第33話 自由の旅人、冒険者
冒険者
それは欲に生き、愛に死ぬ、自由の旅人。
女神様の御座す聖都から、果ては天聳える第三山脈まで。世界中を遍く旅して、ダンジョンを巡り、人々の悩みを解決する。
冒険者とは、そんな夢と希望と冒険のいっぱい詰まった素晴らしい仕事で、冒険者ギルドとはそんな素晴らしい彼らを応援する素晴らしい組織である。
というのが、建前の話。現実としては、冒険者ギルドとはその領地を治める貴族が運営する仕事斡旋組織だ。
女神教では悪戯な女神の教えに則り、人の移動を制限することは禁止され、関税すらほとんどかけてはならない。【勇者】よって魔王が討伐され、土地が貴族達によって分割統治されるようになった今も人々の移動の自由は絶対の教えの一つとして守られ続けていた。
経済的な活性化、人口対流、良政良民。移動の自由による利点は多いが、移動を制限できない弊害として富んだ街にはどうしても他地方からの流れ者たちが雪崩れ込んでしまっていた。冒険者ギルドの始まりはそんな行くあてもなくやってきてしまった人々を雇い入れ、戸籍と仕事を与えるためであったといわれている。
ゆえに冒険者ギルドには、その地で必要とされるありとあらゆる仕事が集まる。魔物退治、人探し、護衛、犯罪者の捜索や抹殺といった荒事から家庭教師や農作業のような日用業務に、どぶさらい、雑草抜きのような日雇い労働まで。
つまり冒険者とは何でも屋だ。
そんなことは辺境の開拓村出身の俺でも知っている話。それでも流れ者や夢を求める若者たちが冒険者になるのは、冒険者であることがこの国の自由市民である証明になるからである。
「では復習です。冒険者に課せられる3つの義務はなんでしょうか? では、【行者】アルメニさん」
「はい。納税、報告、証明プレートの所持です」
「素晴らしいです。正解です。ランクに応じた最低額の納税、クエスト報告、冒険者登録プレートの携帯と掲示ですね」
冒険者ギルド内の大講演室。
数百人は入れるだろう大きな教室には、新人冒険者たちがあつめられ、冒険者のルールについて講習を受けさせられていた。
同世代くらいの若者たちが前列の方に固まり、キャッキャッと将来への希望に満ちた歓声をあげている。その一方で、講演室の後ろの方には年長の冒険者たちがまばらに散らばり、冷めた目でフリカリルトの講義を眺めていた。
彼らは皆、他の街からの移住者なのだろう、新人というにはあまりに年季が入っている。中には【炎刃】たちのよう高レベルの実力者と思わしき人たちもいた。
彼らは皆一様に、何度も同じを話を聞かされているという顔をしていた。
冒険者ギルドは大きい街ならどこにでもあるが、それを治める貴族たちにも派閥がある。派閥によってクエストの制度や、評価方法が多少異なるので、他の街から移住してきた者たちはたとえ高ランク冒険者であっっても、のべ半年間にもわたる冒険者についての講習を受けることになっていた。
「では本日の講義は終了です。質問がある方はどうぞ。そうでない方はまた明日」
「はい! フリカリルト様。質問があります」
フリカリルトに群がる年若い新人の冒険者たちを横目に見ながら、講義資料を魔法袋にしまっていると後ろから舌打ちが聞こえた。
「なんで俺がこんなガキどもと同じ扱いなんだよ」
「でも講師は結構いい女じゃん」
「しゃぶらせてぇ」
振り返るとガラの悪そうな冒険者たちが、フリカリルトをみて下卑た笑みを浮かべている。口ぶりから想像するに彼らは多分フリカリルトが貴族の、それもこの街の領主マルチウェイスター家の娘だとは知らないのだろう。
知っていたら冗談でもそのようなことがいえるはずがない。おそらく、俺と同じように田舎から追放されて、最近この街にやってきた冒険者だ。
あまり関わりたくないな。
そう思って講義室を後にしようとしたが、時を同じくして、その冒険者たちが新人たちにからみだした。
「なぁなぁ君レベルいくつ?」
「え、その…………離してください」
「俺らとパーティ組もうぜ。今晩から」
彼らの一人がまだ神託を受けたばかりであろう可愛らしい女の子の肩をつかんでいる。彼女の横にいた同い年くらいの男の子は身動きがとれないように別の冒険者にとらえられていた
「レベル3です…………やめてください。お願いします」
ただのパーティ勧誘ではない。
明らかに厄介ごとだ。
関わりたくない。
すりぬけるように横を通ると、彼らの一人が俺の肩をつかんだ。
「何逃げようとしてるんだよ。お前もありがたいお話ちゃんと聞けよ」
〈隠匿〉を深めていなかったのを後悔しながら向きなおると、ガラの悪い冒険者3人組はこちらをむいてニヤニヤと笑っていた。
自分が絡まれるとは思っていなかったが、冷静に考えれば俺もまだ神託から1年ほどの新人冒険者だ。フリカリルトに群がっている若者たちと歳は変わらない。この街の新人たちの仲間だと思われても仕方がなかった。
「俺も? 両刀か?」
「はぁ?」
「さっきからその子と性交したいって誘ってんだろ? 豪気なことだ」
