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第38話  連打よ!

 



「そそくさと逃げ帰ってきたんだ? 流石にその程度では調査とは認められません。では次の方」

「ちょ、フリカリルト」


 俺は屋敷の外観を確認するや否や教区外に逃げ帰り、冒険者ギルドに屋敷の惨状を報告した。だがギルド職員として窓口に立ったフリカリルト曰く、その程度は調査にはならないとのことだった。


「大規模クエストの時も似たような話したけど、〈血の香り〉だけじゃ証拠としては弱いの。資格認可スキルでもないし」


 鳥のようなゴーレムが肩にとまる。そのゴーレムは俺にしか聞こえない声で囁いた。

 

「〈血の香り〉はナイクの創作スキルじゃない。詳しく調べられたら困るでしょ」

「まぁそうだが」


 何と言い返そうか困っていると、フリカリルトがじゃあねと手を振る。


「待て、もう一個。短絡経路に弾かれたんだがどうなってるんだ?」

「知らない。あの辺は私のテリトリーじゃないし。私の管理は冒険者ギルドと中央街。カルマなんて悪趣味なもので利用者をはじくなんて教会派がいかにも考えそうなことね」

「教会派?」

「マルチウェイスター家もいろいろあるの。がんばって」


 マルチウェイスター家?

 貴族特有の跡目争いというものだろうか。


 どうやら経路問題はフリカリルトにもどうにもできないようだった。経路に弾かれて追われたことといい、死霊たっぷりの屋敷といい、懲罰クエストというだけあって飛んだ地雷案件である。


「なんとかならないか? 懲罰だとしても他のクエストに変えるとか」

「結構、混雑してんだけど」


 列の後ろを指差す。ズラリと冒険者たちが並んでいた。

 若く可愛く、愛嬌もあるフリカリルトはいつも人気だ。


「俺も並んだから」

「知らないわよ」


 そう言って彼女がひらひら手を翻すと、さっきまで列の整備をしていた白い小型の獣のゴーレムたちがやってきて俺の周りを取り囲んだ。それらはガブっと服のすそを噛みついた。


「あの…………フリカリルト様?」

「C級冒険者になるなら、それくらい自分で解決してください」


 そうして俺はゴーレムたちに引きずられるように運ばれて、ギルドからつまみ出されたのだった。



 

 浮遊街から降りて、住みついている中央街裏路地の公園に帰る。

 新設されたばかりの水場で頭を洗いながら、このあたりの浮浪者達のまとめ役の兄貴、【舞踏戦士】アテオアに「助けてください」と告げると、彼は厄介者がきたとでもいうように苦笑いした。

 

 

「他に頼れる人がいないんです」

「そんなこと言われても俺は戦いたくないぞ」

「そこを何とか」


「いいよ! その調子! もっと推しなさい! この人、こう見えて頼られるの嫌いじゃないの」


 彼に憑いている死霊がそう声をかけてくる。髪の長い女の霊。半年前、兄貴に大規模クエストについて教えてもらった時はただの白いモヤにしか見えなかったのに、今や、その死霊は小さな人形をとっていた。

 隠匿竜との戦い以降、俺の〈死霊の囁き〉の能力が徐々に上がってるのを感じていた。熟練度というものだろうか。隠匿竜の〈隠匿〉と俺の〈隠匿〉が天と地ほどの差があったように、スキルには熟練度があり、意識して使えば使うほどうまく使えるようになるようだ。


 スキルは使い方を覚えればどんどん伸びていく。これは普通に戦えば弱い【死霊術師】として天啓を得たような気分がしていた。MPの多いこの役職ならいくらでも練習できる。それを実感してるのがいつか捨てるつもりの【死霊術師】としての能力というのが何とも皮肉だが。


「というか、なぜまだE級なんだ。ナイク坊、大規模クエスト行ったんじゃなかったのか? 大規模クエストが終わってからもしばらく帰ってこなかったから死んだって噂されてたぞ」

