第32話 手遅れ
分け前会議から数日後。
俺は【炎刃】たち、青春朱夏出張料理隊のメンバーとマルチウェイスターの郊外にやってきた。
目的は付近の耕作地に出没するはぐれオークの集団を狩ること。
どこにいるかもわからないオークの集団を見つけて狩るなど簡単なことではない……はずなのだが、【炎刃】たちは現地についてわずか数刻もしないうちに、オークの住処を見つけ出し、戦闘開始から100秒もかからずに20匹のオークの集団を殲滅した。
危ないところはまったくない、お手本のような討伐だった。
最初に【榊】と【土石術師】が洞窟の天井を落してオークの巣を生き埋めにする。はい出てきた魔物たちを【水斧】【雷弓】が一匹ずつ殲滅。【炎刃】が全体を見ながら必要な所にサポートをいれる。
ダンジョンの加護を失っているはぐれ魔物は通常の魔物より弱い。とはいえ、あまりの手際の良さに言葉を失った。さすがA級パーティである。
何かあれば俺も戦う覚悟はあったのだが、結局、槍を構えることすらなくほんとうにわずかな時間でオークの集団は全滅した。その後、感知スキル持ちの【雷弓】【炎刃】により生き残りがいないことを念入りに確認してオーク討伐クエストは終了した。
「やっぱ動きづらい」
「まだ慣れてないからね」
【雷弓】が雷で焼け焦げたオークの山の上で義手をブラブラさせながら悪態をつく。
横にいる【水斧】は若いオークを選んで次々とさばいていた。流れるように頸動脈を切り、正中線沿いに胸を開いて、【榊】が作った木の枝に逆さづり。中に見える心臓が完全に止まるまで放置すれば血抜きの完成…………らしい。
「こうすると血を抜きやすい。ラインの雷は死んだやつの心臓を動かすのにも使えるから便利なんだ」
「若干グロテスクですが、慣れですね。【榊】さんなんて最初は『人型はアカン、無理ぃ』とかキャーキャーいっていましたが、今ではこんなに立派な吊るし職人になっておりますよ。感激です」
【炎刃】と【土石術師】がワイワイ楽しそうに血抜きした後のオークの内臓を縛っている。話題になっている【榊】はオークを吊るしながら若干めんどうくさそうに彼らをにらんでいた。
「いや、【槍聖】は大丈夫やろ。あんたらみえてへんやろけど、どんだけそいつのマナ濁ってると思ってんねん。何なら自分人間捌いた経験あるやろ」
「ないです」
「ほんまか?」
「ヒトは食べたことないです」
「信じるけどさ」
魔物肉は貴重なタンパク質だ。オーク、ゴブリン、ユニコーンなどなど。人型、四脚問わずほとんどすべての魔物肉が食用として市に流させる。かつては家畜といわれる人と共生していた動物がいたらしいが、魔王の時代にダンジョン生物によって淘汰され、それまでの動物はほとんど絶滅してしまっていた。今残っているのは人類のほかは一部の鳥だけである。
ゆえに肉といえば魔物。魔物を狩る冒険者には解体の技能が必須であった。俺も父に教わっていたので、ある程度はできるつもりだったが、普段からパーティで動いている彼らの手際はレベルが違った。
青春朱夏出張料理隊のメンバーたちの解体を手伝いながら数刻ほどかけて解体を終わらせる。
もうやることがなくなってきたタイミングで彼らはクルリと俺を取り囲んだ。
「さて、本題を聞こうか」
「あの【槍聖】がうちらに参加したいなんて」
「何か秘密があるんだよね!」
「こんなところですからね。誰も来ませんよ」
「さぁ」
どこか期待に満ちた表情で俺を見つめる5人組。
その期待に応えるために、さっきつくったオークの精肉をひとつかみした。
「俺のスキルを一つお見せします」
生肉を一口で食べる。
〈捕食強化〉はぐれオーク
死霊達によってプレゼントされたスキル〈捕食強化〉を発動し、そのまま地面に落ちている石をとって粉々に握りつぶした。もっといろいろ見せたかったが0.5秒の効果時間ではこれが限界だ。
「えーと、ごめんね」
「しょぼすぎて違いがわからんのやけど」
「一応ステータスがあがりました?」
首をかしげる青春朱夏のメンバーのなかで、【炎刃】だけが納得したように頷いた。
「そういうことか。俺はわかったぞ。そのスキル〈捕食強化〉だな。食したものに応じて一時的に身体能力があがる。【大食姫】のような食事系役職の役職固有スキルだ」
