は?」
「そんなもんあるわけないだろ」
荒事に慣れてそうな相手4人に2人では立ち向かうには無理がある。しかも死霊たちによれば相手は一瞬で意識を刈り取るスキルの持ち主。一対一でも危険なのだ。
見た目で何をしてくるのかわかる魔物と違って人のスキルはあまりに多用で、相手が何をしてくるかわからない。最善は戦わないこと。もし戦いが避けられないのだとしたら、一方的な暗殺、つまり〈隠匿〉と闇夜にまぎれた不意打ちが理想だ。
レベルも役職も分からない相手と真正面から戦うのは蛮勇がすぎる。
「2人入ってきた。まっすぐくるぞ。向こうもこっちに気がついてる。どうする? 殺るか?」
結論が出せず口よどんでいると、俺の代わりに問いに答えるように兄貴の死霊が頭の周りをまわった。
「相手も音で感知してるみたい。アテオアに〈波状音剣〉使わせて。そのまま逃げるルート案内をするから」
「兄貴、〈波状音剣〉お願いします。音で誤魔化しつつ出会わないように迂回して逃げます」
死霊がいうままに兄貴に指示すると彼は一瞬驚いた顔をした後、頷いた。
「何で知ってんだよ。わかった。信じるぞ」
兄貴が剣を壁に突き刺す。まず壁が震え、少しして振動は部屋中に伝わっていく。震えは徐々に大きくなりついには屋敷全体がブルブルと震えていた。
「ついてきて」
兄貴の死霊の指示で、部屋を回る、入ってきた客間ではなく寝室や手洗い場を抜けて、窓から外へ飛び出した。
庭のアガリ草の雑草の上に着地して転がる。
飛び降りた先から玄関の方を見ると、2人の黒いフードを被った人影があった。玄関前に見張りのように立つ、顔を隠した二人組。
残り2人は中にいるのだろう。
逃げるなら今!
兄貴と共に彼らと反対側へ走る。
「あっちゃー、家が震えてると思ったら逃げられてるよ」
「頼りないじゃん」
黒衣の2人は口々にそう言い、こちらに向かって手を伸ばす。
「避けて!」
兄貴の死霊がそう叫び、俺は咄嗟に兄貴を蹴り飛ばした。
今までいたところの地面に魔法が炸裂して、地面が沈む。
「下手やなぁ」
「うっさ」
魔法を放った女魔術師は横の男魔術師にそう言って笑われていた。
兄貴と別れて、別々に花壇に隠れる。
雑草に隠れて、思いっきり〈隠匿〉を深める。
隠匿竜の〈隠匿〉ように、草地と自分の境目を隠すように、何重にも深■る。
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〈■■■■〉赤■■主
アテオア兄貴が魔術師たちに駆け寄り、剣を振るうと耳が千切れるような爆音がして魔術師たちは一瞬ひるんだ。
「【水】ちゃんとみろ!」
俺に気がついていない男の魔術師の方へ、槍を突き立てる。
腹ごと突き破るつもりで差し込んだ一撃は臓膜を破り、腹半分あたりで止まった。
〈刺突波〉を流して、内臓を破壊する。
黒ローブの術師は口から血を吹き出した。
もう1人の女魔術師が何か魔法を打とうとしている。
槍を引き抜きそのままバックステップして避けると、さっきまでいた場所の地面が少しへこんだ。
「死ぬかと思った」
突き刺した魔術師が立ち上がり。口の血を拭っている。
致命傷を入れたはずなのに、どうやら〈ヒール〉されたようだ。
その瞬間に、2人の魔術師はぐらりと揺れた。
兄貴が大声で叫び、足踏みして、また地面が揺れる。
アイアイアイ!と兄貴はさっきのように歌い始めた。
相変わらずよく分からない歌詞だが、今度の兄貴の歌はなんとなく力が湧いてくる気がする。
「何、コイツうるさッ。隙だらけじゃん」
「普通に二人だとキツイぞ。【剣】でも【泥】でもさっさと来いよ」
魔術師達から放たれた魔法は、歌う兄貴の近くで急に曲がり、逸れて飛んでいった。
〈隠匿〉をかけながら2人の後ろに近づく。さっき全く同じことをしたのにもう俺のことを忘れている。兄貴が目立っているおかげで〈隠匿〉が効きやすいようだ。
まず〈ヒール〉持ちを殺す。屋敷の惨状は間違いなくこいつらのせいだ。あんな悪辣なことをしでかす奴らに遠慮はいらない。
兄貴に向かって魔法を投げつけようとしていた男の魔術師の背中に槍を突き立てた。
そのまま上に乗りかかり地面に押さえつけて、〈ヒール〉が間に合わないよう徹底的に〈刺突波〉に流し込む。
助けにこようとした女魔術師も兄貴の体当たりによって吹き飛ばされていた。
このまま殺し切る!