「大聖院に入院していたんですよ。治ったのバレて追い出されましたけど」


 真上に浮かぶ浮遊街を指さすと、彼は空を見上げ可笑しそうにゲラゲラと笑った。


「俺たちにとっては女神様より遠いところだ」

「死んだら誰でも女神の元に還れますからね」

「おう? ナイク坊は意外と敬虔な信者なのか?」

「まさか、神託以来一度も祈ったことありません」

「よっぽどだな」


 そう答えながら目の前の蛇口というものを捻ると新鮮な水が吹き出した。


「やっぱ、すっげ」


 この前までは、ここは汲み取り式の井戸だったのに、しばらく入院していた間に捻るだけで水が吹き出してくる蛇口というものが並ぶ水場に変わった。どこかから押し出しているのか、それとも水を操るスキルを付与しているのか分からないが使った分を使った量だけ供給するシステムが無いと成り立たない構造である。


「これが中央街のいいとこだよなぁ。ここ担当のお貴族様は気前がいい。工房の実験台程度の感覚なのだろうがちょくちょくこういうのが導入してくれる。他の地区にはない利点だよ」

「日当たりもよくなりましたしね」


 ふたりで公園のど真ん中の大きな木のような街灯を見上げる。

 本来、この公園は浮遊石の真下にあって昼間も陽が届かない。この前まではいつでも薄暗かったのだが、この前工事が入り、明るくなった。それはこの木のような街灯が強烈な光を発しているおかげだ。

 しかもそれだけ強い光を発しているにも関わらず、直接見てもまぶしくない。


 どことなく常昼の森のような明るさで気分が落ち着かないが、こういった発明品のおかげでこの半年浮浪者とは思えない生活ができていた。


「錬金都市マルチウェイスター。当主候補フリカリルト・ド・レミ・ファ・ソラシド・マルチウェイスター…………か」

「レミ? そんな名前なのか? あとフリカリルト()な。信者多いから適当なこと言ってるとぶっ飛ばされるぞ」

「可愛いですからね。俺も好きです」


 【舞踏戦士】の兄貴が呆れ顔でこちらをみて、苦笑した。


「そういや、この前の大規模クエストの主導はフリカリルト様か。大失敗だったらしいし心配だな。あの方に失脚されると俺たちも困る。地下の随伴組織の連中はおっかないし、教区は俺らみたいなはみ出し者には住みにくい…………」


 大失敗……。

 やはり世間の評価はそうなるか。魔物との戦いは勝利が基本。いくら隠匿竜がお伽噺級の規格外の魔物でもそこは変わらないようだ。


「失敗ってのも酷いですけどね。あれはとんだ化け物ダンジョンでしたよ。レベル89やら101相当のサブコアにレベル135相当のコア。俺も死ぬかと思いました」

「135!? そんな高レベルの魔物、聞いたことないぞ。行かなくてよかった」


 兄貴は、唖然として首を振り、ガタガタと震えた。何かを思い出したように辛そうな表情をした後、ゆっくりと目を閉じた。


 そういえば、彼は魔物に大切な仲間を殺されて魔物と戦えなくなったといっていた。


「おら、聞こえてんしってるわよ。【死霊術師】もっと本気で誘いなさい!」


 多分その大切な仲間と思わしき死霊がクルクルと俺の頭の前を回る。お仲間は今も元気にあなたの前を跳んでます、と教えてあげたくなる気持ちを抑えて、死霊を振り払った。


「調査クエストお願いします。アテオア兄貴も冒険者でしょ」

「そうよ! 【死霊術師】みて! うちのアテオアはレベルも結構高いのよ!」


 死霊が彼の胸に抱きつくように体当たりすると、カラカラと彼の胸元にかかっているプレートが揺れた。


 C級【舞踏戦士】アテオア レベル31

 この辺りのまとめ役をするだけあってレベルもそこそこ高い。


「俺、あんまり評判よくなくてギルドじゃ仲間を見つけられないんですよ」

「ギルドで評判悪いって、何したんだよ。冒険者なんて荒くれものばっかだろ」

「俺もよくわからないです」


 アテオア兄貴は頭を抱えるように額を押えて、しょうがないというように立ち上がった。


「おい、ナイク坊が冒険者を探してるってよ。報酬ははずむってよ。大規模クエストで手に入れた金があるそうだ」


 アテオア兄貴が周りの浮浪者達に呼びかける。声につられて浮浪者仲間たちが集まってきた。


「ナイク坊昇級か?」

「俺もDだぜぃ。税金払ってないから冒険者としては失効だけどな」

「それはダメだろ」


 そんなことを周りの浮浪者仲間たちが口々に言って、冒険者プレートを見せびらかしてくる。

 どうやら、この辺りの浮浪者で冒険者になっていないのは、まだ役職の無い子供達と俺くらいだったようだ。この街のギルドは冒険者になるだけで一食の賄いがあるようで浮浪者で登録していないものはいないらしい。