「「役職固有!?」」
「今食べたのはただのはぐれオーク。だから効果は薄かったが、強力な魔物を食べると圧倒的な力が手に入る。ちなみに俺が欲しくてたまらないスキルの一つだ!」
役職固有の言葉に【炎刃】以外の一同は一瞬かたまり、
そしてほっと一息安心したように息を吐いた。
「まぁそやろ。【槍聖】じゃないことくらい知ってるわ。むしろ食事系で安心したくらいや」
「どうりで〈血の香り〉」
「あの力は隠匿竜の鱗を食べたんだね」
各々が納得したように、俺の肩を叩いた。
「はい。そうです」
もちろん嘘だ。〈捕食強化〉は【大食姫】の魂を食べたときにもらっただけなのだがうまくだませたようである。
「みなさんに頼みがあります。今回のクエストで得た赤蝶の主の肉を保存食に加工したいのです。俺の奥の手にしたいと思ってます」
【炎刃】は大きくうなずいた。
「最高だ。【槍聖】ナイク。料理人【炎刃】としての腕がなるぜ」
その日は楽しかった。
マルチウェイスター郊外の誰もいない森の中。
【炎刃】の料理教室を学び、【水斧】から神託前後の思春期の若者の心の機微について語られ、【雷弓】から義手がかわいくないとの愚痴をいわれた。
そうこうしているうちに次第に夜はふけ、【炎刃】の料理教室はいつのまにか酒盛りにかわる。
【土石術師】からは青春朱夏出張料理隊がいままであゆんできた道のりを事細かに教えてもらった。
最初のクエストや【雷弓】をパーティに勧誘したときのいざこざなどなど。
本当に楽しかった。俺に仲間がいればこんな感じだろう。
幼いころ夢に見た冒険者の姿。【炎刃】たちと話していると自分がその仲間入りをできた気がした。
気が付けば、【炎刃】たちのパーティは【榊】さん以外は寝てしまっていた。
「【榊】さんは酔ってないのですね」
「うちザルやから。酔わんねん。そのせいで、いっつも夜番や。別にええけど」
寝てしまったパーティメンバーたちを全員を木の根で覆いながら、【榊】さんは優しく笑った。
「てか、自分途中から飲んでなかったやろ。酒は苦手なん?」
「わからないです。酔うまでは飲まないようにしてるので」
「ええ警戒心やな。大変や。自分」
【榊】さんが明かりを消すと、マルチウェイスターの空には満天の星が輝いていた。
魔力歪みでいつも濁っていた故郷の開拓村では見えない夜空に少し感動しながら横になると、【榊】さんは俺の横に座った。
「聞いたで、転職したいんやって? 今の役職の詳細は知らんけど、食事系の犯罪役職といえば【食人鬼】とかなん?」
「聞かない方がいいですよ」
「そやな。ごめん」
ほのかな星明かりに照らされる【榊】さんの横顔はいつも以上に綺麗に見えた。
「これ、役に立つかは知らんけど。情報屋の直通ID。【榊】ジュリの紹介っていったら話きいてくれると思うわ」
渡された紙きれには誰かの直通IDをかかれていた。
「お礼に何を渡せばいいか」
「いらん。いらん。後輩への餞別やわ」
【榊】さんはケラケラと笑いながら、手を横に振る。
「餞別?」
「きいとらん? うちらもうすぐマルチウェイスター離れるつもりやねん。ラインの療養もかねて田舎のバックロージャ領にね。【炎刃】と【水斧】は実は貴族なんよ。しかも隠匿竜討伐が認められちゃって次期領主筆頭やってさ」
「貴族の当主…………」
「そう、しがらみが嫌で家を飛び出した兄妹が、誰も倒せなかった竜を退治し、ともに旅した仲間を連れて故郷に帰り、当主になる」
夜空を見上げながら彼女は、まるで物語の終わりのようにそう語った。
「どう思う?」
【榊】はするりとこちらによった。
唇が触れ合うほど近くまで。
彼女の美しい黒い瞳が誘うように俺の眼をのぞき込む。
「ナイクもうちらと一緒にくる?」
彼女の美しい瞳に吸い寄せられて眼が離せなかった。
「冗談やわ、そんなマジな反応されるとお姉さん困ってまうて」
ひょいっと離れた【榊】さんは蠱惑的に、にまッと笑った。
大人の女性の余裕の笑み。
ただ同時に彼女はどこか少し寂しそうにも見えた。
マルチウェイスター郊外の俺たち以外、誰もいない夜の森。
「これ返し忘れとったわ」
【榊】さんはそう言って俺の腕に腕輪をつけた。