残り2人が帰ってくる前に人数有利をつくって逃げなければ。
〈刺突波〉を魔術師の体内に流し込み続けるが、魔術師もすんでのところをヒールし続けているのか、なかなか経験値が入る気配がなかった。
なかなか落ちない相手に剛を煮やして、呼吸ごと落とすために首を抑えようとした時、玄関が開いた。
「何がどうなってる? 中に誰もいないぞ」
玄関から出てきたもう1人の男はこちらを視認するなり剣を抜いた。
危険を感じて咄嗟に槍を前に構えると、一瞬で距離を詰めた剣士によって槍は綺麗に斬られ、真っ二つになった。それでも尚振り下ろされる刃を、すんでのところで避ける。
魔術師から離れ、体勢を直す。
剣士は息も絶え絶えの魔術師を守るように立ち塞がった。
「大丈夫か、【水】」
「死んでた、死んでた。絶対死んでた。俺ばっかり狙いやがって。あの槍使い。俺が【回復術師】じゃなきゃ死んでた」
魔術師はまた起き上がり、ブンブンと頭を振った。血が飛び散り、傷が瞬く間に〈ヒール〉で戻っていく。
乗りかかっている間ずっと〈刺突波〉を流し込み、内臓ぐちゃぐちゃにし続けたのに、まだ〈ヒール〉で治るのか。
イアー!と兄貴の歌声がして、もう1人の魔術師を殴り飛ばされてくる。
〈■■■■〉赤■■主
一同が兄貴に注目している隙に再び〈隠匿〉を深め、不意打ちを狙うも、折れた槍の一撃は剣士に簡単に弾かれた。
「【水】あっちの手伝いをしてやれ。槍の相手は俺がやる。お前じゃ相性が悪い」
剣士はスッと剣を高くあげた。
大きなマナが剣に集まっていく。まるで一撃に全てを賭けるような姿勢だ。
相手の力量は分からないが、ただ一つ言えるのは当たったら死ぬだろう。
よけきれるか?
〈隠匿〉を再び深めた。
砂の一粒、草花の一枚に至るまで、意識して自分の存在を隠していく。人だけじゃない、自然そのものから存在を〈隠匿〉する。その〈隠匿〉は隠匿竜との戦いのときにした〈隠匿〉と同じレベル出来だったが、その男は微動打にせず、ただひたすらにこちらを見つめていた。視線だけでこちらを殺しそうなほど鋭い眼光は、どれほど〈隠匿〉を深めても折れた槍を持つ右手から外れることはなかった。
そして〈隠匿〉を深めている間にも剣士の掲げた剣に集まるマナはどんどんと増え続けていた。
もう斬られるとかあたりどころとか関係ない。少しでも触れれば消し炭とも思えるマナの塊。それでも剣に集まるマナはまだまだ増え続けている。
どんどん。どんどん。
アテオア兄貴の動向を確認しようにも、目の前の男の気迫から目が離せない。少しでも視線を途切らせれば、いつでも切り込んでくるだろう。
命をたった一撃に全てを賭けるような剣士の構え。足元はがら空き、胴体にも鎧すら着ていない。後先考えないその構えはある意味美しいともさえ思う姿だった。
おそらく、どれほどうまく相手に致命傷をいれても、剣士の命が消えるまでの刹那の間に剣が振り下ろされて俺も死ぬだろう。
「クソが。一人で死ね」
折れた槍を構え直す。短槍には短槍の使い方がある。
少し考えてる間にもどんどんと増えていく剣士のマナ。
剣に集まるマナはどこまでも際限なく増え続けるようだった。
瞬きもせずに男を見つめていた、その時、大きな影が俺を覆った。
何か上にいる!?