 街側としては飯で釣って登録させることで人口の把握と治安維持を行なっているだけなのだろうが、  ずいぶんと気前がいい。井戸端で寝ていただけなのに、賊に間違えられて殺されかけた故郷近くの街とは大違いだ。


「誰かいないか? ナイク坊の昇級クエストだ」

「ねぇ、アテオア!? ちがうでしょ。ここはキリっと俺が行くよっていうのよ」



 死霊がヤジを飛ばしている。本当に感情豊かな死霊だ。

 普通の死霊は死に際の言葉を繰り返すだけのやつが多い。稀に質問に答えたり、こちらに忠告してくれるやつもいるが、それでも同じことしか喋らないのが基本だ。それなのにこの死霊だけはやたらめったら、こっちに寄ってきて色々吹き込んでくる。兄貴を社会復帰させたいことはわかるし悪霊ではなさそうだが、ちょっとうるさい。


「D級昇格か? それなら付き合ってもいいぜ」

「マジでお使い程度だからな。朝飯前よ」

「D級冒険者【壁画絵師】である俺様が仲間になってやろう」


 浮浪者たちは口々にいって俺たちを取り囲んだ。


「いえ、C級昇格です。ギルド指名クエストで何人か人が死んでる屋敷の調査です」


「C級!?」

「ギルド指名!?」

「死人!?」


「遠慮しとくわ」

「ギルド指名とか無理」

「命あってのものだねだかんな」



 さっきまで乗り気だった浮浪者仲間たちは急に手のひらを返して、するすると引き下がっていった。


「おい、お前ら逃げるな」


「無理無理。公園でナイク坊よりレベル高いのアテオア兄貴しかいないって」

「兄貴出番ですぜ」

「ナイク坊にはこの前【盗人】野郎〆めてもらったかりあるでしょ」

「兄貴がやらずに誰がやるんです!」

「よ! 中央公園一の色男!」

「最高だぜぇ。アテオア兄貴!」


 浮浪者一同で兄貴を褒めたたえる。騒ぎを聞きつけただけの浮浪者たちもやってきて、皆で一緒になって兄貴を推していた。


「調子いいな、こいつら」

「兄貴お願いします。他に頼れる人がいないんです」


「連打よ! 連打!」


 兄貴の死霊も浮浪者達のガヤにあわせて上下に跳ねている。


「兄貴!なにとぞ、お願いします」

「いや……」

「なにとぞ、なにとぞ」


「まぁ魔物と戦わないなら考えてもいいが」


 彼は大きくため息をつき、首を横に振りながらそう答えてくれた。きゃーやったわー、あんたやるわねぇと首元で死霊が騒ぎ立てていた。


「俺は【舞踏戦士】だ。持ってるスキルに〈聴力強化〉があるから索敵は得意な方だと思ってくれていい」

「今回のクエストは調査です。一応可能なら討伐ですが、できるだけ戦闘は避ける方針でいきたいと思ってます」



 そういうと彼はそれならいいというように小さく頷いた。



「それにしてもギルド指名クエスト受けるE級ってはじめて聞いたな。指名依頼なんて普通A級以上の冒険者へ来るものだぞ。しかもギルド指名だ。ナイク坊、お前上の方のやつに気に入られてたりすんのか? あるいは特別なスキルがあるとか」


「実はこの前喧嘩売ってきた冒険者をぶち殺しかけて、その懲罰クエストなんです。本当は危険度B級の依頼らしいです」

「やっぱやめていいか?」


 アテオア兄貴は呆れたように首をふった。

あとがき設定資料集


【壁画絵師】

※HP 6  MP 7 ATK 2 DEF 6 SPD 2 MG 7

〜紙は朽ち、布は褪せる。永遠に変わらぬこの思いを残すためには、この石壁が最高のキャンパスだった〜



簡易解説:アルケミスト系統の役職。絵を描き物に様々な力を籠める絵師とよばれる役職群の一つ。壁画絵師は、その名の通り壁画を得意としており、建築作業現場などで重宝される。

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