「邪神の腕輪…………」
「それは本物やな。呪いがかかってるわ。悪に魅せられた持ち主の元に必ず帰っていく呪い。ほんで最後には本来の持ち主たる邪神の落とし子達の所に戻る。呪い解こうかと思ったけど、うち程度じゃなんもできんと。突き返しといてなんやけど、はよ捨てや。使い続けたら取り返しのつかんことなるで」
「取り返しがつかない? そもそもなんですか邪神の落とし子って」
【榊】さんはこちらをみて残念そうにため息をついた。
「戯典7環45節、汚れた女神は六人の邪を産んだ。産み落とされた邪は、それぞれの方法で人々を堕落させ、供物として邪神に捧げた。人々は邪に犯され、騙され、奪われ、狂わされ、殺され、そして救われた」
「…………女神様の落とし子」
「望まれぬ汚れた女神の落とし子。つまり六禁役職のこと。六禁はな、他の犯罪役職と訳が違う。犯罪役職なんて教会が定めた異常者管理の方法やけど、六禁だけは特別や。ホンマ、おぞましい存在やで。あいつらに汚されれば女神様の輪廻から追放され、死んでも魂は女神様の元に還れない。うちは聖都にいたころ【百面相】の被害者にあったことがあるねんけど、マナが壊れとったで。目は見えてるのに上も下も分からんのや。考える力を奪われてもうて、自分が何で、還るべきところがどこかもわからず、最期は息の仕方を忘れて死んだ」
俺は【榊】さんの説明に息をのんだ。
衆愚の【百面相】
現在、教会が公表している唯一の六禁。
【百面相】は今から十二年前に、教会組織のお膝元である聖都で、神託の儀を受けた人物だ。【百面相】は神託後、レベル1にも関わらず、そのまま周囲の人物を多数殺害して、逃亡。教会が威信をかけて探し続けているというのに今なお痕跡すら見つけられていないらしい。
ド田舎で神託され、【祭司】一人殺しただけの俺なんかとは比較にならない本物の化け物だ。
そんな危険人物なのか。
「邪神の腕輪持っとったら、いつか六禁とめぐりあうことになってまうで。知らずに関われば命がけ、脅されて匿えば一緒に処刑モンの大罪人や」
「俺のような田舎者には六禁役職なんて想像つかないです。犯すとか、救うとか、言われても。俺、男ですよ」
「うーん。どれもヤバいんやけどな。魔術系ならマナが見えるから説明しやすいんやけどナイクはアルケミスト系やもんなぁ。でも例えば【死霊術師】はわかりやすいで」
「死体を操るんでしたっけ。死体がさらに死体を作る」
【死霊術師】について何も知らない風を装った俺の必死の誤魔化しに【榊】さんは大きく首を横に振った。
「確かに死体を操る役職としての逸話が有名やけど、【死霊術師】の本質は魂の隷属。殺した相手の、本来女神に還る魂を奪って、ただのマナに変えて消費したり、魂を取り込んでスキルを抽出するねん」
「隷属!?」
「めっちゃ怖いやろ?」
【榊】さんはそういって笑ったが俺は一切笑えなかった。
「手遅れになる前に…………」
「どうしたん?」
客観的に見れば、隠匿竜との戦いで、俺は二千人の命を消費して取り込み、【大食姫】の魂を喰らってスキルを奪ったことになるのか。
「いや、さすが【死霊術師】。六禁役職だ」
「なんやそれ」
もうとっくに手遅れだった。
俺はどうしようもなく【死霊術師】だった。
1章終了時点のステータス
ナイク【死霊術師】Lv.25
所持スキルツリー 未割り振り1
⭐︎落城のネクロマンス 0
•初級槍術 24
•冒涜の災歌 0
パッシブスキル
〈死霊の囁き〉
〈槍装備時ATK上昇1.5〉
〈残心〉
〈隠匿〉〈捕食強化〉
アクティブスキル
〈槍投げ〉〈叩きつけ〉〈刺突波〉〈棒高跳び〉
実績
《神意の隠匿》《悪食》
・取得新スキル一覧
〈残心〉
簡易解説:注意散漫を妨げることができる。このスキルを持っていると不注意によるミスが著しく減少する。
〈捕食強化〉
簡易解説:食したもののマナに応じて身体能力を向上させることができる。
SPDが高いものを食べれば、SPDが上がりやすく、ATKが高いものを食べればATKが上がりやすい。
〈刺突波〉
簡易解説:刃物や、棒状の物で刺したところに衝撃波を発生させることができる。
〈棒高跳び〉
簡易解説:棒のしなりを利用して高く飛ぶことができる。




