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第35話 常套句




「クソガキ。反省したか?」



 飯も抜きでただひたすらに吊られ続けて丸1日。講義室に、筋骨隆々のギルド職員のオッサンが顔をだした。体毛の一本もない綺麗な禿げ頭が光る。


「もちろん! やりすぎだったと思っている」


 久しぶりの人の声に、長いこと吊るされていた俺は思わず食い気味に答えた。自分でも恥ずかしくなるほど嬉しそうな声が漏れる。吊るされている理由が理由なだけに、嬉しさを隠せない俺の様子を見てギルド職員の男はひどく渋い顔をした。


「お前、自分が何したかわかってるのか?」

「もちろん! 傷害、器物破損、無断履行、スキル使用による不利益もしくは加害罪、越権殺人未遂、あと領法の禁止地区での戦闘行為に……」

「もういい。わかった。十分だ」


 

 彼はウンザリした顔で、ツタを引きちぎり、吊られていた俺を下ろした。


「どうも。ペナルティとやらは決まったのか」


 問いかけに答えるように大男がポキリと肩を鳴らす。こちらを見つめる彼の目は、まるで敵を見ているように酷く乾いていた。



「【槍聖】ナイク。補習の時間だ。講師はこの俺、【重拳士】ドロアーが務めよう」



 その言葉の瞬間、腹に衝撃が走り、足が空中に浮く。体が吹っ飛び、講義室の壁に激突した。

 何が起きているか理解するより先に頭をつかまれて、そのまま振り回される。

 


「まず一つ。冒険者にとって、スキルを使う意味を知れ。それは相手を殺す技だ。人に向けるな」


 ねじ切れそうな首を、必死に庇いながら投げられる。講義室の椅子をべきべきにへし折り、俺の身体はまるでぶん投げられた小石のように床に転がった。


「二つ。どんな理由があろうが悪事は悪事。犯罪は犯罪。()()()()()()ってのは犯罪者のつまらん常套句だ」


 背中から蹴り上げられ床に天井に、何度もバウンドする。ずり落ちるより早く次の一撃が身体を持ち上げ、何度も何度も抵抗できないほどの速度と力で吹き飛ばされた。


「三つ、過剰な痛みは憎しみを産む。一方的な暴力は相手だけでなく周囲すら敵になる」


 跳ねまわる体を拳で止められ、そのまま地面に押し付けられる。頭を押さえられて、硬い床に顔面をぐりぐりとこすりつけられた。


「最後に、戦いは短く、有無を言わすな」


 最後に一撃、胸を踏まれる。肺の中が空っぽになったような空虚感に息が止まった。

 褪せる喉の熱さに、息も絶え絶えになりながらも、嵐のような連撃は終わり、俺はようやく解放された。

 