面倒くさかったので適当に返事をすると、俺の前に立った冒険者はイラついたように大きく拳をかかげた。
「お前、なめてんのか」
彼の胸にかかった冒険者プレートにはC級冒険者【投石兵】レベル27とある。レベルは25である自分と大きく変わらないが、C級冒険者といえば隠匿竜との戦いの際のアンヘルや【雨乞い巫女】と同じだ。冒険者に成りたてでE級の自分より2段階高い。
喧嘩をしたい相手ではなかった。
「えーと、怒らせてしまったなら謝ります。どうか許してもらえませんか?」
「なんだ? こいつ。今更ビビってんのかよ。お前は補習の時間だぜ」
風切り音とともに拳が飛んでくる。
いうだけあって、ステータスはそこまで低くなさそうだった。
SPDは自分より少し速いくらい。
つまり、
隠匿竜とくらべれば、
時間が止まっているのではないか、
と思うほど、
遅かった。
最小限の動きでかわしながら、隙を見て、相手の脛を蹴る。転ばすつもりだったのだが、男は脛あてをしておらず、靴先の鉄甲は何にも阻まれることなく相手の脛にめり込んだ。
床にうずくまり痛みに震える男。
ちょうどいい場所に差し出された彼の側頭部に、思いっきり蹴りをいれる。パーンといい音が鳴って、男はその場に倒れこんだ。
がら空きになった首を踏みつけて男の意識を飛ばす。
泡をふいている様子を確認しつつ、黙ったままの残り二人をみると、彼らはあまり現状が理解できていないようで、ポカンとしていた。
「補習か? 講師寝ちゃったぞ」
彼らの胸を見ればC級【拳闘士】とC級【曲刃使い】とのタグがある。
C級…………本当に彼らが隠匿竜戦の時のアンヘルや【雨乞い巫女】と同じランクなのだろうか。
「これがC級?」
思わず漏れてしまった煽り言葉に彼らは怒ったように顔を赤らめた。
「はぁ? 死ねよ」
片方の男がスッと懐から剣をぬく。
逆刃に湾曲した刃が煌めいた。
模造刀ではない本物の剣。【曲刃使い】の剣。
反射的に〈隠匿〉を一気に深めた。
魔法袋から黒い布を投げて男の視線を切る。
そして革鎧の隙間、男の腹に、槍をつきたてた。
〈刺突波〉
突き刺した槍先から衝撃波を流し込む。
男は穴という穴から、どばっと血を噴き出して崩れ落ちた。
「おお、血袋みたいにはじけ飛んだ」
スキルの威力に感心しつつ、
彼にとどめを刺そうと槍を振りかぶった瞬間、
俺は何者かに頭を押さえられて、床にめり込んだ。
「このゴミが、殺す気で喧嘩するんじゃねぇ。やりすぎの判断もできねぇのか」
タコ入道のような大男のギルド職員が俺を上から抑え込んでいる。
何とか逃れようと指を動かすも、床からツタのようなものが生えて完璧に身動きがとれなくなった。
「俺じゃない…………こいつらが先に武器を」
「だからなんだ? おまえこいつを殺したらそのまま全員殺す気だったな」
「あたりま…………」
「黙れゴミ」
返答とともに頭を殴られる。
頭が割れそうにいたい。
なんて力をしているのだ。
「大丈夫。生きてるわ」
頭を押さえられて見えないが、フリカリルトやギルド職員たちがあつまってきているのが分かった。
「皆さん。今日は解散してください。【拳闘士】ミギステル、あなたもこれに懲りたら、あまり他の冒険者に雑にからまないように。マルチウェイスターはあなた方の出身地とは違います。このように殺し合いに慣れた人も沢山おります。ここがギルドでよかった。意識失っている二人にもよく言っておいてください」
きゅるきゅると体にツタがまきついてくる。
指一本も動かせないくらいにからめとられて、そのまま宙づりにされた。講義室の中でまるで晒し者のように飾られる。見下ろすとガラの悪い冒険者たちはすでに運ばれたようで残っていなかったが、先ほどまで彼らがいた場所は大きな血だまりができていた。
ギルド職員たちにより講義室から追い出されようとしている同世代の新人冒険者たちの冷たい視線が突き刺さる。
彼らはまるで魔物をみるようにこちらをみていた。
「フリカリルト! なぁ、これ俺が悪いのか?」
フリカリルトに問いかけるも彼女は新人冒険者たちの誘導をしていて、こちらには反応してくれなかった。
「先に攻撃してきたのは向こうだろ。その子達だって迷惑してたじゃないか」
フリカリルトは一瞬こちらをみて、返事もなく静かに手を挙げる。
合図に答えるように、タコ入道は俺の前に仁王立ちでたち、一発俺を殴った。
「【槍聖】ナイク。貴様は過剰防衛だ。ペナルティの内容は決まり次第すぐ伝える。犯罪者になりたくなければしばらくそこで宙づりになってろ」
それから丸1日。
俺は講義室で宙づりのまま放置された。
あとがき設定資料集
【曲剣使い】
※HP 4 MP 4 ATK 8 DEF 2 SPD 8 MG 4
〜その剣の曲がった刃は瞬息の抜刀と両断を可能とした〜
簡易解説:アサシン系統の役職。数多くの剣に関わる役職の中でも珍しくアサシン系に属することが特徴の役職。剣術、特に抜刀術に関するスキルを多く覚える。