俺が上に気を取られたその時、剣士は走り出した。鬼のような形相で、こちらへ迫る男から、
俺は全速力で踵を返して逃げ出した。
全力で敵を探す。兄貴と争っている真っ黒ローブの魔術師二人組。
彼らの側まで必死に駆ける。
〈隠匿〉のおかげでどちらも気がついていない。
そのまま一人のローブをひっ掴んで盾のようにして、後ろから追いかけてくる男に体当たりした。
男は味方ごと切るようなことはせずに、ローブの魔術師を蹴り飛ばした。
その隙に口の中に隠していた丸薬を齧る。
〈捕食強化〉赤蝶の主
跳ね上がった身体能力で、
折れた短槍を、剣士の掲げた腕の隙間に挟む。
そのまま剣を弾くようにくるりと回した。
掲げた剣を掴む腕が片方外れる。
だが、不完全な体勢になりながらも剣士はそれでも剣を振り下ろした。
つんざくような風切り音が耳元で鳴った。
斬られたか?
「ナイ坊! 無事か!」
斬られたかどうかもわかっていない俺に代わって兄貴が剣士を蹴り飛ばした。急いで両手両足を確認するが、どこも失っていないようだった。
「〈隠匿〉槍使い…………」
「あの【槍聖】でしょうね。隠匿竜殺しの」
兄貴に蹴られて地面を転がった剣士を、いつの間にか合流していた4人目がそう言って引き起こした。
「かもな。あれだけ〈溜め〉た一撃があっさり返された」
剣士はそう答えて立ち上がり、こちらを睨み、そしてもう一度剣を構えた。
まずい。4人揃ってしまった。
この剣士だけでも危険なのに4人は無理がある。相手に〈ヒール〉持ちがいるせいで怪我をさせて引かせるということもできない。
「ナイ坊。なにか手はあるか。俺は思いつかん」
兄貴が絶望したような表情でこちらをちらりと見てくる。ない、と答えたい気持ちを抑えて魔法袋の中から赤蝶の主の丸薬を口の中に詰めた。
「殺せる奴を殺してレベルをあげる。次のスキルに賭けましょう。一番脆そうな女魔術師を即死させます。兄貴31ですね。俺は25譲ってください」
「ははっ、天才かよ。レベルが上がれば何か手があるんだな」
「ないこともないです」
ここには死霊がたくさんいる。彼らから力を借りられれば何とかなるかもしれない。
兄貴とめくばせしてもう一度槍を構えると、4人組の一人、最期に合流した男が首を横に振った。そしてそのまま剣士の腕を下ろさせる。フードのせいで顔も見えないが、なんだかこちらをみて呆れているようにみえた。
「やめです。痕跡はもう消しました。相手はあの【槍聖】。こんなとこでリスク負うべきではありません。【泥】やりなさい」
4人目がどこかにむかって命じると、上空から巨大な魔物がおりてきた。鳥の顔に翼の生えた巨獣。【鷲獅子】と思わしき魔獣は高らかに嘶き、そのまま4人を乗せると一瞬で上空に消えていった。
逃げた?
「…………アイツら逃げてったぞ。あの【槍聖】ってナイ坊実は有名人だったのか?」
「あー、多分人違いです」
【槍聖】アンヘルと勘違いされたようだ。
「ははっ、人違いもほどほどにだな」
へなへなと崩れる兄貴を見ながら、俺もその場に座り込んだ。
今回は人違いに助けられた。
あとがき設定資料集
【回復術師】
※HP 9 MP 9 ATK 3 DEF 0 SPD 4 MG 5
〜魔王との終わらぬ戦の中、一人の錬金術師は女神の奇跡に頼らない新たな治療方法を見つけ出した。それは今日死ぬ傷を明日に先のばしにする力。彼はその力で戦士たちの傷を癒した〜
簡易解説:回復術に特化したアルケミスト系統の役職。独自の回復スキルは〈ヒール〉などの聖魔法に酷似しているが全くの別物であり、女神の加護のない強力な回復術は対象者の体に多大な副作用を与える。回復術師本人も例外ではなく、ある程度歳のいった回復術師は内臓や脳機能に著しい障害を抱えていることが多い。教会の定める犯罪役職。