「さて、クソガキ。もしまた同じ状況になったらどうする?」

「〈隠匿〉して……立ち去り……最初から関わらない」


 ギルド職員の大男、【重拳士】はゲホゲホと咽ながら答える俺をジッとみて、それから納得したように頷いた。


「悪くない答えだ。なら、それでも追いかけられて、からまれたら?」

「逃げる」


 彼は少し考えるように首を傾げ、それから一発俺を殴った。

 若干予想はしていたが、それでも強烈な力で殴られて視界がちかちかする。


「嘘だな。お前はまたやる」


 明らかに手加減した攻撃だったが、DEFのステータスが低い俺には十分効いた。痛む体をさすりながら男を睨むと彼は俺の目をみてゲラゲラと笑った。


「次はちゃんと殺しきれ。今度はお嬢が止めるより早くだ。半端ものが一番ダメだ。安心しろ。お前のような奴の使い方もある」


 彼はそういいつつ、一枚の紙きれをさしだした。



『ギルド指名クエスト 【槍聖】ナイク

 異変調査 危険度:B級以上

 依頼元:【錬金術師】リンド・マルチウェイスター

 西教区38番通り345番地の家から異音がすると、周辺住民から連絡がありました。魔物が住み着いてしまっている可能性があるので調査お願いします』



 そこに書かれているのはクエストだった。それもB級、高ランク向けのクエスト。



「これは?」

「昇級試験だ。それクリアしたらお前は飛び級でCランクだ。バカみたいな人数はなしだぞ。仲間は1人かせいぜい2人まででこなせ」

「昇級?」



 ペナルティの話ではなかったのだろうか。

 昇級試験ならむしろ褒美だ。昇級すれば信頼もあがり、選べるクエストや利用できる店舗も増える。乗らない手はないのだが……


「この依頼、相当危険ってことか」


「おそらく何人か亡くなっているの。ナイク、あなたにピッタリの案件です」



 背後から聞こえたフリカリルトの声に振り向くと、彼女は講義室の扉の前に立ち、俺たちをジッと睨んでいた。整った顔が無表情に歪んでいる。


「ドロアーやりすぎ。講義室がボロボロ」

「こういう手合いには痛みで教えるのが一番早い。それに後に残るケガはさせてない」

「ドロアー、()()()がボロボロ」


 あたりを見回すと確かにひどい有様だった。机という机はなぎ倒され、椅子はへし折れている。床は踏み荒されたようにいくつか穴があいていた。


「あー、椅子が脆いんが悪い」


「俺は悪くないは罪人の常套句じゃなかったのかよ」


 苦笑しながらフリカリルトに言い訳をしている【重拳士】に茶々をいれると、次の瞬間、俺は再び地面にへばりついていた。


「揚げ足とってんじゃねぇよ。クソガキ。これだからアルケミスト系は!」

「ドロアー、私もアルケミスト系。それにナイクは【槍聖】、戦士系役職です」

「お嬢にはいってないし、これはあれだ言葉のアレだ」

「アヤだな」


 しどろもどろになりなっている【重拳士】の様子にフリカリルトと目を見合わせると、彼女はおかしそうにクスクスと笑った。


「とりあえずアヤだ。ケガはさせてない」


 割れた床や、椅子がフリカリルトの錬金術で元に戻っていくのを眺めながら、自分の身体を確かめると、彼の言う通り筋を痛めているところや骨が折れているところはなさそうだった。


「ともかく、ナイク。本件は危険かつ困難で凍結にしようと思っていた案件です。期限は二日。お願いします」

「やらなかったらどうなるんだよ」

「その情報要る?」


 驚いたように目を丸くしているフリカリルトを見て、思わずため息がでた。


 フリカリルトは貴族だ。それもマルチウェイスター家、この土地の執行権や処刑権をもつ支配者側の人間。このクエストはあくまで乱闘騒ぎの懲罰で拒否権はないということなのだろう。


「わかった。受けるよ。こんな些細なことで罪人になりたくない」

「助かります」


「話はまとまったようだな」


 ギルド職員の【重拳士】はもう一度ジッとこちらをみてそれから静かに頷いた。


「ああ、思い出した。昨日の不憫な冒険者たちから詫びが入っている。あの【槍聖】様とはつゆ知らず。大変申し訳ございませんでした。二度とあなた様には逆らいませんのでご放念頂けますでしょうかだとよ」

「あの【槍聖】様?」

「勘違いされてんだよ。アンヘルの坊やとな。あんまり足を引っ張ってやるな」


 【重拳士】は疎ましそうにしかめっ面をして、それからもう一発俺のことをこずいた。

 圧倒的な衝撃で俺の体は再び地面にへばりつく。


「【槍聖】騙るならそれくらい避けろ。クエストに早速取り掛かれ」


 床にめりこんだ俺をみて彼は一息ため息をつき、そのまま講義室をでていった。

 そして彼と入れ替わりるように、新人冒険者たちが入ってきた。




「皆さん。おはようございます。本日は索敵の重要性についてです」

 


 フリカリルトの講習を聞きながら、俺は先ほど渡されたクエストを眺めていた。

 パッと見たところ、なんてことはなさそうな調査クエストだ。調査する屋敷がある西教区といえばこの街の住宅街。仮に魔物がいても、街中の家に住み着いた程度のやつ高レベルではないだろう。しかも今回のクエストは調査だ。討伐する必要すらない。


 フリカリルトのようにゴーレムを扱える人物なら、簡単に終わりそうなクエストだが、危険度がB級以上ということは、そう簡単にいくものではないのだろう。


「索敵には式神や自動人形といった遠隔ゴーレムを用いることが一般的です。遠隔ゴーレム使用において気をつけるべきことはなんでしょうか? では【槍聖】ナイクさん」


 講義中、急にフリカリルトに話を振られて俺はポカンとした。


「聞いていましたか? なぜ遠隔ゴーレムはうまく働かないことがあるのでしょうか」

「あー、ダンジョンや人類領域外ではマナ通信阻害の妨害波がでているためです。いわゆるマナ濁り」

「はい。正解です。そして覚えておいてください。この妨害波は人為的にも発生させることができます。ですので皆さまが、冒険者として今後行うであろう犯罪者への対処においても妨害波の対策は必須になります。が、マナ濁りを簡単に解決する手段がないというのが現状です」


 フリカリルトはそういってニコリとこちらを向いて微笑んだ。フリカリルトのことだ。これは俺のクエストのヒントということだろう。


 危険度が高いのはおそらくマナ濁りが発生してるから。

 ということは相手は魔物ではなく、人間ということだ。


 厄介な案件だな。





 

あとがき設定資料集


【重拳士】

※HP 7  MP 1 ATK 6 DEF 8 SPD 5  MG 3

〜己の敵に拳を重く叩きつける。重拳士にはそれしかできないが、それだけで十分だった〜



簡易解説:戦士系統の役職。拳を武器に戦う役職。高い体力と防御力にくわえ、〈鉄壁〉という自分の残りHPに応じて防御力を得るスキルでごり押しの戦いを行う役職。

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